第72話 会ったことはないですが素敵な人たちだと思います!

 



 プローブで起きた化物騒ぎがペリアたちの耳に届いたのは、都への襲撃決行当日の深夜のことであった。


 彼女たちは人形の最終チェックを途中で打ち切り、屋敷に集まる。


 ペリアは手に持っていた紙を、部屋の中央にあるテーブルに置いた。




「これがギルドの受付嬢さんに渡されたメモです。彼女から直接聞かされた話で補足しながら読み上げますね」




 メモの文字は急いで書き殴ったためかなりの雑さで、読み取るのも難しいほどだった。


 それだけ焦るような事態が、プローブで起きているのだ。




「昨日夕方、王都方面の街道から謎の怪物の集団が出現。人間の体が極端にのけぞったような姿で、胸は裂けており、そこから触手を伸ばして攻撃するそうです。また、裂け目の中心には水晶のような球体が埋まっているとも言っていました」


「どう考えてもコアじゃないそれ」




 ラティナが呆れ顔で言った。


 レスは自らの体を抱くように腕を交差させながら、不安げに声を震わせる。




「ス、スリーヴァが……新しいコアを作った、の?」


「それぞれの個体が10メートル級モンスター並の強さを誇るそうですから、その可能性が高そうです」


「10メートル級か、質じゃなくて量で勝負してきたってことだな」


「コア自体の大きさだけでなく、それを宿す器のサイズも小さくしてきた」




 フィーネとエリスが続けざまに考えを口にする。


 ペリアたちが戦うたびに相手の力を利用して強くなってきたように、スリーヴァも小型コアのデータを集めていたということだろう。




「同日夜、街を牛耳る旅団、血の鬣犬ハイエナが中心となってプローブの防衛を開始。かき集めた資材を使ってバリケードも組んでいたらしいですが、10分ともたずに崩壊。その後、ほどなくしてギルドからの連絡も途絶えたため、現在プローブがどういう状態かはわかっていません」


「その様子だと、たぶんもう駄目ですよね……」


「か、考えたくない、けど。モンスター並の強さの化物が、た、たくさんいたら……どうしようも、ない、よね」


「不幸中の幸いと言っては何ですが、化物の進行速度はそう早くないそうなので、村の住民の結構な数は血の鬣犬が時間を稼いでいる間に逃げたそうです」


「血の鬣犬は文字通りハイエナみたいな腐った連中だ。あいつらが人助けするってんだから、よっぽどヤバい状況なんだろうな」


「ペリア、どうする? 敵が10メートル級なら、大型人形を持ち出せばどうにかできる」


「うん、もちろんそうするべきだと思う」


「でも消耗は避けられないわね。ハイメン帝国との決戦を前にして、かなりの痛手だわ」




 ハイメン帝国を倒せなければ、王国に未来は無い。


 仮に化物の進軍を止められたとしても、負けては何の意味もないのだ。


 誰もがそれを理解している。


 だが同時に、見捨てることはできないとわかっている。


 怪物を倒した上で、消耗した状態でハイメン帝国に挑む――それしか道は無いように思えた。


 するとそのとき、誰かが勢いよく扉を開いて部屋に入ってくる。


 全員の視線が集中する中、現れたのはプローブの現状をペリアたちに伝えたギルドの受付嬢だった。


 彼女は額に汗を浮かべながら、よろよろとテーブルに近づき、そして新たなメモをそこに置く。




「何だってんだよ急に。またプローブ絡みで何か起きたのか?」




 フィーネの問いかけに、受付嬢は三度ほど首を縦に振った。




「そ、そうです……はぁ、ふぅ……プローブ周辺の三つの町から連絡があり、みなさんの救援――」


「今すぐ助けてくれってことでしょう?」




 それはわかっている、と言いたげなラティナの言葉に、しかし受付嬢は三度ほど首を横に振った。




「救援は、必要ないとのことです!」




 想定とは真逆の要請に、一同に衝撃が走る。




「どういうこと? わかるように説明してほしい」


「怪物に襲われようとしてるんですよね? 生身の人間が戦おうとしてるなら、それは死ににいくようなものです!」


「た、助けるために……誰かが死んでたら、い、意味がない……」


「いえ、そういうわけではないようで。いかんせん情報が錯綜しているので、正確なことはわからないのですが……ごく少数の冒険者が、例の怪物と戦って足止めしているそうなんです」




