第71話 進軍開始、ですか……?

 



 大空を夢見ていた。


 いつかお前に乗って、あの青い空の全てを見に行きたい――そう思っていた。


 冗談っぽく、本人に語ったことだってある。


 あいつは頷くような仕草を見せた。


 きっと、私たちは同じ夢を見ている。


 そう思うと、余計にガルーダが自分に近い存在に思えた。




 ――だが実際はどうだ。


 私は知ってしまったよ、空の狭さを。


 この大きな体では、百年という月日はあまりに長すぎた。


 いや、ひょっとするとガルーダは知っていたのかもしれない。


 その上で、ちっぽけな私に合わせて、夢に付き合ってくれていただけのかもしれない。


 しかしもう真相を知るすべはない。


 私は――オルクスという人間はお前と一つになった。


 けれどお前はどこにいない。


 私がその希望に溢れた翼を奪い、追い出してしまったから。


 きっと魂はいまごろ、空より高い場所へ至って、私が夢見たような“本物の空”を自由に飛び回っているんだろう。


 だったら嬉しい。そうであってほしい。


 こんな鳥かごめいた絶望的な空よりも、お前にはそちらのほうが似合っているよ。


 ……きっとあんな光景を目にしたから、私は余計にそう思ってしまうんだろう。




 今から百年前。


 いや、その言い方が正しいのかはわからない。


 あるいは二百年後と呼ぶべきかもしれない。


 ハイメニオス周辺の土地は突如として過去へ飛んだ。


 全ては、帝国が王国に勝利するため。


 そして皇帝がユグドラシルと一体化するための手段だ。


 私やリュムは、その際に偶然モンスターの近くにいたため、モンスターとして生き延びたにすぎない。


 そう、ほぼ全ての人間は死に絶え、残ったのはモンスターのみ。


 しかしそれだけでも、過去の世界を蹂躙するにはあまりに十分すぎる戦力だった。


 踏み潰される罪なき人々。


 食いちぎられる親。


 その目の前で引き裂かれる子供。


 響く叫び声。


 飛び散る臓物。


 血で汚れる大地。


 空を飛ぶ私は――ただその光景を見ていることしかできなかった。


 言い訳に過ぎないが、理解ができなかったのだ。


 なぜ世界がこんなことになっているのか。


 なぜ自分が人ではなくガルーダの肉体に宿っているのか。


 困惑と悲嘆の中、私は逃げるように、目を背けるように空を舞った。




 やがて帝国は世界を壊した。


 あれは支配などではない。


 だって何も残っていないから。


 彼らはおかしいのだ。


 一方的な暴力で命を奪ったところで。


 結界という檻の中で、蟻を観察するように王国の民を見下したところで。


 自らを檻に閉じ込めたことに気づかない者が、王国に勝利したなどと――




 ◇◇◇




「あんたは自分の立場をわきまえてないようだねえ」




 オルクスが王城に戻るなり、スリーヴァは彼女に詰め寄った。


 なおも表情を変えず、身長差ゆえに自分を見下してくるオルクスに、老婆はさらに怒りを膨張させる。


 彼女は胸ぐらをつかみ、さらに顔を近づけた。




「わかってるのかい。体内のソウルコアに頼ってる限り、あんたは逃げられないんだよ」


「スリーヴァ」


「反省したのかい?」


「臭いから離れてくれないか」


「っ……このッ! 下賤な飼育係風情がッ!」




 パチン、と乾いた音が王城の廊下に響いた。


 頬を叩かれたオルクスは、やはり表情一つ変えずに――いや、スリーヴァとの距離が離れたことでわずかに笑いながら話す。




「そもそも私が潰してよかったのか? 都に攻め込んでくるのを待ってるものだと思ってたが」


