第17話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 10
「フェアかフェアじゃないかは置いといて、実際どうなんだよ。……ここは、そのお嬢ちゃんが来たことのある場所なのか? それとも違うのか?」
そう。
本題はそこである……。ぼくの家に落ちて来た、謎の少女プネウマの記憶について。記憶は曖昧で、それ以外の記憶も出来れば思い出して欲しいものだけれど、そうも行かない。思い出してくれという思いだけで記憶が戻って来るなら、さっさと皆そう思うに決まっている……。例えば昔は多かったらしいけれど、年齢を重ねていくにつれて、記憶を失っていく病気にかかる人も居たらしい。最終的には自分の名前すら忘れてしまうんだとか。怖いな。呼吸したり心臓を動かしたり……、そういう生存に必須なことについては忘れないんだろうか?
「忘れる忘れないじゃなくて……、それは本能なんじゃないの? とどのつまり、たとえ記憶を全て失ったとしても、それだけは忘れないでいる、と。機械をリセットしたからって、何もかも使えなくなる訳じゃない。基本に関わるところを消去したら、全く動かなくなるとかはあるのかもしれないけれど……、今はそれを省くとして」
成る程、生存本能か。確かにそれは納得だ……、でもそれはそれで厄介だよな。理性とかを失っていないだけマシなのかもしれないけれど。
「でも、全てを忘れた人ってのは恐ろしいらしいわよ? 恥ずかしいという気持ちも、身体にかかっているリミッターも外れてしまうらしいんだから。リミッター……意味分かる?」
ええと、つまり――これ以上は動かせないという限界を超えてしまうということか?
「その通り。具体的には、関節がここまでしか曲がらないのに、痛みを認識しないから、そのまま曲げてしまって脱臼してしまったり……、足が疲労を訴えているのに走り続けて心拍数が上がり過ぎて倒れてしまって、そのまま息を引き取ったり……。案外、リミッターが外れた人間って恐ろしいわよ。それこそ、何をしでかすか分かったものじゃない。今はもう必要ないけれど……、昔は自動車を運転するのに免許が必要だったらしいじゃない?」
ああ――今は自動操縦が主流になってしまっているから、自動車免許を持っているのは、わざわざ手動操縦で運転したい変わり者ぐらいしか居ないらしいけれど、それが一体どうしたって言うんだ?
「昔は、スチーム・タートルよりめちゃくちゃ広い土地で生活していた訳でしょう。で、その土地も全てが栄えている訳じゃなくて、写真とか本とかで見たことがあるかもしれないけれど、長閑な土地が広がっていることだってある。鉄道やモノレール、バスなんかも走っていないような場所があったんだって」
「古い書物にはそんなことが書いてあったような気がするな。……この時代からすると、甚だ信じ難いことではあるけれど。だって、鉄道にバスもなければ、どうやって生活していたんだ? 自転車?」
「そこで使われていたのが自動車、あとはバイクかしらね。……その当時は自動操縦なんて夢のまた夢なんて言われていた頃だったから、自転車を運転するには技術も知識も必要だったらしいわよ。それこそ、助手席に先生を乗せて何時間もつきっきりで実技授業を受けるんですって。試験も受けなきゃいけないから、落ちる人も居たんだとか。……でも、その土地にとってみれば、自転車を運転出来るかどうかは死活問題。買い物にも病院にも仕事にも行けない。だから若いうちから……その当時は十八歳から免許を取りに行けたらしいけれど、その年齢になったら直ぐに自動車免許を取りに行く、というのはそういう土地では当たり前のことだったらしいわよ」
「何だか、全然想像出来ないな……。今じゃあんまり自動車を運転出来る人が居ないからかもしれないが。でも、全く居ない訳じゃないよな? ええと、確か……」
「代行運転をする仕事もあるにはあるわ。自動操縦が主流となってしまったから、手動操縦出来る人が少なくなってしまって……、そういう需要に応えるために始まった仕事ね。何だって仕事にしちゃうんだから、人間って強かよね」
強か、というのは概ね間違っていないような気がするけれど、しかし、この状態で使う物だろうか?
