第83話 急がなくていいと思います

 



 戦いの後片付けを終えて、ペリアたちは一旦マニングに戻ってきた。


 外はすっかり暗くなっている。


 休憩も必要だし、王都の混乱や、壊滅したプローブの後処理など課題は山積みだが、彼女たちはひとまず今後の方針を話し合う場を設けた。


 そこには戦いに参加した面々の他、ラグネルやブリック、ケイトの姿もあった。


 そしてゴーレムに搭載されたものと同じ通信システムを用い、別の施設に捕縛されているオルクスとの連絡も繋がっている。


 彼女の同席も検討されたが、さすがに昨日の今日で信用はできない――そうペリアやフィーネ、エリスは主張し、ブリックやケイトもそれに同調する形で、ひとまず隔離することになったのだ。




「オルクス、聞こえてるですか?」


『うん、問題ない。声だけでもこの場に参加させてくれたことに感謝するよ』




 わずかに顔をしかめるフィーネ。


 物分りが良すぎるので、どうしても警戒してしまうのだ。


 ペルレスは友人としてオルクスを扱ってしまうので、バランスは取れているのかもしれない。




「まず最初に――みんなお疲れ様でしたっ!」




 真っ先に、ペリアが戦いの参加者をねぎらう。


 もちろん彼女自身も含めて、誰一人として欠けずにこの村に戻ってくれたことは、間違いなく喜ぶべき成果だ。




「そ、そうだね。わ、私たち、勝ったんだよね……」


「まだ戦いは終わったわけじゃねえが、胸を張っていいだろうな」




 解決していない懸案事項があろうとも、茶々を入れるのは野暮というものだ。


 ひとまず互いに拍手し、称え合い、喜ぶべき部分は素直に喜ぶ。


 その上で――真っ先に決めなければならないことがある。




「さて、戦いが終わって私がメトラを殺した事実は国中に広がってるわ」


「もう把握してんのか」


「ケイトが調べましたにゃ。やはりあのやり取りを実際に聞いた人が多いのは大きいですにゃ」


「さらに時間が経てば、噂話として広まっていく」


「人と人との間を伝わっていくうちに、さらに影響は大きくなっていくんだね」


「明確な指導者の有無は、国の治安を大きく左右するわ。ひとまず私が暫定的な君主になる、それでいいかしら?」




 ラティナは最初からそのつもりで、自らメトラの命を奪った。


 ペリアの場合は、ゴーレムの操縦を譲った時点で、それを受け入れたも同然である。


 他の面々も、“誰に任せられるか”という観点で考えた場合、消去法でラティナしかいないことはわかっていた。




「この場にいる人間の中で、誰が適しているかと言えば、ラティナかレスだとは思うです。私の場合は、見た目がこんなですから、威厳がないです」


「わ、私も無理だから……王様とか、大臣とか、よ、よくわからないし……」


「ワシも正直わからん。マニングにもわかるやつはおらん。わかる人間に任せるのが一番だ」


「だったらケイトは少しぐらい心得がありますにゃ」


「ケイトは無理。論外」


「言われると思ってましたにゃ……」


「だけどよぉ、あたしとしてはラティナに任せるってのも100%安心ってわけじゃねえんだよなぁ……」




 フィーネがそう言うと、何となくそれに同意するような雰囲気が部屋に流れる。


 ラティナは不満そうに反論した。




「私だって自分が完璧じゃないことぐらいわかってるわ。でも他の人間には任せられないって言うんだから、文句言うんじゃないわよ」


「引っかかるのは性格だけではない」


「だったらエリスは何が問題だと思ってるのよ」


「見えてこないこと。そんな面倒なことを、自分から受けると言った理由が」




 結局のところ、一番の不安はそこである。


 自分が身勝手だという自覚のあるラティナが、なぜ自分から自由を奪うような役目を引き受けたのか。


 すると彼女は、「ああ、そんなこと」と言って不敵に微笑むと、隣にいたラグネルを抱き寄せた。




「自分の妻を“お姫様”にできる――それって伴侶として最高のプレゼントだと思わない?」


「あ、ラティナ……っ」




 そう言って、彼女は得意げにラグネルの唇を奪った。


 奪われた側もすっかりとろけた表情で受け入れる。


 それをフィーネは、じとーっとした冷めた目で見つめていた。




「そこかよ……」


「なるほど納得できる」


「確かにお姫様になれたら素敵だもん」


「ペリアとエリスも共感してんじゃねえよ!」




