第5話 白銀の住人と名無しの子

魔法使いの家は街から少し離れた山の奥にあります。


1日をとおして吐く息も白色になってきました。


毎年、魔法使いの住む山が白く雪でおおわれると、街の人たちは本格的な冬の訪れを知るのでした。


魔法使いも犬も少しずつ冬を迎える準備をしています。


薪を拾ってきたり、薬草の葉っぱを摘んできては乾燥させたり。


灰色の雲がおおう空を見上げながら


魔法使いは「フゥー。」と白い息を吐きます。


そして、ポツリとつぶやきました。


「今年はいつもより早く雪が降りそうだ。

雪の匂いがする。」


その言葉に


口に加えていた小枝を地面に置くと、犬も魔法使いと同じように灰色の空を見上げます。


「僕、真っ白い雪が大好きだよ。

森の誰よりも1番に足跡をつけるんだ。」


犬はしっぽを振ってなにやら楽しそうです。


魔法使いはそんな犬を見ながら笑っています。


「僕も大好きだよ。世界中がキラキラと輝いて、だけど驚くほど静かで…。ただただ美しい。」


魔法使いは犬の頭をなでると


「この冬はキミと一緒だから、きっと素晴らしい冬になるだろう。さぁ、そろそろ家に入ろう。」


その夜はいつにも増して空気が冷たく感じられます。


こんな寒い夜は

いつものお茶に少しだけ魔法使いお気に入りの発酵ジュースを混ぜます。


お茶の香りに混じって「フワッ。」と果実の香りが鼻を抜けていきます。


ひと口ふた口と飲み進めていくと

しだいに体の奥からポカポカと温まるのでした。


最後のひと口を飲み干す頃には犬も魔法使いもウトウト良い心地です。


いつものように魔法使いは眠そうな犬を抱き抱えると、ふかふかのベッドにゴソゴソともぐり込むのです。


それからほどなくして深い眠りにつくのでした。




次の日の朝

シンと静まりかえった、鼻の奥がツンッとする冷たい部屋を白く眩しい光が満たします。


暗闇から光がだんだんと感じられ、犬は目を覚ましました。


鼻もとまでかぶったお布団から顔を出します。


まだ、夢にまどろむ魔法使いの上をはい上がり、カーテンの閉まった出窓に前足をかけます。


鼻先で器用にカーテンを持ち上げ、すき間から外をのぞいてみます。


窓ガラスの下の方は少し曇っています。

でも、その先に見えたのは


見渡す限りの「真っ白」でした。


さっきまでの眠気はどこへやら。


犬はたまらずベッドから飛び降りると

魔法使いが作ってくれた犬用の出入り口から

勢いよく駆け出します。


思いっきりジャンプしたものの

真っ白な雪に「ドスッ。」と埋もれてしまいました。


犬はゴソゴソと手足を動かしますが、思うように身動きがとれません。


負けじと手足をバタバタさせ、ようやく雪から顔を出すと


まだ足跡もなにもついていない雪の上を

ひたすら転げてみたり走り回ってみたりと大はしゃぎです。


ベッドから一足先に抜け出した犬に気づいて、魔法使いも目を覚まします。


体をゆっくり起こして

まだ眠そうな目をこすりながら窓際のお気に入りの椅子へ向かいます。


椅子に腰をかけると


いつもの場所に置いてあるパイプを手にとります。


そして、お気に入りの葉っぱを丁寧につめ、火をつけました。


パイプを吸うと葉っぱは「チリチリッ。」と小さな音をたてて赤くなります。


魔法使いが少し口をすぼめて

「フゥー。」と息を吐くと、白い息とともに白い煙が冷たい部屋を漂います。


魔法使いはパイプをふかしながら、窓越しにはしゃぎまわる犬を幸せそうに眺めています。


そして、朝の冷たい空気を味わった後

「よっこらしょ。」と少し重そうな腰を上げます。


「朝から雪遊びだと体も冷えるだろう。部屋を暖かくしておこうね。」となれた様子で暖炉に火を灯すのでした。


そして部屋が暖かくなると、外で走りまわっている犬に声をかけます。


「そろそろ帰っておいで。お腹も空いたろう。朝ごはんにしよう。」


