第65話 ワーカーホリックは卒業しました

 



 ランスローの葬儀から数日が経った。


 エリスは道に設置されたベンチに腰掛け、青空の下、じっとペリアの後ろ姿を眺めていた。




「はいー、そんな感じで固定してください! あ、大丈夫ですよ引っ張っても。かなり丈夫なので人間の力では切断できませんからー」




 彼女は屈強な男たちに指示を出し、何やら柱を設置している。


 柱の上のほうにはモンスターの皮膜で保護された魔力導線がくくりつけられ、隣に建てられた別の柱に伸びている。




「本当にペリアは働き者」




 手伝える分野の話でもないので、エリスには応援ぐらいしかできない。


 しかし、昨日は人形の強化案についての話し合いと実験を行っていたし、ラティナと一緒に何らかの設計図を囲んでいる姿も目撃した。


 そして今は、まったく別の――マニングの生活環境をより良くするための工事を手伝っている。




「あっ、待ってください! あんまり角度を付けると中のミスティブロンズの劣化が早まるので、そこは緩やかに……はい、そうです。それでお願いしますー!」


「……じゅるり」




 エリスは、思わず口から滴りそうになった涎を慌てて手で拭った。


 ぴょんぴょん飛びながら、柱の上に向かって指示を出しているペリアを見て、思わず出てしまったのだ。


 不可抗力である。


 どうにか我に返ったエリスだったが、次の瞬間、作業が一段落したペリアが彼女のほうを振り向く。


 そして、あまりのまばゆさに意識が途絶えてしまいそうなほどの満面の笑みを向け、エリスめがけて走ってくるではないか。




(い、いけない……これはッ!)




 エリスは戦慄した。


 ただでさえペリアへの想いが爆発しそうになっていたのに、このタイミングでそんないかなる殉教者も口を割って自分の組織を裏切ってしまいそうなほど魅力的な笑みを浮かべられてしまえば――彼女の心臓が耐えられるはずがなかったのだ。


 しかし、純粋にエリスを見つけたことを喜ぶペリアが、そんな事情など知る由もない。




「エリスちゃーんっ」




 大好きな親友を見つけて心の底から嬉しいペリアは、名前を呼びながら手を振り、近くまで駆け寄る。


 そしてジャンプして、エリスの胸に飛び込んだ。




「どすーんっ」


「ぐわあああああああああああああ!」


「エっ、エリスちゃん!? すごい声出てるよ!?」




 ペリアがビビるほどの迫真の叫びであった。


 そしてエリスはペリアを抱きしめたまま、ぐったりとうなだれ動かなくなる。




「わたしはもうだめだ……」


「エリスちゃん、しっかりして! 何があったの?」


「ペリアが天使すぎる……」


「えー、私にとってはエリスちゃんのほうが天使さんみたいにかわいいけどなー」


「ぐっ、ううぅ……まるで心臓を握りつぶされたかのような喜び……これが愛……」


「それ喜んでるの……?」




 エリスの表現は、たまにペリアでもわからない。


 それはそうと、ぎゅっと抱きついて彼女の匂いを思う存分味わうペリア。


 エリスも半ば錯乱状態ながらも、しっかりと抱き返していた。




「ところでエリスちゃん、私に用事があったの?」


「ううん、別に。ただ時間があったから見てただけ」


「そっかぁ。エリスちゃん見てるなーと思ったからはりきっちゃったよ」


「うん、いつも以上に輝いてみえた」


「えへへ、ありがと」


「でもあれ何を作ってるの?」


「あれはマニングの各家庭に魔力を送るための線なんだ。ほら、鉱山で光を放つミスリルのプレート作ってたでしょ?」


「ああ、あのフックで引っ掛ける形になってたやつ」


「そうそう、あれを他の場所で使えたら便利だなーと思って」


「確かにランプだと燃料も必要だから、コアがある限り恒久的に使える明かりは助かるし経済的」




 日常生活だけではない。


 エリスが患者を治療する際にも助かるだろうし、夜道を照らせば犯罪者や魔獣に襲われる危険性も減るだろう。




「ゆくゆくは明かり以外にも、色々便利な道具を使えるようになればいいなと思ってる。さしあたっては、大工さんたちが着る人形の魔力充填をどこでもやれるようになればいいなって」