 フィーネは思わず「はっ」と鼻で笑った。




「そんなわけねえだろ、相手は10メートル級並の強さなんだろ!? 今のあたしらだって、生身で戦ったら一瞬で死ぬ! そういう相手なんだぞ!?」




 間近で仲間が死ぬところを見てきた彼女だからこそ、信じられない――いや、信じたくはなかった。




「フィーネ、落ち着いて」


「お前は落ち着けるのかよ、エリス! みんなが死ぬとこ、目の前で見ただろ!?」


「だからって彼女に当たっても仕方ない」


「う……そうだな、すまん」




 エリスの言葉で落ち着きを取り戻したフィーネは、深く頭を下げる。




「いえっ、私なんかに頭を下げないでください! こちらも正確な情報を掴めていないのが悪いので……」


「ごく少数の冒険者、ねぇ……ペリア、あなたはどう思う? ありえると思う?」


「生身でモンスターと戦える魔術師が、そう何人もいるとは思えません。でも一番近い人たちなら心当たりがあります」


「私はさっぱりよ。誰か聞いてもいい?」


「天上の玉座です」




 10人のうち5人が、10メートル級モンスターとの戦いで命を落とした。


 フィーネとエリスはこの場にいるため、残りは三人。


 フィーネが言うには、対モンスターで大きな被害を受けた影響で、ほとんど活動していないとのことだったが――




「フィーネさんが剣王で、エリスさんが聖王ですよね? 残りの三人は何王なんです?」


「破王、斬王、魔王の三人だ」


「斬王って……フィーネさんとかぶってないです?」


「あいつとあたしを一緒にしないでくれ」


「マヒトはとにかく何かを切断することにこだわる女。フィーネと同じ剣を使うこともあるけど、斬れさえすれば武器は何でもいい」


「何だかすごい変な人なんですね……」


「変人揃いの上級魔術師がそれを言うのかよ。でもよペリア、あの三人が集まったってモンスターに勝てるとは思えねえ。無謀すぎる!」


「私も生身では難しいと思ってる。ただ誰かが怪物を足止めしてる事実がある以上、一番可能性が高いのは、自由に動けて、強大な力を持つ天上の玉座ぐらいだと思うから」




 上級魔術師たちも負けず劣らずの能力を持っているが、それは戦闘に特化されたものではないし、何より彼らは都にいて身動きが取れない。


 しかし、仮に誰かが何らかの力を得て化物の足止めをしていたとしても、“力だけ”では実際に行動を起こすのは無理だ。


 必要なのは、プローブを一瞬で壊滅させるような相手を前に、少数で足止めできるその“勇気”。


 これは一朝一夕で力を得た素人が身につくものではない。


 それこそ、日常的に魔獣を狩り、人助けをしているような人間でなければ。




「そして誰かが戦って抵抗してくれている以上、私たちは私たちだけにできることをやらないと」




 わざわざ救援は必要無いと連絡してきた。


 それは決して、ペリアたちが戦う必要ない、という意味ではない。




「予定通り、ハイメン帝国を叩く」




 エリスの言葉に、ペリアは深く頷く。




「それにしても、情報が漏れてるってわけじゃないとは思いたいけど、あっちも私たちの動きを読んでるようなタイミングで動くわね」


「そ、それでも、やるしかない……よ」


「待っててもいいことは無いです。これ以上、怪物を増やされる前に倒してしまうです!」


「よっしゃ、じゃあ調整に戻るか。予定通りっつうことは、出発は――」


「一時間後だよ。それまでにばっちりメンテナンスを終わらせよう!」




 ペリアが「おーっ!」と手を上げると、意外にも全員がそれに続いて手を上げた。


 レスはかなり控えめだったし、ラティナも少し恥ずかしそうにしていたが、決戦を前に確実に士気は高まっている。




 ◇◇◇




 屋敷から出たペリアたちは、それぞれの人形の元へ散らばる。


 ペリア、フィーネ、エリスの三人は人形が同じ場所に置かれているため、一緒に歩いていたのだが――ふいにフィーネが足を止めた。




「隠れても無駄だ、出てこい」




 彼女がそう言うと、樽の裏から「にゃはは……」とケイトが現れる。


 エリスの目つきが蛙を睨む蛇のように鋭くなった。




「こんな時間に私たちの後をつけるなんて怪しい」


「め、滅相もないですにゃ! ケイトはただ、プローブがどうなってるか気になっただけですにゃ」


「もしかしてお前、何か知ってんのか?」


「にゃはは……」


「知ってるんだな?」


「そ、それは、個人情報といいますか、機密保持といいますか……」




 この期に及んでごまかそうとするケイトに対し、エリスはただ一言、




「話せ」




 とだけ告げた。




「は、はいぃっ!」




 即折れるケイト。




(この二人、ほんとに何があったんだろ……)




