第24話 休憩と計画 Intermission. 03

「まあ、人件費は一番ネックだし削りづらいところでもあるからねえ……。その代わり、削ると決めちゃえばスパッと削ることが出来るから、本人の思い切りによるところもあるのだろうけれどね。わたしは一人が好きだから雇うつもりもないけれど……」


 塾の先生をやっていた時点で、共同作業なんて考えちゃいないと思っていたけれど。


「……何か変なこと考えていねえか? あ?」


 だから低音ボイスで言うのは止めてくださいってば。

 因みにこういう風に時たま会話に参加してくるヒーニアスは、ちゃんと仕事をしているのだろうか? という疑問に関しては……、それについては問題ないと言わざるを得ない。何故ならそういう風にとやかく口出ししていても、コーヒーの香りはお店の中に充満しているからだ。これはたっぷりのコーヒーの粉を入れてそこから抽出するために、多少時間がかかるんだとか。美味しいことは美味しいが、熱めに入れて欲しいというリクエストにはなかなか答えられないという問題もある……。最初に入れるのは百度近いアツアツのお湯で間違いないのだが、フィルターを通して抽出されるコーヒーは……、はっきり言ってアツアツとは言い難い。温いのだ。まあ、猫舌のぼくにとってはそれが大変有難いので、ぼくはここを愛用している訳だけれど。


「まあ、普通に考えてほかのコーヒー店と比べて味が格段に違うからねえ。……ちょっと高めではあるけれど、こういうものはガブガブ飲むものでもないし、別に関係ない訳よ。探偵としては、出来ることなら毎日使いたいところもあるから、予算に余裕がある時ぐらいしか使わないんだけれど」

「それって、具体的に言うと?」

「三日に一度……かな?」


 ぼくの二倍のペースじゃねえか。

 ぼくはというとベーシックインカムでしか収入を得ていない訳だから、こういう贅沢はたまにするぐらいしか出来ないし、貧乏舌なぼくにとってはこれぐらいのペースで贅沢をするのが性に合っている。アイスコーヒーというのも、安く済むからな。


「いやいや……、分かっていないねえ、ライトは」


 指を立ててチッチッチと言いながら振るメアリ。何だその行動、はっきり言って古臭いぞ。


「ここは二つの魅力的なメニューがあるの! 勿論どのメニューも美味しいのだけれど……、一つはコーヒーよね。アイスコーヒーだろうがホットコーヒーだろうがその風味に然程違いがないのが素晴らしいわよね。でも、わたしとしてはホットコーヒーがオススメな訳だけれど……。そして、もう一つが……マスターお手製のケーキ! 日替わりだからどんなケーキが出るかは分からないし、材料にもよるからいつ終わるかも分からない。一応周回はしているようだけれど……少なくともわたしが行っている時だと被っているものはあんまりないかもね。そのバリエーションもさることながら、ハズレがほぼないってのも凄いのよ。もうこれだけでお店が出せちゃうぐらい」


 出しているだろうが、立派な喫茶店として。

 ツッコミを入れようとしたけれど、それは頭の中で抑えることにした……。ヒーニアスに今度こそソーサーを投げられかねない。いくらプラスティックだからといっても、痛いものは痛い訳だし。出来ることならそういうことは避けておきたいのだ。避けられるなら避けてしまうに越したことはない。


「……じゃあ、どのケーキがお気に入りとかあるのかよ? そんなにここのケーキを食べているならさ」


 至って、容易に想像出来る質問をぶつけてみることにした。捻りなど何一つ加えることなく、シンプルな質問をだ。


「うーん、そんなことを言われても、やっぱり直ぐに思いつく物でもない訳だし……。そうだなあ、モンブランも美味しいし、ショートケーキも王道よね。変わったケーキも悪くないのだけれど……フルーツタルトも美味しかったしタルトタタンも悪くなかったしロールケーキも良かったしブッシュドノエルも再興だったしシュトーレンも変わった感じで面白かったし……」


 待った、ストップストップ。幾ら何でもいきなりそんな量の情報を叩き込まれても、直ぐに理解することは出来ない……。ぼくの耳は一対しかないし、当然ながらぼくの頭も一つしかない訳だから。というか、脳味噌が二つ以上ある生き物ってこの世の中に存在するのだろうか? 色々な事象によってそうならざるを得なかった――とどのつまり、元来脳味噌が一つしかない生き物だったけれど、外的要因によって二つ以上になってしまった場合を除く――というのもあんまり見たことはないのだけれど。


「それについてああだこうだ言うつもりはないけれど……、でも、そういう存在って世の中探したら居るんじゃない? コンピューターだって脳味噌を二つ以上重ねて設計したら、処理速度が上がる……なんて何処かの論文で発表されていなかった?」


 発表されていたな、確か。ええと、あれは――機械研究論文発表会、みたいな名前だったような気がする。この時代、あんまりコンピューターやロボットといった物は開発されていないのだけれど――限りある資源を大切にしなければならない訳だから――実際は人的資源とか考えたら、ロボットやコンピューターを導入して自動化するのは、全くもって悪いことだとは言い難いのだけれど、それについてはあんまり言いたくもない。難しいことはこねくり回したところで、その意見がより良いものになるとは思わない訳だし、それをどれぐらい理解しようたって、理解出来ない人は当然ながら一定数は居る訳なのだから、わざわざその少数派に対して釈明する筋合いもない。多数派にさえ顔を向けていればそれで良いのだ。


「いや、それが正しいかどうかなんて、わたし達からもはっきりとは言い難いような気がするけれど? 実際、わたし達下層街は自動化によって多くの人間が職を失いかねないし、ロボットやコンピューターの導入だって無料で出来る訳がない。結論、人を一人雇うよりもお金がかかってしまったら、それでお終いなのよ。結果的に導入して赤字になるのなら、そのまま人を使っていった方が良い。……そういう風に考えている事業者も少なくないと思うけれど?」

「でも政府はかなり力を入れているのよね……。その、自動化について」


 コーヒーを淹れているヒーニアスは、何処か真剣な面持ちでそう言った。火をかけているから離れることは出来ないということは、十二分に承知していることではあるのだけれど、せめてもう少しトーンを上げてくれないかな。こちらまで聞き取りづらい。ただ、何となくニュアンスで意味は感じ取ったから、結果的には万事休すなのだけれど。


「それ、意味として間違っていない? 正確には結果オーライなのでは?」

「あれ? そうだったかな……。ぼくも耄碌してきたのかもしれないな。いや、或いはこういう風に時間稼ぎをしたいだけなのか……」

「分かっているなら、正しい言い回しだけすれば良いのよ。時間稼ぎしたところで、誰のためになるのか分かったものでもないし。……それにしても、プネウマちゃん」


 そこで、聞き手はいきなりプネウマに移された。

 何故彼女に聞き手が移動したのか、答えは単純明快。……先程聞いたもう一つのヒントについて、もう少し詳細に聞いておく必要があったためだ。


「……なに?」

「プネウマちゃんがさっき言った、『そら』についてもう少し教えて欲しいの。……もっと何か良いヒントはないかなあ? 覚えていることがあれば、何だって言ってくれて構わないのだけれど」


 それを言って思いだしてくれるなら、別に苦労することはないのだ。ただ、それについてはメアリだって分かっているはずだ。これはあくまで、探偵として行動をするためのプロセス、その一つに過ぎないのだと思う。なんやかんや、メアリとはそれなりに付き合いがあるから、探偵としてどういう風に行動しているのか、ということについては理解している……つもりだ。必ずしも、理解出来ている訳ではないけれど。

  

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