「あんたは試されてるんだよ。せめて村の一つぐらい潰してみせればいいものを、人っ子一人喰ってないみたいじゃないか。せめて殺すぐらいやってきたらどうなんだい!」


「なるほど、人を喰ったから腐ったのか」


「死にたいのかい!?」


「殺してくれるのか?」




 死が脅しにもならないことは、スリーヴァも重々承知している。


 それでも反射的に口走ってしまう、そういう元来の腐った性根をオルクスは見透かし、見下した。


 スリーヴァは再び手をあげようとしたが、今は「チッ」と舌打ちだけに留める。




「心配せずとも、連中が攻めてきたときは戦う。それでいいんだろう?」


「裏切ったら……わかってるだろうね」


「裏切れないようにしたのなら、もっと自信を持てばいい。怒ったり脅したり、かの皇帝陛下の乳母ともあろうものが、これじゃあまるで小悪党じゃないか」




 言うだけ言って、オルクスは背を向ける。


 スリーヴァは顔を真っ赤にしながらも、挑発に乗らぬよう必死で己に言い聞かせた。




「はぁ……まったく、どうしてあんな下劣な女が生き残ったのかねえ。私は反対してたんだ、モンスターを遊び道具にして騒ぎ立てる連中なんて近づけるべきじゃないと」




 自己の正当化でどうにか感情の波を乗り切った彼女は、ぶつぶつと愚痴りながら城の出口を目指す。


 オルクスとすれ違ったのは偶然だった。


 彼女の目的地は、城から近い王立研究所だ。




 ◇◇◇




 研究所に入ると、目のあった女魔術師が「ひっ」と声を上げた。


 スリーヴァは彼女に近づくと、ねちっこい笑顔を浮かべる。




「何か怖いものでも見たのかぁい?」


「い、いえ……そのようなことは」


「私に逆らわない優秀な魔術師なら何の心配もいらないよ。まあ、どこにでも転がってる凡百な魔術師なら――」




 魔術師の頬に、しわくちゃの手が触れる。


 そして首をくいっと横に曲げた。


 大して力は入っていないように見えるが、人の姿をしているとはいえその肉体はモンスターのものだ。


 抵抗しようとしても、びくともしない。




「殺して研究の材料にするのも悪くないねえ。ほら、こんなふうに」


「あ……あ、ひぃっ……」




 首は限界まで回り、これ以上回すなら骨を折らなければならない角度まで来た。


 そのままスリーヴァは力を入れ続け、魔術師は「あ、が……」と口の端から涎を垂らして恐怖し――




「やめろスリーヴァ。僕の邪魔をするつもりか?」




 メトラがそれを制止した。


 スリーヴァはつまらなそうに「おやおや」と言って魔術師の頬から手を離した。


 解放された彼女は床に崩れ落ちると、涙を流しながら胸を小刻みに上下させ、「はっ、はっ、はっ」と呼吸を整える。


 そして這いずり逃げていった。


 メトラは一瞬だけその姿を視線で追ったが、スリーヴァは一瞥することもなかった。




「研究材料は提供したはずだ」


「おかげで新しいコアは完成したよ、礼を言わないとねえ」


「だったら僕の玉座を作る邪魔はしないでくれないか」


「玉座……はは、そういう名前を付けたのかい」


「僕にとって父の玉座を継ぐことに意味は無いからな。新たな玉座を作る――それこそが僕が目指すべき到達点だったわけだ」


「ふぅん……」




 ガルザ以外の王などどうでもいい――と言わんばかりに、スリーヴァは興味なさげな相槌をうった。




「あんたはこの王国を手に入れるために私たちと手を組んだわけだろう?」


「そうなるな」


「なら、ペリアたちを潰したあとはどうするつもりないんだい? わたしゃ王国の隆盛を許すつもりはないよ。緩やかに、みじめで愚かな滅びを迎えるのが王国にはぴったりだ。それを間近で見れるって言うから手を貸したんだからね」


