第2話 錬金術師、島を買いました

 その時、錬金術師フィリップとなった新井の手に握られていたのは純金の棒だった。ただの暖炉の鉄製掻き混ぜ棒を黄金に換えることができたのだった。


「え? 先生?」

 弟子のクルエラの呆然とした表情が印象に残る。

 フィリップ本人も驚いた。

 

 その後試してみたが、どうやら「マスターレベル1」の状態では1日に数回、最大でちょっとした置物と同レベルのものを黄金に換えられるようだった。

 色々と調べたところによるとこのオリヴィエル帝国で流通しているのはヴィエル金貨。だいたい大人1日分の庶民用のパンが小銅貨4枚で買えたが、金貨1枚で500日分は買えるようだった。ちょっとした置物を黄金に換えるとインゴット数本分になる。インゴット数本は30kg程度の重さとなり金貨3000枚くらいにはなった。

 

 ざっくりとこの世界で売られている全身用の甲冑が12ヴィエル金貨、魔法がかかったタイプだと30ヴィエル金貨、軍馬も30ヴィエル金貨くらいだった。

 

 ちょっとした貴族の年収以上の黄金を生み出せる状態だったのだが、フィリップはせっせと銅の置物などをクルエラに買ってこさせては黄金に換え、さらにそれを商工ギルドに持っていかせて売却し紙幣(金保有を背景にした紙幣をギルドが発行していた)に換えていった。


「いやぁ先生、コモンスキルレベルの錬金術師だったのにすごいことになりましたね」とクルエラ。「記憶喪失になってから覚醒した感じですけど、何か見ちゃいました? 悪魔的なやつとか何かとか」

「多分な……」とフィリップは誤魔化す。


 もしかしたら本当にフィリップは何か見たのかもしれない。だから新井が成り代わったのだろうか。しかし今はそれも些細な問題だった。

 

 オリヴィエル帝国の帝都で暮らす数週間で相当な紙幣がたまった。

 どうやら市井の錬金術師フィリップが「錬金術」に成功したらしいとの噂が駆け巡り、そろそろ不審な客やフィリップの力を独占しようとする動きが見られたため、フィリップはある決断をした。


「よし、島を買おう」

「島……ですかぁ?」

「そうだ。このままだと身が危ない気がする。島を買って移住するのさ」

 

 「西風の魔王」の率いる魔王軍と戦うオリヴィエル帝国の旗色も良くはなかった。

 毎日のように街角で志願兵が募集され、食い詰め傭兵のような物騒な輩が帝都に各地からやってくるが、一方で前線から担ぎ込まれる傷病兵も増加の一途をたどっていた。

 この世界には火縄式や魔法式の銃はあった。

 そして火薬や、雨天でも撃てるようにする魔法式の銃は錬金術師や魔法使いがせっせと作っていた。


 フィリップは手に入れた大金でロビー活動をはじめた。

 目的の島の購入権を得るために先ず貴族と親しい御用商人に近づき会食を繰り返した。豊かな資金で手に入れた胡椒などのスパイスの効いた料理やワインが好評ですんなり大貴族にも近づくことができた。元営業マンであったフィリップ(新井)にとっては経費がほとんど無制限の営業活動は楽なものだった。


 そうして大貴族から帝国皇帝に取り次いでもらったフィリップは堂々と帝国領の外海と細い河で繋がる内海の島を金貨30000枚で買ったのだった。

 

「ひえええー! すごい島ですね!」

 クルエラが歓声をあげた。彼女は河をゆく外輪船の舷側に手をかけ島をながめていた。どこか潮の香りもする涼やかな風が吹き渡り彼女の赤毛をなでていった。


 フィリップは大した荷物を持っていなかったので馬車を仕立ててそこに革製のトランクを数個放り込んだ。ほとんどは実験器具だったが、念の為持っていくことにしたのだ。帝都から南へ5日ほど馬車で旅をし港町ザンスケルへ到着。

