第73話 私たちの復讐、果たす時です!
「そろそろ夜明けか」
壁に体を預け立つフルーグは、窓から紫色の空を見上げた。
彼がいるのは、場内にある客人用に用意された部屋だ。
だが彼に与えられた場所ではない。
部屋の主であるスリーヴァは、ロッキングチェアに腰掛け、目を閉じゆっくりと前後に揺れている。
だが眉間にはわずかだが皺が浮かんでおり、少しご機嫌斜めのようだ。
「機王ペリアはまだ大きな動きを見せていないらしいな」
フルーグは視線を窓の外に向けたまま、スリーヴァに声をかけた。
「こそこそ裏で動いてるんだろうさ。それを防ぐためにあれを放ったっていうのに……余計な連中が出てきたみたいだからねえ。王国ってのはどこまで厄介なんだか、あんなものまで残しているなんて」
返事をする彼女の声は、心なしか刺々しく聞こえる。
「せっかく私が新しいコアを作ってやったっていうのにねえ、舞台に乗って踊らないなんて人形遣い失格じゃないか、まったく」
「ソウルレスコア、だったか」
「そうさね、生身の人間がソウルコアの力を使いこなすには、ランスロー並の魔力が必要だった。ちょっとは魔力があるヴェインでもあの通り、醜い化物になっちまったからねえ。一般人なんてもっとの他、動きだす前にどろどろに溶けて消えちまうのさ」
「そのために出力を落として数を増やしたわけだな」
「なかなかにいいもんだろう?」
「ふん、俺からは悪趣味という言葉を送らせてもらう」
「帝国の日和った連中と同じようなことを言うんだねえ」
「やはり当時は止められていたんだな」
「その代わりに陛下に愛情を注いだのさ」
「……最初から化物を作るつもりだったのか」
「褒め言葉として受け取っておこうじゃないか。ふぇっふぇっふぇっ」
なぜこの女が皇帝の教育係になれたのか、帝国にも知るものはいない。
フルーグが軍に入った頃にはすでに前皇帝の近くにいた。
(ひょっとすると、あのお方を殺したのはスリーヴァだったのかもしれんな)
病死したと言われる前皇帝だが、毒殺という噂が出回ったことがある。
すぐにガルザが否定したため沈静化したが、彼の後ろにスリーヴァがいたことを考えると、あれはもみ消すためだったのかもしれない。
「百年も過ぎた今に聞いても遅いかもしれんが……なあスリーヴァよ、ハイメニオスを過去へ跳躍させるという判断は、本当に陛下が決めたものだったのか?」
「本当に今さらだねえ。さんざんそう聞いてきたはずだろう、陛下自身の口から」
「ああ、だが――俺にはどうにも解せん」
「何がわからないんだい?」
「百年前、俺たちは王国を除く全ての人類を滅ぼした。そして残った王国を結界という檻で囲い、飼いならした」
「そうだねえ、無様に命乞いをする王族を見るのは本当に愉快だったよ」
「いずれ滅ぶ運命を受け入れた王国は、望み通りに衰退してゆき、機王ペリアが動き出すまでは一度も抵抗する素振りすら見せなかった」
「パーフェクト、じゃないか。そこに何の不満があるっていうんだい」
フルーグはスリーヴァの顔を見据えると、右の拳を握り力説する。
「俺は陛下に惚れている」
「ふぇっふぇっ、暑苦しいねえ」
「その圧倒的力で他国を蹂躙し、支配していくその勇ましさに惚れたんだ。だが過去に渡ってからはどうだ、随分と意地の悪い方法ばかり使うじゃないか」
「……つまり、私が陛下を操ってるとでも言いたいのかい?」
「過去への転移……そんな馬鹿げた話を俺が聞いたのは、実行直前のことだった。自惚れかもしれんが、俺はそれなりに陛下の信頼を得ていたつもりだった。帝国がどれだけ王国に追い詰められていたとしても、俺には陛下が、すべての民を犠牲にして自分たちだけ生き残るような選択をするとは思えん」
次の戦いで勝負は決する。
そう思っているからこそ、フルーグはこれまで目を背けてきた真実と向き合う。
対するスリーヴァは、しばし無表情に彼を見つめていたが、ゆっくりと口角を吊り上げ、頬に皺を寄せ、喉を震わせた。
「ふぇっふぇっふぇっ」
いつもどおりの、不気味な笑い声。
だがそれだけでは終わらず――
「ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっ!」
さらに一段階高くした笑いを発しながら、体をガクガクと上下させる。
その拍子に首も激しく前後に揺れた。
そんな動きをしながらも笑い声は一切ぶれず、その様はまるで壊れた人形のようであった。
フルーグの目元が、嫌悪感にわずかにひくつく。
