第48話 秘密の扉を開くのです!

 



 ペリアがレスと共に鉱山に到着すると、すでに人だかりができていた。


 マニングの住民たちがざわめくなか、生き埋めになった鉱夫の家族が叫び泣く。


 ペリアが背伸びをして顔を出すと、偶然にも鉱夫長のエイピックと目が合った。


 彼の手招きに応え、彼女は人混みをかき分ける。




「ちょうどいいところに来てくれたな。無茶な頼みがあるんだが」


「何でも言ってください」


「頼もしいなァ。人形の腕部に取り付けるパーツを作ってもらいたい。瓦礫の撤去に必要なんだよ」


「形状によりますがミスリルの加工なら簡単です。細かい部分を詰めたいので事務所に移動しましょう」




 エイピックと共に近くの小屋に移動するペリア。


 まだ人混みの中にいるレスには頭を下げておいた。


 手を振ってくれたので、意図は伝わっているはずだ。


 移動する間、エイピックに現状について尋ねる。




「どうやら落盤事故が起きたと聞きましたが」


「ああ、結構な人数が生き埋めになってやがる。中にはウレアもいる」


「ウレアさんまで……人形に入っているなら、ある程度の強度はあるはずが。生身で埋まった人はいるんですか?」


「深い場所は人形を使って交代制でやってる。そのおかげで、今んとこ救出された奴らは怪我だけだ。中には自力で這い出てきたやつもいる。鉱山にこの手の事故はつきものだからな、今までに比べりゃあの人形の分だけ希望は持てる。しかし――」


