第56話 戦況は刻一刻と変わっていきます

 



 マニングから街道を北上し、しばらく進むと、右手に丘が見えてくる。


 そこに生えた木の影に、桃色の髪をした少女が立っていた。


 戯将リュムだ。


 彼女は幹に背中を預け、退屈そうにつま先で地面を這う虫を踏み潰し笑う。


 そんな少女から少し離れた場所には、ローブを着た老婆――スリーヴァが立っている。


 スリーヴァは、さながら占い師の水晶のように懐から小型コアを取り出すと、それに話かけた。


 聞こえてきた声に反応し、リュムはそちらを見つめる。


 会話が終わると、スリーヴァはリュムに歩み寄り、意地の悪い笑みを浮かべて口を開いた。




「ふぇっふぇっふぇっ、どうやらあの男がペリアを仕留めたらしい」


「へー、腐ったあの都に住んでた人間にしてはやるじゃん」


「これで、もはや奴らは機動兵もどきを作ることすらできぬ」


「今ある分をぶっ壊せば私たちの勝ち……ちょっとつまんないケドね。スリーヴァ、あんたもそう思ってるんじゃない?」


「さて、どうだろうねえ」


「いつもは他人を顎で使って悦に浸ってるクソババアが、私がちょっと文句言っただけでわざわざ最前線にまで出向いたんだしぃ。暇が潰せる以外に理由なんてある?」


「想像に任せるさね」


「ふん、別に隠すようなことでもないと思うけど。じゃ、さっそくやっちゃうよ。当然、一番乗りは私がもらっていいんだよね?」




 スリーヴァは答えずに、「ふっ」と笑うだけだった。


 相変わらずいけ好かないやつ――リュムは老婆を軽く睨んだが、すぐに視線をマニングのほうへと戻す。


 村の入り口付近には、純白の大型人形が立っていた。




「きゃははっ、せっかく作った新型がいきなり壊されたら、あいつらどんな顔するんだろうね。しかもあいつら、大した遠距離兵器なんて持ってないから、一方的にやられるだけ!」




