第12話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 05

 確かに、テロでも起こされたら問題になるのは、第四都市に住んでいる二百万人だからな……。それは出来ることなら避けたいとは思う。

 けれど、テロを起こす人間は大半は不平不満を持っている訳であって、さらに言ってしまえば同じ都市に住む人間が実行者となるだろう。

 何故ならわざわざ別の都市に向かう理由がないから。

 スチーム・タートルは幾つかの都市が連なって――連結している訳ではなく――走行している。走行しているということは、スチーム・タートルの下には地面があるのだろうけれど、ぼく達はそれを見たことがない。

 それは、スチーム・タートルの構造が関係している。スチーム・タートルにおける地上は、この世界において何百メートル上に存在しているらしい。地面のある部分と比べると、酸素の濃度が薄かったり、気圧が違ったり、まあ色々と違うところがあるらしいのだが、スチーム・タートルで生活を始めたのがここ数年ならまだしも、もう一人の人間の寿命を大きく上回るぐらいの年数が経過している訳で、それぐらい暮らしていれば、慣れるのも当たり前だろう――なんて結論に落ち着くのだった。

 それはそれでどうなんだろう、って思うけれど、人間というのは結構人間から見ても面白い身体の仕組みをしているものだと思う。

 ただしこれは人間に限った話ではなくて――この世界に生きとし生けるもの全てがそのことをやって来たのだ。それを、人によっては進化とも順応とも言うが、そのどちらが正しい表現であるかは、しばしば議論になることもある。かつては巨大な鳥や獣が世界の頂点に立っていた時代もあったらしい。その獣達は、大きな隕石の落下による衝撃波――或いは埃が舞い上がったことで太陽が隠れてしまったか――で滅亡したとも、気候の急激な変化に耐えられなかったとも言われている。尤も、全ての生き物がそれに耐えきれなかった訳ではなく、我々人類の先祖や、鳥の一部の先祖も、何とか色々進化や順応を遂げて、現在に至っているのだとか。

 歴史について詳しく知っている訳ではない。ただ、暇を潰すために図書館に行き、本を読むことが多い――というだけだ。

 その本の種類だって、小説から伝記、図鑑に論文まで幅広く。全てを理解している訳ではないが――論文を読んだ時はあまりに知識が高度過ぎて頭が痛くなったこともあった――しかしながら、ある程度の知識は身に付けている、ような気がする。それがどう役立つのかは、未だ分かっていないけれど。


「……で、その機関部……でしたっけ? それは一体どうやって向かえば良いんですか?」

「ついて来な。迷子になっちゃあ、大変だからな。実際、ここに慣れていない奴は良く迷子になる」

「……その時の対策はどうしているんです?」

「作業員には携帯端末が提供されているんだ。……一応言っておくが、ここでは電子時計は使えないからな。仕組みは良く分からねえが、磁力? 電磁波? とかが働いて、上手く動かねえんだと。しかしながら、おれ達作業員が持ち合わせているこの携帯端末はその影響を比較的受けづらいという訳だ。勿論、完璧に制御出来ている訳じゃあねえが」


 携帯端末、ねえ。

 確かにさっきから電子時計の通知が来ないな――なんて思っていたんだ。いつもだったら、お店のポイントカードの胡散臭いセールとか、登録してもいないクレジットカードのカードローンとか、はたまた金山を掘り当てないかとか、そういう胡散臭さマックスのメールが一時間に一通ぐらいはやって来るはずなのに。


「それをそのまま放置しているあんたもどうなのよ……。あんまりその辺り気にしていないの? ネットリテラシーって言うんだっけ、そういうの」

「電子時計で監視されている時点でネットリテラシーなんて無に近いと思っていたんだけれどね……。まさかそんな古い概念信じているのかい? だとしたら、その価値観をアップデートするべきだと思うけれど」

「アップデートするべきなのは、あんたの頭の方よ。……今、電子時計についてとやかく言う必要はないんじゃない? どうせ通知はまともに来やしないんだし。……でもこれ、大丈夫なの? 一応、政府がネットワークを通じてわたし達を管理しているんじゃなかったっけ?」


 電子時計の一番の使用方法は、政府による管理だ。かつては個人番号なるもので管理していたらしいけれど、やはりそういうものは毛嫌いする人間も一定数居る。国によっては個人番号カードなるものを発行したら幾らかお金を還元しますよ、なんてサービスも存在していたらしい。そこまでやらないと浸透しないサービスもどうなんだろう、なんて思わなくもないけれど、それは時の為政者が判断することであって、我々一般市民からしたら、それが生活に直結するかしないかでしか考えられない訳だから、別にその辺りはどうだって良かったりするんだけれどな。まあ、今の電子時計だって毛嫌いしている人は居て、実際に使っていない人も居る訳だし。……ただ、それをすると様々なサービスが受けられないしお金も支払えない――電子時計の中に電子マネー機能が備わっている――のだけれど、それについてはどうやって解決しているのだろう? 銀行は最早過去の遺物と成り果てた訳だしな。


「知らないわよ、そんなの……。でも、風の噂で聞いたことはあるけれど、個人番号とパスワードで照合さえ出来れば、お金は手に入るらしいわよ。今でもコレクターぐらいしか持っていなかったりする訳だけれど、未だ貨幣を使える商店はある訳だし。百歳のお婆ちゃんが電子時計をスイスイ使えるか、と言われるとそれはそれで素直に頷けないでしょう?」


 尤も、かつての時代に比べれば百歳以上の高齢者は減ってしまった訳だけれど。

 スチーム・タートルでの生活に人類が移行していく中で、素直にそれを受け入れられたのは、やはり若者だった。正確に言うと、六十歳未満の働き手。その年齢ぐらいまでなら、未だ新しい技術を素直に受け入れられるらしい。ぼくが六十歳になった頃、その時の最新技術を簡単に導入出来るかと言われると、一抹の不安を覚えるけれど。

 そして、やはり馴染める人間も居れば馴染めない人間も居た。それが高齢者だった、という訳。しかしながら、当時は人口爆発が起きていて――文字通りの爆発ではなく、爆発的に増えているという意味――それに対する問題が浮上しまくっていた。

 それを解決したのは、時の政府だった。政府が出した施策――名前は確か、人口管理法だったかな――は若者には一定の理解を得られた。

 しかしながら、当の高齢者はそれを受け入れず、反発した。クーデターを起こす動きもあったとかなかったとか。

 しかしながら、政治家の意見はこうだった。この後十年生きるかどうか分からない老いぼれよりも、この後五十年は生きる若者を取る方が、世界の仕組みとしては優位である――と。

 結果的に色々あった訳だけれど、そのまま押し切られてしまい、人口管理法は可決。翌年から、整理という名の法に基づいた殺人が行われた。

 高齢者でも元気で明るく動くことが出来れば猶予は効いたらしいけれど、動くことが出来ない高齢者は容赦なくその対象になった。高齢者を隠して守る家庭もあれば、自ら進んで高齢者を差し出した家庭もあったんだとか。

 ……人間というのは、誰しもどす黒い感情が心の奥には蠢いているのだな、ということを思い知らされる事件だよ。

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