頭からしっぽの先まで真っ白い雪におおわれた犬は、魔法使いの声のする方へ目をやると


いつもよりゆっくりと魔法使いのもとへ足を急がせるのでした。


「楽しかったかい?」


と雪にまみれた犬の体から、丁寧に雪をはらってやります。


犬は興奮気味に言います。


「僕、真っ白い雪が大好きだ。まるで世界が生まれ変わったみたい。

ちゃんと森の誰よりも1番に足跡もつけてきたよ。」と自慢気です。


そんな犬を見つめながら魔法使いは言います。


「それはなにより。良かったね。

きっも今日も素晴らしい1日になるだろう。

こんな日のはじまりは、最高の朝ごはんからだ。」


暖炉の前のテーブルには

温かいスープに甘く焼き上げたパン

フワフワの卵に、少し焦げ目のついたカリカリの干し肉が添えてあります。


まずは

いつものお茶をひと口「ペロッ。」と舐めます。


それは雪の中で冷えきった体をじわじわと温めてくれます。


自然と犬の顔もほころびます。


朝早くから雪の中を駆けまわっていた犬のお腹はペコペコでした。


ひと口飲んだお茶を合図に

驚くほどの勢いで朝ごはんをたいらげていきます。


となりで見ていた魔法使いは

「クスクス。」と笑って言います。


「そんなに慌てなくても、誰もキミの分まで食べたりしないよ。」


犬は口の中いっぱいにモグモグしています。


何かを言いたそうですが、うまくしゃべることができません。


そんな様子の犬を魔法使いは少し待ちます。


犬は少し急いで口の中のものを飲み込むと魔法使いに言います。


「ねぇねぇ。朝ごはんを食べ終わったら、またお外で遊んでいい?」


魔法使いは「やっぱり。」といった顔で笑っています。


「いいよ。思う存分遊んでおいで。

ただ、あまり森の奥へ行っちゃいけないよ。

雪が降るこんな日は、来た道が分からなくなるからね。」


犬は魔法使いの言葉に大きくうなずくと

しっぽを大きく振りパタパタとさせます。


今にも飛び出していきそうな犬を、ドアの手前で呼び止めます。


犬は振り返ると

はやる気持ちを一生懸命抑えながら


「なーにー?」と声を張り上げます。


魔法使いはニコニコしながら腰のうしろに隠していた手を出します。


そこには魔法使いがかぶるには小さすぎる

ポンポンの付いた赤色の毛糸の帽子と、帽子とおそろいの短いマフラーがありました。


犬は目をパチクリして言います。


「これって…もしかして……。僕の?」


魔法使いは「フフッ。」と笑いながら、犬のもとにしゃがみます。


やさしく犬の耳を毛糸の帽子に入れてやり

少し緩めに、でも冷たい風が入ってこないようにマフラーを巻いてやります。


2つのそれは犬の体にぴったりでした。


犬は魔法使いのまわりをグルグル駆けまわります。


「うわぁー。すごいや。僕の体にぴったり。

とってもあったかいや。ありがとう。」


と魔法使いの胸の中に飛びこみます。


飛びこんできた犬を魔法使いは抱きしめます。


犬のほっぺに軽くキスをすると


「さぁ、行っておいで。」とドアを開け

勢いよく駆け出す犬を見送りました。


犬は冷たい風をきって走ります。


目の前の「真っ白」は

見わたす限り、どこまでも光り輝いています。


しばらく駆けまわった後、さすがの犬も息がきれぎれです。


雪の上にゴロンと寝転がり空を見上げます。


灰色の雲のすき間から太陽がちらちらと顔をのぞかせます。


木の枝に積もった雪も所々で

「ドサッ。ドサッ。」と音をたてて落ちていきます。


それ以外はどこまでも「シンッ。」としています。


「なんて静かなんだろう。」


いつもと同じ森なのに

それはまるで別世界にいるような空気と静けさに包まれています。


目を閉じると、どこまでも吸いこまれていくような…。


感じたことのない感覚を呼び起こすのでした。


そんな感覚にどれくらい身をまかせていたのでしょうか?


