第55話 作戦開始です!
その翌日は、とても晴れた日だった。
燦々と照りつける太陽に生い茂る草が照らされ、心地よい風に揺られ、マニングの南にある平地は、さながらエメラルドの海のようだ。
そこに、ランスローとラティナの姿があった。
二人は、目の前に立つ以前より少し細身になったゴーレムを見上げる。
「試運転に呼んでもらえるなんて光栄だよ」
ゴーレムに目を向けたままランスローが言った。
「何かあったときに対処できる人間がいないと困るのよ」
「君なら何とかできると思うけどな」
「それはそうだけど、念の為ね」
見張りか――ランスローはそう思ったに違いない。
ラティナも、それを隠すつもりはなかった。
むしろ何も警戒しないほうが、かえって彼に怪しまれてしまう。
「ゴーレムのパーツがところどころ赤くなってるね。あれが噂のアダマスストーンかな?」
ランスローは内心を一片も表情に出さず、あくまで興味をゴーレムにだけ向ける。
彼の言う通り、操縦席やコアを守る胸部や、拳、肘、膝、足などにアダマスストーンが使われている。
「ええ、打撃に使う部位や急所をカバーしたみたいね。一方で、他の部位はむしろ以前より細くなっているわ」
「装甲の厚みを削ったのか。モンスターはミスリルですらたやすく貫いてくるんだろう? 大丈夫なのかい」
「ある程度なら結界でカバーできるっていう判断でしょうね」
「結界ね……最初はこれにも驚いたよ、まさか王家が独占して門外不出だったはずの術式まで取り込んでるなんて」
「世界には色んな変人がいるってことよ」
「まったくだ。ドッペルゲンガー・インターフェース……だったっけ、あれは採用しなかったのかい」
「そこまで聞いてるの? 変えようと思えば変えられたそうだけど、ペリアは使い慣れた方を選んだんでしょう」
「なるほどね……しつこいようだけど、もう一つ聞いていいかな」
「何を聞きたいのかはわかってるわ。
ラティナは村のほうに振り返ると、その入口付近に立つ純白の大型人形を見つめた。
ゴーレムよりはマッシブな、より騎士の鎧を思わせるフォルムに近づいた、新たな機体である。
「噂に聞いていた聖王エリスの機体だね?」
「名前はガーディアン。結界の扱いに長けた彼女に合わせた人形らしいわよ」
「どうしてそれが村の入り口に? お披露目かい?」
「試運転みたいなものよ。今は別の人形遣いからレクチャーを受けて、操作方法の確認をしているらしいわ」
「そうか、他にも人形遣いがいるわけか……」
テラコッタの存在まではランスローは知らないようだ。
ドッペルゲンガーインターフェースの話だけを聞かされたということだろうか。
「人形といえば、まだあと一機いるはずだけど」
「彼女なら村の外にモンスター退治に行ってるわよ。定期的に減らさないと、結界に寄ってきて厄介なのよ」
「つまり村にはいないんだね」
「ゴーレムとガーディアンがいたら十分でしょう?」
「確かに、一機だけでも国をひっくり返すには十分すぎる力だ」
二人が話していると、ふいにゴーレムの操縦席のハッチが開く。
そこからペリアが顔を出し、大きな声を響かせた。
「ラティナ様、ランスロー様、そろそろ試運転を始めようと思います!」
「村の方に飛んでいかないようにだけ気をつけるのよ」
「はーい!」
元気いっぱいに返事をした彼女は、再び操縦席の中に消えた。
ゴーレムの瞳に光が宿る。
その両足が動き出し、地面を揺らしながらランスローたちに背中を向ける。
そして何歩か歩いて距離を取ると、軽く膝を曲げた。
