4. 事故現場
ロケバスを追う形で路地を進むと、ゆるいカーブを曲がった先のマンションの前に人だかりができていた。先ほど通り過ぎた小型バスが人垣の背後に停車してあり、若い男が三脚やコードを荷台から下ろしている。マンション前にブルーシートがカーテンのように張られていて、その前には二名の警察官が仁王立ちしている。
野次馬には取材陣と思われるマイクを持った男女と数台の黒いカメラマンも混じっていた。澄人の近くにいた老人と中年女性のグループがマンションを見やりながらなにやら言葉を交わしている。
何か事件があったらしい。
マンションのブルーシートの先から片手にゴミ袋を持った中年のサラリーマンと月の台高校の制服を着た女生徒が現れると、取材陣が一斉に重そうなカメラを掲げた。
外に出たサラリーマンが殺到した取材陣にすぐさま囲まれた。警官が「住民の邪魔になるので下がってください」と撮影隊を制す。
一方の女生徒は取材陣の群れの傍を通り、平然とこちらに向かってくる。誰も彼女の方へは一瞥もくれなかった。
女生徒は小脇に大判の厚さが十センチはありそうな本を抱えている。背中の中ほどまである長い髪に彩られた顔は、切れ長のつり目に細くて高い鼻、細い顎と、威圧的な印象だ。澄人は目の前を通り過ぎた女生徒の後ろ姿を何気なく見送った。軍人のように背筋の伸びたその背中に、羽根は生えていなかった。反射的にマンションを振り返ると、人垣の背中に様々な色の羽根が揺れている。澄人は無意識に手の甲で背中に触れ、女生徒が消えた路地へ駆け出そうとした。
「君、月の台高校の生徒だよね?」
肩を掴まれて振り返ると、カメラのレンズが見返していた。それを担ぐTシャツの男の傍らで、マイクを持った女が期待を込めた目を向けている。
「そうですけど」
「二年生の太田留実さんって知っている?」
「知りません。僕は一年なので」
澄人は部活動をしておらず、まだ入学して一ヶ月だ。学年違いの生徒と関わる機会が全くない。誰だか知らないが、カメラを向けたまま名前を伏せずに聞いてくる、ということは被害者、しかも死亡している。死んでいなければカメラの前では名前を伏せるはずだ。
「三月に転入してきた生徒さんなんだけど、昨晩自宅のあのマンションのエレベーター事故で亡くなったの。見覚えはない?」
気の毒で仕方がないという表情を貼ったレポーターが、手に持ったスマホをカメラの死角で澄人に見せる。どういう経路で手に入れたのか、中学校の卒業アルバムの拡大写真だった。目も鼻も小さい丸顔の女生徒がこちらに少し笑いかけている。
「ありません。学校に行く途中なので失礼します」
「ね、どう思う? 同じ学校の生徒が事故で亡くなったことについて」
バスケのディフェンスを思わせる動きで澄人の進路を塞ごうとしたレポーターを「急いでいるので」と押し退けて、澄人は女生徒の後を追った。
女生徒が曲がった民家に挟まれた歩行者用の路地には既に人影はなかった。並びの民家はすべてマンション側か、その先の道路に玄関を向けていて、この道から中に入れるのは先の角にあるプレハブの元新聞配達所だけだが、これはとっくに廃業をしていて、今では降りたシャッターの全体がざらついた茶色に錆びついている。路地を抜けて左右を見渡し、さらに先の路地まで進んでみたがやはりどこにも姿は見えなかった。
つん、と背中をつつかれる。またあのレポーターか。
「いい加減にしてください」
振り返ると上原柚花が立っていた。
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