 魔力導線を設置する作業員のうち何人かは、ペリアの作った人形を纏っている。


 本来なら大人数で運ぶ必要のある木の柱も、一人で運べるため作業量は大幅に削減された。




「テラコッタも頑張ってるし、私も負けないようにしいないとなっ」


「ペリアは十分がんばってる。ところで彼女は何を作ってるの?」


「ほら、私が前に街中で人形の自動上映をする、みたいな話してたの覚えてる?」


「未来のペリアがコアを作った話をしたとき、だったかな」


「そう、それ! テラコッタも同じこと考えてたみたいでね、自分の動きを人形に記憶させる実験をやってたの」


「人間の動きを、人形に……? それができたら本当にすごい」




 人形劇の自動上映だけでなく、特定の動きを繰り返させることで工場などでも使えるだろう。




「あとはドッペルゲンガーインターフェースの遠隔化とか」


「大型人形を遠隔操作できるということ?」


「そっちはまだまだ実現は見えてないけど、いつか完成させたいって言ってたよ」


「さすがあの操縦席を作っただけはある」


「ねー。私も負けてらんないなーと思って」




 前線に出ない分、ペリアよりは街での存在感も薄めなテラコッタ。


 しかし彼女はそれだけ部屋から出ずに研究に没頭しているということである。


 仲間であると同時に、多少なりともライバル視しているペリアが張り切ってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。