レガースに刻まれた術式が、碧緑の光を帯びる。
その周囲で空気が動き、足裏に集中して――それが、一気に爆ぜた。
ゴォウッ! と暴風が吹き荒れ、思わずラティナは顔を手でかばう。
一方でランスローはまっすぐ、空高く飛び上がったゴーレムの姿を見ていた。
「おー……飛んだわねぇ」
あの巨体が青空の向こうで点になっている様子を見上げ、思わず感嘆の声を漏らすラティナ。
「うまくいってるね」
ランスローの反応は淡白だ。
予想通り、と言ったところだろうか。
しかし平和な見学者たちとは対照的に、
「づっ……ぐうぅぅぅぅっ!」
操縦席内のペリアは、急激な高度上昇による強烈な負荷に歯を食いしばっていた。
次第に速度は緩み、負荷も小さくなっていくが、今度は下降が始まる。
わずかに頭が痛むが、着地に問題はない。
ゴーレムは飛翔地点とほぼ同じ場所に着地。
さらに大きく地面を揺らしながら、砂礫を巻き上げた。
ラティナのほうに飛んできた大きめの岩を、ランスローの風魔術が弾き飛ばす。
「大きなお世話だったかな?」
「その通りよ。でもありがと」
研究所時代と変わらぬやり取りに二人はわずかに微笑む。
そしてすぐにラティナは、大声でゴーレムに呼びかけた。
「ペリア、うまくいってるー?」
「大丈夫です、今度は水平移動を試してみます」
外部スピーカーを通して返事をするペリア。
彼女は言葉通り、今度は横方向への加速を試す。
「っと……すごい衝撃だわ。しかも数百メートルをひとっ飛び」
術式が発動すると、ゴーレムの姿は一瞬で見えなくなった。
かと思えば、滑りながら着地し、再びこちらに戻ってくる。
単発の発動がうまくいったら、今度は連続発動。
ズドン、ズドンと砲弾が大地に落ちたような音を響かせながら、数十トンの巨体が縦横無尽に動き回る。
「あのスピードをよく制御できるものだ。人間の反応速度の限界を越えていそうだけれど」
「インターフェースを変えなかったのが功を奏したのかもしれないわ。感覚のフィードバックがあったらできない動きよ。これだけの速度があれば、強力なモンスター相手でも敵を翻弄できるでしょうね」
「役に立てそうで何よりだよ。これで僕も信用を得られたかな?」
「そうね、今まで疑ってごめんなさい――」
軽く頭を下げるラティナ。
そんな彼女の仕草に、ランスローは少し驚いたようだった。
それもそのはず、ラティナが真面目に謝るなどということは、滅多に起きるものではないからだ。
そのタイミングに合わせるように、遠くに行っていたゴーレムがこちらに戻ってくる。
滑空するように超高速で地面スレスレを飛びながら移動し――そして両足が地面に触れる。
瞬間、その足がもつれ、ゴーレムはバランスを崩して転び、回転しながら近くにあった小山に衝突した。
「な……ペリアっ!?」
焦った様子でゴーレムに駆け寄るラティナ。
彼女は一心不乱に走り、ランスローの方を見る余裕など無い。
ここで、彼は葛藤する。
(本当にうまくいったのか。ペリア君は殺せたのか? 術式の発動は感知できた、心臓は確実に切り刻んだはず)
彼は決定的な成功の証拠を得る準備もしていた。
それでも迷うのは、相手が上級魔術師とペリアだからだ。
果たして、ラティナのあの演技と呼ぶには感情的で、しかしラティナという人間にしては不自然な行動は、本心によるものなのか。
(いや――しかし離脱のタイミングはここしかない。相手が上級魔術師だからと警戒するのならば、僕が心配すべきは“逃げられるかどうか”だ!)
