第10話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 03
「……いやはや」
ここまで来ると、素直に圧倒されるほかない。一度学校の社会科見学で見に来たことはあるのだから、初見という訳ではないのだけれど、しかしながら、何度見ても慣れるようなものではない。仕事にしている人ならば、たとえここの機械の山(言葉の綾ではなく、文字通りの)を見たところで慣れてしまうのかもしれない。
慣れというのは恐ろしいものだ。常人からしてみれば異常とも取れる行為でも、何度か繰り返してしまえば正常だと思い込んでしまうのだから。
一般常識は一般人全てが分かっていなければならないし対応しなければならないのだけれど、それ以外の常識――便宜上、特殊常識とでも呼べば良いのだろうか――は別に全員が知らなくても良い。例えば探偵としての常識があるとするならば、探偵は必ず知っていなければならないし場合によっては実行しなければならない訳だが、それが一般人にも同様に適用されるかと言われると、話は別だ。
「……さあ、ぼさっとしていないで、さっさと目的地に向かうぞ。ここに突っ立っていたら、いつ監視員がやって来るか分からねえからな」
「……へ? ここがその目的地――とどのつまり、機械室ではないのか?」
どう見ても機械しかないのだけれど。
それも九割歯車しかないのだが。
「そりゃあ、何も知らねえ人間からしてみれば、ここも機械室に入っちまうんだろうが……ここはただの通路だ。現に見てみろ、エレベーターの前方、そして左右に道が広がっているだろう? そして前方を見れば……緑色のランプが見えるはずだ。ありゃあ、非常口のピクトグラムだわな」
ピクトグラム?
確か、視覚だけで情報を把握できるイラストのようなものだったか?
「ピクトグラムなんて昔のものが使われているのはここぐらいだわな。何せここはスチーム・タートルが完成した当初の趣を残している訳だからな。……言ってしまえば、ここは遺跡のようなものだ。そして、それが今なお使われている。それが良いのか悪いのかなんてことは――独り善がりじゃ決めらんねえ。特に大勢の人間が関わるようなことばかりなら、猶更……な」
そんなものなのか。
てっきりもっと大人の悪い所とか嫌な所を煮詰めて凝縮させたような黒い何かが蠢いているのかと思った。
何かって何だよ。
「……じゃあ、そこに向かえばプネウマちゃんの記憶に出て来た場所が見られる……ってこと?」
「そのお嬢ちゃんの記憶に合致するかどうかは分からねえが」
リッキーは前置きして、話を続ける。
「少なくとも、スチーム・タートルでそんな場所と言われて直ぐ思い付くのはそれぐらいだわな。実際、おれも長年そういう所に触れて来たとはいえ……確証は掴めねえしな」
そんなこと言われたら、何も言えなくなってしまうじゃないか。
専門家ですらお手上げなら、一般人のぼく達には逆立ちしても敵いっこない。
しかし、前に進まなければ何も始まらないのは、流石のぼくだって分かっていることだった。何も知らないで物事が進む訳がない。であるならば、それを如何にしてクリアにしていくか――これは透明にする、とどのつまり不安をなくすという意味合いではあるけれど――、それが大事な訳だった。
「……さあさあ、ぼさっとしていないでさっさと目的地に向かおうぜ。鍵を手に入れなきゃいけないから、一度管理事務所に向かわなきゃならねえけれどよ、この時間ならいつもの奴しか居ないはずだから、その点に関しては問題ないしな! ……カメラは付いていないから安心しな」
と言っている割には通路に幾つかカメラが設置されているようだけれど?
もしかしてダミーのカメラだったりするのか。だとしたら用意周到のようで、そうではないような気がする……。だってカメラが付いていることで犯罪を抑制するなんて話は聞いたことはあるけれど、いざそれがダミーであるならば、仮に犯罪が起きてしまった時それを録画出来ていない――なんてことになってしまうのだから。それだったらカメラを付けている意味がない。あるようで全くない。意味を成さない。
「カメラのことについてとやかく言うつもりはねえよ。……こういう時に存分に使わせてもらうのは、良いアイデアだと思う訳だしな。そして、それをどう使うかも人間の知恵次第、って訳よ。ま、ここが違うかどうかだわな」
リッキーはそう言って前頭葉の辺りを指差した。……何かそれで頭良いように見せかけているのかもしれないけれど、逆に馬鹿に見えてしまう。本人に言ったら鉄拳制裁待ったなしなので、言うつもりはないけれど。
言ったところで何一つメリットなんてありゃしないのだ。
寧ろデメリットしかない。
火中の栗をわざわざ拾うことはしないんだよ、ぼくは。それにめちゃくちゃメリットがあるなら話は別だけれど。
「とにかく、先ずはその……管理事務所? だったかしら。そこに向かうのよね。でも事務所と言うぐらいだから、人が何人か常駐していたり……」
「していないよ、そんなの。……考えてもみろよ。普段は普通に動いているんだぜ。その状態で、メンテナンス部門のおれ達が何をしろって言うんだ? そりゃあ報告書を毎日出している訳だけれど、書いている内容はいつも同じだぜ。正常に動いていて、メンテナンスもやりました……ってな!」
「それはそれで良いんだろうか……。機械のことは良く分からないけれど、場合によっちゃ整備不良とか起きないのか?」
「……一応言っておくが、仕事をサボったつもりはねえよ。メンテナンスはしっかりやっている。何ならダブルチェックもしているぐらいだ。指差呼称ってのがなかなか面倒だが、いざ覚えちまうと楽で良い。安全を確認するにゃ、一番の方法だからな。……ただ、一つ欠点があるとするなら、それを覚えちまうと日常生活でもそれを使うことになっちまうんだよなぁ……。忘れることはないから別に良いんだけれど、これもまた職業病って奴かね」
いや、知らないけれど。
いきなりそんなことを言われたところで、ぼくにどんな答えを求めているのか――いずれにせよ、専門家でも何でもないぼくが直ぐに納得するような答えを出せる訳がない。ぼくはただの凡人で――天才には鼻にもかからないのだから。
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