「だから今日も頑張ってる?」


「半分はそれが理由」


「残り半分は私が見ていたから、と」


「そーゆーこと。んふふー」


「ふふ」




 二人はこつんと額を合わせ、至近距離で微笑みあう。


 甘い空気が流れ、二人だけの世界を作り上げていたが――




「あ、あのぉ……ペリアさん、次はどうすりゃいいっすか?」




 はちまきを付けた男性が恐る恐る声をかけ、ペリアをこちらの世界に引き戻した。




「あっ、ごめんなさい作業中なのに! すぐに行きますっ。ごめんねエリスちゃん!」


「問題ない、後ろで見てる」


「うん、応援しててっ」




 エリスは仕事に戻るペリアを手を振って見送った。




「んー……あんな戦いの後とは思えない、いい天気。こんな日にペリア観察ができるなんて私は幸せ者」




 雲ひとつない青空の下、銀髪の少女は元気いっぱいに動き回っている。


 通り過ぎる人々の表情には活気が満ち溢れており、離れた場所からは子供たちの遊び声も聞こえてくる。


 モンスターという脅威はまだ健在だ。


 しかし今のマニングは、ペリアたちが来る前とは比べ物にならないぐらい、希望に満ち溢れていた。




「……それにしても、もどかしい」




 だが一方で、エリスにはとある不満――というか不安があった。


 ペリアと二年ぶりに再会してから、そこそこの時間が経った。


 良くも悪くもフィーネを加えた三人の関係はあまり変わっていない。


 それゆえに、三人の中でもひときわ“欲”が強いという自覚があるエリスの胸中には、発散できないもやもやが溜まっているのである。




「お、エリスじゃねえか。暇してるみたいだな」




 ペリアの背中を見ながらぼーっとしていたエリスの元に、たまたま通りがかったフィーネが駆け寄ってくる。


 顎に手を当て、そんな彼女をエリスはじーっと見つめる。




「何だ、眠いのか?」


「別に。ちなみに私は暇ではない、ペリアを見つめるのに忙しかった」


「そりゃ多忙だな」


「そこにフィーネも加わったから今の私は超多忙」




 舐めるように頭のてっぺんからつま先を観察するエリス。




「あ、あんまりじろじろ見るなよ……」




 フィーネは自分の体を抱きながら頬を赤らめた。




「フィーネは今日もかわいい」


「たまにはかっこいいって言ってくれ!」


「ところで――ペルレスと二人だなんて割と珍しい組み合わせ」




 フィーネから少し遅れて、ペルレスもエリスの前にひょっこりと顔を出す。


 どうやら一緒に行動していたらしい。




「私が呼んだです。実はハイメン帝国の件で話しそびれたことがあったことを思い出したです」


「それは私も気になる」


「付いてくるか?」


「けどペリアを見つめると約束してる」




 エリスとフィーネが同時にペリアの方を見ると、視線を感じたのか、彼女は少しだけ振り向いて笑顔と共に手を振った。


 その愛くるしさに、思わず頬が緩む二人。




「ペリアを見てるなら仕方ねえな。じゃああたしが聞いとくから、家に戻ったら話すよ」


「頼んだ」




 ぐっと親指を立てるエリス。


 フィーネも同じように親指を立てると、彼女に背を向けた。




「エリスさんも付いてくる流れと思ったです……」




 ペルレスはフィーネの隣を歩きながら、ちらりとベンチに座るエリスのほうを振り向く。




「どうせペリアにも話すんだ、あたしが聞きゃ十分だろ」




 そして二人は歩きながら話をはじめた。




「そんで、話しそびれたことって何だ?」


「確かフィーネさんたちは、結界の外で巨大な鳥を見かけたですよね?」


「ああ、デリシャスバード」




 当時のふざけた命名を思い出し、半笑いでフィーネは答えた。


 巨大という言葉でも足りないぐらい、圧倒的な大きさの怪鳥。


 直にペルレスに話したわけではないが、巡り巡って彼女の耳に入ったのだろう。


 すると、フィーネの口から飛び出したふざけた名前を聞いた彼女は、金色のポニーテールを揺らしながら首をかしげる。




「へ?」


「デカいボアはデリシャスボア、デカいウサギはデリシャスラビット。だったらデカい鳥ならデリシャスバードだろ?」


「そんな呼ばれ方してたですか……ガルーダ……」


「ガルーダぁ? そんな大層な名前が――ってあんたが知ってるってことは」




 ――ハイメン帝国と関係している。


 どうやらそういう存在らしく、ペルレスは深くうなずくと、その“ガルーダ”について語りはじめた。




「ガルーダは帝国で生まれた中で、最も巨大なモンスターだと言われてるです。元となった魔獣も大型ではあるですが、同様のモンスター化処置を施された別個体はあそこまで巨大化しなかったです」


「確かに馬鹿でかかった。王国との戦いでもさぞ暴れまわったんだろうな」


「それが、戦闘用では無いのです」


「あの大きさでか? 押しつぶすだけで勝てるだろ」


「臆病な性格だったので、戦いには参加しなかったです。基本的には物資運搬に使われてたです」


「宝の持ち腐れ……いや、むしろ有効活用なのか?」




 地上輸送や水上輸送を、量、速度ともに大幅に上回る輸送手段の存在は、戦争のみならず平時でも帝国に大きな恩恵をもたらしただろう。


 しかし、ガルーダには大きな問題点がある。




「あの図体のデカさじゃ、餌の量も半端なかったんじゃねえか?」


「そうですね、飼育を担当してた人間は『基本的に赤字』って言ってたです」


「そりゃそうだ。でも帝国は手放さなかった、と」


「一種のシンボルのようなものだったです。大空を舞うあの大きな翼は、帝国の権威を象徴してたです」




 ガルーダが戦闘に参加しないにしても、敵国への威嚇にもなる。


 その効果を鑑みれば、餌代の赤字程度は穴埋めできるという考えだったのだろう。




「ふーん……ちなみに聞きたいんだが、モンスターの寿命ってどうなってんだ? 魔獣の場合は、動物とそう変わらなかったが」


「全体的に長くはなってますが、そう極端に長生きするわけではないです」


「100年も生きるモンスターは存在するのか?」


「鳥の魔獣がベースになっていても、野生ではせいぜい50年程度しか生きられないはずです」




 ふいにフィーネは足を止め、ため息をつく。




「つまり、あいつも知能を持ったハイメン帝国の一員ってことかよ」


「その可能性が高い、です」




 ペルレスはうつむきがちにそう答えた。




「……だからか」


「何がです?」


「ペリアは“空”にいる相手と戦う準備が必要、みたいなこと言ってたんだよ。あいつも薄々気づいてたんだろうな」


「そうだったんですか、さすがです」


「まったくだな、本当に頼りになる幼馴染だよ」




 ペリアのことだ、おそらくすでに対ガルーダを想定した人形、あるいは兵器の開発を始めているのだろう。


 仮にそれが事実だとすれば、優秀な働き者すぎて思わずフィーネも苦笑いしてしまう。


 そして自慢の親友を通り越して、少し不安すら抱いてしまう。




(本人にとっては無理じゃないんだろうな。でも……)




 杞憂だろうか――過保護すぎるだろうか――そんな考えが頭をよぎる。


 ただ、もう少しだけのんびり生きてほしいと願ってしまうのは、幼馴染のわがままなのだろうか。


 モンスターを滅ぼすまでは仕方ないと思う。


 だが仮にペリアたちの戦いが終わったとしても、彼女が立ち止まるところを想像できないのだ。




「終わるのを待つより、早いほうがいいのかもな……」


「フィーネさん?」


「何でもねえよ、ペルレス。ところで帝国の話はガルーダの件だけか?」


「はい、そうです。何かの参考になれば――」




 二人の会話が終わろうとしたそのとき、




「にゃははははははっ!」




 そう遠くない場所から、あまりに特徴的な笑い声が響いてきた。


 フィーネの頬がひきつる。




「この笑い声は……ケイトか?」


「楽しそうに笑ってるです」


「嫌な予感がするな……」




 ケイトが悪事を働いたという証拠はなにもない。


 何ならマニングに来てからは、基本的には街の発展に貢献しているのだが――それはそれとして、やはり心の底から信用できる相手ではないのだ。


 日頃の行いというか、過去の積み重ねというか、そういう根深い理由があるのである。


 フィーネはケイトを監視すべく、笑い声のするほうへ近づいていった。



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