 と言いつつも、フィーネもラティナの気持ちは理解できてしまっているのだった。


 それから数十秒後、ようやく二人は唇を離す。


 そしてラティナは満足げに言った。




「これで納得してくれた?」




 文句は出なかった。


 少なくとも、ラティナが裏で何やら企んでいるより、『ラグネルのため』というストレートすぎる欲望で動いてくれたほうが、理解はしやすいからだ。


 とはいえ、間近で見せられたレスは顔を真っ赤にしていたし、ペルレスは「はわー」と言いながら呆け、ブリックやオルクスは何が起きたのか理解できずに蚊帳の外だったが。




「これで一個目の議題は解決ね」


「仕方ねえ……他にも話があるんだからいつまでも構ってられねえな……」


「そうそう、時には妥協も必要よ」


「お前が言うなお前が! もういい、とにかく次だ! みんな見たよな、あたしらが持って帰ってきた“スリーヴァの死体”。ペルレスは何か知ってる様子だった、ここなら話してくれるよな」




 スリーヴァの頭蓋骨から出てきた、老婆ではない女性の遺体。


 ペリアたちが都でメトラと決着を付けている間、ペルレスはその遺体と一緒にいたが――どうやらその顔に見覚えがあったらしい。


 しかし『ややこしいので後で話すです』と言って、後回しにされていたのだ。




「フィーネさんたちは、あの女性がリュムのことを尋ねてきたと言っていたですね」


「娘だと言っていた」


「その通りです。彼女の名前はベール、ハイメニオスでリュムと一緒に暮らしていた、彼女の母親です」




 それを聞いたペリアが抱いたのは、女性の正体への驚きというよりは、なぜペルレスがそれを知っているのか、という疑問だった。




「ペルレス様は、リュムのことを前から知っていたんですか?」




 黙り込み、うつむくペルレス。


 彼女は懺悔するように、例の墓のことを語り始めた。




「私の体の本来の持ち主――私の妹であるラウラとリュムは、親しい友人だったです」


「リュムを倒したとき、そんなこと言ってなかったよな」


「言ったってあなたたちのことを困惑させるだけでしょう? だから死体を埋葬したことも含めて隠してたのよ」




 ラティナがフォローすると、フィーネはむっと唇を尖らせる。




「確かにモヤっとはしただろうけどよお……」


「隠した理由は理解する。けど、死体を埋葬ということは、リュムの体からも似たような人間の体が見つかったということ?」




 エリスが聞くと、ペルレスは首を縦に振る。




「村外れに墓に埋葬したです。他のモンスターたちも、おそらく……」


「モンスターと一体化した人間たちは、どんな状態になってんだよ。なあオルクス、あんたならわかるんじゃねえのか?」


『残念だけど、スリーヴァはそこまで詳しく私たちに説明してくれなかったよ。おそらくモンスターの中に埋まってる肉体の一部は、ハイメニオスが過去に転移したときに入り込んだものだろうけどね』


「つまりこの死体はリュムの母親のもので、スリーヴァとは関係ないってこと、だよね」


「す、スリーヴァは……死んで、ない?」


「そこはどうなんです、オルクス。ベールさんが生き残っていたこと、知っていたです?」


『いや、知らなかった。この世界に来たばかりの頃は、しばらくスリーヴァたちと顔を合わせることもあったが、その頃からベールはいなかったはずだ』




 ならば百年間、ベールとスリーヴァはどこにいたのか。


 オルクスですら知らない以上、本人以外、誰もわからないに違いない。




「そもそも母親がいたんなら、リュムも一緒に行動するはずよね」


「ベールは最後に、リュムが死んだということを聞いて安堵していた。二人の仲がこじれていた可能性は?」


「それは無いと思うです。二人は仲のいい親子だったです」


「だったら何で死んだことを喜んだんだよ」


「単純に、モンスターの肉体になって死ぬにも死ねない人生を終えられたことを、喜んでたんだと思うです。解放された、ということです」




 だとすれば、母が娘に抱く感情だとしても理解できる。


 それは同時に、ベールは娘を心配したくてもできない状態にあったことを意味する。




「フルーグもスリーヴァのことを死んだと思ってて、オルクスも本当のことを知らない。リュムも母親が生き残ってたとは思ってなくて……つまり、最初からそういう状態だった、ってこと?」