耳もとで光がキラキラと遊んでいるような

それは風の音のような、なにかの声のような


時に「クスクス。」と笑い声のようにも聞こえます。


犬は「ハッ。」と目を開け

寝転がった体をとっさに起こします。


まわりに目をこらし、それが何ものなのか集中します。


いっとき「シンッ。」とした空気が包みます。


そして次の瞬間それが現れました。


「クスクス。」


犬は思わず、まわりの何かに声をかけます。


「だーれー?」


すると少し戸惑っている犬を

どこからかのぞき見ているかのように声が聞こえます。


「あの子、はじめて見る子だわ。どこの子かしら?」


と確かに聞こえました。


姿の見えない何かに、犬はますます不安になります。


「ねぇー。だれかいるの?」


そして次の瞬間、声のする何かは

犬の目の前に落ちてきた、木の枝に積もった雪と一緒に姿を見せました。


それはキラキラと輝く小さな光の玉のように見えました。


今にも犬の鼻先にとまりそうなほど近くに感じられます。


目の前で起きていることがよく分からないまま、犬は光の玉に呼びかけます。


「あのー。もしかしてさっきから聞こえてる声はアナタですか?」


光の玉は強く光ったり弱く光ったりを繰り返しながら答えます。


「そうよ。私だけではないけど。」

と「クスクス。」笑っています。


光の玉の言葉に、犬は他の何かを探すようにまわりを見渡します。


今までまったく気づかなかった光景に驚きます。


犬のまわりには何個もの光の玉が、なにやら楽しそうにフワフワと飛んでいたのです。


犬は驚きながらも、その美しさにくぎ付けです。


犬は次から次へと浮かんでくることを光の玉に聞いてみます。


「あなたたちはだーれ?どうしてここにいるの?ここで何してるの?」


光の玉たちはおかしそうに笑っています。


すると先ほどのモノとは別の何かが答えます。


「はじめて見る子。そんなに焦らないで。

私たちは古(いにしえ)より、この森に住う者。なぜここにいるのか?それは私たちにも分からない。おかしなことを聞く子だ。」


犬は聞きます。


「なぜここにいるのか分からないの?」


光の玉たちはあいかわらず「クスクス。」と笑い合っています。


「不思議な子。なぜここにいるのか?それはこの地を創った何かにしか分からぬこと。私たちはただここに在り、ここに生きる。ただそれだけ。」


犬はますます分かりません。

「じゃーここで何してるの?」


光の玉たちはそれぞれに強く光ったり弱く光ったりを繰り返します。


「なにをしているか?それになら答えられる。私たちはこの森を守っているのだよ。」


犬はだんだん落ち着きを取り戻しています。

「あなたたちがこの森を守ってくれてるの?」


犬の鼻先にいる光の玉は答えます。


「そうだよ。それが私たちの役目。今度は私たちの番だ。はじめて見る子、お前はどうしてここにいる?」


今度は犬が答える番です。犬は少し考えてから答えます。


「えーと…僕……雪が大好きだから、朝ごはんを食べて、またお外で遊んでたの。夢中になって走ってたら、ここに来ちゃった。」


光の玉たちは変わらず犬のまわりをフワフワと楽しそうに飛んでいます。時々、犬をからかうように鼻先すれすれを横ぎります。


「ではお前の名前はなんというのだ?」


犬は「名前」という言葉に記憶をたどります。


「名前…?そういえば魔法使いとはじめて出会ったときに言ってたっけ?愛のなんとか…って。」


答えのない犬に光の玉はもう一度問いかけます。


「お前の名前は?」


犬は言葉が出てきません。でも何かを答えなければと思い浮かぶ言葉を一生懸命つなげていきます。


「僕は原っぱに住んでいて…。僕は犬で…。魔法使いと出会って…。一緒にごはんを食べて…。僕の名前……。」


そこまで言うと、犬は黙りこんでしまいました。


光の玉たちは犬の答えに、お互いの顔を見合わせるかのように光の強弱を繰り返します。


そして、犬のうしろ側や頭のてっぺんから、それぞれの言葉が降ってきます。


「この子、自分の名前が分からないんですって。」


「名前がないんだって。」


「名無しの子よ。」


犬は空から降ってくる言葉を見上げます。そして、ポツリとつぶやきます。


「僕、名前がないんだ。」


雪の中を駆けまわっていた元気はどこへやら。しっぽも耳もシュンと垂れ下がってしまいました。


そんな犬の横をただただ冷たい風がふきぬけていきます。


魔法使いがくれた帽子もマフラーも、あんなにポカポカと犬の体を温めてくれていたのに、


今はまるでなにもしていないように体の奥まで冷たい風が吹き抜けていくようでした。


そのうちに、犬の目から大きな雫がポロポロとこぼれ落ちてきました。


それを見ていた光の玉は、やさしく言葉を続けます。


「どうして泣く必要があるのか?お前は今この瞬間、自分に出会ったのだよ。だからなにも悲しむ必要はない。今から自分が何モノなのか知っていけばいいのだから。私たちはこれからも、この森とともにお前たちを見守ろう。」


