第54話 殺意の所在確認です!

 



 フィーネとラティナの問答は続く。


 ラティナは、“真空の刃を飛ばす”という世界観の違う概念を前に、顔に手を当て軽く呆れていた。




「武術の世界はよくわからないけど……その状態は、ミスリルじゃないと発生しないの?」


「現象の発生条件は材質でも変化する。仮にそれがランスローの狙いだとすれば、術式はミスリルを前提としたものだったんだろうさ」


「だとしても、脚部回りで発生したところで、操縦者であるペリアには何の関係も無いわよね。扉で塞がれた操縦席の中に生じるわけじゃないでしょうし」


「それはさすがに無理だな。さっきあたしが刃を飛ばせたのも、ある程度の技量を持った人間がいて初めて成立するもんだ」


「術式任せじゃ無理ってことね。ちなみに、その刃が生まれる場所ってわかる?」




 理屈はわからずとも、今は発生した現実に向き合うしかない。


 フィーネは地面に置かれたスペアの脚部装甲に歩み寄り、術式を覗き込んだ。




「これって裏側にも術式あったよな、見ていいか?」


「いいけど、動かすなら小型人形でも――」


「よいしょっとぉ……!」




 彼女は素手で巨大な装甲をひっくり返す。


 いくらアダマスストーンより軽いといっても、大人の男性が押してもビクともしない重さだ。


 ラティナは小声で「こいつも大概化物よねぇ」とつぶやいた。




「裏面のほうが術式は簡素なんだな」


「こっちはあくまで補助だもの」


「だが、こっちにも表と似たように……あったあった」


「曲面ね」


「発生するとしたら、このあたりなんじゃねえか」




 フィーネは、装甲の反りの内側を手で指し示す。




「その刃で、ミスリルに傷を付けることは?」


「威力によるが、傷程度なら不可能じゃねえだろうな。繰り返し使えばなおさらだ」


「術式を書き加えるレベルでの制御は?」


「あたしは無理だ。ランスローの技量によるとしか言いようがねえ」


「制御は可能なのね……面倒くさいけど、試しに発動させてみましょうか」


「面倒とか言ってる場合かよ」




 二人が軽く皮肉を言いあうと、それを日陰で見ていたラグネルの眉がぴくりと動いた。


 少し嫉妬しているのかもしれない。


 一方でラティナは、恋人のそんな視線にも気づかず――と思いきや、何らかの第六感が働いたのか、ふいにラグネルに視線を向けた。


 笑顔で手を振る。


 ラグネルも一瞬驚いたが、すぐに機嫌をなおして手を振り返した。




「何やってんだよ」


「夫婦の営み」


「卑猥な言い方してんじゃねえ!」




 顔を真っ赤にするフィーネ。


 ラティナは余裕の表情で「ふっ」と鼻で笑った。




「青いわねえ。さ、それじゃ始めるわよ」




 顔を赤くして噛み付くフィーネを軽く流し、ラティナは術式の刻まれた装甲に手を当てた。


 目を細め、手のひらを通じて魔力を送り込む。


 すると術式は淡く緑色に光り、周囲の空気を激しく動かした。


 風の中、平然と立ちその空気の流れを感じるフィーネとラティナ。


 対してラグネルは、片手で飛ばされそうな帽子を、もう片手でめくれそうなスカートを押さえている。


 やがて風は止み、フィーネは「うーん」と顎に手を当てた。


 確かに風の流れは発生した。


 しかし、ミスリルに傷を付けるほど激しい刃は生まれなかったようだ。




「期待外れね」


「悪かったな。つか期待してたのか、ランスローの“悪意”が見つかることを」


「……撤回するわ」


「自分で傷つくなら言うんじゃねえよ」


「でも、あんたの意見は参考になった。まだ可能性は消えてないんじゃないかしら」


「どういうことだ?」




 ゴーレムのほうを見つめるラティナ。




「風の流れが肝なら、実際に装着した場合と、地面に置いた時なら変わるのは当然でしょう?」


