第82話 王様の役目って何なんでしょう
ゴーレムでラティナ、ペルレス、そしてレスを回収したペリア。
もちろん彼女たちが運んできたオルクスや、リュムの母を名乗る女の体もある。
オルクスとリュムの母親に関してはゴーレムの手で運んでいるが、他三人は操縦席に詰め込まれることとなり、ペリアの後方でぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「おい、あんまり押すなよラティナ。狭いだろうが」
ぐいぐいと肩で押してくるラティナに、フィーネは不満を口にする。
「仕方ないじゃない、こっちは三人いるんだから」
と言いつつも、実際ラティナは特に体を寄せるでもなく、堂々と座っている。
一番端っこで冷たい壁に押し付けられたエリスは、ぼそりと棘のある言葉をこぼす。
「レスは細い。ペルレスも小さい。ラティナが一番場所を取ってる」
「あぁん? 私が太ってるって言いたいわけ!? 私のスタイルは毎日ラグネルが褒めてくれるぐらい整ってるんだからね! 第一、太さならあんたの方が上でしょうが!」
「私の体型だって二人は褒めてくれる」
「恋は盲目って言うじゃない」
「人のことを言える立場ではない」
「あ、あの、喧嘩はよくない……と、思うな」
「そうです、私も頑張って縮こまるです!」
「そ、そう、私も頑張って……い、今からできる限り痩せるから!」
「あんたはこれ以上痩せたら骨になるでしょうが!」
あまりの狭さに言い争いが止まらない。
もっとも、戦いが終わったことで気持ちが緩んでいる、という部分もあるのだろう。
ある意味でいつもの調子に戻ったのである。
「あ、そうだ。ペルレスは小さいんだからさ、ラティナの膝の上に乗ったらいいんじゃねえの?」
「フィーネ、ナイスアイデア」
「た、確かに……ペルレスなら、の、乗りそう、だね」
「はぁ? 何で私が膝の上に乗せなきゃなんないのよ、浮気じゃない。膝浮気よ!」
「うだうだ言うなよ、今だけだろ」
「だったらフィーネが乗せなさいよ」
「そうかよ、わかった。ほれ、来いよペルレス」
「ではお邪魔するです」
フィーネが受け入れるとあっさり話はまとまり、ペルレスは彼女の膝の上に座ろうとする。
すると隣にいたラティナが、ペルレスの尻をぐいっと押しそれを止めた。
「うひゃんっ!」
「何してんだよ」
「手柄を取られてるみたいで嫌だわ、仕方ないからこっちに座りなさい、ペルレス」
「こいつめんどくせぇ!」
思わず叫ぶフィーネ。
これ以上話がこじれるとさらに面倒になりそうだったので、ペルレスは大人しくラティナの上に座ることにした。
一人減ったことで、スペースにも若干の余裕が出る。
しかしフィーネは納得できずにもやもやしていた。
そんな彼女に対し、エリスは耳元で囁く。
「フィーネの膝は、私があとで使ってあげる」
「そういうことじゃ……いや、まあいいや。そうしてくれ」
フィーネは何もかもを諦めることにした。
そして黙々とゴーレムを操るペリアに声をかける。
「ペリア、都の様子はどうなってる?」
「うーん……レーダーに反応はないんだけど……」
「何かが光ってる」
レーダーの点ではない。
王都のど真ん中で光り輝く何かが、エリスの目には見えていた。
もちろんペリアもそれは把握している。
ラティナの膝の上で抱えられたペルレスが、「うーん」とうなりながら目を凝らす。
「金ピカのオブジェ、です?」
「あんなもの前は都にありませんでしたよね」
「お、オブジェ……なのかな。わ、私には、動いてるように見える、けど」
「確かに動いてんな」
「というか歩いてる」
さらに近づくと、どうやらそれが人型であることがわかってきた。
つまり――
「王国製の大型人形だ……」
王国はハイメン帝国にペリアたちとの戦いを任せている間に、戦力を整えていた――そういうことだ。
まだ距離は離れている。
あちらがゴーレムの存在に気づいている様子もない。
「オルクスはこのあたりで降ろしたほうがいいかも」
歩くゴーレムの手のひらの上で、ぐったりと横たわるオルクス。
彼女を都にまで連れていくわけにはいかない。
「だったらリュムのお母さんも一緒に私が降りて見張ってるです」
「一人じゃ不安だろ」
「私なら大丈夫ですっ!」
「いや、念の為レスも連れていきなさい。それぐらいのほうがスペースも広くなってちょうどいいわ」
