第2話 自分の中にいるもう1人の自分

魔法使いと犬は街にお買い物に来ています。


街はいつもにぎやかで、子どもから大人までたくさんの人が行き交います。

みんなニコニコとても楽しそうです。


魔法使いが立ち寄るなじみのお店は風変わりでヘンテコなお店ばかりです。


今日のお買い物は魔法に使う材料でしょうか?

魔法使いの手には龍の爪、鳳凰の羽、手の形をした葉っぱ、もう1つは木の根っこでしょうか?


犬が大好きな温かくてフワフワした魔法使いの腕の中は、材料であふれています。


次のお店では魔法使いがパイプでふかす葉っぱを買います。


ひとつひとつ匂いを嗅ぎながら、ていねいに選んでいきます。


魔法使いは葉っぱを手に取ると鼻先に近づけてはもとに戻します。それを8回ほど繰り返したでしょうか?


鼻先に近づけた手がピタッと止まりました。

かと思うと、魔法使いはなにやら口もとをほころばせ、いつにも増してご機嫌です。


それに気づいた店主も口もとをほころばせ言います。

「お包みしましょうか?」


魔法使いはご満悦な様子です。


犬は魔法使いの喜ぶ顔が大好きです。

そばで見ているだけで、体の中からポカポカとうれしくなるのでした。


ひととおりの買い物をすませた魔法使いは、家のある山奥の方に向かって歩いていました。


その途中、あるお店の前で1人の女の子がガラス越しに真剣な面持ちで立っています。


魔法使いは

「おや?」と足を止めます。

それに合わせて犬も歩くのをやめます。


なぜなら、その女の子は魔法使いと犬が街に足を踏み入れた時にも同じ様子で立っていたからです。


魔法使いと犬は顔を見合わせると、お互いになにを言うわけでもなく、女の子の方へと足を向けて歩き出しました。


魔法使いは女の子のとなりで足を止めます。女の子の目線と同じ高さまでしゃがみ込み、やさしく声をかけました。


「お嬢さん、なにかお困りですか?」


女の子は真っ黒い服に真っ黒いツバのある帽子、ネズミ色のヒゲをはやした魔法使いの不思議ないでたちに驚いたのか、胸のあたりで組んでいた手にさらに力が入ります。


魔法使いは女の子の頭にそれほど大きくない、けれど温かく厚みのある手をのせ、ニコッとほほ笑みました。


すると魔法使いの手に安心したのか、女の子もつられてニコッと笑います。


まるで一輪のお花が咲いたようです。


女の子は魔法使いに事の成り行きをポツリポツリと話しはじめました。


「あのね…。コレとコレとコレと…3つの中からどれでも好きなのを買っていいよってママに言われたんだけど……。」


先ほどの笑顔はどこへやら、一瞬にしてお花がしぼんでしまいました。


しょぼんとうつむいた女の子に魔法使いは言います。


「決められなくて困ってるのかい?」


女の子は黙ったままうなずきます。


そんな女の子に魔法使いは

「クスッ。」と笑うと


「じゃー僕がお手伝いしましょう。キミが本当に心から望むモノとつながることができるように。」


女の子はうつむいていた顔を上げると、ニコッと笑い大きくうなずきました。


それを見た魔法使いも大きくうなずきます。


そして、さっそく店主に声をかけます。

軽く会釈をした後


「この3つをガラスケースから出していただけますか?」とお願いします。


店主は

「ええ。すぐにお出ししましょう。」と上着のポケットからたくさんのカギの付いたリングを取り出しました。


同じようなカギがたくさん付いています。

その中から

「これでもない。あれでもない。」とジャラジャラと音をたてながら手早くカギを見つけ出すと、迷わずカギ穴へ差し込みガラスケースを開けました。


そして、白い手袋をはめた手で大事そうにガラスケースの上へと置きます。


さっきまで眺めていた同じモノなのに、ガラスケースから出されたそれは、また違ったモノのようでした。