ランスローは決断した。
ゴーレムがしたのと似たように、脚部に風を纏い、彼は加速する。
ラティナに気づかれる前にその場を離れ、あらかじめ決めておいた逃走ルートを駆けはじめた。
「……現実に直面すると、悲嘆を通り越して覚悟が決まってしまうものね」
ゴーレムの近くまでやってきたラティナは、すでにいなくなったランスローのほうを振り向くと、感情を感じさせないフラットな声で言った。
人形の操縦席が開く。
バランスを崩し倒れ込んだゴーレムの中から、ずるりと顔のない人形が現れる。
その背丈や体型は、ペリアによく似ていた。
遅れて、ペリアもそこから顔を出す。
「ナイス演技だったわ、ペリア」
「まだまだこれからですよ。でも、念には念を入れておいてよかったです」
ペリアは、地面に落ちた自分そっくりな人形を見て言った。
人形の役目は、心臓を破壊されること。
ペリアが死んだ演技をするだけで、うまくいったかもしれない。
だが、ランスローがもし、自分の魔術の発動を確認する術を持っていたとしたら――そう警戒した彼女は、昨日と同じように、ゴーレムの操縦を自分が操る人形に任せ、律儀にランスローの罠を発動させたのである。
「私はペルレスとレスのフォローに回るわ」
「私はゴーレムで待機します。ランスロー様と戦うようなことにならないのを祈っていますが」
「プレッシャーね」
ラティナは苦笑すると、ペリアに背を向けてマニングの町中に向かって走っていった。
◇◇◇
あらかじめ、マニング内で逃走ルートを決めていたランスロー。
もちろん彼には地図など与えられていない。
昔の地図を都で手に入れる方法もあったが、現在とでは全く様相が異なっているため役に立たないだろう。
つまり彼は、宿に軟禁されながら、その中からマニングの地形を調べ上げたということである。
風の魔術師だからこそできる芸当と言えよう。
しかし、いくら風でも結界の所在までは調べられない。
なので彼は、マニングには出入り口が一つしかないと思いこんでいる。
ゆえに向かう方向は、ガーディアンの立つ出入り口方面。
近づくほどにリスクは高まるが、逃げるにはそれ以外の選択肢が無かった。
また、彼には脱出の前にやらなければならない、
ランスローは人の気配が無い建物の裏に身を潜めると、おもむろに手を開いた。
「時空の扉よ、開け」
力を込めると、何もないそこに小型コアが現れる。
彼は妻と子供にもう一度会う方法を、以前から探し続けていた。
結局、その方法が見つかることはなかったが――元々、“加速の魔術”等が存在する風の属性は、時を操る魔術と相性がいい。
異なる時空に物体を保存し、任意で取り出す。
そんな魔術を身につけられたのは、そんな研究の副産物であった。
そう、ランスローはここにスリーヴァから預かった小型コアを収納していたのである。
いくらレスが探っても見つからないのは当然であった。
そして、彼は取り出したそのコアに話しかける。
「こちらランスローだ。ペリア・アレークト殺害に成功した。僕もすぐにマニングを脱出する、あとは好きにしたらいい」
返事はすぐにあった。
『ふぇっふぇっふぇ、よくやったねえランスロー。お前の願いは、必ず叶えてやるよ』
老婆の声を聞いて、ランスローは顔をしかめる。
そこに歓喜の色は一切なかった。
小型コアは再び時空の向こうへと消え、彼は脱出を再開しようと脚に風をまとう。
だが――
「み、見つけた」
彼の前に、黒髪の不気味な女――レスが立ちはだかった。
彼女は長い前髪の隙間から見える瞳で、男を睨みつける。
対するランスローは、ふっと表情を崩し、軽い口調で話しかけた。
「何だレス君か。僕は――」
「ごまかそうとしても無駄。わ、私は……あなたが、あのコアを持っていることを、し、知っている」
レスの手のひらの上に魔法陣が浮かび上がる。
それは、小型コアの居場所を探る魔術。
これまで彼女は、様々なアプローチでコアの場所を探知してきた。
だが結局、ランスローが小型コアを持っているという証拠は掴めなかったのだ。
それは、彼が時空の向こうに収納していたからでもある。
だが、単純にスリーヴァが施した隠蔽が強力すぎて見つからないだけ――という可能性も、まだ真実を知る由もない彼女の中には残っていたのだ。
だからレスは探り続けた。
新たな探知魔術を生み出して。
「ま、前に、言ったはず。現世に残された人の魂は、く、苦痛を感じている、と。あなたたちが使う、その小さなコアは……人の、魂を封じ込めるもの。ハイメン帝国は、人の魂を道具としか見ていないから、か、肝心なことに、気づけない」
「あの老婆の作ったコアは、何を隠せていなかったのかな」
ランスローも、半ば誤魔化すのを諦めていた。
レスはさらに眼光を強めて言い放つ。
「そのコアは、叫び続けている。た、助けてくれ、あの世に行かせてくれって、悲痛な声を上げ続けている!」
スリーヴァはそれに気づかなかった。
いくら隠蔽処置を施そうとも、魂の“叫び”を垂れ流していることに。
そしてマニングの外に潜む自分たちの存在に、ペリアたちが気づいていることに――
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