第66話 腹をくくるときが来たようです

 



「笑いが止まらないですにゃ、この量を運べるだなんてたまらんですにゃあ。にゃははははっ!」




 いかにも悪人っぽい、欲にまみれた表情を浮かべるケイト。


 すると彼女の背後から、何者かがその肩に手をおいた。




「にゃはっ?」




 振り向くと、至近距離でジト目を向けるフィーネの姿が。




「にゃ、にゃふっ!?」




 ケイトは思わず飛び退いた。


 そしてバクバクと高鳴る胸に手を当てる。




「にゃんだ、フィーネさんですかにゃ」


「何でそんなに焦ってんだ?」


「エリスさんかと思ってびっくりしたんですにゃ! フィーネさんたち三人は距離が近いから匂いも似てるんですにゃ!」


「そ、そうなのか……?」




 確かに毎日一緒にお風呂に入るし、毎日同じベッドで寝ている。


 猫のような動物は匂いで相手を判断するというし、そういう区別の仕方もするかもしれないが――




(いや、こいつただの人間だろ)




 語尾がにゃで、髪型が少し猫っぽいだけだ。


 しかしよく見れば目も猫っぽいし、くしくしと髪を整える姿も猫っぽい。




(……猫の魔獣とかなのかもしれん)




 ケイトとフィーネの付き合いはそれなりに長いが、どこの生まれで、どういった家系なのかもよく知らない。


 年齢は20代前半らしいが、果たしてそれも本当なのだろうか。


 まあ、それはさておき――フィーネが彼女に近づいたのは、そんなことを確かめるためではない。




「で、お前はまーた何か悪巧みをしてんのか?」


「そんなことはありませんにゃ」


「んー、誤魔化してるって顔でもねえな」


「当然ですにゃ、ケイトがやってるのはペリアさんから頼まれたれっきとした仕事ですにゃ」


「ペリアから?」


「珍しいです、ペリアさんの方からケイトさんに頼むなんて」




 ペルレスの言葉にフィーネも同意した。


 何だかんだ言って、ペリアもケイトのことは警戒しているはず。


 そもそも、フィーネが心配するまでもなく、ペリアはケイトに騙されるような人間ではない。


 また、ケイトも商談をするときと違い、単純に頼まれた仕事を楽しんでいるような表情だ。




「これを見るですにゃ」




 彼女の本心を見定めようとするフィーネだが、促され視線の向く先を変える。


 ケイトの後ろには、大型の四輪車が乗っており、周囲でマニングの住民たちが工具を手に何らかの作業を行っていた。




「屋根付きのトロッコと線路だな」


「あの先頭の車両、チャージストーンが載ってるです」


「つうことは鉱山に設置されたトロッコと同じもんか」


「あれよりさらに出力をあげたものですにゃ」


「これをペリアが?」


「そうですにゃ。プロのアドバイスがほしいと言われたので、色々とチェックしてますにゃ。それにしてもこれは素晴らしい発明ですにゃ、人流と物流のスピードを飛躍的に向上させる画期的なアイデアですにゃ!」




