黒い魔法使いと灰色の犬
Nagi
第1話 お空の向こう
このお話は、ある1匹の犬から始まりました。
穏やかな1日が今日も始まります。
まだ半分、夢の中…眠たい目をこすってお布団をゴソゴソ。
お布団から出たら朝の身支度です。
顔を洗って寝ぐせをなおして。
朝ごはんをしっかり食べたら、いつもの原っぱへ出かけます。
どんぐりの木、小鳥の声、小川のせせらぎ、虫の羽音、鼻をくすぐる風のにおい。
ちょうちょを追いかけ、思いっきり原っぱに転げます。
ふと空を見上げて思います。
「お空の向こうって何があるんだろう?」
どんぐりの木に聞いてみました。
どんぐりの木は
「大きな椎の木があるよ。」と言いました。
小鳥は
「小川より大きな川があるよ。」と言いました。
ちょうちょは
「ここにはない、おいしい蜜のお花が咲いているよ。」と言いました。
犬はその日から寝ても覚めても、空の向こうを思うようになりました。
そして今日も、いつもと同じ1日が始まります。
顔を洗って、寝ぐせをなおして、ご飯を食べて、いつもの原っぱに出かけます。
思いっきり原っぱに寝転んで、ふと思います。
「お空の向こう…見てみたい。」
その日、犬はいつもの原っぱから一歩、出てみることにしました。
ちょっぴり薄暗い茂みを進んで
振り返りたいような…目印を残しておきたいようなドキドキと
先にある、まだ見たことも感じたこともないワクワクと。
しばらく進むと、だんだん目の前が明るくなってきました。
最後の葉っぱをくぐると
そこにはネズミ色のヒゲをはやした魔法使いが立っていました。
真っ黒い服に真っ黒なツバのある帽子をかぶった
なんとも不思議なかっこうをしています。
犬に気づいた魔法使いは、犬を驚かせないようにゆっくりと近づいて来て言いました。
「おやおや。こんな茂みから…迷子にでもなったのかい?」
触れようとする魔法使いを、犬は不思議と怖くはありませんでした。
魔法使いに抱き上げられた犬は言いました。
「違うお空が見たくて来たの。でも、迷子と言われたら迷子かも…。」
魔法使いは「クスッ。」と笑い、犬の頭をやさしくなでました。
「名前はなんでいうのかな?」
犬はきょとんとした様子で、こう続けました。
「名前ってなーに?」
魔法使いは答えます。
「名前はね、世界に一つだけのとっても特別な贈り物、愛の呼び名だよ。」
犬は魔法使いの言っていることがよく分からないようで、首をかしげています。
それを見た魔法使いは、また「クスッ。」と笑い、犬の頭をやさしくなでました。
そして魔法使いは、こう言いました。
「違うお空を見てみたいなら、しばらく一緒に過ごしてみないかい?キミさえよければだけど…。」
犬は少し迷いましたが、見たこともない魔法使いにとてもワクワクしていました。
そして、なによりも温かくてフワフワした魔法使いの腕の中がとっても気に入りました。
その日から犬と魔法使いは一緒に暮らすようになりました。
犬は魔法使いの行くところは、どこでも付いて行きました。
犬と魔法使いはいつも一緒です。
魔法使いの後ろを付いて歩く犬に、魔法使いは時々、立ち止まってはやさしくほほ笑んで
「おいで。」と手を差しのべます。
夜は魔法使いと同じベッドで夢をみます。
魔法使いからはいつもいい匂いがします。
原っぱに咲いているお花のような…
木々の間を吹き抜けていく風のような…
それに混じって、魔法使いがいつもふかしているパイプの煙の匂いが少しだけします。
犬はこの匂いが大好きでした。
そして今日も大好きな匂いに包まれてステキな夢をみるのです。
魔法使いのお仕事は誰も見たことがないような世界を創ること。
そして、みんなをワクワク、ハッピーにすることでした。
魔法使いをとおして誰もが見たことのない、希望にあふれた自分を知るのです。
そんな魔法使いのもとに、ある1人の男がやってきました。
なにやら相談ごとのようです。
犬は魔法使いのおひざの上でウトウトしながら聞いています。
魔法使いはそんな犬の頭をやさしくなでながら聞いています。
男はいつも自分のまわりの人たちがイライラ、ガミガミと怒りっぽくて、頭を悩ませているのだと言います。
最近ではまわりの人たちのせいで、自分まで怒りっぽくなってしまった気がすると、けわしい顔で興奮気味です。
ひととおり男の話を聞き終えた魔法使いは言います。
「まずは自分が穏やかで、やさしくゆったりとした気持ちでいることが大事だよ。」
男は思いもしていなかった言葉に目を丸くします。
魔法使いの言葉がよく分からないといったふうに聞き返します。
「それは一体どういうことですか?悪いのはまわりの人たちなのに、どうして私がやさしくしなければならないのですか?」
魔法使いは笑顔で続けます。
「それはね、自分がやさしくゆったりとした気持ちでいると、まわりの人もやさしく穏やかに笑顔で近寄ってきてくれるんだよ。だから、また自分もイイ気分でいられる。」
男は魔法使いの言葉に
「なるほど。」と目を輝かせています。
「イイ気分でいたいと思う時こそ怒らないこと、まわりの人やモノ、あらゆることを許すこと。そして温かくキラキラした思いをまわりに届けてあげることが大切なんだよ。
するとね、不思議と自分を取りまくすべてがハッピーになるのさ。」
それを聞いた男の顔は、小屋に来た時とは違いニコニコと穏やかです。
そして
「さっそく帰ってやってみよう。」と魔法使いにお礼を言うと小屋を後にしました。
魔法使いは犬の頭をなでながらパイプをふかして言います。
「思いがけず、なにかおもしろくないことや腹の立つことがある時は、意外と自分の中に理由があるものなんだよ。」
犬はウトウトしながら魔法使いの言葉を聞いています。
「いつか魔法使いにも、温かくキラキラした思いが届いたらいいな。」
そんなことを思いながら
犬は魔法使いの温かいおひざの上で眠りにつきました。
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