 マニングで暮らし初めてそこそこの時間が経ったが、ペリアだけは二人の事情をまだ聞けないでいた。


 というより、誰も話したがらないのである。


 おそらく、よっぽど都合の悪い何らかの事件が起きてしまったのだろう。




「少し前に、マニングで未来の王国の出土品が見つかりましたにゃ」


「装甲機動兵のことだよね、結晶砲を持ってた」


「それを聞いてケイトはぴーんと来ましたにゃ。未来の王国が帝国に攻め込んでいたのなら、あれが一つだけのはずはにゃいと」


「確かに一理あるな」


「それで?」


「ひゃひっ、睨まないでくださいにゃエリスさん! ケイトはただ、王国各地でガラクタ扱いされているものの中に、そういった出土品が無いか探したり、新たに発掘するよう動いてただけですにゃ!」


「見つかったんだね、それが」




 こくこくとケイトは冷や汗を浮かべながらうなずく。




「なぜ私たちにそれを黙っていた?」


「黙っていたわけではなく……装甲機動兵が発掘できたなら、みなさんに提供するべきだとはわかってましたにゃ。けど、いかんせん重たいものなので運搬が難しかったですにゃ」


「だったらどうしたんだ、金にならないからって諦めるようなタマじゃねえよな」


「う……にゃので、操縦席内を物色しましたにゃ」


「何のためにそんなことを?」


「未来の王国兵が携行している装備を探していましたにゃ」




 あれを操縦していたのが王国軍の兵士だというのなら、白兵戦用の武器も持っていたはずである。


 機動兵そのものを運ぶのは難しくても、未来のオーバーテクノロジーが手に入れば、その筋の人に高く売れる。


 そして実際に、ケイトはそれを実行した。




「つまり……どういういことだ?」


「あ……そっか。フィーネちゃん、天上の玉座だよ! ケイトさんならあの人たちと連絡を取るのも簡単だったはず!」


「ってことは、あいつらに売ったのか!?」




 ペリアの予想と、与えられた情報が繋がった瞬間だった。


 最強の魔術師と、最強の武器。


 それら二つが合わされば、人形が無くとも下位のモンスターぐらいは蹂躙できる――




 ◇◇◇




 深夜の街道には明かりすら無く、本来なら月と星の光だけが頼りになるはずだった。


 しかし今は違う。


 空から星が落ちてきたように、無数の“爆発”があちらこちらを明るく照らし、まるで昼間のように視界が広がる。




「ぎゃははははっ! 爆ぜろォ、砕けろォ、飛び散れぇぇぇええッ! ぎゃひっ、気持ち悪ィ化物どもめ、てめえらなんざハラワタぶちまけるしか能がない肉花火に過ぎないんだよぉおおおお!」




 まるで危ない薬でもキメたような、頭のぶっ飛んだ高い声が周囲に響いていた。


 だがぶっ飛んでいるのは声だけではない。


 その女は髪もカラフルでぶっ飛んでいて、体もタトゥーまみれのピアスだらけでぶっ飛んでいて、ファッションもエナメル生地の露出が多く防御力が低そうな格好でぶっ飛んでいた。


 もちろん目は完全にイカれているし、両手に掴んだ水晶玉も異様だ。


 彼女がそれを振り回すたびに、光粒が放物線を描いて射出され、それが地面に落ちると炸裂する。


 地面との接点を中心に周囲3メートルほどがえぐり取られ、その場に存在するものは、モンスター並の力を持つ化物でさえも吹き飛ばされてしまう。




「値段を聞いたときは頭がぶっ飛んじまったがよォ、使ってみりゃ最高じゃねえか、この水晶! 特に爆発するってのがいい、何より爆発するってのがいい、そして爆発するところが最高だアァ! ぎゃは、ぎゃは、ぎゃはははははは! この破壊王シャイファ様にひれ伏せぇ化物どもォ! 私の王国じゃ王の前では爆裂粉砕すんのがルールなんだよぉおお!」




