18. 女装しろ

 ノートには、


 『其の五、宮下きよ子 72歳(八十九歳) 一月十日 無職 心臓発作』


 と書いてある。満月当日だ。


「宮下きよ子は御崎神社で心臓発作を起こし、搬送先の病院で死亡した。その時の状況が少し特殊だった。当日、きよ子は家族と御崎神社で行われた新年のお焚き上げに訪れていたそうだ。参拝後、きよ子が一人で境内の厠に向かうと、直後にきよ子の悲鳴を近くで待っていた家族が聞いた。そしてきよ子が血相を変えて厠から飛び出してきて『女の子幽霊が出た』と苦しみ出したそうだ。救急隊が駆けつけたときには、来るな、殺される、と錯乱状態に陥っていて、現場は騒然としていたらしい。もがき暴れて自分の顔を搔きむしり、顔が血まみれだったとか」


 澄人は想像して眉をひそめる。


「その人、トイレで一体何を見たんでしょう」


「残念ながら目撃者はいない。厠を利用していたのはきよ子一人だったようだ。きよ子が発作を起こして参拝客が集まってきたが、厠には誰も注目していなかった」

 

「そんな状況じゃ、病人の方に注目してしまいますよね。つまり、噂の発端はその時の女の子の幽霊、殺される、というキーワードというわけですか」


「恐らくそうだろう。お炊き上げにはそれなりの人出があっただろうから、一部始終を見ていた者の話から噂が広まっても不思議ではない」


「幽霊……死神だラサツだってだけでも信じられないのに、これ以上非現実的な話は勘弁して欲しいんですけど」


「幽霊を見たことがないのか?」


 なぜか深影が驚く。まるで、見たことがあるのが当たり前と言うような口振りだった。


「ありませんよ。一般的に幽霊と呼ばれるものは脳の誤認識です。大抵薄暗い場所や寝起きに……あ」


 ふと勉強机に置いた目覚まし時計が目に入って澄人は言葉を止めた。一教科分の課題をこなせるだけの時間が経過していた。

 澄人はノートを閉じて深影に差し出す。


「僕の情報が役に立ってよかったです。今度は具体的にで手伝いができそうなことが見つかった時に声をかけてください。学校で」

 

「あるぞ」


「は?」


「手伝って欲しいことはもう既にある」


 深影が立ち上がると、おもむろに澄人の顎を指で上向けて、顔を近づける。


「ちょ!?」


 ノートが手から離れ、バサリと畳に落ちた。息のかかるほどの距離に接近されて硬直する澄人にお構いなしに、深影が目を細めて澄人の顔を顎下から検分する。


「やはり問題ないな」


「な、何なんですかいきなり」


 深影の指が離れると同時に澄人は後退り、よろけて押し入れに肩をぶつけた。面食らう澄人と対照的に、落ち着き払った深影が落ちたノートを拾う。


「七件目、三月に死亡したアルテミス女学院の生徒の件を見てくれ」


 澄人は深影を警戒しながらノートを開く。


『其の七、大石夏帆 十三歳(七十五歳) 三月八日 アルテミス女学院中等部二年 事故』


 と記載されている。


「そしてこの次——太田留美の事故死の前の案件だ」

 

『其の八、滝沢まゆか 二十九歳(八十八歳) 四月六日 教員 みさきゲートシティ転落事故』

 

「……この転落事故なら知っています。飛び降り自殺に巻き込まれたやつですよね」


 ニュースで取り上げられた事件だ。帰宅途中の若い女性が、月の台の隣町のオフィス街の飛び降り自殺者の下敷きになり、亡くなってしまった。しかも飛び降りた側は一命を取り留める、と言う後味の悪い事故だった。


「この被害者はアルテミス女学院の教員だ。七番目の少女はアルテミス女学院の生徒。二つの件には共通点がある」


「アルテミス女学院ですか……」


 澄人の脳裏に柚花の顔が浮かぶ。柚花もアルテミスの生徒だ。


「……大石夏帆は事故死と書いてありますけど、なんの事故だったんですか」


「それがまだ調べがついていないんだ。女学院の近隣で聞き込みをしてみたが、詳細を知るものがいない。そこで、アルテミス女学院で直接調査をしてみたい」


 そう言って深影は立ち上がり、机の脇に置いてあった紙袋を掴んで澄人に差し出す。


「これはお前の分だ」


「なんですか?」


 中身を取り出した澄人は動きを止める。白いブレザーとプリーツスカートだった。


「これ、アルテミス女学院の制服じゃ」


「今日ここへ来たのはそれを渡すためだ」


「まさか」


「これを着て私と一緒に潜入調査をして欲しい」

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