12月3日(木)  「星屑の音楽」

 神様を信じたくなった。なんて。そんな大層なことがあればどれだけよかったろうと思う。お生憎様、こちとら無宗教だ。神など居ないとまでは思わないけれど、古典のように神を夢に見ることも無ければ、酔狂し没入する程信じる気もない。街中によくいる、極々一般的な日本人。

 その、筈だった。

 耳が割れそうな程響くサウンドに、脳細胞の全てが揺らぐ。視界を満たす虹色の光は、徐々に私から現実感を奪っている。確かな高揚感。身体が勝手にリズムを刻む。巨大なスピーカーから高い天井に跳ね返った爆音が身体に反響し、確かに自分が存在していることを感じる。多幸感。彼らの音楽は、バスタブに満たされた星屑だ。それに浸れば浸る程、私たちは満たされてゆく。同時に星屑はきらきらと箱の中から零れ落ちていく。留まることの無い、煌めき。無限に湧き出るものでないことを知りながら、私はそれが永遠に続くことを望んでいる。

 神など信じる気が無かったのは、何れ彼らを信じて歩く為だったのだと直感的に思った。彼らの音楽は、それくらいに酔狂し没入するに値する迫力を持っていた。

 その瞬間から、私にとって彼らは神と同等の存在となった。今まで目的もなく、ただ平々凡々の人生を歩んできた私にとって、それは大きな転機だった。その時初めて、他人にとっての神は、路頭に迷い彷徨う人々の道標となるのだと知った。しかし、今まで以上に神の存在を信じることは無くなった。神なんて、もはや居ても居なくても変わらない。私には彼らさえいればよかった。彼らから零れる星屑の様な音楽に浸ることさえ出来れば、他には何もいらなかった。


 他人から見れば、きっと私はもう無宗教だなんて言えない。私は彼らに十分な程に陶酔し、自らの人生の行く先を委ねている。彼らの行く先が、私が追いかける道だ。





 私はそうやって、また星屑のバスタブに全身を浸しながら、初めて彼らの音楽に出会った時のことを思い出していた。

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