「どんなに人形が頑丈でも、時間が経てば生存率は落ちていきます」


「そういうこった。酸素もいつまでもつかわからねえ」




 まさに時間との戦いであった。


 事務所に入ると、ペリアはエイピックと話し合いながらパーツの製造に入った。




 ◇◇◇




 鉱山では、ペリアが作った小型人形が多く稼働していたが、それでも鉱夫全員分があるわけではない。


 効率を考えても、生身の人員は外で見ていることしかできなかった。


 そこで彼女は、瓦礫撤去用パーツを組み込んだ小型人形をファクトリーで大量生産。


 これらは腕部パーツの取り替えが不可能だったりと、数を優先した“使い捨て仕様”になっていたが、救出作業において大いに役に立った。


 そして半日後――ようやく生き埋めになった人々は全員救出された。


 奇跡的にも死者は0名。


 過去の事故と比べても、負傷者の少なさと、救出作業の迅速さは段違いで、マニングの人々は改めて小型人形の有用性を認識することとなった。


 しかし、万事がうまくいったわけではない。


 事故当時、坑道の最も深い場所にいた数人は意識を失った状態で救出された。


 頭を打ったのか、それとも酸素が足りなくなったのか。


 後者であれば最悪の場合、二度と目を覚まさないことも覚悟しなければならない。


 そしてそのうちの一人が、ウレアであった。




 ◇◇◇




 村の診療所では、エリスが忙しく走り回っている。


 ベッドが足りないため、怪我人は外まで溢れていた。


 軽傷の鉱夫の治療には、応急処置の知識がある冒険者たちも参加している。


 ひとまず軽傷者に関しては、今日中に処置が終わりそうだった。


 一段落ついたところで、ペリアやフィーネはウレアのお見舞いに向かう。


 複数のベッドが並ぶ病室で、まだ目を覚まさない彼女の傍らには、大きな鎧が立っていた。




「ペルレス様、ここにいらっしゃったんですね」




 ペリアの声に反応し、兜がゆっくりと回る。




「……ああ」




 ペルレスは静かに、たった一言そう返事をすると、再びウレアに視線を戻した。


 フィーネは訝しむ。




「知り合いだったのかよ」


「鉱石について話をすることがあった」


「ふぅん、意外なつながりだな」




 しかし不自然な話ではない。


 なぜ鉱夫長であるエイピックではなくウレアなのか、という疑問はあるが、それは些細なことだ。




「まだ目を覚まさないんですね」


「治療にあたったエリスが言うには、脳へのダメージはさほど大きくないとのことだ。じきに覚醒するだろう、と」


「そりゃ何よりだ。後遺症も残らねえんだな」




 ペルレスはうなずく。


 とはいえ、楽観視できる状況ではない。


 実際に起きて言葉を交わさなければ、胸に渦巻く不安は消えないだろう。


 そんな感情を反映してか、重苦しい沈黙が病室を満たす。


 すると、ふいにフィーネが自らの肩に手を置き、首をパキポキと鳴らした。




「思ったより遅くなっちまったな。明日も忙しくなりそうだし、あたしはそろそろ帰るよ」


「私も屋敷に戻ります。ペルレス様はどうしますか?」


「まだ残る」


「わかりました、それではまた明日」




 病室を後にするペリアとフィーネ。


 残るペルレスは、じっと無言で、眠るウレアの顔を見つめていた。


 夜が更けても。


 朝が来ても。




 ◇◇◇




 次の日の朝早く、マニングに外から馬車がやってきた。


 馬は村の入り口付近で止まり、乗客たちが降りてくる。


 それを、ラティナとペリアが迎えた。


 ランスローは二人の顔を見るなり、安堵したように微笑む。


 その顔には、明らかな疲れが浮かんでいた。




「ラティナ君にペリア君! 久しぶりだね、無事に会えてよかった」




 彼は両手でラティナの手を握った。




「私も嬉しいわ。連絡を取り合っておいて、死体で対面なんてことになったら寝覚めが悪いもの」


「ははは……今ばっかりは笑いにくいなあ」


「ランスロー様が来てくださって心強いですっ、よろしくお願いします!」


「挨拶をする前に、僕は君に謝らなければならない」


「ヴェインのことでしたら、もうどうでもいいことです。彼は死んだんですから」


「それでも謝らせてくれ。こちらの身勝手な思惑で、君を傷つけてしまい申しわけない」




 深々と頭を下げるランスロー。


 ペリアは忍びない気持ちになりながらも、それを受け入れるのが相手のためだと思い、何も言わなかった。


 そして彼が頭を上げたところで、改めて手を差し出す。




「それでは、これでよろしくですね」