「人工筋肉の有無ってわけか」


「そういうこと。ねえ、ペリアを呼んできてもらってもいい?」


「でもよ、すでに実際に装着した状態でも試したんじゃねえのか」


「試したけど、そこまで回数は重ねてないもの。まさか風の刃で術式を刻むなんて発想もなかったし」




 フィーネは言われるがまま、屋敷にいるペリアの元へ向かう。


 彼女はエリスと新たな大型に人形に関する話し合いをしていた。


 忙しそうではあったが、フィーネに呼ばれるとペリアは大喜びでついてくる。


 もちろんエリスもだ。


 フィーネたちは三人で外に出て、ラティナと合流する。


 そしてペリアはラティナの指示で、ゴーレムに乗り込み彼を座らせると、再び外に出て脚部装甲に手を当てるのだった。




「とりあえず10回、術式を起動させてもらってもいいかしら」


「わかりました、ラティナ様。思いっきりやるんで、ラグネルさんは離れてた方がいいかもしれません」




 ペリアがそう言うと、ラティナはすぐさまラグネルに駆け寄り、お姫様抱っこで彼女を抱え避難させた。




「いちいちいちゃつくなあいつら……」




 思わず愚痴るフィーネ。


 エリスは隣からそんな彼女をじっと見て言った。




「私たちもやる?」


「ここではやらねえよ!」




 ここではやらないだけで、おそらく後でやるのだろう。


 そんな茶番を見届け、ラグネルが遠ざかったことを確認すると、ペリアは術式を作動させた。


 荒ぶる風がゴーレムの足裏に集中し、ある程度まで膨らむと、一気に爆ぜる。


 ゴオォッ! と先ほどとは比べ物にならない暴風が吹き荒れ、木々は幹から揺れ、ペリアたちの暮らす屋敷がギシりときしんだ。


 その中心にいるペリアは、銀色の髪を逆立たせながらも、涼しい顔で術式を連続起動させる。


 そして10回繰り返した後、ファクトリーから取り出した工具で脚部装甲を取り外した。


 地面に飛び降り、装甲と内部の人工筋肉を見つめるペリア。


 そこにフィーネ、エリス、ラティナの三人が歩み寄る。




「どう?」




 ラティナの問いに、ペリアは神妙な顔で答えた。




「傷は付いてますね。特に人工筋肉に」


「あたしが見た限りじゃあ、ただの乱雑な傷にしか見えねえが」


「私も術式のようには見えない」




 フィーネとエリスは目をしかめるが、やはりそれはただの傷である。


 また、表面に軽く線が入っている程度なので、よほど連続使用しない限り、筋肉が断裂する心配もなさそうだ。




「でも、傷が入ってるのは事実なのよね。どうもそこがひっかかるわ、ランスローがそんな雑な仕事するかしら」




 ラティナは人工筋肉の傷に疑いの目を向ける。


 ペリアも同じ思いを抱いていた。


 フィーネの言う通り、彼が風魔術のエキスパートというのなら、真空の刃の存在だって知っているはずだ。


 それを軽減するどころか、増強するような術式の曲面。


 仮にこれが必要なものだったとしても、普段のランスローならば、それを使わない別の方法を選ぶのではないだろうか。


 そういう意味では、彼の隠蔽・・処理もずさんである。


 明らかに疑ってくれと言わんばかりの痕跡を残している。


 ゆえに彼女たちは徹底的に調べ、あらゆる可能性を考えた。


 そして、ペリアは一つの結論にたどり着く。




「これって……異なる位相の術式同士が干渉を起こしてるかも」


「術式が重なってるってこと?」




 エリスの問いに、ペリアはうなずく。


 唯一、フィーネだけはよくわかっていない様子だった。




「なあペリア、それってどういうことなんだ?」




 彼女はペリアに尋ねたが、なぜかラティナが答えた。




「簡単に言うと、正面から見たときと、側面から見たときで、別の術式が浮かび上がるってことよ」




