第3章 休憩と計画 Intermission.

第22話 休憩と計画 Intermission. 01


 軽喫茶ラウンジに足を運んだのは、これで百回目になる――なんて数えきれる訳もなくて、実際にはその回数もほんとうにその回数足を運んだのか分からなくなってしまっているのが実情だった……。ラウンジはぼくの家からそれ程遠くなく、メアリも良く足を運んでいるのだそうだ。メアリとしては探偵としての仕事も順調に続いているために、依頼人との会話をするためにこういう場所を必要としているらしい。事務所でも良くないか、それ。


「どうして余計な言葉を追加するんだか……。それが分からないのよね。もう少しまともな思考で考えていたら、もう少し違った話が出来るんじゃないの?」

「それを言われても簡単に修正できないことぐらい、お前だって知っているんじゃないのか? 知らずにそれを口にしているだけなら、それはそれで問題ではあると思うがね」

「……とにかく、注文を決めてくれないかな。話をするなら、それからでも間に合うと思うのだけれど?」


 ぼくとメアリの会話に割り込んできたのは、他でもない。このお店、軽喫茶ラウンジのマスターを務めるヒーニアスだった。ヒーニアスは男のようだけれど、振る舞いは女性である。しかしながら背格好や見た目は完全に男性そのものである訳で――例えば髭は整えられているけれど生やしているし、髪も散切り頭にしていて毛糸の帽子を被っているし――何故だかそのギャップが面白いと言えば面白いのだけれど、しかしながら、このラウンジに客が集まるのは環境だと思う。ヒーニアスの態度と、お店の居心地の良さが関係しているのかもしれない。多分。


「ちょっとそこは確定して言いなさいよ。せっかくわたしが出しているのだから、そこについては明確に判断してもらわないと色々困るのだけれど。……で、どうするの。注文は」

「ぼくはアイスコーヒーを」

「わたしはホットコーヒーと本日のケーキ!」

「はいはい、二人ともいつも通りの注文ね。……で、そこのお二人は?」


 ぼくとメアリはぶっちゃけここの常連な訳であって、メニューを見ずとも何を注文するかは決まっているのだ。ぼくがアイスコーヒーで、メアリはホットコーヒーとケーキのセット。因みに本日のケーキというのは、その名の通りであって、マスターであるヒーニアスが毎日自分の手でケーキを作っているからそういう名前が付いている、という訳。まあ、人は見かけによらないよな……。


「……ううん、いっぱいあってまよっちゃう……」


 プネウマは今のところ、見た目まんまの反応を示しているようだった……。ここでいきなり、大人ぶった口調や振る舞いをされたらどうしようかなんて思っていたけれど、そんなのは杞憂だったようだ。であるならば、ぼく達も子供のように扱えば良い。ぞんざいに扱うという意味ではない。


「それじゃあ、お嬢ちゃんはココアと……パフェにしてあげようかしら」

「ぱふぇ?」

「パフェというのはね……、うふふ、見てからのお楽しみよぅ」


 くねくね踊りながら笑みを浮かべるヒーニアス。よっぽど子供が好きなんだな……。確か前に来たときもそんなことを言っていたっけ。ここを始める前は塾の先生をしていたとか。

 塾……簡単に言ってしまうと、学習塾ということになるのだけれど、下層街に住んでいる人間が塾に通える程財力があるかと言われると、答えはノーと言わざるを得ない。そもそも、ベーシックインカムで得られるお金は必要最低限の生活に使うための金額しか渡されていない訳だから……、いわゆるオプションのような感じになってしまう学習塾までにお金をかけられる人間は居ないだろう。

 ということは、とどのつまり、塾を使う人間は金持ちというか、そういう生活必需品以外にもお金をかけられる人間になってくる訳で……当然そういう人間(正確に言えば、その子供)をターゲットにする訳だから、そのためにはやはりそれなりの常識や品格のある人じゃなければならないのだろうけれど、あろうことか、今やこんな風に女性になってしまっているヒーニアスは、学習塾の先生をしていたのだという。しかもそれなりに生徒からの評判も良くて……、先生を取り合いになることもしばしばあったらしいのだ。うーむ、ますます信じ難い。


「何か言ったか?」


 何も言っていない。何も言っていませんよ。だからその低音ボイスを止めてくれませんか。それをされると一気に何かしでかすんじゃないかという危険が増してくる。


「だってそういう攻撃をしてきたのは、ライト、あんたの方じゃないか。ここでわたしが攻撃を……いやさ、反撃をしたところで、あんたに悪いと思ったことはありゃしないよ。ある訳ないだろう。わたしだって、そりゃ殴ったら良心が悼むことだってある。あるかもしれないけれど、少なくとも理不尽にそういうことをするつもりはない。あくまでも、それなりの言い分があって初めて攻撃出来る訳だからね。分かったかい?」


 ……分かった。分かったから、そのソーサーを投げようとしないでくれないか? 明らかにそのフォーム、こちらに投げる気満々だろ。割れたらどうするつもりだ? ぼくだけじゃなくメアリやプネウマだって傷つく可能性もある訳だけれど。


「それについては安心しな。……大丈夫、絶対にあんた以外の被害は出さないようにぶつけてやるよ。これは陶器じゃなくてプラスティックだからね。こういう投げるときには便利なのさ」

「ああ、成る程……って納得する訳ないじゃないですか」


 思わずノリツッコミしてしまった。

 そういうガラじゃないのに。


「ともあれ、コーヒーを淹れないと何も始まらないわね……。あんたと話をしていると永遠にコーヒーが淹れ終わらない。少しはこちらにも気を配って欲しいものだけれど」

「いやいや……、こっちはお客さんですよ? 別にお客様は神様なんて、昔の古臭い俗説を振りかざすつもりはありませんけれど……」

「俗説じゃなくて実際に存在していた慣わしみたいなものよね。ただし、それは歌手が残した歌……だったかな? そこで語られたフレーズにそういうものがあったんだって。お客様は神様だ――って。しかしながら、何故それが世間一般に浸透して、今じゃ客商売をしている人間は全員そうあるべきだ、という誤ったルールになってしまったのかは……確か文献を読んでも分からなかったような気がするけれど。まあ、都合の悪い事実は隠したがるものよね」

「誰にとって?」


 お客様が神様じゃなきゃ困る組織が何処に居るんだか。


「そりゃあ……政府とか?」


 そりゃ、お門違いだ。

 確かに政府はこの世界唯一の機関でもある訳だから、絶対的な権力を保持している訳だし、それを振りかざそうと思えば平気で振りかざせるはずだ……。それこそ、住んでいる人間のことなんて、無視してしまうぐらいに。

 しかしながら、それは絶対に正しくない訳であって、それの正当性を示そうとするなら、政府の反対勢力を皆殺しにしなければ何も始まらないだろう。ラジコンのように右向け右で全て一列に並んでしまうような、そんな生き方が素晴らしいかどうかなんて、火を見るよりも明らかだ。

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