第67話 ラヴは走り出したら止まりません!

 



「どうしたのフィーネちゃん、大事な話って何?」


「あ、えっと、その、あの……」


「んー?」




 後ろで手を組んで顔を覗き込むペリア。


 そんな可憐な仕草を見せられるとさらに胸は高鳴り、フィーネの緊張は高まっていく。




「その前に、私から二人に伝えたいことがある」




 すると、エリスが助け舟を出した。


 フィーネと彼女はアイコンタクトで言葉を交わす――




(なんだかんだで時間は稼いでくれるんだな)


(たぶんフィーネが思っているのとは違う)




 ――会話が成立しているかどうかはさておき。




「フィーネ、ペリア」




 そしてほんのり頬を色づかせたエリスは、二人に向かって両手を広げ、告げた。




「世界の誰より二人のことを愛してる。友達ではなく、恋人としてこれからの人生を共に歩んでほしい」




 包み隠さない本当の気持ちを、ただただ真っ直ぐに。




「エリスちゃん……」


「さらっと言いやがった……」




 驚くペリアと、別の意味で驚愕するフィーネ。




「答えは?」




 エリスはわずかに首を傾げて尋ねる。


 ペリアは即答した。




「もちろんだよっ! 私もエリスちゃんとフィーネちゃんのことが好き! だいだいだーい好きっ! お付き合いしたい! いーっぱいちゅーしたい!」




 彼女も願望をさらけ出す。


 きらきらと目を輝かせながら、両手をきゅっと握るその姿からは、幸せ以外の感情は感じられない。




「ちゅ、ちゅーって……」




 一方、エリスに先を越されたフィーネはまたしても若干へたれていた。




「恋人なんだからそれぐらいする」


「ぐ……そ、そりゃそうだが……」


「で、フィーネの返答は?」


「フィーネちゃんの答えは!?」




 そしてついには、二人に詰め寄られる。


 ぐいっと体を近づけ、顔も近づけ、ベンチに座ったフィーネは逃げ場を失っていく。


 キスの話なんてしたもんだから、二人の唇を意識してしまって、余計に彼女の顔は茹だっていった。


 ――しかし、言い出しっぺは自分だ。


 そして決意もしたのだ、一歩踏み出すと。


 これから戦いの終結に向かうにあたって、後悔せずに済むように。




「あたしも。あ、あたしだって、だな……」




 いつもなら『恥ずかしいだろー!』と逃げるところを、ぐっと踏みとどまる。




「エリスと、ペリアの、ことが……」


「うんうん」


「すっ、すっ、すすっ、す……」


「頑張れフィーネちゃんっ」




 ペリアとエリスに応援されながら、フィーネはまたしても立ちはだかる羞恥心と戦っていた。




『そんなに急ぐ必要は無いさ、どうせこれからもずっと一緒にいるのだろう?』


『キス? それ以上の行為? 本当に必要なのか? そこにあるのは愛情ではなく欲望じゃないのか?』


『それぞれがそれぞれの道を極める……だからこそお前たちの関係は尊いのだ。お互いに依存しあい、甘えあう関係に価値など――』




 正論めいた理屈を並べ立てる“奴ら”に囲まれるフィーネ。


 しかし――




『うるせえぇぇえええっ!』




 彼女はそれらを一蹴した。




『あたしだってな、エリスやペリアと一緒なんだよ。やりたいんだよ、色んなことを! やらしいこともやらしくないことも! 欲望まみれでもいいじゃねえか、それが幸せなら。依存したってじゃねえか、あたしらはそうやって身を寄せ合って生きてきたんだ! それが、あたしらの正しさなんだ! 




 フィーネの手に、真紅の大剣が現れる。


 あくまでこれらは彼女の心情を表したイメージ映像でしかないが、彼女にとってはそれぐらい大きな葛藤なのである。


 なにせ、これから長く続いていくはずの人生、その全てを左右する決断なのだから。




『友達で、家族で、恋人で、全部ひっくるめた関係になる! それがあたしらにとって最高の幸せだ!』


『ぐ……だ、だが三人で愛し合ったところで――』


『何を言おうが無駄なんだよ。天才が二人もいるんだ、どんな問題でも、そのうちペリアとエリスがどうにかするに決まってんだろうがあぁぁあああっ!』




 叫びと共に放たれた斬撃が、フィーネを囲む“奴ら”を消し飛ばす。


 もう、彼女を邪魔する者はいなかった。




「す、好きだっ! 愛してる! 今以上の関係になりたいっ!」




 そして――力いっぱいに叫ぶ。


 ペリアとエリスどころか、周辺住民全員に聞こえるぐらい思い切り。


 その気持ちのいい返事を聞いて、二人はにまーっと満面の笑みを浮かべた。




「これで私たちは」


「恋人だねっ!」


「おうっ、そういうことだ!」




 堂々と言い切ったのだ、これで一段落だな――




「じゃあちゅーするね」




 そう思っているのはフィーネだけである。


 ペリアはガッと彼女の両頬をホールドすると、顔を近づける。




「は――はっ!? ま、待てっ。それは誰もいない場所でやるべきでだな! ほら、ほらっ、注目集めすぎなんだよ、めっちゃ見られてるぞ!?」


「見せつける、フィーネちゃんは私のものだって」


「その次は私」


「待てぇぇぇぇいっ! お前らっ、羞恥心とか無いのかよ!」


「愛の前には無力」


「頑張れよ羞恥心んんんんん!」




 ついさっきそいつらを薙ぎ払ったフィーネが叫んだところで、羞恥心さんに届くはずもなく。




「んっ」




 ペリアの唇は、ふにゅんっとフィーネの唇に重なった。




(ふぉぉおおおお! こ、これが、ペリアの唇……)




