Crash
要するに、硝子を叩き割った。右手。拳。廊下の窓。防弾ガラス。砕け散るまではいかなかったが、ノールックで割ったにしてはいい線いった。うん。いい線が一体何なのかは俺にも分からないが。多分ヒットポイントとか、アタックポイントとか、そういう。
「……ごめ、」
あ、嘘、ぜぇんぜんいい線じゃなかったな。目の前に居る幼馴染みが、怯えつつ、挙動の分からない畏怖の対象を見るような瞳でこちらを見つめていた。
いつもやってから気が付く。し、こういう時は最後まで無言だから、俺はいつも誤解されるんだろうなぁと、思う。だがしかし一切声に出して弁明だとかそういうことをする気はない。無駄だ。こういうところが事実、ヤバイヤツ、なのだろう。でも、話すことに関しては頭の中だけで労力を使い果たしているのだから仕方がない。人間みんな、頭の中の声が聞こえたらいいのになと思う。無理だけど。
そう、だから。目の前の幼馴染みも、恐らく今の一瞬で幼馴染みではなくなったのだ。
くるりと踵を返す。他人に興味はない。俺は自分が大事なのだから仕方がない。手から血をだらだら流している奴の発言ではないような気もするが、それも多分仕方がない。人は常々変わるもので、人は常々諦めて生きていくものだ。理解をする思考回路を持たない人間全員に構っていたらきっと好きなことも出来ないうちに死ぬ。他人の為に人生を浪費する気は一切ない。こんな風に勝手に狂った俺の為に他人の人生を浪費させる気もない。だってメリットが無い。それなら、多分新しい人を探した方が幾らかマシだ。きっとそれが、双方の時間の使い方としてWIN-WINである。だから、俺は、踵を返している。
幼馴染みだった彼は追いかけてこない。そう、それでいい。お前も自由に生きろよ、達者でな。
角を曲がって、初めて自分の手を見た。思いの他、真っ赤で少し驚く。何でこんなになるまで感情が高ぶったんだろう。正直、叩いた瞬間と、叩く寸前の記憶が曖昧だ。首を捻る。
そのまま数歩。後二歩。一歩。あ。
窓が視界に入って、その時の感覚が戻った。あぁ、そういや、ここで叩くっぽい空気感、雰囲気だったから叩いたんだった。なるほど。そりゃあ覚えてないわ。俺の意志じゃないんだから。怒った方が、後々の為にはいいであろう空気だから怒っただけだ。その場凌ぎで、その場に存在した感情をのせたら、なんかこんなことになった。力がありすぎたなんて、少年漫画のヒーローのようだなと、ちょっと楽しくなる。
なら、まぁ、仕方ない。結果的に、アイツはあそこで離れるような人間だったのだしな。今じゃなくても、きっといつか離れる人間だったのだ。とりあえず水道で手を洗う。
蛇口から水が流れる音を聴きながら、明るい外を見る。窓ガラスを見た先生はどうするだろうか。遂に親とか呼ばれたりするのかな。それはちょっと楽しみだな。親には申し訳ないけど。まぁ、多分呼ばれないだろうな。それだけの徳を既に積んでいる。ちょっと、アイツ大丈夫かなって感じに監視が強くなるだけだ。だって俺は悪くない。普通なら鏡を割るという悪いことをしても、何か理由があったんだと思われるように仕向けてある。事実、俺は幼馴染みの言動に怒ったことになっている。カウンセラーとかそういう選択肢が出たら万々歳くらいのものだろう。ある程度上手にできる子に、教育機関は興味が無い。割く時間が無い。
総じて、別に。他人に嫌われたくない、訳では一切ない。他人に対しての承認欲求は初めから求めていない。勝手に嫌えばいいと思う。なのに、みんな俺のじょぉずな仮面に騙される。面白くない。偽物を見破れないような安い人間に興味はない。だから、たまに、怒った方がいいんだろうなと思う。思って、やって、やりすぎる。でも、この人が周りから居なくなったこの瞬間、一瞬だけが一番の幸福だ。多分。その時は自覚が無いけれど、いつも後になって思う。この瞬間が、一番自由で楽しい。
クラスの、本当に一握りの人間(殆ど、さっきの幼馴染のように目の前で何かがあった人間だ)が、密かに俺の事を狂人と呼んでいるのは知っている。悪口ばかり運んでくるお節介な人間が教えてくれた。
でも、それを聞く度に思う。本当に、狂人になれたらよかったのに、と。多分狂人は、そういったことを含めて人生を楽しんでいる。俺は、いつも全然楽しくない。面白くない。俺は、多分。ただの生きるのが下手な人形だ。それ以上でも、それ以下でもない。フラット。
まぁ、そういう生き方を選んでしまったのだから仕方がないのだけれど。
俺は洗った手をぴっぴっと振る。そのまま、鞄を置いたままの教室へと足を向けた。さっきの幼馴染みとすれ違ったら面倒くさいなぁと、少し思い始めていた。
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