「無論、じきに潰すさ」




 大真面目にメトラは言い放つ。


 スリーヴァは思わず「ふふっ」と噴き出し笑った。




「何がおかしい。一時的な利害の一致で手を組むことなど、よくあることだろう?」


「いや……ふぇっふぇっ、そうだねえ。やっぱりあんたと手を組んで正解だったと実感してたのさ」




 彼女は先ほど女魔術師に見せた以上に、不気味な笑みを顔に貼り付ける。




「メトラ王、私はあんたのことが好きだよ。掛け値なしにねえ」




 おそらくそれは、ある意味で非常に真っ直ぐな愛の告白だった。


 だからこそメトラは心から嫌悪したし、彼の本心を隠そうとしないその表情を見て、スリーヴァはさらに満足げに笑った。




 ◇◇◇




 ガルーダの襲撃の翌日。


 ペリアたちは急ピッチで、王都襲撃の準備を進めていた。


 そんな中、比較的手が空いていたフィーネはケイトに呼び出され、彼女の屋敷を訪れていた。


 結界でいくらでも広げられるので、とにかくマニングの土地は余っている。


 その中でも将来性の高そうな立地を商品の対価として受け取り、そこに以前から屋敷を建設していたのである。


 完成したのはつい最近のことなので、フィーネも中に入るのは初めてだった。


 案内された応接室は、四人家族が暮らせるぐらいの広さがある。


 彼女はソファに腰掛けると、その柔らかさに驚いた。




「贅沢の限りを尽くしてんな。こんな椅子、都の貴族ぐらいしか持ってねえだろ」




 向かいに座るケイトは「にゃはは」と笑う。




「まさに都の貴族から差し押さ……買い付けましたからにゃあ」


「金貸しもやってるのかよ」


「にゃは、お金は貯めて終わりじゃありませんにゃ。運用してこそですにゃ。どうですかにゃ、フィーネさんもケイトに預けてみては」


「断る。金に怨念とか付いてきそうだ」


「大丈夫ですにゃ、エリスさんに祓ってもらいますにゃ」


「最初から付けんなよ! ったく、こんな話をするために呼んだわけじゃないだろ?」




 この忙しいタイミングでわざわざ呼び出したのだ。


 これで無駄話や屋敷自慢が本題だったら、エリスを呼んでケイトにけしかけるところだった。




「ま、あたしの方からも話がある。さっさと本題に入ろうぜ」


「せっかちですにゃあ。先ほどの話でわかる通り、ケイトは現在、都から物を取り寄せることすらもが可能ですにゃ」


「そういうアピールだったのか。ペリアから聞いてるよ、ケイトの部下が都に入り込めるらしいから、様子を探るよう依頼してるってな」




 もちろん有料である。


 しかも、リスクを考慮した報酬ということで、ケイトはペリアから結構な額を渡されたようだ。




「とはいえ、今の都は割とザルですにゃ。入り込むのは割と簡単でしたにゃ。どうやら、メトラ王と軍の連携が取れていないようですにゃあ」


「出入りし放題ってことか。ハイメン帝国の戦力に頼りすぎじゃねえか?」


「あんな強引なクーデターを起こしたわけですからにゃあ、脅しじゃ人心は付いてきませんにゃ。噂によると、城の警備も最低限の人数しか置いてないそうですにゃ」


「つうことは、襲撃自体は簡単そうだな」


「でもそれは――」


「相手もわかってるってことだろ? 自信の現れか、はたまた罠か、どちらにしろ楽観視できるもんじゃねえ」


「そういうことですにゃ。いにゃあ、やっぱりフィーネさんは話が早いですにゃあ」


「おだてても何も買わねえぞ。で、街の様子はどうなんだ?」


「平常運転ですにゃ。都の貴族たちは、前王をあまりよく思ってなかったですからにゃあ、むしろメトラ王になって喜んでるぐらいじゃないんですかにゃ」


「そんなバカなことあるかよ……いや、バカだったか」




 都に住む貴族たちは、最終的に自分たちさえ助かればいいと思っている。


 こんな滅びゆく世界では、それを間違った生き方だとは呼べないかもしれないが――切り捨てられるFランクの村の人々や、その様を直に見てきたフィーネのような冒険者からすれば、そんなに愚かで身勝手なことはない。




「ちなみに、明日はどうやって都に攻め込む手はずになってるんですにゃ?」


「まず王城に結晶砲をぶちこむ」




 あまりに飾り気のない、真っ直ぐなバイオレンスさに、ケイトは思わず首をかしげて目を丸くした。




「……にゃ?」


「もちろんガーディアンについてるような大型結晶砲じゃない。出力を絞る代わりに射程を伸ばし、精度を高めたペルレス特製の結晶砲だ。さっきケイトが言った通り、脅しじゃ人の心は付いてこないからな。王国の象徴である王城を破壊するような真似はしたくない」


