手柄を横取りされてクビになった宮廷魔術師、趣味の人形遣いを極めて最強になる ～仕事が回らないから今さら戻れと言われても、幼なじみと未開の地を開拓したほうが楽しいので……～

第74話 種も仕掛けもあるんです！

　ペリアとフルーグの戦いは、とても人形とモンスターがやりあっているとは思えないほど速い。

　さらに拳と拳がぶつかるたびに、近くに人間がいたら跡形もなく弾け飛ぶほどの衝撃が発生しているのだ。

　人智を超えた――本来ならばこの世界にあってはならない力同士のぶつかり合いに、モンスターとの戦闘に慣れたつもりでいたフィーネとエリスも、戦慄せずにはいられない。

「すげえ気迫だ……やられんなよ、ペリア」

　フィーネの目から見ても、フルーグの技量はかなりのものだった。

　だが今は、ペリアが耐えてくれることを祈るしかない。

　二人の戦いも幕を開こうとしているのだから。

「フィーネ、スリーヴァの反応が消失した」

　操縦席内に表示されるコアの位置を意味する点は、少し前から明滅を繰り返していたが、二人と接触する直前になって完全に消滅する。

　もちろんフィーネもそれを見逃してはいない。

「偽物を送り込んで来たり、姿を消してみたり、こっちはこっちで別の厄介さがあるな。だが――」

　そして次の瞬間、二人の真後ろに、まるで幽霊のようにローブを纏った巨大な骸骨が浮かび上がる。

　その手には、死神を想起させる巨大で無骨な鎌を持って。

「よそ見してる暇があるのかい？」

　スリーヴァがそれを振り下ろすと、

「してねえよ」

　フィーネは相手の方を見もせずに、紅纏鬼で受け止めた。

「身を隠したところで、隠しきれねえもんがある」

「へえ、何だっていうんだい？」

　刃を交わらせたまま、両者は言葉を交わす。

「匂い（・・）だ。臭ェんだよ、外道ババアが！」

　そう言い放ったフィーネは、鎌の湾曲に沿って剣を滑らせ、その勢いのまま己の背後を薙ぎ払った。

　斬撃は確かにスリーヴァを捉えた。

　しかし手応えはなく――骨の化物の体は薄れてゆき、またしても夜の暗闇に溶けていく。

「ふぇっふぇっふぇっ、残念だったねえ。最近は口の悪い娘と話すことが多くてねえ、その手の挑発にも慣れちまったよ」

　そして再びスリーヴァは姿を現す。

　二体に増えて（・・・）、フィーネとエリスを挟む（・・）ような形で。

「増えやがった……」

「両方に同等のコアの反応がある」

「前とは違う。本体と同程度の魔力を持った分身か！」

「リュムのときは世話になったねえ。もっとも、あのときはただのハリボテだったけど」

　リュムの死を嘲るようにスリーヴァは半笑いで言った。

　いくら憎き敵だとしても、かつての仲間を足蹴にする言動は、聞いていて不愉快だ。

「こいつは確実にここで殺さないといけない」

　ハイメン帝国が行ってきた、卑劣で残虐な行動の数々。

　エリスはその根底にあるものが、スリーヴァの醜悪さと似通っていると感じた。

「ああ、あたしもそう感じるよ。いくら増えようが片っ端からぶっ潰すぞ、準備はいいかエリス」

「どこまでも付き合う。帰って恋人の階段を登りまくるという約束を果たすために」

　ちなみにそんな約束はしていないが――まあ勝てたならいいか、と考えるぐらい、フィーネは闘志を漲らせていた。

「ふぇっふぇっふぇっ、いい輝きをしているねえ。へし折り甲斐がある！」

