第43話 第二ラウンド開始です!
ヴェインはペリアに敗北したのち、あてもなく歩き続けた。
時折、湖や水たまりに写る自らの姿を見てはため息をつく。
今も体は痛み続けている。
感情が高ぶらずとも肌は腫れ、破裂し血を垂れ流す。
ペリアの言う通り――放っておいても死んでしまうのだろう。
それが、怖かった。
これまでペリアをクビにしてからというものの、激動の日々を送ってきたヴェイン。
それでも彼が不遜でいられたのは、“死”が間近に迫っていなかったからだ。
どんなに愚かな人間でも、死は怖い。
しかも、突発的に起こるものではなく、じわじわと迫るものなのだから余計にだ。
特に戦場に出たことのない、彼のような箱入り貴族ならばなおさらである。
先ほどペリアと戦えていたのは、精神が汚染され、かつ新たな体を得たことでハイになっていたからに過ぎない。
「ぶひゅゥ……このまま……僕は死んでしまうのか……?」
この肉体では、誰かに助けを求めることもできない。
彼は山の陰に身を潜めると、そこで膝を抱え座り込んだ。
「僕は選ばれたのではなかったのか……メトラ王は、高貴な血を尊ぶ人ではなかったのか……」
考えを共にしていたはずのメトラにも裏切られ、もうヴェインには信じられるものがない。
彼の場合、己のプライドだけを糧に生きていたようなものなので、一度折れるとどうしようもなく弱かった。
「うううゥゥゥ……! 嫌だァ、僕は死にたくないィ! ペリアに敗北した挙げ句、死ぬなんて絶対に嫌だあァァ……!」
頭を抱え、死の恐怖に抗おうとするヴェイン。
そうしている間に日は暮れ、あたりは闇に包まれる。
足元では、体から流れた血の匂いに引き寄せられた魔獣が、それを誤って浴びてしまいのたうち回っていた。
自分も近いうちにああなるに違いない。
考えたくないのに、そんなことを頭が考えてしまう。
明らかに血が流れる頻度も上がっている。
体が熱くて痛い。
きっと夜が明けるより先に、自分は命を落とすのだろう。
そんな恐怖に怯えながら、時は流れ――夜は終わり――そして温かな太陽が大地を照らす朝がやってくる。
「ふひゅ……朝、か。僕は生き残ったのか?」
ここまで来ると、彼もその違和感に気づく。
「僕は、死ぬんじゃなかったのか。このまま数時間で崩れ去るはずでは……」
まだその時が来ていない、という解釈をすることもできる。
だが、それにしたって体の崩壊はまったく進んでいない。
肌は腫れが硬化し、凹凸が増えてさらに醜くなっていたが、痛みはすっかり消えていた。
立ち上がって見ても、体に異常はない。
「まさか、騙されたのか? ペリアのあの言葉は……僕を追い返すためのはったりだったのかァァァァ!?」
ようやく答えにたどり着くヴェイン。
すると、彼の前に小さな女の子がひょっこりと顔を出す。
明るいピンク色の髪に、いたずらっ子を思わせる生意気な笑顔。
「やっと見つけた。こーんなとこにいたんだね、出来損ないのヴェインくん」
「誰だ貴様は!」
「リュム。戯将って言えばあんたにも伝わるのかなー?」
「将……あの老婆の仲間か!?」
「スリーヴァのことだね。そうそう、私はあれと同じ、ハイメン帝国の将軍なんだよ、すごいでしょー?」
どこからどうみても、年端のいかぬ少女にしか見えない。
ヴェインは真っ先に疑ってかかる。
「信用ならんな。そんなことより僕はペリアを殺しに行くんだ、邪魔をしないでくれないか」
「なんだ、アレークト博士から逃げてどっかに隠れたっていうから探しに来たのに、やる気出しちゃったのー? 痛めつけていいって言われてたのに、つまんなーい。この醜い顔を見せられるだけで損なんですけどー」