 フィーネは少しむっとした様子だったが、一応説明はしてもらえたので「どーも」と軽く頭を下げる。


 さらにラティナの言葉を引き継ぐように、エリスが話を続けた。




「本来はそのような現象が起きないように注意して術式を組み立てる。でないと、想定外の魔術が発動してしまうから」


「縦と横か……なるほどな、確かに術式が刻まれてる場所が曲面だと、そういうことも起きそうだ。そんで、これは横から見たらどうなるんだ?」


「うーん、今のところは何とも……いや、そっか。人工筋肉に付けられた傷と合わせたら……」




 ペリアは頭の中に広げたキャンバスに、術式を書き込んでいく。


 装甲と人工筋肉を側面から見た姿を、平面的に記せば――浮かび上がってくるのは、比較的シンプルな風の術式だ。


 そう、ただのランダムな線に見えた人工筋肉の傷も、見る向きを変えると術式の一部となったのだ。




「人工筋肉に流れる魔力を、風に変換してる」


「となると、その魔力がゴーレムの体内を巡ることになるわね」


「……どこで出力される?」


「今のままじゃ出力は……ただぐるぐる回って、いずれは操縦席にも到達するけど、だからと言って魔術が発動するわけじゃ……んー……?」


「それで終わりってことはないんじゃないの」


「そうですね、ラティナ様。試しに人形を操縦席に乗せてみていいですか?」


「ペリアが持ち主なんだから、そいつに伺いを立てる必要ねえだろ」




 フィーネの物言いにラティナはむっとしていたが、事実なので反論はできない。




「はっ、たしかに。ゴーレムちゃんは私のだもんねっ」




 気の抜ける受け答えに、フィーネとエリスの頬が緩む。


 その間に、ペリアはファクトリーから自分と同じサイズの、顔のない人形を取り出した。


 魔糸を接続。


 人形はペリアに操られ、ぴょんぴょんとゴーレムの体を駆け上がり、操縦席に入る。


 そして人形は操縦席の扉を開いたまま、ゴーレムを起動させた。


 鋼の巨人は大地を砕きながら立ち上がり、あたりの地面がずしりと揺れる。




「ランスロー様の術式を軽く発動させます」




 ペリアがそう言うと、脚部の術式が起動し、ゴーレムの体がわずかに浮かび上がった。


 すぐに着地し、再び揺れる地面。


 実験はそれで終わりだ。


 ペリアは再びゴーレムを座らせると、操縦席に向かわせた人形を、自らの目の前に横たわらせる。


 他の三人もそれを覗き込む。




「外傷はなし」


「何も起きなかったってことかしら?」


「そんなわけねえだろ、ペリアのこの顔からしてな」




 ペリアは深刻な表情をしていた。


 眉間に皺が寄り、軽く唇も噛んでいる。


 そして彼女はファクトリーで作ったミスリルのナイフを取り出すと、おもむろに人形の左肩に突き立てた。


 そのまま真下に刃を進め、心臓を通り過ぎると刃を抜き、水平にして再び同じ場所に突き刺す。


 今度は横に木の体を裂き、完全に左胸部と腕部を切り離した。


 ペリアが見たかったのは、その断面・・だ。


 本来、心臓があるべき場所。


 そこには、明らかにペリアが付けたものと異なる、鋭い切り傷が刻まれていた。




「ラティナ様、見つけました」




 ペリアがそう報告すると、ラティナはいつもより低い声で答える。




「説明を聞いても……いや、待って。少し深呼吸するわ」




 できれば直面したくなかった現実を前に、彼女は一呼吸を置く。


 そして思いっきり息を吐き出すと、両手で頬を叩いて改めてペリアを見つめた。




「オーケイ、覚悟はできたわ」


「先ほど、装甲と人工筋肉で成立していた術式は、魔力を風属性に変えるものです。しかし、それ以外にも余計な線がいくつも混ざっていました。ノイズになりうる線は、本来術式として好ましくありません」