「やれるもんならやってみな！　いくぜ、バーサーク・レイドォッ！」

　ブレイドオーガは一気にリッチとの距離を詰め、剣を振るった。

　速度を威力に転化させたその斬撃は、ただの骨ぐらいは簡単に引き裂くだけの威力はあるが、攻撃は敵の体をすり抜けた（・・・・・）。

「こいつ、実体がねえのか！？」

「ありがとねえ、自分から近づいてきてくれて」

　リッチは両腕でブレイドオーガを拘束した。

　そして足元に紫色の魔法陣が浮かび、地中より間欠泉のように闇が噴き出す。

「クソッ、離しやがれぇッ！」

　力そのものはあまり強くないため、全力で振りほどけば逃げることはできる。

　天に向かって吐き出される闇の柱が、後退したブレイドオーガの鼻先を掠めた。

「どうなってやがる、あたしは触れられねえのに、相手の方からは触れるっていうのか！？」

　すり抜けるだけなら幻影の類と考えられる。

　しかし、目の前の敵は確かにブレイドオーガに触れてきたし、レーダーも反応しているし、“気配”だってある。

　フィーネが動き出すと同時に、エリスも攻撃を開始していたが――

「結晶砲、発射」

　ガーディアンは、魔力の結晶を両肩の砲門より二発同時に発射する。

　それを見たリッチはスゥッと姿を消し、そして次の瞬間、機体の真横に出現した。

　エリスは即座に反応し、拳を放つ。

「ガーディアン・ブレイカー！」

　破綻結界を纏ったパンチは、やはり骸骨の化物をすり抜け当たらない。

「かわいそうに、これじゃあ戦いにならないねえ」

　そしてガーディアンの頭上で髑髏の口が大きく開き、そこから真っ黒でドロドロの魔力の塊が吐き出された。

　わずかな飛沫が装甲に付着しただけで、ジュワッと強化ミスリルですら溶かされる。

　結界も同様だ、時間稼ぎはできても完全に防ぐことはできない。

　エリスは結界を最大展開しながら後退する。

「逃さないよお！」

　スリーヴァは口の向きを変え、遠ざかるガーディアンに向かって魔力を吐き飛ばした。

　するとガーディアンは右の結晶砲を放ち、ヘドロを吹き飛ばす。

　そして時間差でもう一方を放ち、スリーヴァ撃破を狙った。

　だが相手はまたしても姿を消してしまう。

「当たらない……その前に消える」

　確かにそこにいるはずなのに、なぜリッチに攻撃が命中しないのか。

「不思議だろう？　これがリュムやオルクスみたいな出来損ないとは違う、ちゃんと完成したモンスターの姿なのさ。それにまだまだ――」

　勝ち誇るスリーヴァ。

　その姿がまたしても消え、そして今度は四体になって現れる。

「さらに増えやがるのかよ……」

「やはりすべての個体が同じぐらいの魔力を保有している」

　さらにその四体が消え、次は八体となって二人の前に出現する。

「二対一に持ち込めば勝てる。そのあとでペリア・アレークトと合流してフルーグを倒す……大方、そんなつもりだったんだろう？」

　フィーネとエリスは反応しない。

　実際そのつもりだったからだ。

　どうやらフルーグは拳同士の戦いにこだわりを持っているようだし、ここまでは作戦通りに行きそうだった。

「けどそれは大きな間違いなのさ。私とあんたたちでは文字通り“次元が違う”わけだ。自由にこの次元と別の次元を行き来できる私に、指一本でも触れられると思わないことだねえ！」

