第27話 休憩と計画 Intermission. 06

「恋は盲目……、まあ、分からなくはないけれど、しかしながら、それがほんとうに良いことであるのかと言われるとちょっと……。やっぱりネガティブなイメージで言われている印象がないかしら? わたしだってそう思っている訳だし……」


 メアリがそう思っているのはメチャクチャ意外だな。お前のことだから仕事以外の考えを持ち合わせていないものとばかり思っていたよ――いずれにせよ、人間が生活していくに当たって、遅かれ早かれコミュニティは築いた方が良いだろうしな。それが出来ないなら諦めても良いかもしれないけれど。案外人間のコミュニティで起きるしがらみってものを取っ払っちまうと、今後メリットになることが出てくるかもしれないぞ? コミュニティから出ようとしたら、大抵の人間はデメリットばかり提示するんだよな。当然と言えば当然なんだけれど。コミュニティに人が入ることによって利益を得ている人が居るのなら尚更。


「何か他人事に感じられないわね、それ……。ただ、おあいにくさま、わたしはそんなこと考える必要はないの。そういうことを考えなくて良いように、わざわざ独立したんだから。……そう考えるとベーシックインカムはわたしにとって素晴らしい制度ではあるのかもしれないわよね? 好きなことを好き勝手にやるために、必要最低限のお金がお上から貰えるんだから。まあ、メリットデメリットは当然ある訳だし、その見極めも大事になってくるし、それが面倒臭いと思ったら放り投げても良い訳だけれど……、まあ、それはしないでしょうね。だって政府に尻尾を振っていれば、お金が貰えるんですもの。建前でも従っておいた方が良いんじゃない? それすらやりたくない人だって、中には居る訳だけれど」


 それについては、あんまり考えたくない……。実際、ベーシックインカムが適用されたこの時代において、それを悪だと思う人間も少なからず居る訳だし。それに、ベーシックインカム以上の収入をこの時代に得ようとすると、多分努力だけじゃ敵わない。運も必要だろうし――運も実力のうちと言われればそれまでだけれど――世渡り上手でなければならない。それが出来るということは、それだけ仕事が好きということにも繋がってくる訳なのだから……、まあ、ぼくみたいなニート街道まっしぐらな人間には到底向いていない世界であると言えるだろう。でも、聞いた話だと全人口の一パーセント未満ではあるけれど、実際にそれを成し遂げている人間が居るって言っていたかな。政府の公式発表なので、当然政府からしてみればベーシックインカムで捻出される支出を出来る限り減らしたい訳だから、そこについては最大限のアピールはするだろう。たとえ粉飾をしてでも。


「粉飾した情報を発表したら、それはそれで差異が生まれたりしない? ほら……、やり方にもよるかもしれないし、ベーシックインカムを出来るだけ減らしたい思惑はあるのだろうけれど、それは愚策のような気がしないでもないよね」


 愚策……ね。そう憤慨するのも、致し方ないことであるのかもしれないけれど、愚策と言えるのはその策を客観的に見ることが出来る人間だけであって、その事実を直視出来ない人間からしてみれば愚策でも何でもないんだよな。正義は誰しも持っていて、それを振り翳すことは出来るのだから。


「あんた、そんなにポエマーだったっけ? もう少し、理論的に話を進める人間だったとばかり記憶していたけれど……。もしかして、頭打った?」

「打つ訳ないだろうが。打ったとしたら何処で打ったんだよ。今日はずっとぼくと一緒に行動していたじゃないか……。まあ、それについては追々話させてもらうとして……」

「もしかしたら、遅滞してやって来たのかも? ほら、何処かで血塊が出来たとして、それが血管に詰まるのは、実際脳の細い血管だったりする訳だし。それに近い物なんじゃない? 多分。医学はてんで駄目だけれど」


 てんで駄目なら言うな。エキスパートでもないことにしゃしゃり出ると、後々面倒なことになるぞ。ただ、それについてはぼくが言える立場ではないのかもしれないけれど。実際、エキスパートでもないのにぼくは迷子の居場所を見つけてあげようとしている訳だから。こういうのって、警察の仕事だったりするのかね? 警察が仕事をするとは到底思えないのだけれど。


「警察だって、今や監視カメラの映像を時折確認するぐらいだしねえ……。異常があったからってやって来る訳でもないし。やって来るのは、自律型ロボットなんだったっけ? 知能は低いけれど、プログラムされた内容ならば忠実に実行することが出来るっていう最新鋭の」


 そう、それそれ。けれど、スチーム・タートルを開発出来るぐらいなんだから、もっとちゃんとしたロボットが出来て然るべきなんだと思うのだけれど、案外、そこまで技術って進歩していないのかな。それとも、スチーム・タートル以外の技術なんてそんな簡単に進歩させなくても良いなんて思っていて、政府がそこにお金を出そうとは思っていないだけなのか。

 ケチとも言えるけれど、選択の集中という理念を見ると、案外悪くないようにも思える。

 それが人間の歴史にとって正しい選択であるかどうかは――今のぼく達には到底分からないことではあるのだろうけれど。


「人間がより住みやすい街造りを、政府が本気で考えているならロボットだってコンピュータだってもっと高性能な物を開発するんじゃない? けれど、今はそんなこと考えてはいないでしょうね。少なくとも下層街の人間の利便性なんて考えちゃいない。考えていたら、こんな日照権が大問題になる構造はしていないでしょうし、もっと早く改築しているでしょうし、それ以上に……わたし達の暮らしも、もっとより良いものになっているはず」


 そうだろうか。ぼくはただ怠慢だと思うけれどね。本来は出来るはずなのに、それをやろうとはしない。政府がそれを本気で取り組んだら、きっと下層街の人間はもっと上に行きたがる。そして上層街の人間ももっと新しい技術を渇望するようになる。そうなったら、もっと技術開発費に予算をつぎ込むことになるだろうし、そうなったら後は雪だるま式に予算が増えていく。そうなると総予算を圧迫するのは必至で、それをどうやって押さえ込むかが政府の舵取りの鍵とも言える訳だ。であるならば、今はそんなことを望まないようにして、ベーシックインカムですらも押さえ込む必要があるのだろう。スチーム・タートルだって、永遠に動くことを想定して開発された訳ではないだろうし、だったら保全や修理に莫大な予算を投じるのは確実だ。しかしながら、そのために国民から税を徴収していたら不満が爆発しかねない。ならば、国民を早く独立させてしまおう――なんて思うのはあながち間違っていないのかもしれない。

 

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