そう言い残すと、光の玉たちはいっせいに雪空めがけて音もなく消えていきました。


また雪が降りはじめた、少し薄暗い森には残された犬だけです。


ただただ雪が降り続ける静まりかえった森の中でどれくらいの時間、座っていたのでしょう。


どこからか遠く遠く声が聞こえます。


聞き慣れたその声は、だんだんと犬の方へ近づいてきます。


そして雪を踏む足音は犬のうしろで「ピタッ。」と止まります。

と同時にいつもの腕の中へ包まれました。


それは変わらずフワフワと温かく、でもどこか、いつもより力が込められていました。


聞き慣れた声が少し震えています。


「あーよかった。こんな所にいたんだね。」


それを聞いた犬の目から、また大粒の雫がこぼれ落ちます。次から次へとこぼれる雫に魔法使いは驚きます。


やさしく温かい手で何度も雫をぬぐってやりながら聞きます。


「いったいどうしたんだい?怖いことでもあったのかい?」


犬は少しずつ震える声をしぼり出すようにして、魔法使いに伝えます。


「僕…ぼくね。名前がないんだって。みんなが名無しの子だって…。」


魔法使いは犬の背中をゆっくりとなでながら、犬の言葉に耳を傾けます。


「みんなって誰のことだい?」


犬は魔法使いの胸にうずめていた顔を上げて言います。


「光の玉だよ。」


魔法使いは犬に起きたことをおおよそ察したようです。


「彼らに出会ったんだね。」

魔法使いは笑っています。


「ここは寒い。体も冷えきってしまってるじゃないか。ひとまず家に帰ろう。温かいお茶も用意してあるよ。」

そう言って、魔法使いは犬をやさしく抱き上げ、上着の中に包み込むと来た道を戻ります。


温かい魔法使いの腕の中で、犬はホッとしたのか、家路に着くまでの間、少しウトウトするのでした。


家に戻る頃には辺りは暗くなっていました。空には蒼白い月が顔をのぞかせています。


さっきまで降っていた雪はやみ、星が輝いています。こんな夜は月の光に雪が輝いて、どこまでもはっきりと見わたせるのでした。


家に着くと、魔法使いは胸もとに抱きかかえた犬をゆっくりと暖炉の前に下ろしてやります。


それから、雪でしっとりと濡れた帽子とマフラーをとり、椅子の背中にかけました。

そして、ふかふかのタオルで犬の体をやさしく拭いてやります。犬は暖炉の暖かさでさらにウトウトしています。


魔法使いは用意しておいたお茶をいつもの木の器に入れると、犬の足もとに置いてやります。

「さぁー、ゆっくりお飲み。体も温まる。」


犬は少し重そうに体を起こすと、ペロペロとお茶を飲みはじめます。

その様子を見届けたあと、魔法使いもお気に入りの椅子に座りパイプを片手にお茶を飲みはじめました。


お茶を飲み終える頃、犬は森でのできごとを思い返していました。


そして、ポツリポツリと口を開きはじめます。


「ねぇ。今日、森で出会った光の玉はなんだったの?」


さっきに比べると、いくぶんか犬の声に活気が感じられます。


魔法使いはホッとしたのか口もとが少し和らぎます。

「今日、キミが森の中で出会った光の玉はたちはね、古くから…と言っても、はじまりは定かではないが、とにかく僕たちが生まれるうんとうんと前から森に住んでいる者たちだよ。」


犬は静かに、魔法使いの言葉に耳を傾けています。


そんな犬を魔法使いは抱き上げ、いつものようにおひざの上にちょこんとのせ、犬の背中をゆっくりとなでてやります。


「彼らは初雪の日にだけ、光の玉となって姿を現すんだ。森の精霊、雪の妖精…命の光、いろんな呼び名であらゆる生命(いのち)に寄り添っている存在なんだ。」


犬は魔法使いを見上げながら言います。


「ふーん。そうなんだ。僕、びっくりしちゃった。最初は少し不安だったけど…怖くはなかったんだ。あなたは会ったことあるの?」


魔法使いは目を細めながら答えます。


「あるよ。一度だけ…。あれは僕がまだ子どもの頃だ。あの日も初雪の日だった。キミと同じように目の前に広がる真っ白がうれしくてうれしくて。」


子どもの頃の魔法使いを思い浮かべて、犬はうれしそうに「ふーん。」と鼻を鳴らします。


魔法使いは犬の頭をなでながら続けます。


「でもね、誰もが光の玉に出会えるかというとそうではないんだよ。」


犬は伏せていた頭を上げて魔法使いの言葉を聞いています。


「光の玉に出会えるのは、心根がまっすぐで濁りのないキレイな心の持ち主だと言われているんだ。」


「じゃー子どもとか?」


「そうだね。子どもであることが多いのもうなずける。でも、子どもでも大人でも心の在り方ひとつなんだよ。だから誰もが光の玉に出会えるチャンスがある。ただ、そのチャンスに出会えることが難しい。」