 混乱の中、どうにかペリアは情報を整理する。


 誰も見ていないうちに――帝国の民が死に絶え、わずかに生き残った者たちもモンスターと化したその混乱の中で、少なくとも全てを知っていたスリーヴァは冷静に動けたはずだ。




「過去に飛んできた直後に、スリーヴァはベールの体を乗っ取って、自分のものとして操っていた、です?」


「こ、小型コアを経由してとはいえ、お、オルクスさんも操られてた……」


「あいつの能力も、他のモンスターを自分の分身に変えてやがったな」


『そういえば昔、陛下はスリーヴァの操り人形、なんて言われ方もしていた』




 思い返してみれば、状況証拠は揃っている。




「まさか文字通りってやつか……? なあオルクス、あんたこっちの時代に来てガルザと話したことあるか?」


『何度かある』


「スリーヴァは近くにいたか?」


『……そうだな、私が会うときは常に隣にいたはずだ』


「じゃあ、そのガルザはスリーヴァに操られてた可能性もある、よな?」




 とはいえ、物証はない。


 これを確実だと言い切るには、実際にユグドラシルと戦ってみるしか無いだろう。


 それでも――そう考えれば、腑に落ちない部分が、途端に理解できるようになっていくのだ。




「もちろんこれはただの想像だ。だけどよ、いくら負けを認めたくないからって、民を犠牲にして過去に渡るってのは、やっぱ皇帝がやることとは思えねえんだ」


「そうよね……皇帝なんて地位にいれば、民無き国なんて無意味なことは実感としてわかるはず。新米の私にだってわかるんだもの」


「仮にガルザがそこまで狂った人間だったとしたら、人望がなさすぎて他の人間に帝位を奪われてそう」


『何だかんだでフルーグは陛下に忠義を誓ってたよ』


「民の人気もそれなりにあったです。よくある独裁者みたいに、粛清のために自国の民を殺したりということもなかったです」




 ならばなぜガルザは、全てを犠牲にして過去に飛んだのか。


 その最大の理由は――




「つまり……この時代に飛ぶ前からガルザはスリーヴァに操られてて、ユグドラシルの中にいるのも……スリーヴァってこと、なのかな」




 何もかもが、一人の老婆の歪んだ愛情から始まっているから。




 ◇◇◇




 帝都ハイメニオスの中心地。


 街の地下全体に根を張り、今もなお稼働を続けるモンスター工場に魔力を供給し続ける、帝国の守護神ユグドラシル。


 全ての元凶と呼ばれた皇帝ガルザの体は、その中心に玉座と共に埋まっていた。


 木の幹に絡め取られ、身動きが取れない彼だったが、そもそも目には生気が宿っていない。


 生命活動は続いているのか、百年間経っても体は腐敗していないが、しかし死体と同じような活力の希薄さがあった。


 すると、彼のすぐ横の幹が膨らみ、人間の顔の形になる。




「ふぇっふぇっふぇっ……可愛い子だねえ、ガルザ。今日もよく頑張ってるじゃないか」




 顔は老婆の声を発する。


 さらにそこから触手が伸び、手の形に変わり、ガルザの頬を撫でた。




「ガルザ、返事は?」


「お母さま……」




 言われるがままに応えるガルザ。


 木の老婆――スリーヴァは満足そうに微笑んだ。




「そうだよ、私が母親だ。あんたをここまで立派に育てて、この世界を与えた唯一無二の母なのさ!」


「お母さま……」


「ガルザは私に従えばいい。じきにあの憎きペリアたちがハイメニオスに来る。そのときは全力で相手をしてやるんだよぉ。フルーグなんかとは比べ物にならない、ユグドラシルの恐ろしさを見せつけて、絶望に染まる様をじっくり観察したあとなぶり殺すんだ!」