「ああ、よろしく頼むよ。僕もこの村の力になれるよう尽力するつもりだ」


「あらそうなの? メトラから逃げてきたからって、そこまで気を張る必要ないのに」


「彼に立ち向かうことが、僕らが生き残る唯一の道なんだ。決してただの正義心などではないよ」




 彼はそう言って、ちらりと後ろを見た。


 そこには馬車で共に逃げてきた魔術師たちの姿がある。


 おそらくランスローの部下なのだろう。


 本音を言えば、全員を連れ出したかったはずだが、優秀な上級魔術師である彼であっても、連れてこられるのは四人程度が限界だったらしい。


 それだけに、彼らだけはどうしても守りたい、という決意があるようだ。


 その瞳の輝きに、一切の虚偽は無い。


 それでも、ラティナは決めたことを変えるつもりはなかった。




「ランスローが相変わらず真面目なことは伝わってきたわ。ただ、一つだけお願いがあるの」


「何だい?」


「一週間、あなたたちの行動を制限させてほしいのよ。このタイミングで王都から出てきた人間を、どうしても私は信用できなくてね」




 魔術師たちがざわつく。


 しかし、ランスローは特に困惑する様子もなく頷いた。




「そうだね、僕もそれがいいと思う」


「あっさりなんですね……」


「僕らは無事に逃げてこれたけれど、どんな細工をされているかわからない。そういうことだろう? 僕も同感だよ、メトラ王に助言しているスリーヴァは狡猾な女だからね」


「さすがランスローね、話が早くて助かるわ」


「それぐらいの覚悟はしてきたさ。じゃあ、僕らが待機する場所に案内してもらってもいいかな」




 ペリアですら、もう少し揉めるかと思っていたのだが――予想に反して、事はトントン拍子で進んだ。




 ◇◇◇




 案内された宿で、三人はテーブルを囲み改めて情報交換を行う。


 他の魔術師たちは別室で休憩中だ。




「それで、そのスリーヴァってやつは誰なのよ」




 椅子に腰掛けてすぐ、せっかちなラティナはそう問いかけた。




「研究所でメトラ王に従いながら集めた情報だから、穴だらけなんだけど……その老婆は謀将スリーヴァと名乗っているらしい」


「老婆なのね」


「謀将……」


「ペリア君、心当たりがあるのかい?」


「闘将フルーグと名乗るオーガと戦ったことがあります。他のモンスターとは一線を画する、非常に強力な相手でした」


「フルーグ……確かに研究所でその名前も聞いたし、何なら見かけたよ。でもオーガではなかったはず」


「他のモンスターだったんですか?」


「いいや、人間だ。大柄な……大体30代後輩ぐらいの男性に見えたな」


「その人間がモンスターになったの? それとも別人なのかしら」


「同一人物かもしれませんね。人間とモンスターの肉体を自由に入れ替えられるとか」


「そうね、ヴェインだってモンスターになったんだもの。そういう技術があったっておかしくないわよねぇ」


「ヴェインが!?」




 ランスローが声をあげる。


 その反応からするに、彼はヴェインの死に関して全く知らないようだった。




「つい数日前のことです。小型のコアを体内に埋め込み、その魔力を使ってオークのような怪物に姿を変えました。私たちが撃破して、死体は解析中です」


「姿が見えないとは思ったけど、そんなことになっていたなんて……彼はメトラ王と繋がりがあったはずだから、使い捨てられたということか。なんと哀れな……」


「あいつが死んだことはどうでもいいのよ。それより将軍たちの謎を明かすのが先。王都にいるのはスリーヴァとフルーグの二人なのよね?」


「もう一人いる。戯将リュムだ。桃色の髪をした、小柄な女の子だったよ」


「その子も知ってます、ヴェインとは別の、小型コアを巡る騒動で遭遇しました!」




 ダジリールで起きたドッペルゲンガー騒動。


 そのときに現れた、黒幕と思しき少女だ。




「把握できてるだけで三人いるわけね」


「その誰もがコアやモンスターと関連してます。私が思うに……100年前のモンスター出現は、彼らの仕業ではないかと」


「結論を出すには早いわよ。私も九割間違いないと思ってるけどね」


「彼らはハイメン帝国の人間だと名乗っていた」


「ハイメンって、100年前に滅びた国よね」


「同一のものかはわからない」


「亡国からの侵略者、ですか……」




 実質的に、正体はまだ謎のまま。


 しかし言うまでもなく、敵だ。


 モンスター以上の力を持っている。


 そして、人間の体とモンスターの体を自由に切り替えることができる。


 戦う上で重要なのは、その二点だ。