 柔らかく、ほんのりしっとりとした感触に、こそばゆさに似た甘い感覚がフィーネの全身に広がっていく。




(さっきまで、恥ずかしさでいっぱいだったのに、今は……ああ、ペリアでいっぱいになっちまう……)




 諦め――というよりは“上書き”だ。


 圧倒的な愛おしさと幸福感を前に、フィーネは抗えなかった。


 ペリアの背中に腕を回し、抱き寄せ、さらに体を密着させる。


 いつの間にかペリアはフィーネの膝の上に乗っており、彼女もまた相手にぎゅっと抱きついていた。


 最初のやり取りは何だったのやら――たっぷり数十秒のキスを堪能した二人は、『ふはっ』と声を揃えて唇を離す。


 そしてうっとりとした表情で見つめ合った。




「これが、夢にまで見たフィーネちゃんとのキス……」




 熱っぽい吐息を漏らしながら、唇を指でなぞり、離れていくペリア。


 フィーネは名残惜しそうに「ぁ……」と声を出したが、すぐに視界は揺れる胸で覆い尽くされた。


 エリスが膝の上に乗ったのだ。


 ペリアより肉付きがいい分、重さを感じる。




「今度は私」


「ああ……来てくれ」




 フィーネはもう抵抗しない。


 むしろ自分から目を閉じて、降り注ぐエリスのキスを受け止める。


 彼女は少し口を開いて、ペリアより深めに唇を合わせた。


 体は火照り、「んふぅ」と少し荒い鼻息が漏れる。


 押し付けあって歪んだ胸も、間近から聞こえる色っぽい声も、全てが身と心の密着感を高めていく。




(……こりゃ、溺れちまうなあ)




 辛うじて残った理性で、フィーネはぼんやりそんなことを考えた。


 外でもこれなのだ、家に戻ったらもっと大胆になるに違いない。


 少なくとも今日の夜は、たぶんキスしかしない。


 そんな眠れない夜が待っているのだろう。


 いつものフィーネなら『まだ早い』などと適当な言い訳をして止めるところだが、今の彼女は違う。


 心待ちにしている。


 なんなら、このまま離れずにその夜を迎えたいとまで思ってしまう。


 だが終わりは来てしまうもので――エリスの唇と体は、息が苦しくなってきた頃合いで離れてしまった。


 そして今度はペリアとエリスが見つめ合う。




「えーりすちゃんっ」


「ペリア……好き」


「うん、よく知ってる!」


「んーっ」


「んふっ、ふぅ……」




 抱き合って唇を重ねる二人を、ぽけーっとフィーネは見ていた。




(なんつーか……すげえ状態だな。あたしは何でこんな昼間っから外で親友二人……ああ、いや、今は恋人二人か。が、キスしてるところを見てるんだ……?)




 自分が参加しているときとはまた違う胸の高鳴りを感じる。




(まあ、幸せだからいいか……)




 しかし今のフィーネには、それ以上考えることができなかった。


 すっかり茹で上がった頭を、爽やかな風が冷やしていく。




「ふっ、ふぅっ……」


「んむぅっ、んふふっ」




 ペリアとエリスの鼻がかった声が聞こえる中、じわりじわりとフィーネの頭は温度が低下していって――




(……いや、待てよ)




 若干だが、まともな思考をする余裕が出てくる。




(百歩譲って、唇を重ねるのはいいとしよう。ラティナとラグネルもやってることあるしな。けど、これは違わねえか? こんな堂々と抱き合って長々とキスするもんじゃないだろ?)




 そこに関して言えば、フィーネが恥ずかしがり屋――というよりは、まっとうな正論である。




(ほら、しかも周りも滅茶苦茶見てるし! 何十人いるんだよオーディエンスッ! そりゃ当たり前だよなぁ、告白したときから見られてたんだからさあ!)




 中には「おー」なんて歓声をあげるものまで出てくる始末で、さすがに覚悟を決めたフィーネもこれには耐えられない。


 加えて、騒ぎを聞きつけたペルレスとケイトまで現れ、




「わーっ! うわーっ! 何だかすごいことになってるですー! 真っ昼間から破廉恥ですーっ!」


「にゃははははっ、さすがの行動力ですにゃ。おめでたいですにゃあ……はっ、三人の交際記念グッズを作ればマニング限定で売れるかもしれませんにゃ! 他人の恋路はビジネスチャンスですにゃー!」




 さらに騒ぎは大きくなっていく。




「お、おいペリア、エリス。そこらへんにしとけ! さすがに目立ちすぎだ!」




 フィーネが慌てて止めると、ようやく二人は顔を離す。


 だがその目つきはとろんと蕩けていて、とても正気のようには見えない。




「そうだねぇ、最後は三人で仲良くしないとね」


「お、おい、ペリア……?」


「ふふ、恥ずかしがることはない。二人は私の自慢の恋人だから、むしろ見せつけていく」


「エリスっ、さてはお前正気だな!?」


「私も正気だよぉー」


「うわーっ! やっぱあたしがストッパーにならないとダメなんだぁーっ!」




 フィーネの叫び声が虚しくマニングの空に響く。


 抵抗も虚しく、彼女は二人に捕えられ嵐のようなキスを受けるのであった。



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