第2章 鋼鉄の背骨 Steel_Spine.
第8話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine. 01
「中央塔はな、入るのがなかなか難しいんだよ。何でそうなっているか分かるか? そりゃあ、上層街の人からすりゃあ、ここを取られちまうと色々問題があるって訳なんだよ。実際、ここを使う人は滅多に居やしねえ。上層街の人間は下層街に店を構えていることはあるだろうが、実際に下層街まで降りてくる人間は居ねえからな。全部電子時計で賄えちまう。便利な時代になったもんだよ。でも、それならどうしてわざわざ上層街と下層街を繋いでいる装置が未だに存在しているかって話だが……、それはおれにも分からねえ。おれはあんまり難しいことを考えるのが苦手だからな。その辺りはほら……もっと頭の良い奴に聞いてみたら分かるかもしれねえな」
……何なんだろう。ぼくの周りには良く喋る奴しか集まらないのか?
「まあ、それは別に良いじゃない。とにかく今は……ここからどうやり過ごすかということであって」
「……、」
至極最もな回答であった。
結論から言って、今ぼく達が何処に居るのかということについて触れなければならない。ぼく達が今居るのは、中央塔であった。中央塔は、学校の授業では習ったこともあったし、社会科見学で工場を見に行くときに使ったこともある。尤も、その中央塔のエレベーターを使ったとはいえ、上層街に向かったのではなく、さらに下層に広がる
「それは、誰もしないだろうと踏んだんでしょうね……。実際、それをしたことでメリットがあるかと言うと不明瞭なところもある訳だし。上層街だけが損をするならやる価値はあるかもしれないけれど、等しく全ての人間が損をする訳だから……。ほら、ああいう人間って自分に利益があればやるかもしれないけれど、自分が損をすると分かったらやりたがらないでしょう? それと同じよ」
「……いやー、それはどうかと」
「そこは素直に肯定して欲しかったけれどね。有無を言わせずに」
言わせずなのかよ。
言わさずじゃなくて。
「がっはっは。お前さん達と居ると飽きないな。……ところで、お望みの場所は何処だったかな?」
リッキーは話をあまり聞かないようだ……。出来ればそれは止めて欲しいことではあるのだけれど。ぼくも何度も話をしていられる程、完全記憶能力を保持している訳ではない。一万冊もの蔵書を覚えられるぐらいの記憶力を備えている訳でもないのだし。
「だからぼく達が向かいたいのは……頸椎のところですよね。まあ、実物の亀に頸椎があるかどうかは分からないですけれど」
「ああ。それってつまり、この中央塔を人間で言うところの背骨で表しているんだろう? まあ、確かに本物の亀ってのは、甲羅を背負っている訳だから、背骨みたいな一本筋の通った骨は要らないよな。必要である価値を見いだせない訳だし」
いやいや。
そういう問題じゃないと思うのだけれど。
とにかくリッキーは頭が硬い。
堅物で、頑固で、意気地なし。
あれ? 最後のニュアンスはちょっと違うような?
「ちょっとどころか全然違うよ。……昔で言えば、月とすっぽんぐらい違うような気がするよ」
「すっぽんって何だっけ? ええと、確か、亀の一種だったような……」
「その血肉は滋養強壮に良い、っていう代物だな。今でも食べられているぜ。尤も、それが簡単に食べられるのは我々下層街の人間じゃなくて、上層街の人間……ってことになるけれどな。実際、飼育しているのは下層街だが、それを仕入れているのは上層街……ってのは良くあるケースなんだよな。その際は政府が全面的にバックアップしているとかどうとか」
へえ。
上層街にも上層街なりの問題があるんだな。
「そりゃあ、お前さん達は知っているかどうか分からないが……上層街は下層街に比べて面積が小さいからな。完全に覆い被せちまうと、下層街の日照権が問題になるんだと。それは当時の……ああ、これはスチーム・タートルが出来た当時、って意味だからな? とにかく、その時にあった東洋の島国……これも死語になりつつあるんだけれど、その国のお偉いさんが言ったらしい。日照権を主張出来なければ、国家としてそのスチーム・タートルを認めることは出来ない、って。何でも人間は太陽の光を浴びなければ色々と厄介なことになっちまうらしい」
厄介なこと、って?
だって、人間は光合成をしていないよな。
「何でもセロトニンが分泌されないらしいんだよな。セロトニン。聞いたことはあるだろう? 要するに、幸福感が出る要素みたいなもんだ。それが出るのと出ないのとでは大違いなんだと。現にセロトニンが分泌されない状況とセロトニンが分泌される状況で比べると、後者の方が圧倒的に気持ちに差が付くんだと。……何処までほんとうなのかは分からないけれどな。だって、おれなんかは中央塔の暗い部屋でずっとメンテナンスをしている訳だし」
「幸福感なんて胡散臭い言い回しではありますけれど……でもそれは間違っていないと思いますよ。実際、日の光を浴びると気分が上がってくるのは良くあることですし」
「だったら何で外から出ようとしない訳?」
それはそれ。これはこれ。
というか、それを言うならメアリだって人のことは言えないと思うけれど。
「わたしは別に良いの。探偵は寧ろ外に出なくても解決出来るぐらいの頭脳を持ち合わせていれば良いんだから。そこを考えると探偵って結構楽な商売なのよ? ……ま、さっきも言ったかもしれないけれど、どちらかというと何でも屋みたいな相談というか依頼が多いから、わたしとしては探偵の仕事を増やしたいところではあるのだけれどね……」
探偵にも探偵なりの悩みがある、と。
勉強になるな。どう活躍出来るかは分からないけれど。
「ところで……機械室は何処にあるんですか? ずっとエレベーターで降りているような気がするんですけれど」
話を戻すと、ぼく達がこの鋼鉄の背骨とも言われている――言われているかどうかはぼくの判断で決めさせてもらうけれど――中央塔をひたすらエレベーターで降りているのには、理由があった。当然ながら、プネウマが言っていた『歯車が沢山ある部屋』を目指している訳だ。その部屋が中央塔の機械室であるかはどうかは皆目見当がつかない訳だし、仮にそうであったにしても、だったらどうしてそこに幽閉されていたのか、という疑問は残る。
いずれにせよ、このまま進んでも解決する疑問と新たに浮上する疑問の二つが出てくる――といった感じだった。
解決しないよりはマシだと思う。
けれど、解決しそうにない疑問が出てくるのは、もっと良くないと思う。
しかしながら、どちらを取るかという選択になった時に――探偵であるメアリは、解決する選択肢を取ったのだろう。仮にそれで新たな疑問が出てきたとしてもその時になって考えれば良い、という方向性なのだろう。探偵にしては行き当たりばったりというか……、ちょっと浅はかじゃないか?
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