10月22日(木)  「赤い屋根」

 そこに降り立つと、赤い屋根が目についた。

 驚きに、目を見開く。

 私の知っている町の屋根は、こんなに赤くなかったはずだ。もう、こんなところにまで「奴」の手が伸びているというのか。

 異臭は、既に殆どしない。ここで起きた惨劇は、随分と昔の話になってしまっている様だ。一応周囲を警戒しながら、腰から下げたままだった刀を抜く。一歩、前に進み始めた。

 いくら進めど、視界に入る屋根は赤いままだ。

 ここは私の故郷だった。とは言っても、本当に小さい頃に住んでいただけだから記憶は朧気で、惨劇を見て泣き崩れるほどの感情は生まれない。ただ、間に合わなかったという事実に、後悔の念を抱くだけだ。

 淡々と。美しいものが消えた、という事実が心に残るだけだ。

 この町の屋根は、すべて硝子で覆われていたはずだった。太陽の光を浴び、きらきらと光るその様は、まだ小さかった私の記憶に色濃く残っている。

 だが、今はその気配の欠片もない。

 「奴」の攻撃を避けるためか、存在していたはずの硝子を覆うように木の板が打ち付けられ、その上から、誰のものとも取れない赤い血が、そこかしこの屋根にベッタリとついているだけだった。


 「奴」の正体を、見た者はいない。所詮、辻斬りの様なもので、私達は後を追いかけることしかできない。「奴」が通った後は、命らしきものがすべて消える。わざわざ被害のあった場所に赴いたところで、それの性質を知ることしかできない。対策などまるでない。


 私が腰から抜いた刀も、未だ新品同然だった。

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