 リュムが両手を前に突き出すと、バチバチと雷がほとばしる。




「さあ行くよ――あたしの雷で、操縦者ごと焼け死んじゃえっ! 極電磁ハイヴォルテージ旋風トルネードぉぉぉぉッ!」




 そんな掛け声とともに、少女の手からまばゆい雷光が放たれた。


 それは光の速さで遠く離れたガーディアンに直撃する。


 成すすべもなく稲妻に包まれた機体は、次の瞬間、盛大に大爆発した。


 赤々とした爆炎を巻き上げ、衝撃で地面をえぐり、周囲の木々を吹き飛ばす。


 その茜色の光と、少し遅れて聞こえてきた轟音に、リュムの口角が吊り上がった。




「きゃはははははっ! 死んだ死んだ! 花火みたいに綺麗にしにやがった! きゃはははははっ!」




 ハイテンションなリュム。


 だが、同じ光景を見ていたスリーヴァは浮かない顔をしている。




「……あの爆発、まるで火薬でも詰めておったのかのう」


「へ? どゆこと?」




 ◇◇◇




 雷撃が放たれ、村の入り口に立っていた白の大型人形が爆発する。


 ランスローと対峙するレスは、その凄まじい衝撃に反応し、体をぴくりと震わせた。


 作戦は聞いていた。


 だが反射的な動きは意志では止められないもの。


 その隙を見てランスローが動いた。


 先程まで何も無かったはずの手のひらに、小型コアが現れる。


 紫色の人魂が封じられたその球体を見て、レスはとっさに彼に向かって手を伸ばした。


 闇の魔術で腕の動きを拘束するつもりのようだ。


 しかし反応にはわずかなタイムラグがある――レスが止めるより、ランスローがコアを胸に押し当てる方が早い。


 『しまった』と歯を食いしばるレス。


 しかしその時、ランスローの腕が凍りついた。


 驚きに見開かれる瞳。


 彼を待ち伏せしていたのは、一人ではなかった。


 背後から現れたのはペルレスだ。


 ランスローが振り向き、その姿を視界に収めると同時に、凍りついた腕がパキリと折れてコアごと地面に落ちた。




 ◇◇◇




 その時、本物の・・・ガーディアンは、背の高い木々が並ぶ山中に身を潜めるようにしゃがみこんでいた。


 その純白の装甲も、葉に隠れて外からはまったく見えない。


 唯一顔を出しているのは、両肩から伸びる砲門・・のみであった。




「自分から位置を教えてくれるなんて、馬鹿な奴ら」




 搭乗するエリスは、雷撃の根元・・を睨みつける。


 レスの新たな探知魔術を人形に搭載するのは間に合わなかった。


 搭乗前に、前もってどのあたりにいるかを聞いていただけだ。


 しかし、こうして相手が誘いに乗ってくれれば、狙いを定めるのはたやすい。




「魔力結晶砲、発射まで3秒」




 その兵器は、鉱山から発掘された装甲機動兵に搭載されていたものだった。


 手足などのパーツは、タイムスリップ時の座標のズレでバラバラになっていたが、奇跡的にこの大砲は無事だったのである。


 おそらく、元々汎用性の高さを重視した兵器だったのだろう。


 ペリアが仕組みを調べ、人形に搭載するまで、そう長い時間はかからなかった。




「2……1……」




 操縦席内のエリスは、当然ドッペルゲンガーインターフェースで人形を操縦している。


 全身に絡みつく糸により、彼女の動きがそのままガーディアンの動きとなるのだ。


 しかし、こういった兵装を扱う場合は勝手が違う。


 自らに絡まる特定の魔糸に、特定のタイミングで魔力を流し込むこと――それが起動条件だ。


 目を細め、意識を集中させ、魔力を流し、最後のプロセスを完了させる。




「発射」




 砲身内にチャージされた魔力は結晶化し、質量を持った物体として高速で射出される。


 ガーディアンはその反動でわずかに後退した。


 エリスがその衝撃に「くっ」と軽く呻く。


 それとほぼ同時に結晶は着弾し、魔力が一帯に解き放たれた。




 ◇◇◇




 再び大きな衝撃が村を揺らす。


 腕を失い、よろめいたランスローは、しかし性懲りもなくもう一方の手にコアを握った。


 だが二度も同じ手は通用しない。


 レスが彼を取り押さえ、腕を拘束する。




「ラ、ランスロー、もうやめて!」


「止められるものか! 僕にはこれしかないんだよ! あの日、僕は全てを失った! だから……それを取り戻そうとする意志を持たなければ、空っぽになってしまう!」




 地面に顔を押し付けられながら、必死に叫ぶランスロー。


 なおも抵抗する彼に、レスはやむを得ず、唇を噛み魔術を発動させた。


 黒い靄が腕にまとわりつき、関節部をどろどろに溶かす。




「ぐ、ああぁぁあああああッ!」




 ランスローは苦痛に思わず声をあげた。


 そして腕から力が抜けて、二個目の小型コアが転がり離れていく。




「ああ……僕の、僕の大切な夢、が……」


「こんな物、何の価値も無いわよ」




 駆け足で到着したラティナが、ランスローの視線の先にあった小型コアを蹴飛ばした。




 ◇◇◇




 リュムが爆発直前に見た最後の光景は、炎の向こうから突如として現れる、透明の魔力の結晶だった。


 ガーディアンから放たれたその魔力の塊は、リュムたちのすぐ近くに着弾し、炸裂したのだ。




「う……ぁ、は……ク、クソがあぁ……!」




 巻き込まれた彼女は、手足が吹き飛び、顔も一部がえぐれ、残りは焼けただれた悲惨な状態。


 かろうじて残った片手で這いずるも、満足に移動すらできない有様だった。




「どうして……あいつらが、王国軍の兵器をおぉ……!」




 未来からやってきた彼女は知っている。


 あの魔力の砲弾が、憎き王国の装甲機動兵が使っていた忌まわしき兵器であることを。


 ハイメン帝国は、野良の魔獣を使うという生産コストの低さと物量で、一時は王国を圧倒していた。


 しかし装甲機動兵の誕生で戦況は変わり、そして魔力結晶砲の発明が決定打となり、敗戦へと向かっていったのである。


 結晶砲の圧倒的火力は、あらゆるモンスターを蹂躙し、多くの街を一瞬でクレーターに変えた。


 当時、リュムもニュースで何度もその光景を目にしてきた。


 そのトラウマが、わずかにリュムの判断を鈍らせたのだ。




「ふぇっふぇっふぇっ、まんまと罠に引っかかってしまったようだのう」




 そんな彼女の元に、なぜか無傷のスリーヴァが歩み寄る。




「あ、あんた……何で……!」


「お前さんより判断が少し早かったのでな」


「だからって、あの爆発に巻き込まれて、無傷……?」


「年の功というやつかのう」


「ふざけたことをおぉ……っ、ぐ、があぁああっ!」




 いくら人間を辞めた肉体と言っても、不死身ではない。


 痛みも苦しみもある。


 傷口は蠢き、元の形へ戻ろうとする兆しはあったが、今はすでに戦闘中。


 回復を待っていては遅すぎる。




「おそらく、じきに二発目が放たれる」


「わかってるわよ……」


「やるしかないのう」


「く……」




 リュムは歯を食いしばる。




「私が……また、あの醜い姿に戻るなんて……」


「お主もオルクスも難儀よのお、そう悲嘆することもあるまい」


「私は、あんたやフルーグと違って……軍や、国なんて、どうでもよかったのよ……」


「素晴らしい力を得られて嬉しくはないと?」


「私は、人間を辞めたくなんてなかった……けど。けど今はっ、王国の雑魚どもに思い知らせないと気がすまない!」




 少女は血がにじむほど強く拳を握りしめ、爆炎の向こうにいるであろうガーディアンを睨みつけた。


 そして腕を前に突き出すと、荒々しく声をあげる。




人体成形バインド解除リリース、フルフュール!!」


「今日ぐらいは私も付き合うかねえ。人体成形解除――リッチ」




 その宣言と同時に、二人は人の姿を失っていく。


 モンスターの肉体が人の肉と皮を突き破り、およそ50メートルの大きさまで巨大化していく。


 リュムは――鹿によく似た怪物の姿となった。


 しかしその口は大きく裂け、涎を垂らしながら鋭い牙をずらりと並べる。


 また、頭から生える2本の角はいびつに曲がりくねり、バチバチと雷光を散らしていた。


 一方、スリーヴァは骨の怪物へと姿を変えた。


 だが完全に骨だけではなく、体の至るところに腐った肉が付着していた。


 足は無い。


 しかし体は宙に浮かんでいる。


 ボロボロの黒いローブを纏い、紫に濁った宝石の杖を持つその姿は、死神のようにも見えた。



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