 ケイトは鼻息を荒くし、興奮気味に力説した。




「つまりこの動力付きトロッコで、町と町をつなごうってのか」


「にゃふふふ、ケイトの思った通り、ペリアさんには先見の明がありますにゃ。こういうのだったらケイトも喜んで無償で協力させていただきますにゃ」




 無償、という言葉にぴくりと反応するフィーネ。




「どうせ裏があんだろ」




 腕を組んで睨むフィーネに、ケイトはすぐさま反論んする。




「失敬にゃ、今回に関してはオールオブ善意ですにゃ。にゃんといっても、完成して一番恩恵を受けられるのは我が商会ですからにゃあ」




 要するに、お金を貰うよりよっぽど価値のある報酬があるということだ。


 本当の意味でタダだったらフィーネも追及するところだったが、対価があるなら問題ない。


「そうか」とおとなしく矛を収める。



「ペリアから言われたってのも嘘じゃないようだし、悪さはしてねえみたいだが……あいつ、こんなことまで考えてたなんてな」


「今も別の工事を手伝ってるみたいです。本当に常に動いてるですね」


「ケイトと違ってペリアさんは好奇心で動いてますにゃ。放っておくと永遠に動き続けそうですにゃ」


「やりたいことが多すぎて時間が足りねえんだろうな」




 研究所にいた頃は、やりたくない仕事を大量に押し付けられつつ、そこで負った心の傷を埋めるようにゴーレム作りに没頭していた。


 しかし今は、自由に好きな研究をしても誰も止めない。


 むしろペリアが新たな発明を産めば産むほどに感謝される環境だ。




「前からその傾向はあったが……」




 それにしても、今のペリアは働きすぎだ。


 フィーネの居場所から彼女は見えないが、概ねそちらにいるだろう――という方角を見つめ、目を細める。


 するとケイトは一歩フィーネに近づき、人差し指を立て言った。




「フィーネさん、一つアドバイスですにゃ」


「聞くだけ聞くよ」


「もっと一緒に過ごす時間を増やしたいと思うのなら、いっそ縛ってしまうのも手ですにゃあ。商談には時に強引さも必要ですにゃ」


「なっ、何を言ってんだお前は!」




 ケイトの意図を理解したフィーネは、顔を真っ赤にして反論する。


 しかしケイトもからかったわけではない。


「にゃふふ」と笑いながらも、いつもの胡散臭さは鳴りを潜め、まるで友人に助言するような優しいトーンで言葉を続けた。




「あれは放っておくとどこまでも遠くまで行ってしまうタイプの天才ですにゃ。幼馴染だからといって油断していると、手が届かない場所に行ってしまう可能性もあるですにゃよ?」


「あたしらに限ってそんなことは――」


「すでに離れ離れになったことがあるはずですにゃ」


「う……」


「もしペリアさんが研究所の過酷な労働環境から抜け出せていなかったら、次に会うときは死体だった可能性もあるですにゃ。もちろんフィーネさんやエリスさんも同じですにゃ。天上の玉座がモンスターに挑み、敗れた時――お二人だって死を覚悟したはずですにゃ」




 そう言われて、フィーネは久しく忘れていたモンスターの恐怖を思い出す。


 自分と同じ、あるいはもっと強いと思っていた仲間たちが、成すすべもなく、一瞬で肉塊に変わっていくあの光景を。


 今となっては簡単に倒せるようになったモンスターだが、それでも、あの日の悲劇が消えるわけではないのだ。




「そして今もみなさんは、かなり危険な戦いに身を投じていますにゃ。関係をはっきりさせる前に誰かが欠けては、後悔するものもできなくなってしまいますにゃ。そうなったらケイトもさすがに胸を痛めますにゃ」


