第25話 休憩と計画 Intermission. 04

「……ひんと?」


 だめだ。首を傾げてそれしか言わないところを見ると、この発言の趣旨を理解していないか、わざとそう発言しているかのいずれかだ。……きっと、前者であるのだろうけれど。ってかそうあってくれ。お願いだから。


「そう、ヒントよ。……答えが分からなかったら、どうにかして正解を探し当てたい時にどうしなくちゃならないか。答えは単純明快。……ヒントを探し当てることよ! 手掛かりと言っても良いだろうけれど、はっきり言ってこの段階で手掛かりという手掛かりはこれと言ってない訳だから……。ぶっちゃけ、あなたが大事なヒントを持っているかどうか探らなくちゃいけないって訳。さっきの言葉以外に、何か思い出せたことはない?」


 そう言って簡単に思い出せりゃ苦労しない訳なんだが……、それについてはノーコメントを貫いた方が良いだろうな。実際、仮にそれについて明確な回答が思い浮かんだとしても、それについてはスルーするのが賢明な判断だと思う時もある訳だ。間違いを指摘しただけでそれが正しい判断であるかなんて、必ずしもそうであるとは言い切れない。だから、それを如何にしてスルーするかスルーしないか……、それを考えるのがこういう話し合いの醍醐味でもあるよな。何と言うんだろうな、これ。駆け引き?


「駆け引きしたってマイナスにしかならない状況なのに……、ここでそんなことをするなんてあんたほんとうに馬鹿よ。全くもって救いようがない。このまま永遠にプネウマちゃんのことが分からなくたって良いの?」


 ずっと謎解き出来るし、それはそれで良いんじゃないか。退屈をある程度は凌げた訳だし。


「退屈を凌げたらそれで構わないなんて……、あんた筋金入りの馬鹿ね。もう少し頭が良いものとばかり思っていたけれど……、頭の中は空っぽなの?」


 その方が夢を詰め込めるからな。


「何よその理論。呆れ返って物も言えない。……とにかく、プネウマちゃん、何か覚えていることはないかな? どんな些細なことでも構わないの。教えてくれるなら……ここのパフェ奢ってあげるから!」


 メアリにしては大盤振る舞いのような気がするけれど、少女を懐柔するならそれが一番だと踏んだのかもしれない。実際、子供って甘い物が好きだしな。ぼくだってスイーツは好きだ。文献に残されている世界一甘いスイーツを闇市で購入して食べたことがあるけれど、頭に突き刺さるぐらいの衝撃を受けたっけな。あれ食べると暫く口の中が甘くて仕方がないんだ。何だったかな、あれ。ドーナツのシロップ漬けみたいな奴だったと思うけれど。


「聞いただけで口の中が甘くなりそうだわ……。ただ興味はあるわね。というか、闇市? お金もないあんたが良くそんなところで物を買えたわね。あそこ、相当お金持ってないと物の一つも買えないと思ったけれど?」


 悪友が居るんだよ。闇市を一通り知っている人間がな。


「闇市ってのは、見つかったらその場でアウトじゃなかったか? ……基本的にお金は電子通貨になっちまっているけれど、闇市で使われるのは今じゃマイノリティになっちまった紙幣とコイン……だったよな。あれ、電子通貨で何倍の価値でも取引されているとか、ネットショップで見たことがあったけれど、どうしてそんなことが起こっているのかなんて思ってはいたが……、そういった経緯があるんだな」


 いきなりリッキーが声を出したので少しだけ驚いた。今まで話を殆どしていないから、てっきり眠ってしまったかとばかり……。まあ、描写はしていないだけでリッキーは水を飲みつつ辺りの景色を眺めていた訳だけれど。リッキー、こういうところ初めてなのか?


「初めてだとか初めてじゃないだとか、そういう意味合いの話をしているんじゃねえんだよ。おれが言いたいのはもう少しマクロというか……」


 ミクロとかマクロとか、いきなりそういう話に持ってくるのか? それはそれで色々面倒臭そうではあるのだけれど。


「マクロとかミクロとか考えるのはどうかと思うけれど……でも、そう考えるのは全然悪いことじゃないと思うわよ。昔の人間は言っていたらしいじゃない。経営者目線を持て、って」


 ああ、何か聞いたことあるなそれ……。確か労働者をちゃんと扱わなかったブラック企業なる企業にありがちな話だったっけ? 何でも給料はちゃんと支払わないし、残業してもお金が貰えないし、代わりの人間なんて居ないし、なかなか人も定着しないなんて聞いたことはあるけれど。しかし、それってほんとうに有り得るのかね? 普通、企業ってのは労働力を提供してくれる労働者に対して対価を払って然るべきなんじゃないのか。


「それを働いたことのないあんたが言うかね……。ただ、それについては完全に同意するわ。人が人として生きていくためには、やはりそれなりのお金と余裕が必要ですもの。たとえ給料が良かったとしても、余裕がない生活を送っていたのなら、あっという間に精神を病んでしまうわよ。知り合いのヤブ医者が言っていたけれど、精神を病むのは誰にでも有り得る話なんですって。誰かの声が自分だけに聞こえたり、ずっと眠ってしまったり、眠れない時が続いたり、食欲がなかったり……。良くある予兆を、如何にして受け取るか。そしてその予兆が、精神を病んでいるものだと直ぐに気付けるかどうか。それが短期的に治療出来る分水嶺になり得るんだとか。それに気付かずに放置してしまったら、ある時身体が動かなくなって……そのまま失意で自ら命を絶つ、なんてことは珍しいことじゃないんですって。今は殆ど居ないらしいけれど……、ブラック企業が沢山あった時代は社会問題に発展していたぐらいなんですって」


 そりゃひどいな。一億総活躍社会ならぬ一億総鬱患者社会って訳か。ぼくは働いたことがないから苦労を知らないし、精神を病んだこともないのだけれど……、いざそうなってしまったら立ち直れない人が大半を占めるんだろうな。んで、現実に悲観して自殺すると。良くある話だ。良くあって欲しくないけれど。


「だったら茶化して言うんじゃないわよ。ちゃんとした大きな問題だってことぐらい重々承知の話じゃない……。まあ、当事者にならなければその問題を重要視しないのは多々ある話ではあるし、それについては一概に悪いとは言い切れないけれど。当事者意識を持って行動してくれれば尚良いのだけれど、そうも行かないしね」


 当事者意識って。そんなこと言われたって直ぐにそんな意識を持つことは出来ねえよ。簡単に物事を口にするけれど、それを実現しろだなんて言ったところでだな……。それこそブラック企業とかに飾られているポスターに描いてあるような題材じゃねえか。何故出来ないのかと言うのではなく、何故やらないのかと考えるみたいな。文献でも良く見たけれど、あれで本当に意識が高まるのかね。逆に低くなりそうなもんだけれど。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る