「そうね、ランスローなら絶対に入れないわ。フェイクだったってこと?」


「いえ……それ単体ではただの線ですが、操縦席に誰かが乗り込んで魔糸と接続すると、術式として成立します」


「魔糸の位置まで術式に利用してたってことかよ」


「うん、そうみたい。結果的に生まれたのは、非常に簡単な、風を使った攻撃術式」




 “かまいたち”と呼ばれる現象がある。


 何の前触れもなく、ただ外にいるだけで皮膚や肉が刃物で斬りつけられたように裂ける現象だ。


 一般的に、フィーネが語ったような真空状態が発生し、刃が生じることで起きると言われているが――もう一つの原因がある。


 それは、自然の中に偶然、風の術式が生まれることで起きるものだ。


 単純な術式であればあるほど、“偶然”その形になってしまうことはよくある。


 そして何かの拍子でそこに魔力が流れ込めば――術式が発動し、体の一部が裂けるというわけだ。


 とはいえ、裂傷が生じるだけで、人を即死させるものではない。


 ランスローが記したのは、そういうものだ。


 上級魔術師である彼が、本来なら使うはずもない、あまりに単純すぎる術式。


 しかし、それを“人間の体内”に発生させられたらどうだろう。


 仮に、人の心臓を直に引き裂くことができれば――十分に、人を殺せるのではないだろうか。




「身長が違えば、狙いは心臓から外れてしまうでしょう。あるいは、少し身の丈が違うだけで術式そのものが発動しなくなるかもしれません」


「でも、あなたは殺せるんでしょう」


「……はい」




 術式の一部となった魔糸は、操縦席に立つペリアに接続されている。


 つまりペリアも術式と接している。


 これだけの至近距離ならば、相手の体内を指定して刃を発生させることもできるだろう。




「これは紛れもなく、私を殺すための術式です」




 あえて彼女は、はっきりとそう言いきった。


 これは殺し合いだ。


 しかもランスローは、ペリアたちの復讐の相手であるハイメン帝国に与した。


 その時点で、もはや同情の余地はない。


 明確な敵である。


 しかしラティナは沈んだ表情のまま、口を開かなかった。


 ラティナという人間は、基本的にラグネル以外に薄情である。


 生意気だし、偉そうだし、わがままだ。


 それでも、何年も同じ職場で働き、それなりに気遣いも受けてきたランスローが自分たちを殺そうとしているとあれば、落ち込まずにはいられない。


 そんな彼女の背中に向けて――フィーネは冷たく言い放つ。




「何で暗い空気を振りまいてんだ。敵の罠があらかじめわかったんだろ? だったら喜べよ、あたしらの勝ちは目の前だぜ」




 いや、それは冷たく――というよりは、至極まっとうな意見であった。


 エリスも同様だ。


 そしてペリアも、多少は思うところがあるようだが、すでに殺す覚悟は決まっているらしかった。




「もう少し私を労ってくれる人はいないのかしら」




 ラティナは顔を手で覆うと、大きくため息をついた。


 そんな彼女の背中を、ラグネルがそっと抱きしめる。




「私だけじゃ足りない?」




 彼女はラティナに向け、慈悲深い笑みを浮かべる。


 ラティナはふっと微笑むと、少し乱暴にその唇を奪い、顔をあげる。




「よっし、私は覚悟は決めたわ。プランを決めましょう」


「ランスロー、つまりハイメン帝国は明らかにペリアを狙っている」


「エリスの言うとおりだ。ペリア抜きじゃあたしらの戦力が維持できないと考えてるんだろうさ」


「正しいわね。大型人形が戦力の要である以上、ペリアの存在はマニングの存続に必要不可欠だわ。攻め込むとしたら、彼女が死んでマニングが混乱しているとき……でしょうね」


「つうことは、死ななけりゃ攻めてこないってことか?」


「死ねばすぐに攻め込める位置にいるという意味でもある」


「だから相手の動向を軽く探った上で、一芝居打ちましょう。人形遣いらしくね」


「私、演技は苦手なんですが……」


「うまい人間ほどそう言うものよ」




 ラティナの根拠のない自信に押され、ペリアは「う」と軽く呻く。


 フィーネとエリスは、そんな彼女を慰めるように頭をぽんぽんと撫でるのだった。



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