さらに魔法使いは店主に聞きます。


「手にとって触れても?」


店主はにっこりと笑うと


「ええ、もちろんですとも。納得のゆくまでどうぞ。」

と魔法使いと女の子のもとを離れ、お店の奥へと入って行きました。


魔法使いは店主にお礼を言うと

女の子に

「手を出してごらん。」とうながします。


すると、さっそくガラスケースの上にキレイに並べられたモノを左から手にとり、女の子の白く柔らかな手のひらにそっと置きました。


女の子は少し緊張した面もちで、手のひらにのせられたモノを見つめています。


魔法使いは聞きました。


「これはどう思う?」


女の子は不思議そうな顔で、首をかしげます。


「どう思うって…。うーん。」


魔法使いは続けてこう言いました。


「なんでもいいよ。自分が思ったこと、感じたことを言ってごらん。」


しばらく黙り込むと、女の子はゆっくりと口を開きはじめます。


「とてもキラキラしてキレイだわ。ママもこの色は私らしいって言ってたもの。」


魔法使いは

「なるほど。」と女の子の手のひらから、そっと持ち上げるとガラスケースの上に戻しました。


次は真ん中のモノを同じように女の子の手のひらにのせました。


「これはどう?」


少し黙り込んだ後、女の子は言いました。


「これもステキだけど本当は色があまり好きではないの。だけど…パパが作りがしっかりしている方がいいからって言ってたわ。」


魔法使いは

「なるほど。」とさっきと同じようにガラスケースの上へ戻します。


そして最後の1つをそっと女の子の手のひらにのせました。


「これはどう?」


魔法使いが聞くとすぐに女の子が言いました。


「これはとっても好きよ。持っているだけで胸がワクワクするの。」


最初の2つの時とは違い、女の子の目はキラキラしています。


口から出てくる言葉もまるでコロコロと元気に飛び跳ねる歌のようです。


そんな女の子に魔法使いは

「ふふっ。」と笑うと、先ほどと同じように女の子の手のひらのモノをガラスケースの上へと戻しました。


そして魔法使いは女の子に言いました。


「もう一度、今のように1つずつ手のひらにのせていくからね。今度は自分に"どう思う?"って問いかけてごらん。」


魔法使いの言葉に女の子は首をかしげています。


「私が私に聞くの?」


魔法使いは答えます。


「そうだよ。」


女の子は続けて魔法使いに聞きました。


「私は私よ。もう1人の私はどこにいるの?」


すると魔法使いはほほ笑みながら、女の子の胸のあたりを指して


「ここだよ。この中にもう1人のキミがいるんだ。だから心の中で問いかけてごらん。きっと教えてくれるから。」


女の子は魔法使いの言葉に小さくうなずきました。


魔法使いはさっきと同じように女の子の手のひらに1つずつのせていきます。


1つのせて、女の子は手のひらにあるモノをじっと見つめます。


しばらくして魔法使いが次のモノと入れかえます。


3回繰り返した後、魔法使いは女の子に尋ねます。


「もう1人のキミはなんて?」


女の子は自分の両手のひらを見つめた後

視線をまっすぐ魔法使いの方へ移し、そしてゆっくりと口を開きます。


「私、もう1人の私の声が聞こえたわ。もう1人の私は3番目のコレがいいって言ったの。」


と迷いなくそれを手にとりました。


それを見ていた魔法使いは


「それは良かった。キミが本当に心から望むモノとつながることができたんだね。」とニッコリ笑いました。


それを見た女の子もニッコリと笑いました。


魔法使いと犬が女の子に出会ってから、初めて見る最高の笑顔でした。


魔法使いは出会った時のように女の子の頭に手をおくと、こう言いました。


「いいかい?これからも自分で選ばなくちゃならないことといっぱい出会うだろう。

