第4話 機械仕掛けの亀 Steam_Turtle. 04

 結局、推理開始とは堂々と言ってみたものの、実際どういう風に進めれば良いのかということについては、具体的に私立探偵メアリに任せっきりの状態であった。

 私立探偵であって、市立探偵ではない。

 自分で仕事をする探偵であって、何処かの事務所に雇われている訳ではない。


「……何処まで把握しているかどうかは分からないけれど、先ずは予想されている場所に向かうことにしようかな、と」

「どうやって向かうんだ? 電子時計に上層街へ向かうための旅券パスポートが付随している訳だし、それがない限り向かうことは出来ないと思うけれど?」

「だから、そこがネックな訳。――どうして彼女が上層街からやって来た、なんて思っているのかな?」


 そりゃあ、上から落ちてきたからに決まっているだろう。


「そうそう。んで、その『上から落ちてきた』だけれど……どうしてそれが上層街からの落下だと結びつけられるのかな? わたしはずっと思っていたのだけれど、普通に考えて上層街の技術テクノロジーって、下層街とは比べものにならない訳でしょう? まあ、実際に行ったことないからはっきりとしない訳だけれど……その上層街が、どうして一人の少女を下層街に放り投げるなんて前世代的レガシーな行動に出たのだろうか、って話よ。もし彼女が上層街の何かしらの秘密を抱えていたとするなら、はっきり言って、殺してしまうのが一般的なやり方じゃない?」


 直ぐ隣に張本人が居るのに、何を言っているんだこの探偵は。

 いや、それはそれとして――しかし、メアリの言い分はある意味正しい。だって冷静に考えてみれば分かる。今までぼくは空から少女が落ちてきた、ということを――単純に上層街から落下してきたのだと捉えていた。それが一番普通な考え方であり、一番素直に落ち着く結論だし、一番分かりやすい回答だった。しかしながら、その回答をそのままひっくり返すような理論が出てくるとしたら――話は百八十度大きく変わってしまう。周りが赤いと言っていたのにぼくだけ青いと言って、実はそれが正しかったような――このたとえ、合っているのかどうか分からないけれど、合っていないとしても、合っているとしても、ぼくはあまり訂正しようとは思わない。訂正する意味がないからだ。訂正したところでたいしたことがないからだ。であるならば――考えられる結論はただ一つ。

 上層街から落下したのではない。

 上層街から落下したようにのだ。

 それならば、何故上層街の人間がわざわざ下層街に少女を落としたのか――という不可思議な疑問についても説明が付く。そもそも上層街の人間はこれに関与していないのであれば、そもそも落下させたって全然問題ない訳だからだ。


「……ただ、仮にそうだとして」

「何か違和感でも?」

「どうして彼女は捨てられたんだ? それに、歯車が沢山ある部屋のイメージ……それも解決していないと思うけれど、それについてはどう推察するつもりだ?」

「うーん、それについてはあんまり解答が導けていないのだけれど」

「だけれど?」

「でも、わたしの知りうる限りの捜査網を最大限に使ってみた。……その答えがこれ」


 そこで、メアリはようやく立ち止まった。そう、特に何も言っていなかったけれど――そもそも聞かれていなかったし――ぼく達はずっと第四都市フォース・シェル下層街の主要道路メインストリートを気の向くままに歩いていた。正確には私立探偵メアリの後をぼくと少女が付いてきていた、という訳なのだけれど。そういや、彼女の名前、何にしようかなあ。


「プネウマ、が一番良いんじゃないの?」


 そうつまらなそうな表情を浮かべていったのは、他でもないメアリだった。というか、今ぼくとメアリしかまともに会話出来る状態ではないのだから、ぼくの戯言にメアリが乗っかるのは至極当然でありそれ以上のことは何一つとして存在しない訳だけれど。


「プネウマ……確か古い言葉であったような気がするけれど、そこまでの知識は持ち合わせていないのよね、残念ながら。しかしながら、実際、わたし達が彼女のことをどう呼ぶかなんて、最早それしか残されていない訳だし。……だって、彼女、自分の名前すら思い出せないのでしょう?」


 それは、そうだった。

 プネウマはずっと下を向いたまま歩いている――今は立ち止まっているのだけれど――その様子は駄々をこねたいけれど抑え付けられた子供のようでもあった。昔の自分を見ているようで、何だか悲しい気分になる。しかし、それを今どう捉えようったって、それは何も解決しない。解決したくても、解決出来ない。解決しようにも、手がかりが何一つとして存在しないのだから。これは推理したくても推理出来ない――ある意味由々しき事態とも言えるだろう。


「由々しき事態とは簡単に言えるかもしれないけれど……しかしながら、それをそう片付けられるのも今のうちかもしれないのよね。きっと彼女には……何かしらの闇が潜んでいる」


 闇。

 きっとぼく達が生きている内に辿り着くはずのない闇のことを意味しているのだろうけれど――仮にそうであったとしても、それならプネウマをここで見捨てることが出来るだろうか?

 ぼくは出来ない。

 しようと思っても、本能でお断りだ。


「……で、どうしてここに来ることにしたんだ、メアリ」


 本題に戻る。

 メアリがやって来たある場所、そこについての説明をしてもらう必要があったからだ。

 その場所はコンクリートで出来た建物だった。窓が沢山備え付けられていて、のぼりが立っていて、暖簾には丸と波線で描かれたマークがどどんと真ん中に設置されていて、大きな煙突からは煙が立っている。時折水の流れる音や鼻歌も聞こえてくるし……。

 何だ? もうこの時間から楽しんでいるのか?

 良いご身分だな……。

 あ、それはぼくも一緒か。


「……メアリ、ここは」


 ぼくは解答をメアリに促す。

 尤も、メアリに聞かなくてもこの場所が何であるかは把握していたのだけれど。


「ここはわたしのお気に入りの場所……銭湯よ!」


 銭湯『ワタナベ』。

 それがぼく達のやって来たスポットであった。

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