「なぶり殺す。ペリア・アレークトを」


「そうさそうさ、いい子だねぇ。いい子だよ、ガルザぁ」




 彼女は何度も「いい子いい子」と繰り返し、ガルザの体を撫で回す。


 かれこれ百年、彼女はこんなことを繰り返してきた。


 彼女はそれで満足だった。


 王の女になれなかった。


 子を産み落とすことができなかった。


 そんな人生全てを歪めるコンプレックスを満たすには、帝国の民など必要なかったのだ。


 “世界を支配した”という事実と、“愛する息子”がここにあれば、それだけで。




「さあペリア、いつでもかかって来るがいい。ハイメニオスには無限のモンスターがいる。そしてユグドラシルがいる! あんたはこの圧倒的な力の前にひれ伏すことになるんだよォ! ふぇっふぇっふぇっふぇっ!」




 高さ1000メートルを超えるユグドラシルの巨木。


 破壊力こそガルーダに劣るため、世界を割ることはできずとも、伸ばした触手を震えば、ゴーレムなど結界と装甲ごと容易く真っ二つにできるだろう。


 魔術の威力も、局地的ながらあらゆる物体の存在を消し去る程度の芸当ならできる。


 かつて戦争に敗北した頃ですら、王国軍を帝都に近寄せなかったのだ。


 この世界に現存する技術では、どうあがいても太刀打ちできない相手であった。




 ◇◇◇




 一つの、妙に説得力のある仮説にたどり着いたペリアたちは、しばらく沈黙した。


 ペリアも顎に手を当て考え込んでいたが、ふいに顔を上げ、ペルレスに尋ねる。




「ペルレス様、改めて確認するんですけど」


「何です?」


「ユグドラシルって、ハイメニオスから動けないんですよね」




 前にそんなことを聞いたことがあった。


 記憶が正しければ、あちらから王国に攻め込むことはできないはずだ。




「私が知る限りはそうです」


『私もそう聞いてるよ。ハイメニオスに根を張っているからこそ、莫大な力を得たって』


「それに工場に魔力供給もしてるですから、離れられないと思うです。逆に言えば、ユグドラシルを倒さない限りは世界にモンスターが生まれ続けるですけど」




 確かにモンスターが増え続けるのは困る。


 だが対処できない相手ではない。


 要するに、ペリアたちに取ってユグドラシルとは――




「じゃあ、今すぐ倒す必要ないですよね」




 現状、放置しても問題のない相手なのである。


 とはいえ、ユグドラシルはハイメン帝国のボスだ。


 戦いを終わらせるため、絶対に倒さなければならない。


 今は倒す必要はない――そう言い切られると、フィーネでも若干は困惑する。




「確かにそうだけどよ……それでいいのか? 何か嫌な予感しないか? ほら、モンスターの大群がめちゃくちゃ攻めてくるとか」


「モンスターの相手だけなら現状の戦力でも十分すぎるものはある。何なら食料とかに使えるから、大群が来たら助かるぐらい」


「それに無理して急いで倒して、誰か死んじゃったら私、やだよ。今回の戦いだってギリギリだったし」


「まあ、それはあたしも絶対に嫌だな……」




 正直、フルーグとの戦いではペリアも死を意識した。


 オルクスと対峙した三人も同様である。


 できれば、あんな綱渡りはもう二度としたくない。




「だったらどうするつもり?」




 ラティナはペリアに問いかける。


 確かに今は放置しても問題ないかも知れない。


 しかしそれは、永遠ではない。


 この世界を人類の手に取り戻すためには、いつかモンスターを滅ぼす必要があるのだから。




「じっくり時間をかけてゴーレムちゃんを強くして、絶対に勝てるってぐらい強くなったら攻め込めばいいと思います」




 そのために必要な戦力の補強と、ユグドラシルへの対策を同時に行う。


 それがペリアの考えだった。


 どうせ必要になるのだから、急がなくてもいい。


 最初は『放置はまずいのでは』と思っていた面々も、次第に冷静になっていき、彼女の考えに賛同するのだった。




 ◇◇◇




「帝国の……いや、私とガルザの力を見せつけてやるよぉ! ふぇっふぇっふぇっふぇっ!」




 一方、ハイメニオスのスリーヴァは今、まさに闘志に燃えていた。


 彼女はまだ知る由もない。


 実際にペリアと戦うのが、二年後になることを。



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