今日みたいに迷ってしまうこともあると思うけど…そんな時はキミの中にいる、もう1人のキミに聞いてごらん。

すぐに答えてくれない時もあるかもしれないけど、聞き続けるんだ。

必ず答えてくれる。

迷子のキミをちゃんと導いてくれるからね。」


女の子は

「ありがとう。」と言うと


魔法の材料やらパイプの葉っぱであふれかえっている魔法使いの腕の中に飛びこんできました。


魔法使いは、女の子の頭をやさしくなでながら


「こちらこそ、ありがとう。」とお礼を言いました。


犬もうれしくて、しっぽが飛んでいきそうなくらいブンブンと振りながら、女の子と魔法使いにすり寄ります。


女の子と魔法使いの笑顔に犬の胸の中は、いつにも増してポカポカ陽気です。


犬と魔法使いは女の子に別れを言うと、再び家のある山奥へ足を向けます。


頭のてっぺんにあったお日様は、魔法使いの家がある山の方に傾いています。


魔法使いは立ち止まり空を見上げると「ふぅー。」と大きく息を吐きました。


下から見上げていた犬には、夕陽に染まった魔法使いの顔がとても満たされた、幸せそうな顔に見えました。


その日の夜、さっそく魔法使いはいつものお気に入りの場所、お気に入りの椅子に座り街で買ってきた葉っぱをパイプの先につめ、ふかしていました。


犬もいつものお気に入りの場所、魔法使いのおひざの上で目を閉じ、街で出会った女の子のことを思い出していました。


犬は魔法使いに言いました。


「人は毎日いろんなコトに迷って悩むんだね。」


それを聞いた魔法使いは

パイプをくわえたまま「フフッ。」と笑うと、犬に言います。


「そうだね。人は朝、目覚めてからすぐに起きるのか?もう少し眠るのか?

そして眠りに落ちるその瞬間まで選択の連続なんだよ。常に選び取っていかなくちゃならない。」


魔法使いのおひざの上で犬は続けます。


「僕も迷ったな。前に住んでた原っぱから一歩踏み出すかどうか…。あとは…毎朝、寝ぐせをこっちに向けるのか、あっちに向けるのか?」


魔法使いは少しばかり目を丸くしてから、おかしそうに笑いました。


そんな魔法使いを犬は不思議そうに見上げます。


犬の体をやさしくなでながら、魔法使いは言います。


「寝ぐせをどっちに向けるのか決められない時はどうするんだい?」


犬はしばらく考え込むと


「その時はそのままだよ。そのままがいい時もあるんだ。」


そして、おひざの上からチラッと魔法使いの顔を見上げます。


魔法使いはやさしい眼差しで犬を見ます。


「それがキミの中のもう1人のキミの声なんだろう。

いいかい?

人はいつも選び取ることの連続だ。

忙しくて無理やりに決めなくちゃいけないこともある。

でもね、それを繰り返しているうちに、本当は自分が何を好きなのか?

何をしたいのか?すら分からなくなってしまうんだ。

決めることを焦るあまり、自分ではなく他人の声を聞くようになる。その方がラクだからね。だけど、自分のことは自分が1番知っているんだよ。

だから、迷ったらどんなことでも、まずは自分に問いかけてみるといい。

すぐに答えが出なくても、きっと答えてくれるからね。

他人(ひと)の言葉に耳を傾けて聞くことは大切だけど、最後に決めるのは自分だよ。

それを他人(ひと)に委ねはじめると自分を生きられなくなるからね。」


犬は首をかしげて魔法使いに聞きます。


「自分を生きられなくなるの?」


不思議そうな犬に魔法使いは


「この話しはまだ早かったかな?また今度ね。」と、ふかしていたパイプを戻しました。


そして温かくやさしい手で、犬をゆっくりと抱き上げます。


「そろそろいい時間だ。さぁ、ベッドへ。

今日もいい夢を見られますように…。」


こうして今日もいつもと同じ場所、いつもと同じ匂いの中で眠りにつくのでした。

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