「わ、私は、別にいい、けど……」
ゴーレムは膝をつくと、ハッチを開き、ペルレスとレスをおろす。
そしてオルクスを地面に横たわらせた。
三人を置いて再び歩きだすと、エリスはラティナに尋ねる。
「ラティナが残った理由は?」
「降りてほしかったのかしら」
「あの馬鹿でかい鳥が相手なんだ、何人いても足りないぐらいだろ」
そもそもなぜオルクスを生かしているのか――ペリアたちはまだ完全には納得していない。
軽い説明しか受けていないのだから当然である。
それでも疑問を飲み込みここまで来たのは、関係者ではないラティナとレスが、オルクスを捕虜にすることを承諾しているからだ。
友人だというペルレスはともかく、この二人が納得している以上、妥当な理由がある――そう判断できるからだ。
とはいえ、もちろん不満はある。
ラティナを追求する口調が少しキツくなってしまうのも、仕方のないことだ。
「さっきも話したけど、オルクスはスリーヴァに操られてたのよ。もう暴れる心配は無いわ」
「そちらの詳しい話はあとで聞く。今は残った理由を知りたい」
「ちょっとした保険よ。もしあの大型人形にメトラが乗ってたとしたら……ただの戦いでは済まないじゃない。なんたって、貴族たちの目の前で国王をぶっ倒すことになるんだから」
「やってることはクーデターですね」
「……あたしらは悪者扱いされるってことか?」
「やり方によるわね。でも大丈夫、今のマニングに使われている技術をちらつかせれば、私たちは簡単に“正義”になれるわ」
そう言って、ラティナは意地悪く笑った。
コアがもたらす無限のエネルギー、それはあまりに魅力的すぎる餌だ。
今は過激な国王を支持している貴族たちも、あっさり鞍替えするほどに。
「ただそうなったとき、大事なのは誰が
「……はっきり言うが、図星だな」
「そちら方面はさっぱりわからない」
「私もピンとこないですねー」
「でも誰かが必ずやらなければならない、そこで私の出番ってわけ。貴族として一通りは学んできたわ」
任せろ、と言わんばかりに彼女は胸を叩く。
ペリアたちが向いていないのは事実だ。
だが、それは決してラティナが向いているということではなく――三人は全く同じ、『不安だなあ』という感情を抱かずにはいられなかった。
ひとまず後のことは、何かが起きたあとに考えることとする。
今は、都に近づき、はっきりと見えてきた黄金の大型人形とどう戦うか。
ペリアはそこにだけ意識を集中させることにした。
「来たか、ペリア・アレークト」
風魔術を用いたスピーカー越しに、メトラの声が響く。
「本当にメトラが乗ってるんだね」
同じく外部に声を出力し、ペリアも応える。
「王を呼び捨てにするか、偉くなったものだな」
「ハイメン帝国に国を売るような人に気遣いなんて無駄なだけだもん」
「売ったつもりはない。あれは王国が飛躍するために必要な行為だった」
「認めてくれた貴族たちを実験道具に使った挙げ句、プローブを滅ぼしておいてよく言えるよね」
「あれは――」
「必要な犠牲だった? そんな言い訳をするために父親を殺して国王になったの?」
ハイメン帝国と対峙したときと同じぐらい、ペリアは辛辣だった。
王国に敵を引き入れ、多くの命を奪ったメトラは、もはや彼らと同じ扱いなのである。
彼が言葉に詰まると、ペリアの後ろでそれを聞いていたエリスが、あまりの無様さに「ふん」と嘲り笑う。
「もういいよ、やるならやろう。いくらボロボロでも、そんな人形
両拳を握り、腰を落とすゴーレム。
対するエクス・カテドラルは棒立ちのままだ。
この人形にはコアの反応が無い。
動力を他の何かで補っているということだが――背部から魔力導線が出ており、王立魔術研究所まで繋がっている。
つまり、あの導線の長さが活動限界だし、あれを切られたらもう身動きが取れないということである。
それ以前に、二足歩行時の動きも、そして今の立っている姿勢も、ゴーレムと比べるとぎこちない。
素人が見てもひと目で分かるほどだ。
それをペリアが見抜かないはずがないのだ。
「ならば……このエクス・カテドラルの力を受けてみろ、ペリア!」
黄金の騎士は、右足を前に出した。
ずしりと王都が揺れる。
続けて左脚を前に出し、地面を踏みしめ、一歩前へ。
「……何だぁ、こりゃ」
思わずフィーネは困惑の声をあげた。
