第20話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 13

 例えば、収入。これは正直覆しようがないのだけれど……、上層街と下層街とでは、住んでいる人間の収入の差が大きい。あまりにも大き過ぎる。最終的に年収で比べるとゼロが一つか二つ足りないぐらいになってしまうのだ。では、その上層街の人間はどうやって高い収入を維持しているのだろうかというと――簡単に言ってしまうと、働いているからだ。尤も、上層街に住んでいる人間は大体が管理職以上、それも役員クラスなので、あんまり働いているという感じはないのだけれど、デスクワークや監査でその仕事の大半を占めている訳であって、ぼく達が想像出来る範囲を超えてしまっていたりする。役員だと力仕事はあんまりやらないとは思うのだけれどね。もしそれまでやるとしたら、平社員の役目がなくなってしまう。大方、役員になれるぐらいの評価をされているならば、それなりに経験を重ねているだろうし、現場作業をする人間でもベテランの中に入るだろうし。


「まあ、やろうと思えば上層街に行くことは出来る訳だからね。ただし、どうやって受けるかは不明。合否条件も分からないものだから、下層街の人間からは、お気に入りの人間しか受けさせないし合格させない試験だって言われているよね。まあ、多分条件を満たした人間というのは、十中八九合格出来る訳だろうし」


 とどのつまり、進級試験を受けるためには政府のお眼鏡にかなった人でなければ受けられないということだ……。そのためには政府に尽力することが必須だろうし、或いは上層街にある程度のコネクションを持ち合わせていないと駄目だろう。後者はなくてももしかしたら合格出来るのかもしれないが、仮に合格出来た後、村八分になるのは目に見えている。だって上層街は文字通り上流階級の人間が住んでいる訳であって、そこに住むだけでステータスになるのかもしれないが、当然、その時点で人生のゴールと決まった訳ではない。仮に七十年生きるとして、三十歳で上層街への進級が決まったら、あと四十年は上層街で暮らしていくことを覚悟しなければならないのだ……。そのためには努力を続けなければならないだろうし、結果も出さなきゃいけない。上層街の人間の苦労は、下層街の人間には分からないのだから。


「上層街と下層街、その仕組みを定めた奴は上層街の人間からは相当絶賛されただろうよ。自分が視界に入れたくない人間をわざわざ追放してくれたんだからよ。……まあ、それは下層街の人間も思っているのかもしれねえけれど。ただ、下層街の人間からは最悪の評価だわな。何せ、この制度は古い時代にもあった農奴に近いものだろうしな。ええと、何だったかな。貴族と農奴だったか? それに照らし合わせるなら、上層街の人間が貴族で下層街の人間が農奴だよな」


 あんまり自分のことを農奴だとか卑下したくはないのだけれど――しかし、それが政府から定められているのであれば、致し方ないのかもしれない。別にこの生活に不満がある訳じゃないし。寧ろ働かなくて良い、自分の好きなことをやって生活出来るシステムは最高に素晴らしいものだと思うよ。


「……ところで、これからどうすれば良いんだろうか。空……って簡単には言うけれど、随分と幅広い解釈が出来るよな。それこそ、銭湯にあった青い山のイラストじゃ駄目なのか?」

「駄目に決まっているでしょ、イラストなんだから」


 ……冗談のつもりで言ったのだけれど、メアリにはそれが通用しないご様子だった。

 お堅いというか、なんというか。


「お堅いという訳じゃなくて、あんたの考えに乗っからなかっただけ。あんたの考えに乗っかると、五分で終わる話が一時間になりかねないからね。……そういう仕事でもやってみたら? やる気はないの?」


 ないね。ぼくはずっとこのベーシックインカムで生きていくつもりだからね。別に贅沢さえしなければ普通に暮らしていけるぐらいの金額は貰える訳だし……。


「だから、それが問題なのよね。ベーシックインカムって……、確かに働きたくないか好きなことを仕事にしたいけど安い給料しか貰えないみたいな人にとってみれば、有難いシステムなんだと思う。けれど、それはメリットに着眼しただけの話。もっと広い視野を持って……デメリットも考慮して考えた時、直ぐに浮かび上がってくるのは……その負担を誰が受け入れるのかって話。お金は無尽蔵に出てくるものじゃなくて、貨幣の流通量は決まっている訳だから、政府の収入と支出はイコールにならなければならない。じゃあ、ベーシックインカムで増えた支出をどう収入で補うのか……って言われたら」


 そりゃあ簡単だ。税金を増やせば良い。所得税、消費税、酒税、煙草税、自動車税……、ありとあらゆるものに税金をかけて――或いは増やして――収入を上げてしまえば良い。国民は苦労するし消費も落ち込むかもしれないけれど、それを見込んでも収入が増えれば後はどうとでもなれというスタンスなのだろう。


「まあ……、それでも賄え切れなかったら、他の都市から借金をすれば良いのでしょうけれど。政府とはいえ、それぞれのスチーム・タートルは独立している訳だから」

「一番儲かっているのが、第二都市だったっけ? カジノにホテル、映画館にプールといった一大リゾートを築いているんだったかな。第二都市だけで他の都市の二倍以上稼いでいるとかいないとか」


 その代わり住民は他の都市に比べると少ない――なんて聞いたことがある。ただしリゾートは年中無休で動き続けているので、そこに雇われているスタッフのための家が大半を占めているなんて聞いたことがあるけれど。


「上流階級の人達も、あそこに住む人はあんまり居ない……なんて聞いたしね。何でもリゾートとして短期的に住むなら最高の場所らしいけれど、長期滞在はしたくないって。……余裕がないからなのか、単にそこの環境の問題なのか……」

「いや、どう考えたって環境の問題だろ。冷静に考えて、夜中もカジノの電気が煌々と照らされているんだろ? 流石にそこに窓を面して置いてはいないだろうが……、やっぱり明るいと眠れないって人も居るだろうし。あとは騒音か。カジノって、パチンコとかはないんだったっけ?」


 この都市にもパチンコはあるけれど、まあ、扉が開くと滅茶苦茶に五月蝿い。防音技術をしっかり取り入れていることについては好感を持てるけれど、ずっとあの騒音を聞いていたら耳がおかしくなりそうだ。


「スチーム・タートルの不平不満はさておいて……、次のヒントが見つかったのなら、さっさとお暇しましょうか。ここに長々と居る理由もないしね。もし誰かがやって来てわたし達のことを密告でもされたら溜まったものじゃないし」


 それこそお縄にかけられてしまう……。警察署のご飯は美味しくない、なんて聞いたことがあるしな。たまにゴミ捨て場で会うジョーさんは「あそこの飯は臭くて嫌だね」なんて言っていたような気がするし。


「あの人、ギャンブルばかりするから、警察署をホテルか何かと勘違いしているんじゃないの? いつもゴミを漁ってばかりいて……、ああいう風にはならないようにしないと、っていう反面教師的立ち位置として見るなら大変有難いことではあるけれどね」

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