第21話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 14

 ジョーさんは政府のベーシックインカムを自由に使えるお金――遊興費に使っているってことだよな。だから、生活費が全然拠出出来ない。じゃあどうするかというと、ベーシックインカムが出来てからの問題ではあるのだけれど、働けるのに働かない人というのが増えてきていて、そういう人は働かずにしてお金を稼げないかと模索するのだ。働かざる者食うべからず、なんて古い言葉も何かの文献で読んだような気がするけど、しかしながら、それは今の時代だって適用されるかと言われると微妙ではある。ベーシックインカムの趣旨は、好きなことして暮らしていくための補助であって、そこに全くお金を稼げなくても仕方がないよねという話も盛り込んであるという訳。仮にそれを盛り込んであったとしても、一定数はそれを無視してしまって全くお金がありません――なんて人も出てくる訳だ。ぼくみたいに無欲な人間なら、お金は貯まる一方――微々たるものではあるが、塵も積もれば大和撫子とは言うのだ。


「それを言うなら山となる、でしょ……。言葉の前半と後半で意味が繋がらない言葉を、昔の人は使っていたのかってなる訳だし。そもそも大和撫子って何よ。聞いたことはあるような気がするけれど……、最近の言葉じゃないわよね?」


 遥か昔の言葉だったと記憶しているが、そんなことも分からないのか?


「分かる訳ないでしょう。わたしを何でも知っている全知全能か何かと勘違いしているのかしら? ……だとしたら、相当滑稽ね。わたしは知っていることは知っているというけれど、知らないことは知らないと言う。……あなたが知っているのよ、ライト」


 いやあ、どうだろうね。確かにぼくが知らないことは知らないと言い切ることが出来るし、その逆も然り。しかしながら、それをどう受け入れていくかということについては……、やはりニュアンスの問題かもしれないな。右ハンドルの運転席から見える視界と、助手席から見える視界は全然違うなんて聞いたことがあるし。停止線の位置も、その双方では見える位置が全く違うんだってな。ボンネットがあるからその分が視界になって、いざ停止線で止めようとしても最初は止められないんだって。


「何その限定的な知識……。そもそも、このご時世で車を手動操縦する変わり者って居るのかしら? わたしだって一応免許は持っているけれど、それは最早娯楽の一種だからねー。業種によっては優遇されるとはいえ、その業種はあまりにも限定的なものだし。何でもかんでも自動操縦にしちゃうのは悩みものよね」

「それについては、長々と語るべきタイミングではないのかもしれないな……。だって、ぼく達は全く車を運転しない訳だし。このぼくに至っては免許すら持ち合わせていない」


 天衣無縫の唐変木だからな。


「何それ、天衣無縫も唐変木も意味を理解して言っているの? だとしたら相当お笑い種ね。……まあ、何でもかんでもコンピューターに頼っていたら、それこそ全てが終わってしまう訳よ。何かの絵本……漫画って言うんだったかな? あれにも描いてあったわよ。何でも未来人は頭脳ばかりを使うから頭でっかちになり、手足を使わないから手足が細くなって、空気が汚いから鼻毛と髭が伸びっぱなしなんだとか。……古代人は凄いよね。的確に未来のことを想像出来て、それを絵に纏められるんだから。そして今、現代社会の……その頃から比べたら未来人のわたし達が見て、こんなの有り得ないだろとか、よくここまで想像出来たなとか、そういう話に花を咲かせられるんだから」


 うーん、でもそれって古代人が一から考えたものなんだろうか。オーパーツってのは良く聞いたことあるけれど、大体そういうものって実はそれ程昔じゃない時代の人がわざと遺したというケースもあるよな。とてつもない昔に現代社会の科学技術が遺してあって、滅茶苦茶話題になったけれど、実際にはそれよりも遥かに未来の時代――ぼく達からしてみれば、どちらも過去というニュアンスではあるのだろうけれど――の人間がそれを遺してしまったなんて報道されたからには、一気にメディアの論調が変わってしまって、誰がそれを行ったのかといった犯人探しをするようになってしまったのだ。人間ってのはいつの時代も狡賢いというか悪どいというか……、そりゃあ何処かの宗教の教典にもあったけれど、大洪水とか起こされるよな。