 シャイファはもはや敵を足止めするという本来の目的すら忘れて、無差別に爆破できる楽しさに、体を仰け反りながら歓喜していた。




 ◇◇◇




 同時刻、また別の街道にて――


 目の前からぞろぞろと迫ってくる怪物の群れに向かって、手に持ったランプを向ける女がいた。


 黒い髪を長く伸ばした、ゆったりとした白いドレスを身にまとう、おしとやかそうな女性。


 だが彼女の腰には、そんな佇まいには似合わぬ、細長い鞘が提げられていた。




「あらあら、これはまた大勢こられましたね。ひい、ふう、みい……あら困りましたわ、指ではとても足りません」




 女はランプを地面に置くと、柄に手をかける。


 すると怪物の胸部が開き、ヒュオンッ! と目にも留まらぬ速度で触手が伸びた。


 だが、それを越える速度で――女の刀が抜かれ、切断された触手が地面でのたうち回る。


 傷口からは血が吹き出し、せっかくの純白のドレスを赤く汚した。




「感覚が澄んでいく……嗚呼、まるで次元の階段を一つ上がったかのように。すっかり無一文になってしまいましたが、それだけの価値はありますわ」




 引き抜かれた刃は、夜の闇を白く照らす。


 光を反射しているのではない。


 刃そのものが、魔力により発光しているのだ。




「実はわたくし、今日のためにわざわざ新しいドレスを着てきたんですのよ?」




 次の触手が伸びる。


 今度は複数だ。


 彼女は素早く刀を振るい、その全てを斬り落とす。


 また飛び散った血が、ドレスを汚す。




「戦場とは無地のキャンバス。人の命がそれを彩る絵の具!」




 今度は女の方から攻勢に出る。


 相手の懐まで飛び込み、切り払う。


 放たれた斬撃は、それを直に受けた怪物のみならず、その後方にいた複数体を、さらに背後にあった木々までもを両断した。




「そこに夜を裂く剣の煌きと、切り開かれた傷口の艶めかしさ、そして倒れゆく死体の尊さが加われば!」




 シェイファが爆発を見て興奮したように、女は相手を切り開く感触を得るたびに目を血走らせていく。


 戦場に純白のドレスを着てきたのは、汚すためだ。


 浴びた血でドレスが赤に染まるたびに、己も“芸術の一部”となり同化していくのだ。




「そう! 最上にして至高のアートが生まれますわああぁああ!」




 終いに彼女は、片手で剣を持ったままぐるぐると回った。


 その刃からは衝撃波が放たれ、取り囲む怪物たちの体を切断していく。




「悦びなさい獣ども。この斬王マヒトの最新作が生まれるその瞬間を、目の前で見られることを!」




 なおも敵はぞろぞろと現れる。


 最初にルヴェロスが見た数など、ごく一部に過ぎなかったのだ。


 もはやそれは“群れ”というよりは、“軍勢”とでも呼ぶべき量だった。




 ◇◇◇




「困ったなあ……」




 ローブを纏った、青髪で片眼鏡の男性が、深夜の街道を歩く。


 プローブから他の町に向かって伸びる街道を、一人一つずつ、現在の天上の玉座のメンバーで守り切る――その作戦を発案したのは彼である。


 それ以外に選択肢がなかったとはいえ――




「シェイファは絶対に街道をぶっ壊すだろうし、マヒトも血まみれで町に戻ってみんなを怯えさせるに違いない……うう、胃が痛い……」




 そして最終的に謝り倒すのが彼、魔王の称号を持つメルディズの仕事なのである。


 片手で腹を押さえた彼は、もう一方の手に持つ小型結晶砲を放ち、近づいてくる怪物の胸部を吹き飛ばした。




「フィーネとエリスがいたころは、まだ話が通じるメンバーがいたんだけど、二人は二人で頑張ってるみたいだからなぁ……いや、でももうちょっとまともな人がいてもいいんじゃ……」




 次は三体の胸部を、続けざまに、精確な狙いで撃ち抜く。




「しかも旅団のお金もケイトに持っていかれてすっからかんだし。アジトとかどうやって維持するんだよ……やっぱマニングにいる二人にお金を借りて……いや、でもリーダーである僕がそんなことをしたら情けない……うぅ、胃があぁ……」