「……そうはならない」


「わかってますにゃ、でも可能性はゼロじゃないですにゃ。先日の戦いだって結構傷だらけでしたにゃ」


「……」


「これは商売抜きの、割と本気のアドバイスですにゃ」




 フィーネは何も反論できなかった。


 別に、お互いに遠慮しているなんてことはない。


 今でも十分に幸せではあるのだ。


 親友という関係からステップアップしたところで、大して普段のスキンシップが変わるとは思えない程度にはべたべたしている。


 しかし、まったく変わらないわけではない。


 その差は小さいようで大きく、些細なようで――終わったときに、『もっとしておけばよかった』と後悔するようなもので。


 同時に、やったら今よりもっと幸せになれるんだろうな、という確信もあった。


 まあ、そこがフィーネの感じている“怖さ”でもあるのだが。


 果たして溺れずにいられるのか。


 それが技を磨く妨げになってしまわないか。


 悩むフィーネの背中を押すように、ペルレスも助言する。




「ひょっとするとですけど、王立研究所で常に忙しくする生活が染み付いてしまったかもです。そうなると、なかなか一人では抜け出せないです」




 さらにケイトは、フィーネの悩みを見透かすように言った。




「お三方は18歳、まだまだ若くて未来もありますにゃ。身を寄せ合う幸せに浸ったところで、誰も責めたりしませんにゃ。むしろみんなで祝福すると思いますにゃよ?」




 わかってはいるのだ。


 要するに、怖がっているのはフィーネの個人的な問題だということぐらいは。


 とはいえ、すぐこの場で結論を出せるものでもない。




「……まあ、そうかもな」




 そんな無難な返答しかできない自分を、フィーネはちょっとだけ自己嫌悪した。




 ◇◇◇




 ケイト、ペルレスと別れたフィーネ。


 彼女は、ペリアから少し離れた場所でその背中を見守るエリスの元にやってきた。


 ベンチの隣に腰掛けると、ポケットからハンカチを取り出す。




「エリス、ほれハンカチだ」


「ありふぁほう」




 それを受け取ったエリスは、鼻から流れていた大量の血を拭い取った。




「ペリアの様子はどうだ……って聞こうと思ったが、とりあえずペリアが最高だってのは伝わってきた」


「ほんと死ぬかと思った……かわいすぎる……」


「お前の愛の深さは相変わらずとんでもねえな」


「同じぐらいフィーネのことも」


「わーってるよ、嫌ってほどにな」




 フィーネが微笑むと、エリスも穏やかに微笑み返す。


 鼻血さえなければ心温まる良い光景だった。




「ただ、たまにしんどくなることもある」


「好きすぎてか?」


「そう、もっと深く繋がりたいと思うから」




 エリスはフィーネを真っ直ぐに見ながら言った。


 言葉すら必要ないぐらい、情熱的に求められていることがわかる。


 瞳の深い紫に吸い込まれそうなほど、心惹かれた。


 フィーネは自分の顔が真っ赤になって、熱くなるのを感じた。


 どうにか向き合ってみようと耐えたものの結局は無理で、目をそらしてしまった彼女は、地面を見つめながら照れを隠すようにぶっきらぼうに問いただす。




「やっぱ、キスとかしたいのかよ」


「したい」


「……あたしともか?」


「当たり前。というか、何ならそれより恥ずかしいことはとっくに済ませてる」


「言われてみりゃ……それもそうだな」




 フィーネたちは、ある意味で世間一般で言う恋人よりも行き過ぎた部分がある。


 それだけに、実際にそう・・なったとき、どこまで行くのかが心配なのだ。




「フィーネはどう?」


「正直、わからん。嫌とかじゃないんだ。そういうことを考えると、顔が熱くなって、心臓がうるさくなって、頭も真っ白になっちまうんだよ」


「それってつまり――」


「エリスとは違う方向性で“好き”が暴走してんだろうなってのは、わかってる」




 つまるところ、フィーネが特別恥ずかしがり屋というわけではないのだ。




「珍しく素直」


「あたしだって真面目に考えてんだよ、将来のこと。いつまでもなあなあにしとくわけにもいかないし」




 ケイトに発破をかけられた形になるのは不本意だが、そうでもしないと自分から言い出すのは難しい――そういう自覚もフィーネにはあった。


 だから勢いのある今のうちに、決定的な一言を言っておきたい。




「なあ……エリス」




 喉を塞ごうとする羞恥心をこじ開けて、フィーネは言葉を絞り出した。




「なに、フィーネ」




 エリスはできるだけフィーネを緊張させないように、と気を使ってか、できるだけいつと変わらぬ声色で聞き返す。


 そしてフィーネはそらしていた視線をエリスのほうに向けなおし、はっきりと言い放つ。




「あたしら、そろそろ付き合ったほうがよくないか?」




 まあ、実際に声にすると――少しばかり日和ってしまったが。


 その“フィーネらしさ”を至近距離で浴びせられ、エリスは思わず「んふ」と噴き出すように笑った。




「何で笑うんだよぉ」


「フィーネは本当にかわいいなと思って」


「だからかっこいいって言えよぉ……勇気だしたんだからさぁ!」


「それは絶対に無理。でも気持ちは伝わった。私も同感」


「だろうな」


「じゃあペリア呼んでくるから、心の準備しておいて」




 エリスはすっと立ち上がると、作業を続けるペリアに近づいていく。




「はっ? 今から!? お、おい待てってエリス! 心の準備するには時間が短すぎるんだよぉーっ!」




 慌てて立ち止めようと手を伸ばすフィーネ。


 だが、逆のその大声でペリアがこちらを振り向いてしまう。


 彼女は自分のほうに歩いてくるエリスを見つけるなり、とてとてと駆け足で距離を縮め、ふっと胸に飛び込み抱きついた。


 二人はそこで一言二言会話を交わすと、すぐさまフィーネの待つベンチの場所にやって来る――



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