　八体のスリーヴァたちは、円を描いて二人を取り囲み、伸ばした両手から黒い弾丸を乱射する。

「フィーネ、私から離れないで」

　ガーディアンが展開した結界で防ぐ。

　速度を重視した分、威力が低いためそれでも十分止められる。

　だがそれをいつまで続けられるか。

　コアのおかげで人形に無限の魔力が供給される。

　しかし魔術の制御もタダではない。

　結界を展開し、重ね、貼り直すたびにじわじわと魔力は削られていく。

「ふぇっふぇっふぇっふぇ！　短い間とはいえ耐えたことは褒めてやるよ、だけどねえ！　この程度で身動きが取れなくなる人間が、私に勝つなんて万が一にもありえない――」

「剣鬼術式――バーサーク・レクイエム」

　もはやスリーヴァの戯言になど誰も耳を貸さない。

　ブレイドオーガは担いだ両手剣を振り下ろし、地面に叩きつけた。

　放たれる三日月型の剣気。

　正確に言えば、刃の曲線が生み出した真空の刃を飛ばしている――ということなのだろう。

　フィーネの場合は、そこに己の“気”も乗せているのだが、今回はそれに加えて何らかのエネルギーが威力を増幅させていた。

　距離さえ取れば、警戒するのは結晶砲だけでいい――そんなスリーヴァの目論見を打ち砕く斬撃を前に、彼女は攻撃の手を止め、姿を消す。

　しかし、１体だけを止めたところで残り７体が動き続ける。

　その間に先ほど消えた個体もまた現れ、また８体に戻る。

　その繰り返しだ。

　だから、フィーネは続けざまにそれを放った。

「おぉぉぉおおおおッ！」

　雄叫びと共に、その場で剣を振り回し、同時に８撃。

　つまりすべてのスリーヴァに対し、刃を放つ。

「ちぃっ、往生際が悪いねえ！」

「エリス、今だ！」

「了解、一旦距離を取る」

　すべての攻撃が止まれば、その間に二人は包囲網から脱出する。

　スリーヴァはそんな彼女たちに向けて、性悪さを隠しもしない、嫌味な口調で言い放った。

「あんたその剣、どうやら私のソウル・コアを流用してるようだねえ！　いいのかい？　作り手である私の前でそんなものを使って――」

「下手な挑発だな」

「何だってぇ！？」

　そんな三流の煽りが通用するフィーネではない。

　剣鬼と呼ばれ、悪党を容赦なく殺してきた彼女は、腐った人間など、それこそ腐るほど見てきたのだから。

「はっ、そんなことは承知の上だ。きっちり外部からの干渉は遮断してる、思い通りにはならねえよ」

「けどさっきの発言から察するに、あの骨女は小型コアを埋め込んだ相手に何らかの嫌がらせができる」

「ははーん、なるほどな。軍と関係のないオルクスが戦わされる理由はそこにあるわけだな？」

「しかもおそらくは、ある程度近くないとその嫌がらせすらできない」

「ふん、それがわかったところでどうするっていうんだい！？　第一そのソウルコアにはねえ――」

「人間の魂が使われてる、だろ？　だから下手な挑発なんてしてんじゃねえよ」

「今さら言葉程度で止まる私たちじゃない」

　逆に煽り返されたスリーヴァ。

　そのいらだちにリッチたちは揃って歯ぎしりをして、辺りに不快な音が響き渡る。

「せっかく私が楽に死ねる選択肢を用意してやろうっていうのに……いいさ、だったら後悔させてあげようじゃないか。圧倒的な力の差を前に、絶望して、自分たちの言動を後悔するんだねえ！」

　八体のリッチがふわりと浮かび上がり、ちょうど円形になるように並ぶ。

　その体から魔力が放たれ、リッチとリッチ同士をつなぐ線となった。

「大規模術式……」

　エリスがつぶやく。

　空中に描かれたのは、見るからに邪悪な魔法陣。

　リッチは一体一体がガーディアンの結界を突破できるほどの力を持っているのだ。

　それらを束ねて放つ魔術は、間違いなく結界だけでまともに防げるものではない。

「侵食術式――ファントム・リチュアル。さあ帝国の民の成れの果てよ、その憎しみであいつらを食いちぎるがいい！」

　魔法陣の向こうから、我先に、と人間の顔のようなものが付いた黒い塊が這い出てくる。

　おそらく、それらがブレイドオーガとガーディアンに迫り、避けても追いかけてくるのだろう――そう簡単に想像できた。

　術式成立を防ぐべく、ガーディアンが結晶砲を放つ。

　リッチは消えてそれを避ける。

　しかし他のリッチが術式の構成を補完し、魔術の発動が止まることはなかった。

　バーサーク・レクイエムさえ使えれば――そうフィーネも思っていたが、小型コアに頼ったせいか剣がかなり熱を帯びており、このまま継続使用すれば不用意にコアが暴走しかねない状態だった。

　冷却を待つしか無いため、今は連発できない。

「フィーネ、私の予想を話してもいい？」

　スリーヴァの魔術が発動する直前、エリスは通信でフィーネに語りかける。

「ああ、聞かせてくれ」

「私たちの攻撃を受けたとき、スリーヴァの行動には二つのパターンがある。それは攻撃がすり抜ける（・・・・・）場合と――」

「消える（・・・）場合ってことだな」

「すり抜けるときは、私たちの攻撃の威力が低い。逆に強い攻撃を放つと相手は攻撃の手を緩めて消えるしかなくなる」

「つまり、効いてないわけじゃねえ」

「相手の攻撃を見て、防御と回避を使い分ける――当たり前のことを、あたかも手品のように見せているだけ」

　すなわち、結界と幻術の併用、とでも言うべきか――

　次元が違うなどというスリーヴァの語った与太話は、やはり嘘。

　モンスターの体で得た常人離れした反応速度と魔力量が、実体が無いかのような錯覚を生み出しているのだ。

「だったらどう突破するかって話なんだが――」

「相手が避けられないタイミングでとっておきを使う」

「それって簡単か？」

「超絶難しい」

「だよなぁ……ま、やるしかないんだが。さしあたっては――」

「この状況をどう乗り越えるかを考える」

「だな」

　たっぷり時間をかけて生み出されたスリーヴァの術式は、それにふさわしいだけの威力を持つ。

　強化ミスリルすらも食いちぎる亡者の群れ――を模した魔力の塊は、ついにこの世に産み落とされ、二人に襲いかかるのだった。