「狙撃するってことですかにゃ? まさかメトラ王を?」


「いや、今となってはメトラなんてどうでもいい。もちろん最終的には降伏させるなり、ひょっとすると首を斬り落とす必要も出てくるかもしれないが――まずはハイメン帝国の排除が先だ」




 レスの作ったレーダーは、リュムから回収した小型コアによってさらに精度を上げた。


 もはやスリーヴァの隠蔽処理では、その位置を隠すことはできない。


 ただし個体を識別することは不可能だ。


 仮に城内に三人揃っていたとしても、最初に狙えるのは一人だけ。




「誰か一人だけでもいい、あいつらは人間からモンスターの姿に変わる前に殺しちまうのが一番だ」


「一発打てば相手はおびき出されるでしょうにゃあ」


「そっからは正面勝負だな。できるだけ都に被害を出さないよう、街の外で交戦する。いくらバカだらけの街でも、人の命はできるだけ守りたい……ペリアはそう思うはずだからな」


「犠牲が出るとしても、責任は自分が負うつもりですかにゃ?」


「当たり前だ。仕方ないとはいえ、ランスローの件だってあたしは良いとは思ってねえんだ。ペリアは……できるだけ手を汚してほしくない」




 フィーネは言葉に意志を宿し、強く拳を握る。


 するとケイトは苦笑して彼女に諭す。




「恋人になったのなら、三人は一蓮托生ですにゃ。ペリアさんだけでなく、フィーネさんも一人で抱え込むのはよくないですにゃ」


「……それは」


「それにエリスさんもペリアさんも、はっきり言ってフィーネさんより頭がいいですにゃ。きっと裏でやってたことも、気づいてると思いますにゃ」


「そうなのか? いや……そうかもな」




 穢れは自分だけが引き受ける。


 そのつもりで、フィーネは剣を磨いてきた。


 だが、誰よりも近くでその姿を見ていた二人なら、ちょっとした違和感や、染み付いた匂いで見抜いてしまうだろう。




「とにかく今は、犠牲者ができるだけ出ない形で進めることを考えるべきだと思いますけどにゃあ」


「何か最近、お前いいことばっかり言ってるな。もしかしてカウンセリングで金でも稼ごうとしてるのか?」


「絶対に儲かる商売を教えるという講演会はしたことありますにゃ」


「もうやってるのかよ……」




 フィーネが想像する大抵の商売はすでに実践している、それがケイトという生き物であった。


 伊達に商王とは呼ばれていない。




「それともう一つ」


「まだ何かあるのか?」


「これは王都ではなく、プローブで広まっている噂ですにゃ」


「プローブっていうと……都の南にある町だよな」




 そこはペリアとフィーネ、エリスが再会した場所でもある。


 ケイトは、王都から比較的近いその町で目撃された生物について語りはじめた。




「そこで働く冒険者が、モンスター並の強さを持った人型の化物を目撃したらしいんですにゃ。実際に、食べられて手首から先だけ見つかった冒険者もいるとかで……」




 ◇◇◇




 プローブと都を繋ぐ街道――そこを少し離れた、鬱蒼とした森の中。


 木の陰に隠れ、息を潜める男の姿があった。


 顔にタトゥーを入れたいかつい大男は、雷に怯える子供のようにへたり込み、頭を抱えている。


 体はガタガタと震え、顔は真っ青だ。




「く、来るな……頼む、来ないでくれ……」




 小声でそう繰り返し、必死に祈る。


 すると、近くの藪がガサッと揺れた。




「っ……」




 思わず悲鳴を上げそうになるが、腹に力を入れぐっと我慢する。




(何で……こんなことになっちまったんだ……)




