第3話 【金の力で解決】勇者と西風の魔王

 その女性はエオノラと名乗った。

 錬金術師にして男爵となったフィリップが勝った島の城館でのことだ。


 何の金属かは分からないが青色にきらめく薄手の甲冑を身に着け、白いマントを羽織っていた。この世界の勇者のスタイルなのか細身の剣を腰の帯革から提げ、反対側には小型の火縄銃を差していた。

 白金のような長髪だが、風もないのにふわりふわりと髪が揺れているのが印象的だった。メリッサよりは年上、20代半ばか後半くらいだろうか。意志の強そうな瞳をしていた。


風の精霊ウェンティスの勇者、エオノラと申します。アリッサがお世話になったようで……」

「いやいや……」とフィリップ。


 彼女によると風の精霊が、「西風の魔王」を倒すために勇者の力を遣わしたらしい。風の精霊と西風の魔王とは何やら因縁があるそうだ。

「ワシの部隊にも昔勇者がおったのぅ」とすっかりアルヴェン島の傭兵隊長におさまったレオナルドが白髭をしごきながら呟く。


 どうもこの世界にはたくさんの「勇者」がいるらしい。

 

 エオノラもそうした勇者の一人で、風の神殿で巫女をやっていたところ、「西風の魔王」を倒すための剣を探すというクエスト求道を授けられ旅に出たのだった。


 しかしエオノラは苦渋の表情を浮かべる。

「しかしいくら風の精霊の加護があったとしても多勢に無勢……帝国軍も協力はしてくれましたが、肝心の魔王を封じる剣が眠る古代王の墳墓で待ち伏せにあい私は負傷、アリッサと私だけが生き延びたのです。他の仲間はどうなったか分かりません……」

「かわいそう……」さすがのクルエラも悲痛な表情を浮かべる。


「なるほど……時に……その剣さえあれば魔王は倒せるのかね?」フィリップがたずねる。

「はい、魔王を封じることができます」

「その古代王の墳墓ではどのような敵に出会ったのだ?」

 

 質問をぶつけているとクルエラと目が合う。彼女はにこっと笑顔を浮かべ(先生!その調子です!)というような表情になる。錬金術師にして男爵。威厳をもって話すという雰囲気づくりが重要であるという彼女の進言を、フィリップは容れたのだった。

 

「恐ろしい数の……数百でしょうか、巨人族、甲虫族、それにゴブリンやオークの類が地下墳墓で四周から襲い掛かってきたのです」

 エオノラは下唇を噛みしめた。


「聞けばアリッサが数か月お世話になっているとのこと……無理を承知で路銀や武器を援助してもらえないか伺いに来たのです」

 エオノラは片膝をつき深々と頭を下げる。


「相分かった!」とフィリっぷは立ち上がる。

「それでは全力で支援させていただく。路銀や武器防具は元より我が兵をつけよう!」

「何と!」

 エオノラが目を輝かせる。

「早速我が軍船に乗ってゆくが良い! 今夜はここに泊まるがよろしかろう」

「感謝いたします!」


 レオナルドにエオノラを客室に送らせ、フィリップは椅子に座り込む。

「ナイス雰囲気でした、先生」

 クルエラが話しかけてくる。

「こんなものかな?」

「はいな、良い感じに偉そうな人に見えました」

「……誉め言葉と受け取っておこう」


 この世界では勇者や冒険者たちが領主や貴族の援助を得るのは普通のことらしく、路銀から家伝の武器の貸与、一夜の宿など支援が一般的とのことだった。ただ有名な勇者や冒険者ならともかく、よく素性が分からないなり立て勇者などには金貨1~2枚、武器庫の古びた武器を渡して追い返す領主も結構いるとのことだった。


――翌日、エオノラは茫然とした表情で港に立ち尽くしていた。

 傭兵隊長レオナルドの指揮で10隻の外輪船が現れそこに続々と物資が積み込まれていたからだ。そして水夫以外に斧槍や火縄銃で武装した傭兵が300人ほどが隊形を整えて外輪船に乗り込んでいた。


「やぁやぁ準備できましたね」

「フィリップ殿、これは一体……何かの輸送のついでか何かですか……?」

「いややこれはすべて勇者殿のための支援です」

「正直、わたしの想像していた規模の20倍とか30倍で……」

 フィリップは笑って遮った。

「ははは何をおっしゃる、これから向かう中継地点の港町ザンスケルでは私が前もって購入していた元近衛兵連隊が3個……いまはアルヴェン島連隊と名乗っておりますが……が6000人の兵士が物資と一緒に合流するのを待っておりますぞ」

 エオノラが目をぱちくりとする。


「今回は墳墓に入るとのことなので騎兵はおりませんが、砲兵がおります。さぁ存分に暴れて剣を取り戻してください」

「は……はい……」

「さぁ、行きますぞ!」と金の縁取りがきらめく胴鎧に身を固めたレオナルドがエオノラを船に押し込む。魔法使いのアリッサもぺこりと頭を下げて後に続いた。

 

 何がなんだか分からないという様子のエオノラはそのままフィリップの言った通りに、港町ザンスケルで待つアルヴェン歩兵連隊3、砲兵中隊1、魔法小隊1と合流した。


 その間フィリップは自分の城館で黒葡萄酒に舌鼓を打ちながらせっせと黄金を作っていたので忙しかったので後から聞いた話であるが、6000人の火縄銃兵、斧槍兵、剣兵を含む訓練を受けた軍隊+傭兵+勇者と魔法使いに襲われた墳墓の魔物は文字通り一瞬で粉砕され、風の精霊の剣の封印を無事に解いたという。これで勇者エオノラは西風の魔王を倒す準備が整ったのだった。


 その間にせっせと作った黄金を島から輸出したフィリップは、アルヴェン島の城館の一画にすさまじい量の金貨と紙幣を蓄積。オリヴィエル帝国の皇帝の年収5年分を上回るのではないかと噂される金額を貯めこみ、新たな島の購入計画をスタートしたのだった。

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