 魔王軍は海からは来ないらしいがザンスケルから外洋船に乗って沿岸部をつたうようにしてさらに南下し、ロー河に到達。外洋船は通れないのでここから底の平たい船で北上した。


 帝都オリヴィエルは寒かったがだいぶ南下したので比較的暖かく、コートはいらないレベルだった。内海ではあるが大きくきらきらとした透明度の高い水面は美しく、そこから見えた「アルヴェン島」は豊かな森林があり、ちょっとした丘も見えるかなり優雅な趣だった。

 話によるとあまり大きな島ではない。だいたい日本の某南国の島の県と同じくらいらしい。現在でもちょっとした漁村と港町があり、主産業として黒葡萄のワインなども作っているらしかった。

 

 もともとはここに帝国軍が常駐していたようだが内海とはいえぐるりと周囲を帝国に囲まれ定期的に小さな帝国の軍船も警戒に現れること、魔王軍との前線から遠いことから駐屯の意味も薄れ、今では丘の上にある領主の館も閉鎖されているとのことだった。


「それにしてもすごい綺麗な島ですね」

「あぁ、予想以上だね」

 豊かな植生にごつごつとしているが白く美しい岩壁、青緑の透明度の高い内海が生み出す景観は素晴らしかった。


 フィリップはこの島の領主となりついでに男爵の位を買った。

 宮廷から俸給が出るわけではないが、市井の錬金術師フィリップと男爵フィリップでは、当然扱いも違ってくる。島民も敬意をもって接してくれた。


 さっそく領主の館も防御にむいた外壁と生活のための城館という構造を生かして改装した。次の問題はこの世界では銃と火薬はあるのだが、内燃機関や電球は発明されておらず、どちらかというとそれに近いものは魔法に頼っているということだった。

 そこでフィリップは先ず生活を向上させるために魔法使いを、そして警備のために傭兵を雇うことにしたのだった。傭兵はまずは数を増やすにしても隊長が必要だ。


「はーい次の面接の方ー」

 クルエラが羊皮紙のリストを読みながら次の面接希望者を館に入れる。

 求人広告を商工ギルドを通じて出したらすぐに応募があった。数名を選んで旅費を出し魔法使いと傭兵を呼んだのだった。


 時間短縮のために魔法使い1名、傭兵1名づつの面接だ。

 現れたのは豊かな長髪の白髪にこれまた白髯、麻のローブをまとった見るからに魔法使いのレオナルドと、革の胴着に細身の剣を提げた翡翠色の髪色を首の後ろでまとめた少女のアリッサだった。


「ワシが傭兵隊長のレオナルドでござる」

「魔法使いのアリッサ」


 逆かよ!とは心の中で思ったがフィリップは口に出さずに二人を眺めた。

「これまでどのような経験を……」

「まぁ各地を転戦してきておりましてな。その……最近は海賊に雇われておったこともあるのでござるが、経験は豊かなほうでござるかな」とレオナルド。

「仲間の勇者と一緒に西風の魔王と戦ってた」ぼそぼそと言うのがアリッサ。

「情報量が多くて整理できない……海賊? 勇者?」

 

 聞けばレオナルドは傭兵隊長として一軍を率いていたが、つい最近魔王軍によって陥落した都市が最後のクライアントで、そこが給金を払えなくなったために手下と一緒に海賊の護衛のようなことをやっていたらしい。アリッサはどちらかというと戦闘を得意とする魔法使いで勇者なる者と一緒に西風の魔王と戦っていたが勇者が負傷し戦線を離脱、しばらく生活のために稼ぐ必要が出てきたので応募してきたとのことだった。


「なるほど……勇者か」

 この世界にはどうやら聖霊の加護を得て魔王と戦う力を持った勇者がいるらしかった。2人に興趣を覚えたフィリップはレオナルドとアリッサを雇うことにし城館に部屋を与えたのだった。


 そして勇者エオノラと名乗る女性がやってきたのはそこからさらに数ヶ月後だった。

 




 


 

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