犬はしっぽと半分垂れ下がった耳をピンっと上げると、少し興奮気味に続けます。


「そしたら光の玉たちに出会えた僕の心は、まっすぐでキレイってこと?僕ってすごいんだ。」と目をキラキラさせ魔法使いのおひざの上ではしゃぎます。


魔法使いは、はしゃぐ犬がおひざの上から落ちてしまわないよう両手で包み込みます。


そしておかしそうに、でも幸せそうに笑い声をあげて言います。


「そうだね。キミの心はどこまでもまっすぐで澄みきっている。だから光の玉たちもちょっかいを出してみたくなったんだろう。」


それを聞いた犬はとてもうれしそうです。はしゃいでいた犬は満足げに、魔法使いのおひざの上に伏せました。


魔法使いは犬の頭から背中をやさしくなでながら愛おしそうに呼びかけます。


「大好きだよ。スノー。僕と出会ってくれて、ありがとう。」


ご機嫌で伏せていた犬の耳がピクッと動きます。


なにかを探るように、ゆっくりと魔法使いを見上げ、そして聞き返すように言います。


「ス…ノー?」


魔法使いはいつものように「クスッ。」と笑うと穏やかな目で犬を見つめます。



そして、聞き返すように言います。


「ス…ノー?」


魔法使いはいつものように「クスッ。」と笑うと、いつものように穏やかな目で犬を見つめます。


「そうだよ。スノー。キミの名前だ。僕とキミが大好きな真っ白の名前、スノー。その…もしキミさえよければだけど…。」


犬は突然のことに、しばらく魔法使いを見つめたまま、じっとしています。


魔法使いは、少しだけ不安そうな顔で言います。


「どうかな?」


犬は伏せていた体を勢いよく起こし、前足でピョコンと魔法使いに抱きつくと、つぶらな目を大きく見開いて答えます。


「スノー。僕の名前はスノーだ。もう名無しじゃないよ。僕の大好きな真っ白と同じ名前。ありがとう。」としっぽをめいっぱい、これでもかと振りながら魔法使いのおひざの上から飛びおります。


そして、魔法使いの座った椅子のまわりをグルグル駆けまわります。


魔法使いはただただ幸せそうに犬を見つめています。


すると、駆けまわっていた犬が急に走るのをやめました。


魔法使いは不思議そうに犬に言います。

「どうしたんだい?」


犬は魔法使いの足もとまで来るとお行儀よく座ります。


「僕の名前はスノー。てことは…アナタにも名前があるんだよね?」


魔法使いはほほ笑みながら言います。

「そうだよ。」


犬はまっすぐに魔法使いを見つめて口を開きます。

「アナタの名前は?なんていうの?」


魔法使いはふかしていたパイプの煙を口から「ふぅー。」と吐き出すと、パイプをテーブルの上に置きます。そして、やさしいまなざしで答えます。


「スノー。僕の名前はジュカだよ。」


犬は魔法使いの言葉を追うようにつぶやきます。


「ジュ…カ…。」


それはどこか不思議な響きをもつ名前でした。


「アナタの名前はジュカ。僕はスノー。あなたはジュカ。」


魔法使いはうれしそうにうなずいて言います。


「そうだよ。スノー。」


犬はまた興奮気味に家の中を駆けまわります。


「スノーとジュカだ。」


そしてもう一度、立ち止まり魔法使いの足もとに座ります。


「ジュカ。僕と出会ってくれてありがとう。」


まっすぐな曇りのない声で、そうはっきりと伝えると、少し恥ずかしそうにジュカにすり寄ります。


スノーの頭をなでながら、すっかり元気を取り戻した姿に安心したのか、魔法使いの顔もどことなくホッとしています。


それからほどなくして、少し遅めのスノーとジュカの小さな小さな晩餐会がはじまるのでした。

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