第18話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 11

 しかし、双六ならまだやり直しが効くかもしれないが、現実だとそうはいかない。リカバリーが効くのもゲームならではのことであるし、現実でも必ずリカバリーが効くかと言われると――そりゃあそのパターンやシチュエーションによるんじゃないかな。シチュエーションによっては取り返しのつかないことはある訳だし、ぼくも幾度かそういう機会に見舞われたこともある。それについては、近い将来語る日が来ると良いんだが。


「なに含みを持たせた言い回ししているのよ。それをしたからって何も得はしないし、だったら直球で話してくれた方がこちらも楽だったりするのよ。回りくどい言い方は、はっきり言って嫌われる傾向にあるんだから」

「……直せと言われても簡単に直せる訳がないだろう。そんなことが出来たら苦労しないし、ぼくのアイデンティティが消失するんだから」

「誰も得しないアイデンティティなんて存在する価値があるのかしら? ……まあ、戯言は程々にしておいて、どう? 何か見えそう?」


 見える、って……。彼女は超能力者でも透視能力を持ち合わせている訳でもないんだぞ。いきなりこの作品が異能力バトルに目覚めたらそれはそれで話は変わってくるかもしれないが。


「うん、ライトは黙っていてくれるかな? ……いちいちあんたの話に付き合っていると、時間が幾らあっても足りないんだから。何度も言ったかもしれないけれど、少しは自覚して? 出来ないのなら、これ以上話を回りくどくさせない努力の一つでもしてみたらどうなの?」


 そりゃあ無理難題だ……、屏風の中に居る虎を捕まえさせようなんて言っているのと同義だぜ?


「そんな頓智を効かせたつもりはないのだけれど……、ええ、そうね。とにかくあんたが喋らなければこの話の四分の一は減っていたんじゃないかしら」

「それ、君も同罪だろ? ……ぼくの意味のあるようでないようでやっぱりありそうな、のらりくらりとした話題にずっとついてきてくれたじゃないか」

「それはそれ、これはこれ」


 どれがどれを指しているのか、直ぐには見当が付かなかった訳だけれど――しかし、メアリがこう自分の余罪を追求させまいと思っているのを見ると、案外彼女も切羽詰まっているのかもしれない。まあ、悪いこととは言わないし、それがメアリの良いところなのかもしれないな。なんやかんやで腐れ縁としてずっと付き合ってきた訳だから、それぐらいは保証してやる。流石に借金の保証人になるつもりはないけれど。だってお金ないし。


「やっぱり世の中お金よね……。お金がなければ、解決出来ることも解決出来ないんですもの。そりゃあ、あればある程困らないかもしれないけれど……滅茶苦茶にお金があるところは、その処理方法も大変そうな気がしない? 出来るなら、沢山処分してあげるから欲しいんだけれどな」


 半分私利私欲がダダ漏れじゃねえか。それだからお金が貯まらないんじゃないか? いや、今は多くは語るまい……。ぼくとメアリは同じ人間のようで、生きているフィールドが違うのだ。であるならば、やはり価値観も生き方も考え方も変わってくるのは当然のことだ。海老が赤いのは食べ物によってそうなっているからであって、食べ物に青の色素を加えたら青い海老が誕生するのと同じ理屈だ。


「そんな理屈と一緒にされちゃ困るんだけれどね……。というか、今は餌にも拘っている訳だから、青い海老だって黄色い海老だって……はたまた黒い海老だって居る訳だろうし」


 それ、ブラックタイガーの暗喩だったりする?


「それ、虎でしょう?」

「いや、海老だな」

「海老だね」


 総ツッコミ(プネウマを除く)を受けて、撃沈するメアリ。……多分彼女のことだ。きっと冗談を交えて言ってくれたんだと思う。きっとそうだ。そうじゃないと、この状況を受け入れられない……。だって、メアリは割と博識だからな。


「割と、っていう言葉を外してくれるともっと有難いのだけれど……、でもありがとうね。とやかく言うつもりはないけれど、そういう言葉がストレートにぐっと来る。言霊……だっけ? 言葉に力が宿るなんて話も聞いたことがあるけれど、素直に感じることが出来るわね」


 うん……うん? 言霊ってそういう意味だったっけ? 確か実際に発言するとその通りになってしまうだとかそういうニュアンスのことだったような気がするけれど――。


「……そら、」


 そこでぼくは強引に思考を阻害された。というものの、その原因は紛れもなくプネウマだった。何故プネウマがそんなことを口にしたのかなんて、少し物事を遡ってみれば、答えは容易に見えてくるはずだった。

 プネウマは、機械室を一瞥している。

 いや、一瞥とは言い難いぐらい、何度も見回している。

 そして、その上で出た結論――いやさ、ファーストインプレッションが、それだった。


「空……? 今、プネウマちゃん、何か言ったよね? 紛れもなく、何かを言ったよね?」

「いや、何かって……。君が最初に口にした、その言葉を口にしたのだと思うけれど?」


 しかし、空、か。

 もしかしたら、同音異義語なのかもしれないけれど、しかしぼくの耳が健常者と同等であることが確かであるならば……、プネウマは確かに『空』と口にしたはずだ。

 空。

 つまり、スカイ。天井というか……、頭上に広がるもののことを言うのだろう。

 でも、空?

 歯車と配管だらけのむさ苦しい機械室で言ったその一言は、開放的だという言葉が一言目に出てくるような、抽象的な言葉であるとは。

 いや、或いは……直接的な言葉なのかもしれないけれど。


「空……ってどういうことなんだろう? プネウマちゃんは、どうしてそんな言葉を口にしたんだと思う? ね、プネウマちゃん。もっと分かったことはないかなー? お姉ちゃんに教えてくれないかな」

「お姉ちゃんと言える程の善行を積んできたとは到底思えないのだけれど」

「黙っていろ童貞」


 ひどい。

 割とひどいステータスで侮蔑されたような気がするぞ。その発言を言って良いということは、女性にもあの言葉を口にして良いってことだよな。けれど、令和のコンプライアンス的なことを考えると、その発言を口にして良いのか憚られるところもあるのだけれど。

 いや、冷静に考えろ。

 令和のコンプライアンスって何だ?


「……あおい、そら。それだけ……」

「青い……空? いやいや、そんな空が見える訳が……」


 そんな空は、ここ数十年と見た人は居ないと思う。いや、もっと昔から青空は見えていないかもしれない。

 というのも、今まで表現していなかったから、全く把握していなかったのかもしれないけれど……、ぼく達の頭上――尤も、今は機械室に居るから上を向いても天井しか見えないんだけれど――に広がるのは、やはり天井であった。

 かつては空が広がっていて、開放的な空間だというイメージが強かったかもしれない。

 しかし、それは今は昔。上層街と下層街に分断されてしまった現代では、下層街から見ることの出来る空というのは、非常に限定的だった。

 スチーム・タートルの周囲――外壁とでも言うべきだろうか――の近くには自衛軍基地が設けられており、ぼく達が住んでいる下層街はそれに囲われた世界となっている。とどのつまり、ぼく達が青空をこの目で見ることは……、金輪際訪れないということだ。

 尤も、スチーム・タートルから外に出れば全て解決するのかもしれないが……、スチーム・タートルの外に出ることが出来る人間は一握りで、下層街に住んでいる人間がその権利を得ることは、天地がひっくり返っても有り得ないことだった。

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