「とてもじゃないけど戦闘に使えるとは思えない」
続けてエリスも。
一方でラティナは渋い顔で黙り込んでいる。
そしてエクス・カテドラルは拳を振り上げ、ゴーレムを殴りつけた。
ペリアはノーガードでそれを受ける。
操縦席はびくともしなかった。
金色の拳は故障で弱まった結界に阻まれてしまったからだ。
「どうだ、見たかペリア」
「うん、見たよ。それが――」
メトラは先ほどまでとは違う、驕り高ぶったような声ではなく、素の声で告げた。
「ああ、これが僕の限界だ」
エクス・カテドラルの腕から力が抜け、だらんと垂れ下がる。
そんな彼に対し、ペリアは淡々と語る。
「コアも無く、人形魔術の知識が無い状態でゼロから大型人形を作り上げるなんて無理だよ」
それは“王国の切り札”である。
もっと言えば、“メトラの切り札”でもある。
ゆえにハイメン帝国の力を借りたのでは何の意味もなかった。
彼は何かを成し遂げたかったのだ。
父を殺したどり着いた場所が、終着点ではないと示すために。
「その巨体を素人が操って、二足歩行させただけでも十分な成果だよ。皮肉でも何でもない、『
「そうだな、彼らはよくやった」
わかっている。
わかっているのだ。
何もかも。
きっと、最初から。
「何でだよ……何でそんなもん作ったんだ、あんたは!」
フィーネは声をあげた。
メトラという男は何がしたかったのか、あまりに理解できないことが多すぎて。
「僕は自分を肯定するために父を殺した、やりたいことは成し遂げたよ。それで、おしまいだ」
「父親を殺して終わりなら、ハイメン帝国を招き入れる必要などなかった」
エリスの言う通り、父を殺すのに必ずしもハイメン帝国の協力は必要なかったはずだ。
ただでさえ、都の貴族たちは穏健派である前王に嫌気が差していたのだから。
彼らを味方につければ、何なら殺さずともメトラが国王になることは可能だった。
「成し遂げられると思っていたんだ。父さえ殺せば、僕は何者かになれると――そう思わなければ、やってられなかったんだよ!」
「八つ当たりしてんじゃねえ、そんなもんはただの言い訳だッ!」
「だったら他の方法がどこにあった!?」
「ペリアに頼ればよかった」
王国はペリアと敵対する必要などなかった。
一緒に組めば、ハイメン帝国との戦いももっとやりやすかっただろう。
被害者だって少なくて済んだはずだ。
私怨でメトラが父を殺したりしなければ。
だが――
「無理だ」
メトラはそう言い切る。
「何が無理だってんだよ。平民に頭を下げるのは嫌ってか?」
「そうだ」
「てめえっ、この期に及んで!」
「僕が血統至上主義に傾倒したのは、それしか縋れるものがなかったからだ。仮にそうではない僕が存在したとしても――それはつまり、父の考えを受け入れた僕ということだろう?」
「前王は、緩やかに王国が滅びていくのを受け入れていたの?」
「そうさ。仮にそれを踏襲した僕がいたとして、モンスターを倒す力などに興味を持ったとは思えない。僕が力を欲するのは、父を憎んだからこそなんだ」
どちらのメトラも、ペリアに希望を見出すことはない。
詰んでいる。
この時代に、この家に生まれてきた時点で。
「僕には愚かな人間になる以外の選択肢がない。そんな人間に成せることなど、一つしかないのだよ」
彼は自嘲気味にそう言うと、操縦席内で何かのスイッチを切り替えた。
外の光景を映し出す前面の壁――その右上に、ゲージが表示される。
それが満ちると同時に、彼は深呼吸をして、前もって用意していた言葉を言い放った。
『聞こえるか王国の民よ、僕はメトラ、この国の王だ! そして王家の血を引く最後の一人でもある!』
エクス・カテドラルからではない。
都の中心あたりから、メトラの声が響き渡った。
「何が始まったの……?」
「まだ馬鹿げたことを企んでるわけじゃねえだろうなあ」
「聞こえているのはギルドからみたい」
「あそこに音声拡散する道具なんて設置されてたのか?」
「確か災害やモンスター襲撃時の非常用に付いていたはず。あまり使われていなかったけど」
「メトラの人形もどき、有線で動いてるんでしょう? あれが王国ギルドの通信機に繋がっているとしたら――」
「まさか、通信網経由で王国中に聞こえてるってことですか!?」
ペリアの言葉に、ラティナはうなずく。
その間にも、メトラの演説は続いていた。