「何それ。ライト、宗教とか信じる人間だったっけ?」


 軽く笑われながら(笑いながら、じゃない。ぼくの言動や思考を見て嘲るように笑ったのだからこの表現が正しい)、メアリはそう嘯いた。ぼくは全く宗教なんて信じていない。それどころか神は居ないとも思っている訳だ。無宗教の極致とでも言えば良いのだろうか……。このご時世、不安になる人も多いから宗教にとってみれば良い金蔓……おっと、言葉の表現が間違っていたな、失敬失敬。良いカモが増える訳だから、ラッキーとでも思っているのかもしれない。人間誰しも良い時代なら皆が救われる――なんてそんな御伽噺でもなかなか見られないような結末は、現実では有り得ないのだ。


「いやいや、そこじゃなくて……全然言葉の表現変わっていないでしょうよ。寧ろ直接的になったから、言い直した方が悪いような気がするし」


 そうかな?

 ぼくとしてはこれでも大分薄めた方なんだがな……。コーヒーを大量のお湯で薄めたかの如く。


「それ、ほんとうにコーヒーの味する? ただの黒の液体になっていない? ……まあ、それが好きって人も居るわよね。アメリカンって言うんだっけ? コーヒー豆から抽出したコーヒーの……ここでは敢えて原液と表現する訳だけれど、それをある程度薄める飲み方だったかしら。コーヒーは飲みたい、けれどカフェインはそれなりに要らないって人に愛されているみたいだけれど……、だったらカフェインレスのコーヒーを最初から飲めば良いのに。そんなに味も変わらないはずでしょう?」


 わたしはカフェインレスのコーヒーなんて飲んだことないけれど――メアリはそう言い放って、頷くのだった。

 いや、飲んだことないなら堂々と言わない方が良いと思うぞ。多分カフェインレスとカフェイン入りのコーヒーじゃ、色々と違いがあるんだろう。味とか風味とか香りとか。


「何か表現被っているような気がするけれど、気のせい? ……まあ、そういう回りくどい言い方をするのも、あんたの長所のようで短所のようなところよね」

 せめて、きちんと長所であると言い切ってくれればぼくもこれからの話をやりやすいのだけれど……、ただまあ、メアリにはメアリの考えがある訳で、それと同じようにぼくにはぼくの考えがある。それらが鎬を削ってまあまあ及第点にもなる辺りを見つけてそこで解決していくのが、ぼくとメアリの話し合いの流れだ。言葉と言葉の殴り合いとでも言えば良いかな?

「何でそんなことしなくちゃならないのよ。少しは譲歩しなさいよ……。まあ、とにかく長々と話をするなら、やっぱりそれなりの場所を用意しないとね。ねえ、ここはあそこに行かない? これからのことも色々と話し合いたいし……、それに、ここまで連れて来てくれたリッキーさんにもお礼がしたいし」


 それは同意する。ここは埃っぽくて敵わない……。出来ることならコーヒーが飲みたいな。さっきコーヒーの話題を出した訳だし。


「あんたが勝手に出したんでしょう……。でも、その意見には同意するわ。やっぱり探偵活動の一環として必要なのは、ティータイムよね。かの古の名探偵、シャーロック・ホームズもティータイムは欠かせないとか言っていたような言っていなかったような」


 そこははっきりしておけよ、探偵におけるマイルストーン的立ち位置なんだろうが……。ただ、シャーロック・ホームズって色々表になかなか出しづらいような設定なかったっけ? 薬だか何かの常習をしていたとか。


「それについてはノーコメントで!」


 ノーコメントって。別にコメントしようがしまいがお前の立ち位置に何ら影響はないだろうに。まあ、腐れ縁の友人が薬をやっているというなら、話し合いで解決出来るなら解決したいところではあるけれど……。

 そういう話をしながら、ぼく達は長々と居座る訳にもいかない機械室を、それなりに長々と居座ったのを反省しつつ、後にするのであった。


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