 天上の玉座がモンスターを倒した際、5人ものメンバーが欠けた。


 その時点でメルディズの胃袋は限界だったのだが、それでも世界は続くのだ。


 悩みは尽きない。


 何なら増え続ける。


 そのうち胃に穴が空いて倒れるんじゃないか――彼はいつもそう思っていた。




「この怪物倒したら王国から報奨金とか出ないかなって思ったけど、こいつら都から来てるみたいだし……しかも服装からして、小間使だけじゃなくて貴族もいっぱい混ざってるよねえ。都に住む貴族が実験体扱いなんて、報奨金どころの話じゃないって……」




 だが実際のところ、彼の胃痛体質はメンバーが減る以前から続いている。


 かれこれ10年以上である。


 それだけの間、変わらずに実質リーダーを続けてきたのだから、ひょっとすると彼は胃が弱いだけで、ストレスには非常に強いのかもしれない。




「そもそも僕は正統派の魔術師であって、銃なんてもの使ったことないんだけどなぁ……」




 彼は腹部を押さえる手を離し、二丁拳銃で迫る怪物たちを撃ち抜いた。


 放った結晶は10。


 倒れた敵の数は15。


 とても初めて扱ったとは思えないほど、達人じみた銃さばきであった。




 ◇◇◇




 本当に売ったのか――フィーネの問いかけに、ケイトは少し気まずそうに答えた。




「売りましたにゃ」


「いくらで?」




 相変わらず強い圧をかけるエリス。


 しかし「にゃふ、にゃは……」とケイトは誤魔化すかぎり。


 どうやら彼女が焦っている理由はそこにあるらしい。




「法外な値段で売ったんだな?」


「モ、モンスターも倒せる装備と言ったら、非常に食いつきがよかったですにゃ……」


「私たちのトラウマを利用した」


「にゃっ、そ、そんにゃことは! 結果的に、そうにゃってしまいましたが……ほ、ほら、おかげで救われた命がたくさんありますにゃ! それにケイトとしては、生身の人間がモンスターを倒せるわけですにゃら、適正な価格だと思ってますにゃ!」


「だったらそんな風に言い訳じみた言葉を並べたりはしない。ケイトも心のどこかで『あれは高すぎた』と思っている」


「そ、そんにゃ……それは……うぅ……」




 しょんぼりと肩を落とすケイト。


 なぜか猫耳ような髪の毛までへなりと萎びている。


 一方で、その様子を見たフィーネは少し驚いた様子だった。




(ケイトが“金を取りすぎた”と落ち込むって、よっぽどだな……まあ、血の鬣犬が人助けするような状況だもんな)




 また、本気で落胆するケイトを見たエリスも、「はぁ」とため息をつくと、それ以上の追求はしなかった。


 彼女に救われたのもまた事実だからだ。


 値段設定に問題はあったにしろ、他の場所で装甲機動兵を発掘しようという発想はペリアたちにもなかった。


 それをやってみせたのは、確かなケイトの“功績”だ。




「……ありがとう、ケイト」




 エリスは過去や現在の色々な不満を飲み込んで、ひとまずその言葉を伝えることにした。




「ふぇ?」


「今は時間が無いからそれだけ言っておく」


「そうだよね、ケイトさんのおかげで救われた人がたくさんいるんだもん。天上の玉座の人に武器を渡したこと自体はいいことだと思うなっ」


「エリスしゃん……ペリアしゃぁん……お優しいですにゃあぁあ……」




 涙と鼻水を垂らしながら、ケイトはエリスにしがみついた。




「すがりつかないで、気持ち悪い」


「にゃぁん♥」




 それをエリスが振り払うと、ケイトは気持ち悪い声をあげながら転がった。


 そんな彼女を放置して、三人は大型人形の元へと向かう。




「みなさん、頑張ってくださいにゃー! ケイトの稼ぎ……もとい世界の未来を託しましたにゃーっ!」




 すぐさま立ち上がり、深夜だというのに元気に叫ぶケイトの声を聞いて、三人は思わず苦笑した。




「ったく、あいつは本当にたくましいな」


「戻ってきたらお金の件を問いただす」


「あはは、ほどほどにしてあげてね」




 だが、穏やかな笑顔を浮かべていたのはそこまでだ。


 広場でひざまずく三体の巨人の前に来ると、その表情は真剣なものになる。


 魔力の光で照らされた、鈍色と、紅色と、白色の人形。


 薄暗く照らされた彼らもまた、決戦を前に戦意をたぎらせているように見えた。



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