第4話 お気に入りと自分

魔法使いはいつでも、どこにいてもお気に入りにかこまれています。


お気に入りの帽子にお気に入りの洋服

お気に入りのカップにパイプの葉っぱ

お気に入りの椅子にお気に入りのお店…。


お気に入りがあふれていて数えきれません。


街にお買い物に出かけてもそうです。


魔法使いは「これだ!!」と思った物しか手にしません。


あれは魔法に使う材料が足りなかった時です。


店主が申し訳なさそうに


「店にあるのはこれで全部なんです。

足りない分はこちらでも十分に補えます。少し質は落ちるかもしれませんが…。

お値段もお安くしますよ。いかがでしょう?」


魔法使いはあごヒゲに手をやりながら少し考えます。


「せっかくですが…僕はこっちが欲しいんです。なので、ある分ほどください。」


と話していたのを思い出しました。


お気に入りのパイプの先がパックリ割れてしまったので、なじみのお店に修理をお願いしに行った時もそうでした。


店主が

「直せないこともないけど…このパイプもだいぶ古い。最近はこういった飾りの付いた物が人気だよ。この際、新しいパイプに買い替えてみたらどうだい?」


店主に手渡されたパイプを持ったまま魔法使いは「うーん…。」とパイプを見つめます。


しばらく眺めた後


「店主、せっかくだけどね…。僕は割れてしまったこのパイプが大好きなんだ。僕のお気に入りだからね。」と笑います。


店主は

「やれやれ。」と言うと


割れたパイプを丁寧に預かり、店の奥の作業部屋へ入って行きました。


そんな魔法使いのことが、犬は不思議でたまりませんでした。


「飾りの付いたパイプもとってもキレイだったのに…。ダメなの?」


魔法使いに聞いてみます。


魔法使いは答えます。


「そうだね。とても繊細で美しいと思うよ。

でも、僕はあの割れてしまったパイプがお気に入りなんだ。」


犬は「ふーん。」と鼻を鳴らします。


分かったような…分からないような…。

そんなふうに見えたのでしょうか?


魔法使いは言葉を続けます。


「好きなモノを選ぶこと、お気に入りのモノを身に付けるということは、自分を生きるということなんだよ。

僕は自分にウソをつきたくないし、誤魔化したくもないんだ。」


犬はますます?(はてな)顔です。


そんな犬を見ながら魔法使いは


「こっちへおいで。」と手招きをすると

店を後にしました。


お店から少し離れた所にある川べりに腰をおろし、おひざをポンポンと軽く叩き犬を呼びます。


呼ばれるまま犬は魔法使いのおひざの上へちょこんと乗ります。


魔法使いは犬を愛おしそうに見つめながら、お店でのやり取りを続けます。


「さっきのパイプは確かに素晴らしい物だったよ。飾りも繊細で美しい。作りもしっかりしていて最高だった。みんなに人気があるのもうなずける。」


犬は言います。


「じゃー何でダメなの?みんなに人気なのに。」


魔法使いはおもしろそうに笑います。


「そうだね。みんなに人気があるって言ってたね。でもね、人気があることと僕が好きなことは別なんだ。

さっき、僕がもう1人の僕に問いかけた時

答えはノーだったんだよ。

パイプだけじゃない。朝目覚めてから、すぐに起きるのか?もう少し眠るのか?もそうだ。

赤色の靴下をはくのか?黄色の靴下をはくのか?青色の靴下をはくのか?もそう。

目の前に別れ道が現れた時もそうだ。

どれを選べばいいかは、もう1人の自分が知っている。だからもし迷ったら、もう1人の自分にいつも問いかけるんだ。

問いかけ方は人それぞれだろう。好きか?嫌いか?心地いいか?心地よくないか?ワクワクするのか?ワクワクしないのか?とかね。」


犬は静かに魔法使いの言葉を興味津々で聞いています。


「そうやって1つひとつのことを、もう1人の自分に問いかけながら選び取っていくと、自分に偽りなく生きていくことができる。

きっと誰もが本当の自分、偽りのない自分を探し続けてるんじゃないかな?

それにね、お気に入りのモノにかこまれてお気に入りの場所にいると、毎日がとてもハッピーだろ?

自分がご機嫌でいると、なぜかまわりの人たちもご機嫌になるのさ。」


と楽しそうに笑っています。


そんな魔法使いを見上げながら


「うーん…。半分、分かったような、分からないような…。僕にはまだ早いや。」と


いつものように鼻を鳴らすと、魔法使いのおひざの上に伏せました。


魔法使いは犬の頭をやさしくなでながら言います。


「僕もまだまだ勉強中なんだよ。

でもね、キミもやってごらん。

そうすると少しずつだけど、もう1人のキミの声が聞こえるようになるから。」


川の上を滑り抜ける風が魔法使いと犬の鼻先をかすめます。


お日様は差していても、風が吹くと少しだけ体が縮こまります。


進んでいく季節を感じながら、滑り抜ける風を合図にして魔法使いと犬は川べりを後にするのでした。

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