第14話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 07

 モノローグがすっかり長くなってしまったけれど、目的地に着いてしまえばどうということはない。こういう経験は別段初めてという訳ではないのだけれど、さりとて、いざ自分が向かい合った時にどのように対処すれば良いのかということについては、随分と判断に悩まされることがあるのは、間違いではない。

 ぼく達が機械室――リッキーが言うところの、恐らくプネウマの記憶の中にある空間――は、扉が閉ざされていた。当然と言えば当然ではあるのだけれど、この部屋自体が機械室であって、ここにある機械が壊されるとか非常事態が起きたときにスチーム・タートルの運営に影響が出るから、基本的に部屋の鍵は閉ざされているのだという。

 メンテナンスを行うリッキーですら、七日に一度入るか入らないかぐらい。

 それぐらいの頻度でしか出入りしないのであれば――この部屋の存在に気づかないってことも有り得る。

 つくづく、リッキーの記憶力には感謝せねばなるまい。


「……もっと感謝すべきポイントはあると思うんだけれどな? 例えばほら、おれがメンテナンスの仕事をしていなかったら、そもそもここには入れなかった訳だろう? それについての感謝の気持ちを持っても別に悪いことじゃねえと思うんだけれどな」


 それは……ほら、ここの存在を知っている、イコール、ここを定期的に使う人間しか有り得ない訳であって。

 ここへの案内とイコールになるというか。


「でもでも、ちゃんと感謝の気持ちを持たないと駄目なのは……その通りだな、って思わなくもないけれどね。実際、感謝の気持ちを持たない人間って多いらしいよー。この前のラジオでも言っていたよ」


 メアリの情報源はラジオしかないのか。

 それも特定のラジオ番組の。


「あり? バレた?」


 バレたも何も、振る舞いで分かる。


「……それにしても、お前さん達仲が良いようだけれど、いつからの付き合いなんだ? この第四都市で……いいや、もっと言っちまうと、下層街に住んでいる人間同士で、そういう風に仲が良いのはおれの経験上見たことがねえ。何つーか、色々な山を乗り越えたような、そんな感じがするぜ」


 ええと……もっと具体的に言って貰えます?


「具体的に言うと、一日で出来たような関係じゃねえよな、って話だ」


 そりゃあ、確かに。

 ぼくとメアリの関係を、一文で説明しろ――なんて言われるとぼくはノーと答えざるを得ない。そんな簡単に答えられる程、二人の関係は簡単なものではないのだ。ええと、あれは確か三十六万年前だったような気もするけれど……。


「そんな昔からの付き合いでもないし。仮にそうであったとしたら人間じゃないでしょう、わたし達。……まあ、それについてはいつか話す機会があったら、話すことにします。今は取り敢えずお預け、ということで」


 え。良いのか。

 原稿用紙百枚分ぐらいのエピソードを語るつもり満々だったのに。


「こんなところで話したって、全然意味がないでしょう。……さあ、リッキーさん。扉を開けてください。わたし達はそのためにやって来たんですから。ライト、忘れたとは言わせないわよ? ここにやって来た理由は何であるか」


 ええと、何だっけ――。


「社会科見学、ではないからね」


 先を越された!

 ……分かったよ、ボケる必要はないってことだろう。ここに来た理由、そんなこと分かっているよ。片時でも忘れたことなんてない。ぼくの家に落ちてきた少女プネウマの記憶を辿るためだろう?


「……真面目に話してくれるなら、全然楽に進むんだけれどね。まあ、いいや。さあ、リッキーさん開けてください」


 おうよ、と言ってリッキーはカードキーを装置の穴にスライドさせていく。

 ピンポーン、という電子音とともに扉がゆっくりと開かれていった。

 案外あっさり開くものなんだな。もっと仰々しく扉が開いていくものかと思った。例えば、クイズとか出題されたりして。生まれた時は四本足、死ぬときは三本足。これってなーんだ?


「それってスフィンクスの謎解きじゃないんだから……。ちなみに答えは人間、でしょう? 生まれた時ははいはい歩きをするから四足歩行になって、死ぬ直前になる人間というのは大抵杖を使っているから、足の二足に追加して一本増えて……三本になる、って訳よね」

「あり? そうなのか、てっきりもっと小難しい言い回しなのかと思っていたぜ……。それにしても、ライト、お前さん色々博識だなあ! おれの上司にも似ているような気がするけれど、あいつとは明確に違うポイントがあったりする訳だし、そいつと並べて話すのもどうかとしている、って訳だな」

「上司? 管理者って言っていなかったか?」


 言っていないような気もするけれど、念のため。


「言っていねえよ、そんなこと。おれの仕事はあくまでもこの機械をメンテナンスする仕事。管理職になって部下をこき使うのは性に合わねえよ。それに……おれとしては身体を動かしていくのが一番ベストなやり方だと思っているしな!」

「一番とベストが重複した使い回しになっているような気がするけれど……でもそれは納得。身体を動かしている方が性に合っているような感じがするもの。わたしが探偵をやっている理由と同じでしょうね。わたしだって頭を動かしていないと、さび付いてしまうと分かっていたから、探偵をやっている訳だし。灰色の脳細胞がさび付いてしまったら、何の意味もないんだから」


 ……えーと、その。灰色の脳細胞って、ちゃんと確認とかしたんだろうか? 一応、第四都市には学校があるからそこで学力という尺度は測ることが出来たはずだけれど、その尺度でもやっぱり天才と言われていたのだろうか。少なくとも、ある程度長い付き合いがあるけれど、そんなことは一度も耳にしたことがないぞ。初めての情報なのか? 初出しなのか?


「学校の尺度じゃ測れないわ、わたしの知能指数はね」


 さいですか。

 でも、それだけ言うなら逆に計測してみたくなるな……、その知能指数がどれぐらいなのか。沢山試験の方式はあるのだから、一度ぐらい受けてみれば良い。そして自分の実力はどれ程なのか、一度確認しておいた方が何かと便利ではあると思うのだけれど――。


「それはお断り、させてもらうわ。だって、試験は高いし。試験を受けるだけで数日分の生活費が吹っ飛ぶわ」

「まあ、確かに決して安いとは言い難いけれど……、でも、働いて稼いでいるお前からすれば、それぐらいお茶の子さいさいだろ?」

「そんな訳ないでしょ。わたしだってギリギリでやっているのよ。幾ら稼いでいるからって経費や税金を考えたら良くてトントンなんだから。トントンの意味、分かる? 黒字も赤字もない、収支がゼロってこと。つまり貯蓄も出来ないのよ。だから、これはあくまで自分がやりたいからやっているだけであって、もっと稼ぐ職に就きたいと思っているなら、さっさと事務所を畳んで別の仕事に就いているわよ。分かる? 楽しくなければ、仕事をやっている意味はないの。稼げればそれで良いだろ、って思うかもしれないけれど、稼ぐだけしかない人生って、割と……いや、かなり空しいものよ?」

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