『僕は世界にモンスターを解き放った元凶であるハイメン帝国と手を組み、父を殺した! この王国をモンスターの手から解放しようとする英雄たちと敵対した! これは他でもない、僕が、僕自身の欲望を満たすためだけにやったことだ!』
しかしその内容は、演説というよりは――懺悔とでも呼ぶべきものである。
『僕は愚かな王だ! 父も愚かだった、しかしそれを遥かに超える無能な王だった! 何も成し遂げられない、ただ父を殺しただけのちっぽけな人間でしかない! そんな人間が、困難な道を歩み、ハイメン帝国すら倒し、未来を切り開こうとする者に勝てるはずがない!』
勇ましい声は、よく聞いてみるとわずかに震えていた。
操縦席内で身振り手振りを交えながら喋るメトラの目が潤んでいることは、世界中の誰も知らない。
そして彼の演説もついに終わりを迎え――
『名乗れ英雄。世界の敵とこの愚かな王を滅ぼし、この国に新たな未来を示さんとするその名を、全ての民に聞かせてみろ!』
エクス・カテドラルは、ボロボロのゴーレムを指差した。
彼は求めている。
次にこの王国を導く英雄の存在を。
己を生贄にして。
ラティナはため息をつきながら立ち上がると、ぽんとペリアの肩に手を置いた。
「操縦変わって」
「え? ラティナ様に、ですか?」
「ラティナには無理、ゴーレムを動かしてるのはマリオネット・インターフェース」
「クイーン・ラグネルの操縦で少しだけ練習したわ。歩けなくても、腕を上下させるぐらいならできるわよ」
「まさか、ラティナ様がメトラを殺すつもりなんじゃ!」
「適材適所よ。そういう立ち位置はね、私ぐらい図々しい人間のほうが性に合ってるの」
メトラと戦う前に話していたように、ペリアたちは現場向きだ。
これからマニングを中心に王国が発展していく中で、彼女たちが得意分野以外に時間を奪われてしまうのは、長い目で見て大きな損失である。
ペリアとしては、戦いを始めた者の責任や、ゴーレムを他人に操縦させることも含めて、悩ましい選択ではあったが――
(フィーネちゃん、エリスちゃん……)
二人と歩む未来をより幸せにするために、どうするべきか。
その観点で見たとき、最善の選択が何であるかは自明であった。
「お願いします、ラティナ様」
「納得してくれてありがと」
今ばかりはラティナは素直に礼を告げ、操縦を交代した。
そして外部スピーカーを起動させ、メトラの問いに応える。
「私の名前はラティナ・グウァン。ハイメン帝国を滅ぼしたこの拳で、今からあなたを殺すわ、メトラ!」
それはエクス・カテドラルが接続したギルドの通信網に乗って、国内全土に響き渡った。
メトラは満足げに、しかし力なく笑うと、通信接続を切断した。
一連のやり取りが終わり、あとは殺すだけ――というところで、ふいに彼はペリアたちに問いかけた。
「……死ぬ前に、一つだけ聞いてもいいか。オルクスはどうなった?」
「生きてるよ、なんとか」
「そうか……それは何よりだ。後追いの模倣では格好が付かないからな」
どれだけ愚かでも、死に際の見栄えは少しぐらい良くしたい。
それは彼が吐き出せる、精一杯の人間味だったに違いない。
するとフィーネが、ずっと抱いていた疑問を彼に投げかける。
「なあメトラさんよ、あんたは何がしたかったんだ?」
「何がしたかったのか……そうだな、英雄の所在がわかりやすいほうが、民もついて行きやすいだろう? 国王としてできる最後の務め、というわけだ」
「それであなたが得るものは何」
メトラが得るもの。
ずっと欲しかったもの。
理想とは程遠いが――こんな幕切れにも、切れ端めいた断片ぐらいは転がっている。
彼はそれを拾い上げて、わずかに人生に彩りを添えた。
「何者かになれる」
彼は愚かな王として、そして王家最後の一人として、歴史に名を残すだろう。
エクス・カテドラルが操縦席の扉を開く。
きらびやかな王服を身に纏った虚飾の王は、両手を広げて無防備な身を晒した。
ゴーレムが腕を持ち上げ、肘を後ろに引く。
そのまま、手を前に突き出した。
腰の入っていない、素人の構えだ。
それでも、脆弱な金の装甲を破壊し、人間一人をすり潰すには十分すぎる。
拳はエクス・カテドラルの胸部を貫く。
最後の王は、原型を留めぬ肉片となって都の地面を赤く汚した。
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