第13話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 06
「……人間の何を知っているんだか。いずれにせよ、人間はいつの時代も愚かだった……のかもしれないけれど、それを愚かだと決めつけられるのは結果を知っている後世の人間に過ぎないでしょう? ほら、戦争だってそうなんだから。あれはお互いのプライドと歴史観の押しつけ合い。勝者は、その歴史を後世に伝えることが出来る。自分がより良く見られるようにね」
押し付け合い――確かにそう言われたらその通りではあるのだけれど、しかしながら、それをそうだと認識出来るのは、やっぱり一歩後ろに下がることが出来るようになってからだと思うし、つまりそれが出来るようになるというのは、皆当事者として存在しうる時代ではなくて、それからしばらく経過した時代――例えば当事者が全員死んでしまったか、高齢者になってしまったかの頃合い――で決めた方がよっぽど楽だと思う。
「……何だか小難しい話に入っているようだけれどよ、おれは面倒臭くて入っていられねえんだよな。そういう話題に入ることが出来ないし、入りたくもなかったから、こういう仕事を望んだ訳でもあるのだが……。もしかして、哲学者か何かを目指しているのか?」
いいや、全く。そういう考えるだけで一日が終わってしまうような、時間の無駄遣いが半端ない生き物に成り下がるつもりはないよ。
そんなことを仮に口に出そうものなら、全世界の学者から非難を受けそうではあるけれど、生憎ぼくにはそういう学者の友達は居ない。……居ないはずだ。
何だかここに来てから、ずっと小難しい話ばかりを繰り広げているような気がする。そういう話題に触れるきっかけがあったからこのような結果になっているのだろうけれど、しかしながらそれを読者が望んでいるかと言うと、甚だ疑問である訳で。
「読者って誰よ、読者って。今はわたし達しか居ないでしょう?」
おっと、そうだった。
あんまり第四の壁をぶち破ってばかりいると、話題が先に進まない。
そういう訳で(どういう訳で?)今ぼく達は再び通路を歩いていた。通路の壁は先程も説明した通り、沢山の配管と歯車で埋め尽くされていて、恐らくコンクリートの壁がその奥にあるのだろうけれど、視界が暗いことも相まって、その先がなかなか見えなかった。見えないことがインテリア的に良い方向に進む――なんて何処かの雑誌だか本だかで読んだことがあるけれど、成る程、こういうことを言うのだろうな。でも、あれって確かこういうメンテナンス用の通路では適用されないような気がする。ああいう雑誌で取り扱うレイアウトって、あくまで人が往来するような場所か、人がずっと居座るような場所をメインに取り扱っているだろうから。
「こういう裏方専門のレイアウトを取り扱う雑誌が何処にあるって言うのよ。……そりゃあまあ、需要はないとは言い切れないけれど、そのニッチな需要のために印刷機を回転させたり、編集を雇ったりライターに記事を書かせたりする必要はないでしょう? 資源が有り余っている訳でもないし、出来ることから削減するのがこの世界のモットーでもあって、それは政府も宣言している訳なのだから」
分からなくはないけれど、分かりたくもない。
そういう需要だけで色々と決めてしまうのはナンセンスだと思う。だって、百人が欲しいと思った物よりも、一万人が欲しいと思った物の方が優先される――メアリが言いたいのはそういうことなのだろう? 実際、政府もそういうことを織り交ぜて言っているのだと思う訳だけれど、しかしながら、それがほんとうにそうであるとして、そのまま社会が進んでいったら、多様性がなくなってしまう。
儲けが必要なのは分かるけれど、この時代――ベーシックインカムによって、最低限の生活は保障されている訳だ。尤も、そのベーシックインカムの財源はどうなっているんだという訳で、会社なり個人事業主は『企業税』なるものを支払っている訳だし、貿易についても関税が働いていたりと、ベーシックインカム制度を守るために色々な税金をかけている訳だけれど、それは払う場面に遭遇しなければ良い訳であって、極力その場面を避けることだって出来る。まあ、避けられないタイミングと言えば、商品を買う時の税金――いわゆる消費税ぐらいだろうか。消費税は現在は三十五パーセント以上、となっている。以上、というのは商品の種類に応じて変動するから。日用品や食料品といった消耗品は三十五パーセント固定で、日常生活には使うけれど消耗品とも言い難い代物になればなる程、税金は高くのしかかる。
それによって、かつて高級品だと謳われた代物が、さらに高級になってしまった。……つまり、ベーシックインカムを使っているだけじゃ、それを買えなくなったって訳。高級品も低級品も値上げはした訳だけれど、高級であればある程、その値上げ幅は広がっていった。だから、車とか高級時計とか……、あんまり日常生活には必要なようで必要でないような嗜好品の類いに関しては、それを購入する人は減ったことは減った。しかしながら、それを税金の上昇分でカバーしきれたのかどうかは定かではないけれど、今でもその税率を維持している以上、恐らく確保は出来ているのだと思う。需要と供給って大事だよな。
「最後は違うような気がするけれど……、でもまあ、そういう世の中に生きているんだから致し方ないことではあるわよね……。探偵稼業を続けている訳だけれど、それだって高過ぎちゃあ誰も使ってくれない訳だし。適正価格がある訳でもないから、設定するのも大変だし。最初は大変だったわよ。敢えて高い値段で見積もって、そこから顧客と値段のすりあわせをしていく……営業と何にも変わりゃしない。そりゃあ、個人事業主だから何でも一人でこなさないといけない訳だけれど」
「でも、お金の関係は税理士やら何やらに相談しているんじゃなかったっけ?」
「相談と言っても、あまりにも分からなかったら……の話よ。今はそう何度も税理士を……専門家を頼っちゃいられない。あちらも商売なのは分かりきっていることではあるけれど……彼ら、こちらの年収の一パーセントを報酬として持っていこうとしているからね。一パーセントあれば、一ヶ月とは言わずとも十日ぐらいは暮らしていける金額よ」
……うん、まあ。
何というか、メアリってそれなりに探偵で稼いでいるんだな……。
ちょっとだけ、友人が遠い存在に見えてきた。
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