第11話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 04

 ……ただ言っておくならば、それが明らかに誤認していないかどうかを判別せねばならないのだろうけれど、しかしながら、それを如何に正しいものであるかを判別するのかについては、やはり複数人の考え――ただしその考えは、受動的ではなく能動的であるとして――をまとめなければ、それが間違っていないことを、大々的に認識することは出来ない。難しい考え方であることは重々承知しているし、面倒臭い考え方であることは間違いないのだけれど、それをしなければ第三者視点から正当性を認められない。

 人間である以上、感情や思惑と言った物はどう足掻いても影響する。世の中にはそんな物関係ないなんて人も居るだろうし、逆に自分が面白いと思わないとそれを受け入れることを出来ないなんていう唐変木も居る訳だけれど、それについては今は省いておく。そんなことを最初から考慮してしまったら、それこそいつになったら問題が片付くか分かったものではないし、ぼくのモノローグもあと二倍ぐらい続くことになるだろうから。


「……ここが事務所だ」


 リッキーの言葉を聞いて、ぼくは立ち止まる。壁には配管が張り巡らされていて、歯車が軋む音が延々と響き渡っている空間に、配管が張り巡らされていないただの壁が出現した。壁は白い壁ではなくて、天井から水が染み出しているのかところどころ黒くなってはいたけれど、まあ、一般人が使う空間じゃないんだからそれぐらいは許容範囲だと思う。ぼくが許容したところで、何も変わりはしないのだけれど。


「ちょっと待っていてくれよな。流石に事務所に関係者じゃない人間を立ち入らせる訳にはいかねえ。……まあ、この時点で見つかったらおれがこっ酷く叱られるんだけれどな! はっはー」


 変わった笑い方だな――とぼくは思った。別に笑い方ぐらい人それぞれだろう、なんて思うのは誰しもそうだろうし、別に笑い方が皆一緒であるべきなんてルールもない。というか、仮に笑い方が全員同じだったら皆が笑った時に一斉に同じ笑い声が空間に響き渡る訳で、それは結構凄いというより気持ち悪いの部類に入る訳だけれど――それは今あまり語るべきではないだろうな。

 とにかくぼくが言いたいのは、笑い方は皆違っていて当然なのだ――ということ。

 古い書物に皆違って皆良い――なんて言葉が残されていたそうだけれど、まさにその通りで、皆が皆同じ価値観で同じ感性で同じ思考で同じ行動で同じ理性で同じ感覚で同じ生き方をしている訳じゃない。

 そんなの、ロボットと何一つ変わらない。

 人間である意味がない。

 人間にする意味がない。

 人間は高い知能を持つ生き物であるのだから、わざわざその高い知能をかなぐり捨てる意味がないのだ。それってつまり、人間が人間であることを放棄したと同意でもあるので、人間である意味そのものが失われかねない、といった形だ。


「……しっかし、ここに居ると頭がおかしくなりそうね。ずっと、金属が軋む音……って言えば良いのかしら? それが鳴っている訳だし。ここで仕事をしている人は大変よねー。メンテナンスってことは、普段は決して大きな事故や障害は起きないはず。とはいえ、スチーム・タートル自体は結構古くからある機械な訳だから……ある程度ガタも来ているでしょうし。そういうのって、どうやって判断してどうやって修理しているのかしらね?」


 知らねえよ。それこそリッキーに聞いた方が良いんじゃないか。多分嬉々として語ってくれるぞ。大方文庫本見開き二ページぐらいは。


「人を勝手にダラダラと喋る人間にするんじゃねえよ。……まあ、半分は正解なのかもしれねえけれどな」


 背後からリッキーの声が聞こえたのでぼくは振り返る。そこにはリッキーがカードを持って立っていた。

 あれ? カード?


「……何だよ、カードがおかしいか? カードキーぐらい何処にでもあるだろうよ。もしかして、こういう所じゃ鍵は普通の金属の奴かと思ったか? それとも南京錠? ……いや、それは有り得ねえけれどな。南京錠は壊そうと思えば簡単に壊せるから、セキュリティ的にはあんまり良くねえし」


 壊せるか壊せないかの問題で片付けてしまって良いのだろうか。

 いや……、皆まで言うな。


「とにかく、今はカードキーが安心って訳よ。まあ、カードキーで解除出来るのは電子鍵って扱いらしいから、プログラミングが出来る奴には解こうと思えば解けるらしいんだけれどな。……詳しいことは良く分からねえ。おれは頭はあんまり良くねえからよ。だからこういう仕事に就くしか道がなかった訳だし」

「いやいや、リッキーさん。こういう仕事も立派な仕事よ。自らを卑下しない方が良いと思うわ。……ただ、パソコンを使えれば楽になるのは確かなことでしょうね。パソコンさえ使えれば、仕事の幅が広がるのは間違いないもの」


 広がらないことはないと思うんだがな。

 どんなことでも経験したり知識を蓄えることは別に悪いことじゃない。それによって何かしらの仕事に結びつくことだって十二分に有り得る訳なのだから。

 ……無職のぼくが言うのも何だけれど。


「それじゃあ、ご案内に移るとするか。スチーム・タートルの心臓部である……機関部へ」

「もう一度聞いておきたいのだけれど……、ほんとうにぼく達が入っても良いのか? その後に何か問題があったりしないだろうか。例えば、壊してもいない機器を壊したとか言い掛かりをつけられたり……」

「そんな耳っちいことを考えていたのかよ? だとしたら残念だぜ。おれがそんなこと考える訳がないだろう?」


 あんたじゃないって。もっと上の存在がそういう認識でいないかが問題なんだろうが。

 例えば、政府の責任者とか。


「それについては問題ないだろうよ。……だって、考えてもみろよ。おれ達下層街に住む人間を、特に検査も検問もしないで通しているんだ。普通、こんなところは沢山のセキュリティが張り巡らされていて、入退室が管理されていて、そもそも入る人間が限定されていたりするようなものだろう? だけれど、それが行われていない……って訳だ。その意味が分かるか? 政府にとっちゃ、確かにここは最重要機密の場所だろう。現にここに何らかの障害が起きたら早急に正常に戻さなきゃならねえ。その時は、おれ達作業員のプライベートなんて知ったこっちゃねえ。このスチーム・タートル……敢えて第四都市と呼ぶが、そこにはどれぐらいの人間が住んでいるか分かるか?」

「確か、ざっと二百万人」

「そうだ。それも下層街と上層街の割合で言えば、七対三ぐらいの割合だ。そこに照らし合わせれば……六十万人ぐらいか? 多分、もっと少ない人数にはなるんだろうが、いずれにせよ、その人数をこの第四都市は抱えている訳だ。そして、この機関部は二十四時間三百六十五日永遠に動き続けている。まるで人間の……生物の心臓そのもののように、な。おれには詳しいことは分からねえんだけれど、この機関部では第四都市のインフラの殆どを占めている。割合的には九割以上だ。水道だってそれを各戸に運ぶにゃ動力が居る訳だし、ガスだって同じだわな。電気は言わずもがな、それを生み出すためには動力が必要だ。電話は交換手と経路さえ無事なら何とかなるかもしれねえが……、それだってまともに使うには電気が要る。こんな感じでスチーム・タートルのインフラ全てにおいて動力が必要となっていて、その動力は全てここで賄われているって訳だ。……そんな場所をおれ達下層街の人間に任せるのもどうかと思うけれどな。テロでも起こされたらお終いのような気がするがね」

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