 その後も、天上の玉座に助けを求めた経緯や、脱出の方法などの話を聞いていると、何者かが扉をノックした。


 ペリアが扉を少し開くと、フィーネの顔が見えた。


 彼女は部屋に顔を出してラティナに声をかける。




「ここはあんたに任せて、ペリアを借りてっていいか?」




 対するラティナは、ランスローに尋ねた。




「一番大事な話は終わったってことでいいのよね」


「あとは細かい話だけだよ」


「だそうよ。自由に連れていきなさい」




 許可が出ると、フィーネはペリアの腕を引く。




「急にどうしたの、フィーネちゃん」




 廊下に出て扉を閉じると、白い歯を見せながら彼女は答えた。




「ウレアが目を覚ましたってエリスから連絡があった」


「よかったぁ……!」


「話が落ち着いたんなら、一緒にどうかと思ってな」


「行こう行こうっ、早く会いたいよ!」




 今度は逆にペリアがフィーネの腕を引く。


 二人は宿から出て診療所に向かう。


 その途中、ペリアはふと足を止めた。




「ん、何だ?」




 そして振り返ったフィーネの目をじっと見つめ、口を開く。




「うーん……フィーネちゃん、何か隠してない?」


「どうしてそう思ったんだよ」


「嬉しいことがあった割に、ちょっとだけ顔が険しい」


「は、ペリアには隠せねえなあ。診療所に着いたら説明しようと思ってたんだが」


「ウレアのことで?」


「というよりは、ペルレスのことでだ」


「ペルレス様……ウレアと仲いいって言ってたよね」


「ああ、エリスが言うには昨晩からずっと一緒にいるらしい。もちろん今もな」




 いくら友人とはいえ、寝ずに付きっきりというのはさすがに違和感がある。


 それを聞いて、ペリアも同じ感想を抱いたようだ。




「……やっぱりそうなのかなぁ」


「ペリアも何か知ってんのか?」


「実はね、ウレアに懐いてる金髪の女の子がいるんだ」


「あたしも知ってるぞ。どこの家の子なのかわかんないらしいな」


「そうなの。私も気になって、ケイトさんに頼んで調べてもらったりしたんだけど……」


「ケイトにっ!?」


「大丈夫だよ、ちゃんと・・・・お金は払ったから」


「最初は無料って言われただろ」


「うん、タダは高くつきそうだったから断ったの」


「ペリアはしっかりしてんな、さすがだ」




 フィーネはぽんぽんとペリアの頭を撫でた。


 ケイトは今、全力でペリアに恩を売りたいと思っているはずだ。


 しかしその恩は、いずれ利息をつけて返すことになるのである。




「んふー。それでね、ケイトさんが言うには、やっぱりマニングに住んでる様子はないんだって」


「あいつでも調べきれねえってことは……」


「普通じゃないよね。そこに、この前のペルレス様の兜のことがあって」




 兜を外すと、そこには首がなかった。


 まるで鎧が自律して動いていると思わせるような出来事である。




「あれってもしかしたら、本人が小さいから、中に隠れられただけないんじゃないかと思ったんだよね」


「なんだよペリア、あたしより先にそれに気づいてたのかよ」


「ごめんね、まさかフィーネちゃんが調べてるとは思わなかったから」




 忙しさを理由に誰も調べていない――そんなことを考えていたフィーネは、少し自分が恥ずかしくなった。


 ペリアはしっかりした子だ。


 フィーネの想像なんて、簡単に超えてくる。




「んじゃ、さっそく真相を暴くとしますか」


「できるだけ二人が傷つかないような形でね」


「わーってるよ。敵じゃないんなら、傷つける必要なんてねえ」




 ひょっとすると、ペルレスは正体を隠し続けたことに罪悪感を抱いているのかもしれない。


 しかし、そうまでして隠そうとするものが何かあるのだ。


 そしてウレアに一晩中付きそう彼女が、悪人だとは思えない。


 箱の中はまだ未知だ。


 しかし、二人はその未知に恐怖を抱くことはなかった。




 ◇◇◇




 診療所では、やはりペルレスの鎧がウレアのすぐそこに立っていた。


 フィーネとペリアが顔を出すと、ウレアの視線が二人に移る。




「うっす……ご迷惑をおかけしました」




 目を覚ました彼女は、いつもの調子で頭を下げた。




「迷惑なもんかよ。無事で何よりだ」


「体の調子はどう? どこか痛かったりしない?」


「平気っす。長いこと寝てたおかげで、むしろ調子がいいぐらいっす。うっす」




 ウレアは笑顔を見せる。


 彼女の言葉は強がりでなく事実のようだ。




「ペリアさんの鎧と、エリスさんの治療のおかげっす」