するとスリーヴァの声と動きはぴたりと止まり、ぎょろりと瞳を見開いて、疑問の答えを彼に伝えた。
「仮にそうだったとして――ここで私を殺してみるかい?」
彼女は、否定しなかった。
肯定もしていないが、過去への跳躍にスリーヴァの意思が大きく関わっているであろうことは、想像に難くない。
「構わないよ、それもそれで面白いからねえ。ふぇっふぇっふぇっ」
「殺しはせん、俺はただ知りたかっただけだ。ああ、だが……そうか、やはりそうだったか。胸のつかえが取れてすっきりしたよ、これでようやく――」
迷いの晴れたフルーグは、爽やかに歯を見せて笑った。
「戦いだけを楽しめる」
右の拳をパチン、と左手に叩きつける。
そしてその右腕に力を込めると、筋肉が膨張し、肌にくっきりと血管が浮かび上がった。
ゴォォォ――と何かが風を切る音が聞こえる。
フルーグは、前方より迫る殺意にすでに気づいていた。
腕の筋肉が皮膚を破り、ぶちぶちと音を立てながら、内側から青く太い腕が現れる。
人体には不釣り合いなその巨大な腕が、城壁を突き破り、ついに室内に顔を見せた魔力の結晶を叩いた。
ゴゥッ――接触の衝撃で部屋の壁が吹き飛び、スリーヴァ周辺以外の家具は高温で灰へと変わる。
「ぐ……オォォオオオオオッ!」
そんな莫大なエネルギーを秘めた結晶は、しかしフルーグの腕を砕くことは出来ず――
弾かれ、軌道を変えられ、はるか後方の平野に向かって飛んでいった。
ドォォン、と爆発音が鳴り響き、暗闇に閉ざされた夜が一瞬だけ明るく照らされる。
フルーグは腕から血を流し、指が何本か折れていた。
半端なモンスター化の途中で無茶なことをしたからだ。
しかし彼は笑っている。
生と死の間でしか満たせない、己の欲望に何かが注がれていくのを感じて。
そして――目の前に空いた穴の、はるか向こうには――さらに欲望を満たしてくれる誰かが待っている。
「「
彼は城内だろうとお構いなしに、人の身からモンスターへの解放を行った。
すぐ近くにいたスリーヴァも、「やれやれ」とその場で骨の怪物――リッチへと変わる。
「がはははは!」
青いオーガが牙をむき出しにして、大声で笑った。
「決着を付けようじゃねえか、英雄!」
深く腰を落とし、弾丸の如き速度で跳躍。
血を滾らせながら、心待ちにしていた戦場へ出陣した。
◇◇◇
フィーネとエリスは、それぞれブレードオーガとガーディアンに乗り、都から離れた森に身を隠していた。
ガーディアンは地面に寝そべり、砲身の長い結晶砲を構えている。
その砲門からは煙が立ち上っている。
すでに砲撃を放った後――だがエリスが見ているレーダーの反応は変わらない。
彼女が狙撃した城内のとある場所には、なおも小型コアの反応が二つ。
「当たったのか!?」
ガーディアンの操縦席内にフィーネの声が聞こえる。
ブレードオーガはその隣で片膝を付いて座っており、外部スピーカーもオフにしてある。
人形同士の距離が近い場合に限るが、大型人形に無線での通信が搭載されたのだ。
テラコッタが進めていた、人形の遠隔操作の副産物である。
急ピッチで仕上げたためノイズは多いが、会話する分には問題はない。
「狙いは正確だった。でも、弾かれた」
「まだデカブツの反応はねえ。つうことは、人間の体のまま、あれを……?」
確かにガーディアンの使用した長距離砲撃用の結晶砲は、両肩に搭載されたものより威力では劣る。
とはいえ、そこらのモンスターぐらいなら軽く貫く威力があることに変わりはない。
それを、爆発させずに弾くそのパワーとスキルに、リュムとの違いを実感する。
「フィーネ、モンスターの反応が出た」
「サイズは20メートル級だと? あのフルーグってやつなら50メートルはあったはずだ」
「完全に位置を特定されてる」
「デカくはないが、なんてスピードだ……」
操縦席内に表示されたコアの反応を示す光の点が、みるみるうちに二人に接近してくる。
「コアの出力反応から言っても、おそらくは――」
「このピリピリ来る闘気、やっぱあいつか。フルーグ!」
「反応もうひとつ、こちらは50メートル級。おそらくスリーヴァだと思う。フルーグより少し遅いけど、こっちに向かってきてる」
「最良のパターンは逃したが、まだ想定の範疇だ。都から引き離すのには成功したんだ、迎え撃つぞエリス!」
「いえっさー」
二機の大型人形が立ち上がり、森から姿を表す。
まだ太陽は出ておらず、あたりは暗闇に包まれていた。
頼りになるのはレーダーのみ。
だが、二人に接近するフルーグは、目を閉じても敵の位置を把握できるほど優れた“感覚”がある。
