そうして私は愛を忘れた。

朝乃雨音

第1話 そうして私は愛を忘れた。


 妻と結婚してもうすぐ三年になる。


 大学で出会い卒業と同時に籍を入れ、大変ではあったがとても幸福な時間を私は過ごしていた。


 特に結婚してからの二年間は充実していた。


 しかし、どうしてこうなってしまったのだろうかと思い私はタバコをふかした。自室の壁を眺めながらため息混じりの煙を吐き出し記憶を辿る。


 初めて違和感に気づいたのは一年ほど前の夜である。それまで私に注がれてきた愛情が薄れたような感じを受けたのだ。


 愛し合っていたからこそ分かるすれ違い。私の愛と妻の愛に熱量の違いが生まれたのだ。


 初めの内はそういう日もあるだろうと思った。


 結婚して二年、付き合っていた期間も含めれば既に四年が経過しており、四年も一緒に居ればそんな日も来る。そう思うことにしたのだ。だがどうだろうか。幾日、幾月が過ぎてもその違和感が拭えることはなく、愛に対する熱量の差が生むギャップが私と妻の仲を悪くしていった。


 ある程度経って、辟易した私は原因が何なのかを探った。


 一体どうして妻との間に距離が出来てしまったのか。


 ここ一ヶ月ほど色々と理由を作っては考えてみたが、正直なところこれだろうという原因には1つ心当たりがあった。


 それは、妻の愛情が私ではない他の誰かに向けられてしまっているというものだ。


 俗世的には浮気というのだろうか。


 いや、もちろん確証はない。確証はないが私は確信していた。だがしかし、証拠がなければ確信は成り立たず、その為に証拠を探したが一般的にそれと呼べる物は出て来なかった。


 悩んだ私は友人に相談することにした。


 すると10年来の付き合いを持つ友人は「君が考えを改めるべきだ」と、言ったのである。


 その言葉に私は戸惑った。


 彼は私が間違っていると言い切ったのだ。他の誰でもない親友である彼に言われてしまっては私も自分が間違っているのではないかと思ってしまう。


 しかし、どうしても納得は出来なかった。妻を愛し続けている私よりも私以外を愛する妻の方が正しいなんて話を受け入れられる訳がなかった。


 それからと言うもの、私は1人悩み続けた。悩み、我慢し、妻を愛し続けてきた。


 私は1つ大きな溜息をつく。


 磨り減った精神が限界に近づいているのが分かる。愛し続けた結果がこれである。なんとも滑稽な話だ。


 そもそも妻を愛してしまったのが間違いだったのだ。愛さなければこんなことにはならなかった。いや、初めから全て分かっていたのだ。


 妻と愛の形が違う事は薄々勘付いていたのである。だが、一緒に生活していればそんなすれ違いも無くなるだろうと甘く見ていたのである。


 希望が生んだ過ち。


 やはり、本当の愛というものは私しか持ち合わせていなかったのだ。


 愛し通すことの出来ない愛など必要ない。


 偽物の愛しか持ち合わせていない妻ももう必要ない。


 失意の中で私は心を決めた。


 私の持つ愛を守る為に立ち上がり、台所へと向かった。


 居間でくつろぐ妻の傍らにはその愛を受ける子供の姿。それは一見すると幸せな家庭であったが、私から見れば歪な空間である。


 あぁ、こんな世界は耐えられない。


 そうして私は台所から包丁を取り出し、妻の愛を受ける少年の首を刎ねたのであった。


 私の愛と妻の愛。これで私の愛が伝わればいいのだが。


 そう思いながら見た涙で歪む視界の中で泣き叫ぶ妻の顔を私は一生忘れないだろう。

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そうして私は愛を忘れた。 朝乃雨音 @asano-amane281

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