第9話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 02

「……そりゃあまあ、機械室ってのは入り組んだ場所にあるのがお決まりってもんだろうよ。実際、分かりやすい場所に置かれていたら困るだろう? ほら、たとえば簡単に狙われちまうしな」

「分からなくはないですけれど……、そんなもんなんですか? そんな単純な考えで動いているんですか、政府って」


 政府も政府で色々と考えは張り巡らせているんだろうけれど。

 お偉いさんの考えは、庶民には分かりっこない。

 ただの他人だって分からないんだから。


「政府の考えは詳しく分からねえけれどよ……、でも普通の考えからしてみりゃ、分かる話だろ? スチーム・タートルの機関部に潜入されることがどれだけヤバイかってことを。まあ、それを言うなら社会科見学に機関部を見せなくても良い……なんて話になるんだろうけれどよ。やっぱり将来はここで働きたい、なんて意思表示をさせるために見せているのかねえ? おれはあんまり詳しいことは分からねえけれどな。分かっていたら、とっくにこんな場所からオサラバしているしな」


 それはあくまで本人の努力だと思う――実際それが上手く行くかどうかで今後のやり方が決まっていく訳だし。生活がかかっている人だって当然居るだろうから――もっと言えばお金は貰えれば貰えるだけ良い訳だから――それについてはあんまり気にすることはない。

 努力さえすれば、結果は出る。

 そんな一昔前の価値観を今更誇ったところで、何の意味がないと言ってしまえばそれまでなのだけれど、しかしながら、それを如何にして考えるかというのも、なかなか困り物だ。実際、それが解釈されるのって、解釈する人間による訳だし。

 たとえ一定の基準があったとしても、その基準は監査する人間の感情が入らないとは限らない。

 完全に機械に任せてしまえば、そこについては解決してしまうのだろうけれど――いやさ、それが出来れば苦労しない。

 そもそもそのレベルまでこの世界の科学技術は到達していない。

 一度も到達していないかと言われると、はっきりそうであるとは言い難い。やはり、このような巨大な乗り物――感覚的には船や自動車に近いのかもしれない。尤も、それらもかつて存在していた、というだけでこの時代には現存していないのだけれど――が開発されていて保全もされているのだから、この世界の科学技術はそれなりの基準を満たしているという訳。その基準を満たしたところで、それじゃ機械で全てを判断することは――それこそ人間の頭脳のように――出来るのかというと、それはまた別問題。かつてはそんな技術もあったようだけれど、幾度かの戦争で失われてしまったらしい。


「古い言葉を借りて言うなら、人工知能……だったか? それが廃れちまったのは、やっぱり過去の戦争が原因なんだと。かつては人工知能が発達していたから、具体的に言えばおれのような保全担当にわざわざ人員を割く必要はなくて……たとえば中央塔の隅から隅までカメラを移動させて、それを機械に判断させることで、保全業務を完全に無人化することも、昔は出来たらしいんだよな。今出来たらそれはそれで有難いことにはなるんだろうが、少なくともおれみたいな人間は職を失うだろうな。わざわざ人間でやらなくて良いし、そもそも機械で全部完結させられるなら人件費もかからねえだろうからな」


 正直言って、ぼくは働いたことはない訳だから、それについて色々と口出しすることは出来ないのかもしれないけれど――あ、実際は間違いか。一応、働いたことはある。働かないと、飯を食っても美味しくないだろうなんて言ってきた悪友に誘われて、一日だけバーテンダーの仕事をしたことがあるのだ。

 何故バーテンダーなのかということについて釈明するならば、それは勿論悪友が経営していたバーだったからとしか言えないし、まかないも出るというから喜んで協力した訳だ。

 ……こう言うと食い意地が張っているように見えるかもしれないけれど、その考えはナンセンス。

 ナンセンスであり、デカダンスでもある。

 ん? デカダンスは何か違うような気がする。


「人工知能がどういうニュアンスで広まっていくかは定かではないけれど……、もしそれが今の時代に広まっていたら多くの人間が仕事を失っていたでしょうね。単純作業に反復作業……精密作業やプロフェッショナル意識の強い作業以外は、全て人工知能に取って代わられるでしょうから。まあ、全ての仕事はプロフェッショナル意識を持っていて然るべきではあるのだけれど。もしかして、探偵の仕事も人工知能に変わる時が来るのかもしれないし」


 かもしれない、と言っているだけで実際に来るとは限らないけれどな。

 来たら来たで幾つか反発はあるだろうし……、機械と仕事をするのを嫌う人だって一定数居るはずだ。人間と人間の触れ合いがあるからこそ、仕事と言える物でもある――なんて旧時代的なニュアンスを考えている人だって少なくはないだろう。

 人工知能が存在しない今だからこそ、言えることでもある。

 実際、人間がどれぐらい働けなくなるのか、架空の代物に対して試算するのは甚だおかしい話ではあるのだけれど――いざやってみると相当なことになるんだろうな。下手したら下層街の人間の存在意義が揺らぐんじゃないか? それこそ歯槽膿漏をしている歯茎みたいに。


「歯茎は揺れないよ、揺れるのは歯そのものではないかな?」


 あれ? そうだったかな。ぼくもとうとう焼きが回ったのかもしれない。或いは、考えが鈍ったといったところか。

 ピンポーン、という電子音が鳴ったのはちょうどその時だった。三人で一杯になってしまったエレベーターの扉が開け放たれ、外の空気が入ってくる。それと同時にゴウンゴウンという音がけたたましく響き渡った。

 これこそが、スチーム・タートルの澱。

 或いは、底。

 或いは、影。

 或いは、縁の下の力持ち。

 いち早くリッキーが外に出ると直ぐに踵を返し、両手を広げると、ぼく達に向かってこう言い放った。

 言い放ったというよりも、投げ捨てた?


「ようこそ、スチーム・タートルの心臓部でもある機関部へ」


 その言葉は自信満々に満ち溢れたものではあったけれど――しかしながら、誇れる物でもないだろう。ぼくはそう言い放ちそうになったけれど、リッキーの屈託のない笑顔を見ていると、何だかそれを言うのが罪深い人間だと思わざるを得なくなってしまうので、結局言えずになってしまった。こういうところが、ぼくの世間での生きづらさを表しているのかもしれなかった。

 それはそれとして。

 スチーム・タートルの心臓部――機関部。

 歯車が多く立ち並び、回転している。歯車であるから当然歯車同士が噛み合っていないと意味がない訳で、その歯車は歯車に、そしてその歯車は別の歯車に動力を受け渡している。勿論、歯車から歯車に動力を伝達する際に幾らかエネルギーは放出されているのだろうけれど――ぼくは物理学は学んでいないので、確証はないが――それを持ってしても、歯車が伝える動力は莫大であることは間違いなかったし、疑いようもなかった。

 

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