 男の名はルヴェロス。


 Aランクの冒険者であり、“門番”という二つ名を持つそれなりの実力者だった。


 所属する旅団、血の鬣犬ハイエナでもそれなりの地位にいたが、少し前に銀髪の少女に敗北してからは、下っ端扱いに逆戻りだ。


 今日もそうだった。


 任務中に行方不明になり、手だけが発見された旅団員がいた。


 その消息を探るため、ルヴェロスを含む数人がこの森にやってきたのだ。


 しかし、もう残っているのは彼一人だけだ。




(一人目は気づいたら首が飛ばされてた。二人目は振り向いた瞬間に触手で顔の上半分がふっ飛ばされた。三人目は逃げてる途中に炎の魔術で蒸発・・させられた。たぶんあと一人も、声がしないからもう死んでる。残ってるのは……俺、だけ……)




 ちょっとした油断で魔獣に殺される冒険者はよくいる。


 今回も、そんなもんだろうと高をくくっていた。




(う、うぅ……来やがった……)




 草むらの向こうから現れたのは、二足歩行でふらふらと歩く人間・・だった。


 だが異様に後ろにのけぞっている、頭頂部が地面をこするほどに。


 そのせいで頭は血まみれだった。


 もっとも、顔は涙も鼻水も涎も垂れ流しで、舌もでろりと外に出ているため、おそらくすでにあの部位は人間として死んでいると思われる。


 腕もだらんと垂れており、そちらも同様に使われていないのだろう。




(寄生する魔獣なのか……? そんなもん聞いたことねえぞ。俺も、ああなっちまうのか……?)




 いくつかの人体機能を失った代わりに、胸が縦にぱっくりと裂け、開いていた。


 その中央には、人間の拳より小さな球形の人工物が埋まっており、それを守るように無数の触手が生えている。


 触手は自由に伸び縮みし、その長さはルヴェロスが視認した限り最大で5メートルほど。


 二人目の犠牲者は剣での防御を試みたが、それごと頭部を切断された。


 ルヴェロスを含む三人目以降の犠牲者たちも、魔術や矢による攻撃を放ったが、全て触手にはたき落とされるか、あるいは直撃しても全く歯が立たないかのどちらかだ。




(どっちにしたって、戦って勝てる相手じゃねえ。頼む、どっか行ってくれ。俺、死にたくねえよ……)




 息を殺し、彼は化物が通り過ぎるのを待つ。


 化物は、まるで獲物を探すようにあたりを歩き回った。


 もちろん木の陰だって調べられたし、落ち葉を足で蹴り払う知能もあった。


 だから――化物が彼を見つけずにその場を離れたのは、本当に、奇跡的な幸運と呼べるだろう。




(遠ざかった――今だ!)




 機を見て走りだすルヴェロス。


 背後から足音はしない。


 時折、ぬめる地面に足を取られ転びそうになりながら、光を求めて一直線に駆けた。




「行ける……行けるっ、このまま、このまま街道まで出ればっ!」




 遠くに光が見えた。


 希望が彼をさらに加速させる。


 そして暗闇を抜け、飛び込むように陽が照らす街道に出た。




「はぁ、はぁ……あ、ああぁ……生きてる。俺、生きてるぅ……」




 地面に転がりながら、目に涙を浮かべ、生き延びた幸せを噛みしめる。


 すると、誰かの足音が近づいてきた。


 血の鬣犬ともあろうものが、こんなみっともない姿を誰かに見られるわけにはいかない。


 ルヴェロスは慌てて立ち上がり、体の泥を払う。


 そして足音がするほうに目を向ける――




「嘘、だろぉ?」




 反射的に、そんな言葉が口をつく。


 たぶんルヴェロスの人生史上、最も情けない声だったに違いない。


 足から力が抜け、膝から崩れ落ちる。


 抵抗しようという気力すら残っていない。


 逃げたと思った先に、あの化物の仲間がいた。


 まだ、それだけ・・・・ならよかった。




「こんなの、こんなのっ」




 しかし彼が見たものは――化物ではなく、化物の大群・・である。


 体をのけぞらせ、胸を開き、死臭を振りまきながら迫る、およそ百体の異形たち。




「誰か、悪い夢だって言ってくれよぉおおおおお!」




 ヒュンッ、と風を切る音がした。


 次の瞬間、彼の意識は消えた。


 頭部を輪切りにされ、脳をむき出しにされた男は真後ろに倒れる。


 飛び散った血が街道を汚す。


 化物の大群は、その死体を踏み越えてプローブへと進軍した。



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