光の有無など些細な問題であり、だからこそ――
「上だとぉっ!?」
(傀儡術式――)
ペリアは、ラティナの飛行人形に生身で乗っていた。
そして上空高くから飛び降りたのだ。
さらに空中でファクトリーからゴーレムを呼び出すと、器用にその場で乗り込み、フィーネとエリスに向かって前進するフルーグに狙いを定めた。
真っ先にリミッターを解除し、出力を引き上げる。
さらに敵が見えると、脚部の風術式を起動させ、さらに落下速度をあげる。
「ゴーレム・メテオストライク!」
文字通りの隕石となって急襲するゴーレムに対し、フルーグは足を止め、大地を滑る。
左脚を前、右脚を後ろにして、体を右肩側に傾けると、肘を軽く曲げた体制から頭上に向かって掌底をかち上げる。
「鬼炎掌ォッ!」
構えから掌底打ちが放たれるまでの間があまりに速く、手のひらは空気との摩擦により発火し、まるで残像のように蒼い炎を生み出した。
両者の打撃が衝突する。
青く照らされたフルーグの瞳は無邪気な子供のように輝き、対するゴーレムはただただ無機質に敵を見下ろす。
「いい重さだ……期待通りに成長してくれたようだな!」
フルーグの勘違いを正すべく、ペリアは外部スピーカーで彼の声に応じた。
「あなたの期待に答えたつもりなんてないッ!」
「だが足りねえ、これじゃあまだな!」
ゴーレムの腕をつかもうと、フルーグの左手が動く。
それに反応したペリアは相手を振り払うも、空中ゆえに姿勢は不安定だ。
彼はハイキックを放ち、展開された防御結界ごとゴーレムを蹴り飛ばした。
しかしペリアもすぐに体制を持ち直し、両足て片手で減速しながら滑り、フルーグと距離を取った。
(あの人、サイズが縮んでるの?)
以前は50メートル級だった。
今はその半分以下だ。
ペリアの戸惑いを察したように、フルーグは何も聞いていないのに語りだす。
「安心しろ、大きさを調整しただけでパワーは変わっちゃいねえ。こっちのほうが殴り合いやすいだろ? せっかくの最終決戦なんだ、楽しもうじゃねえか」
「ふざけないで、これは私の復讐。私たちは楽しむために戦ってるんじゃない!」
「だったらァ!」
フルーグは地面を蹴り、一瞬で距離を詰める。
ペリアの反応がわずかに遅れるほどの速度――
(これが、素人と武術を身に着けた人間の違い……!)
ヴェインやランスローは、そもそも体の扱いに慣れていなかった。
リュムは百年あの体で生きてきたとはいえ、何らかの訓練を受けたわけではない。
スリーヴァもただの参謀だったことを考えると、最も今のモンスターの体をうまく使えるのはフルーグといえよう。
彼は左手で素早く掌底打を放つ。
この距離、この速度、普通なら反応は間に合わない。
だがゴーレムの腕部にも風魔術が仕込まれている。
相手の攻撃を受け止めようと動き出した腕が加速し、防御を間に合わせた。
続けて右――今度は普通に受け止める。
しかし腰の入った一撃は、最初の打撃よりも遥かに重い。
機体ごとぐらりと左に傾く。
そこを見逃すフルーグではない。
すかさず左の膝をゴーレムの胸部に叩き込む。
「きゃっ、ああぁ!」
操縦席がダイレクトに衝撃を受け、ペリアの体がガクンと揺れた。
さらにフルーグは地面に足をつくことなく、右脚で蹴りを放つ。
今度はもう防げない。
ゴーレムは軽々と吹き飛ばされ、地面を転がる。
(さすがに……強い。けどっ!)
すぐに立ち上がるペリア。
対するフルーグは、そんな彼女を挑発するように声をあげる。
「楽しんでる俺のが強くなっちまうぜ、いいのかよ機王ペリアぁッ!」
ペリアはギリッ、と歯を鳴らした。
(私たちの故郷を奪っておいて、何を“楽しむ”の? 戦いを? そんなの楽しめるはずがない、楽しませるつもりだってない!)
怒りが、憎しみが湧き上がり、冷たい戦意となってペリアを奮い立たせる。
「あんなに優しかった家族が死んだ。あんなに暖かかった村の人たちが死んだの! くだらないお前たちのために。戦争に負けて私たちの世界に逃げてきた、そんなクズのためにッ! そんな奴らの思い通りにさせてたまるもんか!」
「いい闘志だ、受けてやるよ。今度はそっちからかかってこい!」
「いくよゴーレムちゃん、フルパワーだあぁぁああッ!」
ペリアの叫びが空気を震わせ、走り出すゴーレムが大地を揺らす。
フルーグは体の左を前にし、構えを取って、不敵に笑い待ち受ける――
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