第3話 機械仕掛けの亀 Steam_Turtle. 03
言っていなかったけれど、メアリことメアリ=スチュアートはぼくの数少ない友人であり、腐れ縁であり、悪友であり、探偵である。
昔ながらの言い方で言えば、私立探偵。
しかしながら、さっきも言った通りベーシックインカムが罷り通っているので、あくまで
働きたいのならば、働けば良い。
ただし、必要最低限の生活だけは保証してくれる。
そういう訳でこの世の中では、ぼくのような唐変木でも何とか生活出来るようになってしまっている。――大変有難いといえば有難いのだけれど、この世の中でも問題はないのだろうか? 一級市民はもっと仕事をしているイメージなんて全く出来ないけれど。
「……で、この子がそうなの?」
メアリの言葉を聞いてぼくは頷く。ぼくの服を着せているものの、ぼくの服のサイズが彼女の服のサイズとイコールになる訳はないので(可能性はあるけれど)、ぶかぶかになっている感じが目立っている。……何と言うんだっけ、これ? 彼シャツ?
「古い文化のことを言うのは別に構わないのだけれど……、ねえ、彼女、どうして無表情を貫いている訳? 何か理由でもあるのかしら」
「知るか、そんなの」
それは、彼女に聞いてくれよ。
ぼくに言われたって、サイコメトリーじゃないんだぞ。
「まあ、それをライトにいったところで 何も解決しないのだから、さっさとわたしはそれを訊くことしか出来ない訳であって」
分かっているじゃないか。
分かっているなら、さっさとやって欲しいものだ。それが探偵の仕事であり、それが探偵の性分なのだろうから。ぼくは探偵の仕事については全く門外漢ではあるけれど、しかしながら、こちらから報酬を提示しているのだから、ある程度の融通は利いてもらわないと困る。
ぼくはそう思いながらも、メアリと少女に目線を移す。
「……あなたは何処から来たの? 覚えていること、何か一つでもないかな」
「……おぼえて……いること?」
やはり未だぼうっとしたような、間延びしたような話し方は直っていないようだった。それが彼女の
「今や何処の誰が崇拝しているかすら分からない、名前も分からない女神様のことを言われても困るし。きっとそれは女神様だってそう思っているよ」
「分からないだろ、それは。きっと女神様は信心深いと思っているだろうよ。だって、この世界で女神のことを知っている人間はどれぐらい居るんだ? 学者でも知らないだろうし、為政者なら猶更知らないだろうな。為政者はきっと宗教なんて毛嫌いしているだろうし」
「どうして?」
「為政者ってのはどの時代でも自分を第一だと思うもんじゃないか? ぼくはそう思う訳だよ。だから、為政者からしてみれば、神様ってのは一番不要な存在だ。だからこの街でも、教会はないじゃないか。
「それなら、何処かで聞いたことがあるよ。第三都市はかつて世界の大半の人間が崇拝していた一大宗教が未だに残っているからなんだって。その宗教は歴史的に見ても価値が高いから、残さざるを得ないんだとか。何処までほんとうなのかは分からないけれどね」
聞いた話をそのまま言っているんじゃないのかよ。
いずれにせよ、宗教というのは弱った人間のよりどころ、なんて話も聞いたことがあるし、何処までほんとうなのかどうかは分からない。
この現世での経験は、神が与えたもうた試練である――なんて何処かの宗教で教えているなんて聞いたことがあるけれど。
実際、ほんとうにそうだとしたら、神って何処まで人間に厳しいんだろうか。
「……はぐるま」
そこで――彼女が唐突に口を開いた。もしかして、何か思い出したのか?
「……歯車? 歯車って、あの歯車よね? 動力を他の場所に伝えるために、歯が付いている車……だったよね?」
それ以外に何があるんだ。
ぼくもそれ以外想像出来ないし。
「……うーん、しかし、仮に歯車がその『歯車』だとして……、どうしてそれを思い出したのかしら? ねえ、もっと何か思い出せない? 歯車以外に」
「はぐるま……がいっぱい。ぎしぎしうごいているの」
「歯車が一杯……か」
だとすれば、機械室?
もしかしてこんな見た目で機械技師だったりするのか?
「機械室に幽閉されていたけれど、用済みになって捨てられた――とか? だとしても意味がないような気がするわね。だって、それは明らかに無駄だもの。幽閉していける環境があるなら、ずっと幽閉していれば良いだけの話なんだから。それをしないでわざわざ捨ててしまうのは……きっと何らかの理由があるはずよ」
「それは探偵としての勘?」
「理論立てて説明したはずだけれど?」
さいですか。
「しかし、全く情報がないって訳でもない。……ただ、謎は生まれてしまっているけれど」
「そこを何とかするのが探偵の仕事だろ。……ほら、探偵は足で稼ぐ、だっけ? そんなニュアンスの言葉とかなかったか?」
「わたしの憧れは、部屋から一歩も出なくても事件を解決出来る探偵なのよ……」
何それ、ニートと何も変わらないじゃないか。
いや……、何か何処かで読んだことがあるな、そのジャンル。確か
「とにかく、先ずは情報収集と行きましょうかね」
「何か見当でも付いているのか?」
ぼくの家を出ようとするメアリは、けろっとした表情でぼくを見る。
「いいや、全く」
見当が付いていないのに外に出るのかよ。
見切り発車にも程がある。
「だって、動かないと何も始まらないじゃない。動かないでこの状況で事件が進展するなら、わたしは全く動かない。だってそれでお金が貰えるなら、そっちの方が良いんだもの。実際、探偵なんてろくな仕事が入ってこないしね。大抵は便利屋扱いされるのがオチよ。ライトぐらいかしらね、ちゃんと探偵としての仕事をくれるの……。もしかして、あんた、受難体質でもあるの?」
「失敬な。そんな体質、出来ればとっくに捨て去りたいぐらいだよ」
「否定はしないのね……。まあ、良いわ。とにかくあなたも付いてきなさい。探偵には優秀な助手が必要だからね。何だっけ、かつての名探偵も医者の助手を連れていたんだっけ。戦争で負傷した医者だったと記憶しているけれど……何という名前か忘れちゃった。とにかく、助手くん宜しく頼むよ」
依頼しているのはこっちなんだけれどな?
ってか、ここにあの子を放置して良いのかよ。
「勿論彼女も連れて行くわよ。実際に見せないと、何も分からないでしょうし」
そういう訳で。
推理開始、といったところだ。
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