「えへへ……」


「へへっ、エリスの分はあたしが喜んどくよ。さて、と。ここで話は変わるんだが、なあペルレス」




 不意打ち気味に、フィーネはペルレスに声をかけた。




「何だ」




 いつもの魔術で歪んだ声が返ってくる。


 しかしそんな仮面は、もはや意味をなしていなかった。




「あんた嘘が下手だよな。いくら鎧を被ってようが、ウレアに一晩中ひっついてたら隠せるもんも隠せねえよ」


「……どういう意味だ?」


「兜を脱げよ。あんたがウレアにひっついてた金髪の子供だってことはわかってんだ」


「私も気づいてるよー」




 ペリアもフィーネに続く。


 ペルレスは黙り込み、鎧は微動だにしなくなった。


 一方、真相を知るウレアは少し気まずそうにフィーネたちから目をそらしている。




「別に罰したいってわけじゃねえんだ。ただ、正体を知っちまった以上は話ぐらいは聞いときたい」


「誰にだって隠し事はあると思います。でも、ペルレス様のそれは、一緒に暮らしていくうちにいずれわかってしまうことです」


「わかっている」


「ペルレス……」




 ウレアが心配そうに名前を呼んだ。


 もうこの時点で隠すのは不可能なのだが、なおもペルレスは今の姿のままで言葉を続ける。




「しかし、今日まで騙してきた我の言葉が、どこまで信じられるだろうか」


「だからって続けてたんじゃ、余計に信じられなくなるだけだ」


「今ならまだ、傷を塞ぐのは簡単だと思いますよ」


「……」




 黙り込むペルレス。


 彼女はしばし考え込んだ。


 その間、ペリアとフィーネは声をかけない。


 ウレアも黙って見つめるだけ。


 そして数分の時間が流れ――ペルレスはふいに、自らの兜を外した。


 やはり、そこに人の顔はない。


 しかし今回は、兜が床に置かれて数秒後、そこからひょっこりと少女の顔が出てきた。


 童顔なペリアよりずっと幼い、金髪の少女。


 ペルレスの、真の姿である。




「はじめまして、です」




 少女は気まずそうに言った。




「おう、はじめましてだな」


「やっと会えましたね」




 ペリアとフィーネは、彼女を笑顔で迎えた。


 次にペルレスは、ウレアに声をかける。




「隠させてごめんです。苦しませてしまったと思うです」


「オレは、別に……それがペルレスのためになるなら、そうしたいって、自分で思ったっすから」


「ウレアおねえちゃん……ありがとです。やっぱり優しいです」




 彼女がウレアに懐いていたのは、おそらく特別な理由なんてなにもない。


 ただ単に、素敵な人だと思ったからだ。


 さらにペルレスは、「よいしょ」と声を出しながら鎧から這い出てきた。


 身長は130センチほどだろうか。


 そう大きいわけではないペリアとフィーネも、見下ろす程度の高さである。




「全てをお話したいです。まずはここにいる人だけに話したいですから、部屋を移りたいです」




 ペルレスの要望で、診療所の先生に声をかけて別室を借りることにした。


 ウレアもベッドから出て移動する。


 ペルレスはしきりに彼女の体を気遣っていたが、本当に体調に問題は無いらしい。


 別室に入り各々が椅子に腰掛けると、幼い少女は胸に手を当て深呼吸をする。


 金色のポニーテールがわずかに揺れた。


 そして目を開いた彼女は、何らかの決意を瞳に宿し、語りだした。




「私が姿を隠していたのは、私の肉体が年を取らないからです。私はモンスターが現れた100年前から、この姿のままなのです」


「年を取らないとは聞いてたっすけど、そんなに長く……」


「普通の人間じゃねえってわけか」


「ペルレス様。モンスター出現とあなたは、何か関係があるんですか?」




 ペリアの問いに、彼女は首を横に振る。




「わからないです」




 “知らない”ではなく、“わからない”。


 その答えにペリアは引っかかりを覚えたが、掘り下げずに、今はペルレスの次の言葉を待った。




「私には昔の記憶が無いのです。覚えている一番古い記憶は、100年前――」




 埃を被るどころか、朽ち果てるほど古い記憶。


 しかし脳に深く刻まれたそれは、時間の経過など感じさせないほど保存状態が良い。


 軽く目を閉じれば、今でも鮮明にその情景が蘇る。




「ハイメン帝国の都、ハイメニオスで目を覚ましたときのことなのです」




 灰色の空が。


 鈍色の街並みが。


 そして、血紅色の大地が――



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