第7話 機械仕掛けの亀 Steam_Turtle. 07

「いやー、助かっちゃったわね。まさかそんな簡単に物事が上手くいくなんて。……だってアレなんでしょう? 偶然行った銭湯で、偶然中央塔のメンテナンスをしている人が知り合いだったなんて! おかげで推理がスムーズに進むから、とっても有難いことではあるけれど……」


 メアリはいつ話しても、自分主導の会話になる。こちらが一話したらあっちは十話してくるのだ。二倍なら未だ分かる。許容範囲だ。でも十倍だぞ? そこまで話さなくても良いんじゃないか、って思う。まあ、ぼくも気が付けば話が長くなる傾向にあるから少し気をつける様に、とは言われてはいたけれど。


「話が長くなると分かっているなら、少しは自重すれば良いのに」


 その言葉、そっくりそのままお前に返してやろうか?


「……何を苛立っているのか知らないけれど、あんまり怒らない方が良いと思うよ? ほら、どっかの誰かも言っていたけれど、ストレスを感じるとその分寿命が縮むとか」


 どこの情報だよ、それ。

 随分古臭い価値観のような気がしないでもないが……。

 案外、そういう考えが正しかったりするんだよな。


「でも、そういう考えでずっと進んでいくのも悪くないと思うけれど? 間違いはきちんと修正しておくべきだろうけれど、健康には気を遣っておいた方が良いじゃない? 今はあんまり騒がれていないけれど、昔は人生百年時代だなんて言われていた頃もあったようだし。それがあった頃は相当健康に気を遣っていたんだろうなぁ、って思うよ。ほら、野菜食べたり運動したりとかして」

「そんな価値観で生きているのは、ぼく達の祖父母世代じゃないか? 尤も、その頃から比べたら色々と人間の肉体も変わっていった訳だし。それに、ぼく達はずっと大地で生きてきた訳ではないだろう? それも結構問題になるんだってね。……かつての人間は、大地で生きてきた訳だからね。このような場所で生きてきたのはここ数世代に過ぎない」

「それもそうだねー。ま、それについては一生分かりゃしないよ。分かったら苦労しないしね。……おっと、漸く到着したようだね」


 メアリが立ち止まったのを見て、ぼくもその場に立ち止まった。

 目の前にあったのは、巨大な塔だった。雲を突き抜けているそれは、空を支えているのかと思ってしまうぐらいの代物だった――なんてファンタジーな話をしてしまって恐縮ではあるが、この塔が何処に突き刺さっているのか、或いは何を支えているのかは、分かりきっていることだった。

 中央塔。

 下層街と上層街を繋ぐ唯一の昇降機が設けられている、その施設。中央塔以外にも幾つか塔はあるけれど、実際にその塔は住民に使われることはない――そう言ってしまうと、メンテナンスを行う人材は住民じゃないのかって話になるけれど、それは言葉の綾だ。


「中央塔は何度見たか数え切れないけれど……まさかここを登ることが出来るなんて、思いもしなかったな。メアリ、君はどうだ?」

「下層街に住んでいる人間で中央塔に関わりがあるのは、ここのメンテナンスをする業者ぐらいだって。……それはここの常識でしょう?」


 それぐらい、理解しているよ。

 まったく、この探偵は冗談も通用しないのか。堅物なのか、馬鹿なのか……。


「聞こえているぞ、ライト」


 おっと、口が滑った。

 それにしても、地獄耳だな、メアリは。


「とにかく……ここで待ち合わせと聞いていたけれど、居るようには見えないのよね。ここ、上層街の連中が使うから警備員も居るしカメラも沢山あって窮屈なのよね……。まさに監視されている、って感じだし」

「それは諦めるしかないんじゃないかな、実際上層街の人間はぼく達下層街の人間と比べて資産もステータスも上だ。政府はどう思っているのか知らないけれど……お金を出してくれるのは上層街の方な訳だし、そちらを優先したいのも仕方ないんじゃないか? 納得は出来ないけれど」

「ほら、ライトだって納得もしていないんじゃない。……まあ、わたしだって納得は出来ていないし。上層街の方が選挙の投票率も高いんだったっけ? 確か、下層街の方が圧倒的に人数は多いんだけれど、そっちはあんまり政治に興味がないんだー……って、ラジオ番組で言っていたような気がするけれど」

「そんな反政府思想を大っぴらに言えるラジオ番組なんて、一つしか思いつかないな。……『ラジオ・トゥルーマン』とか?」

「御明察。流石はライトだね」

「……褒めたところで何も出ないよ」

「期待していないから安心して!」


 安心して良いのか、それ。


「それにしても『ラジオ・トゥルーマン』って凄いよねー。何処のラジオ局も政府に頭下げまくっているのに、ここだけは反政府を貫いているんだから。いつか何かしらの攻撃を受けてもおかしくないだろうに……」


 それは別にどうでもいいだろ。お前はラジオ・トゥルーマンに何の心配をしているんだ。

 そもそも、この時代に他人のことを心配出来る余裕なんて――あまりないのだからな。


「まあ、メアリはずっと昔からそういう……他人の心配をする奴だったけれど、あんまりそれをする意味なんてないと思うよ? だって、この時代……他人を心配したところで何のメリットもないんだからね」


 メリットどころかデメリットしかない。

 そんなことをわざわざする意味なんて何一つないのだから、そりゃあ人間同士の関わり合いも軽薄になっていくよな。


「……まだ、こない?」


 プネウマの言葉を聞いて、ぼくは首を傾げる。いきなりの相談事だから直ぐにやって来ないのは重々承知しているとはいえ――遅すぎやしないか?


「メアリ。女将さんから聞いた連絡先に電話して――」

「いやあ、遅くなったな。済まない、済まない」


 大きな声がいきなり背後から聞こえてきて、ぼくは面食らった。

 多分メアリと――全く反応していないけれどプネウマでさえも――面食らっていたに違いない。

 振り返ると、そこに立っていたのは恰幅の良い大男だった。大男だったが、何だか笑顔は輝いて見える。キラキラしている、って言うのか? 何というか、そんな感覚。正直そんな感覚を男で味わいたくはなかったのだけれど、それはそれ。これはこれ。出来得ることなら経験したくなかったことではあるが、経験することは悪いことではない。


「……あなたが、女将さんの言っていた?」


 ぼくの言葉に、おう、と言って答える大男。

 何というか、声のボリュームをもう少し下げて欲しい。


「おれの名前はリック。リッキーと呼んでくれ、おれの知り合いはみーんなそう呼んでいるからな!」


 ……何というか、はっきり言わせてもらう。

 この大男、ぼくの嫌いなタイプだ。

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