「人間が頭脳しか使わなくなることは悪いこと可というと、案外そうでもない……。ぼくは本を読んだだけだから、実際にその時代の人に見聞きした訳じゃないけれど、その時代は生きづらかったんじゃないかな? だって、自動車がないと生活出来ないなんて……今の時代じゃ考えられない」
考えられるということは、実現出来ることでもあるのだろうけれど。
「それはわたしにだって分からないわよ。スチーム・タートルが出来てからどれぐらいの年月が経過していると思っているのよ。それこそ、スチーム・タートル自体にガタが来ていると言ってもおかしくないぐらいの年月は経過しているはずなのに。……でも、大型のメンテナンスってあんまり行われないような? ソフトウェアでいうところの、マイナーアップデートを繰り返している印象が強いけれど」
メジャーアップデートとマイナーアップデートが、スチーム・タートルにも適用されるのかどうかは定かではないけれど、しかしながら、メアリの発言も間違っていないようだった……。実際、暮らしている内には全く認知しないけれど、重箱の隅をつつくように目敏くチェックしていくと、結構ボロボロであったりする。さび付いていたり、水が漏れていたり、蒸気の音が五月蠅かったり。
「最後は余計な気がするけれど……、実際最後に至っては修正しようがないじゃない。スチーム・タートルは読んで字の如く、蒸気機関によって動かしているのだから」
「そりゃあ、分かっているよ……。でも、スチーム・タートルって凄いよな。昔は蒸気機関を使っていなかったんだろう? 本でも読んだけれど、油を燃やしたり、爆発させたエネルギーを使って発電していたとかしていなかったとか。蒸気機関も出てきた当初から比べれば、エネルギーの回収率は向上したようだけれど……、それでもその二つに比べると全然効率が違う、なんて聞いたことがあるな」
「だったら、どうしてスチーム・タートルはスチーム・タートルとして動かしていたのかしらね? ここまで複雑な作りをしているのだから……、何か理由でもあるのかしら?」
「その時代で一番効率の良いエネルギーが蒸気機関だけだったんじゃねえのか?」
そこで口を出したのはリッキーだった。
二人の会話に夢中になっていて、すっかりリッキーのことを忘れていた……。わざとではないので、我慢しておいて欲しい。
「我慢してくれ、と言われて我慢出来るのがおかしな話なんだがな……。それと、さっき言っていた発電方式だと色々と問題があるなんて聞いたことがあるな。空気を汚染してしまうとか、何かあったときの対策を取りづらいとか。一方、蒸気機関はある程度安定していて、尚且つリカバリーが効くから……、だから蒸気機関を導入したとか、案外そういうような単純な理由だったりするんじゃねえか?」
確かに、言われればそれまでだった。
けれど、そう簡単に片付けられちゃうと、やっぱりこねくり回したくなるんだよな。
「……ほんとそれ、悪い癖だからね? わたしもそういうことをしてしまう癖はあると自覚しているから、思い出したら頑張ってコンパクトに纏めようと努力はするけっれど、あんたの場合それすらしないでしょう? 場合によっては、分かっているのにわざと無理矢理話を繋いだりしているでしょう。それで友人が減るのよ」
友人が減るのとぼくの話し方は別問題だろう。……多分。
いずれにせよ、人間というのは誰しも同じ生き物じゃないって訳だ。ロボットとは違うからな。ロボットは一体一体管理番号が割り振られているようだけれど、人間にも……政府が管理するための番号が割り振られているから、良く良く考えなくても同じシステムだったり?
「そこについてちゃんと話しなさい。一貫性を持たせるならね……さて、」
話を切り替えようとするメアリ。
当然ではあるが、今この部屋に居るのはぼく達だけで、ぼく達がここにやって来ているのは、部屋をじろじろとくまなく眺めているプネウマの記憶の断片を追うためでもあった。
何か一つでもヒントがあればそれで良い。
しかし、一つでもヒントがなければ――進展がなければ――そこで手詰まりだ。双六でいうところの振り出しに戻らなくてはならない。
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