「アレークト……博士?」
「あ、こっちじゃまだ博士じゃないんだっけ。厄介だよねー、まだ18歳なのに装甲機動兵そっくりの兵器を作っちゃうんだもん。きゃはははっ、今ごろ陛下ってば、トラウマを刺激されて泣いてたりしてね」
「何をわけのわからないことを言っている!」
「くふふ」
「なぜ笑う……!」
「そんなことも知らされずに、化物にされるなんて可愛そうだなーと思って。メトラ、だったっけ。あの人、あなたのこと都合のいい道具とか思ってないよ?」
小馬鹿にするようにリュムは言った。
ヴェインは激情し、声を荒らげる。
「このヴェイン、もはやそのような嘘には騙されんぞ! ペリアが言っていた僕の体が崩壊するという話も嘘なのだろう?」
「ああ、それ聞かされて怖くなって逃げちゃったんだ」
「逃げてはいない、撤退しただけだ!」
感情の高ぶりに合わせて体温も上昇し、体からは湯気があがる。
それを見て、さらにリュムはくすくすとあざ笑う。
「同じじゃーん! かっこ悪いよ、その言い訳」
「ぶひゅ――このガキがァァァッ!」
痛いところを突かれたヴェインは、大人気もなくリュムに殴りかかった。
少女は口元を吊り上げ笑うと、その拳を小さな手のひらで受け止める。
次の瞬間、バヂィッ! という音と共に雷光が爆ぜヴェインの体を焼き尽くした。
「ぶひゃあァァァァあああッ!」
「ぎゃははははっ! 期待通りの鳴き声あげてくれるね、使い捨てのおもちゃにしては楽しませてくれるなー!」
「あが……がっ……ふ……」
ずしん、と倒れ込むヴェイン。
「ありゃ。ごめんねスリーヴァ、殺しちゃったかもー」
全く謝る気の感じられない謝罪を軽く告げると、リュムはつま先でヴェインの亡骸をけとばす。
すると、彼の肉体は泡立ちはじめ、急激に再生を開始した。
「わあ、生命力はなかなかだね。悪くないじゃーん、人間のあのコア使ってみるのも」
傷の癒えたヴェインは意識を取り戻すと、少女の姿を見るなり怒鳴る。
「お、お前ェっ、僕を殺すつもりかァッ!?」
しかし彼の声はわずかに震えており、リュムに恐怖しているのは明らかであった。
対する彼女は、やはり悪びれる様子はない。
「きゃはははっ、殺そうとしたのそっちじゃん。びっくり箱を開いたのが悪いの」
「く……」
「それにほら、再生を促したおかげで体がまた一回りみにく……強くなってるみたいだよ」
「そんなはずは――」
ヴェインは試しに立ち上がった。
すると、先ほどよりも体が明らかに軽い。
「本当だ。破壊され、再生するごとに僕は強くなっていくのか?」
「そういう能力なんだよ、きっとね」
「何もせずとも自然に血は流れ、再生は起きる。つまり、昨日よりも今の僕はずっと強い!」
「きゃははっ、その調子だよヴェイン!」
「待っていろペリア、今日こそ決着を付けてやる……!」
「村を破壊するのも忘れずにね?」
「そうだな……先に破壊するのも悪くない。あの女の大切なものから先に破壊すれば、僕の偉大さだってわかるだろうさ! ぶひゃっ、ぶひゃひゃひゃひゃひゃっ!」
笑い声をあげ、口からよだれを撒き散らし走りだすヴェイン。
「がんばってねー」
リュムはその後ろ姿に軽く手を振って、雑に見送った。
そして見えなくなったところで、今までで最も悪意の満ちた笑みを浮かべる。
「あの膨張具合だと、破裂まで一時間ってトコかな。せいぜい私たちの役に立ってね、実験動物ちゃん」
◇◇◇
「ぶひゃはははははっ! 軽い、体が軽いぞォ! これならやれる、ヤれる、殺れるるるるゥゥゥ! ペリアあァァァァァッ!」
奇声をあげ、全身の肉を揺らしながら迫る異形。
そんなヴェインの視線の先に、少しずつマニングの村が近づいてくる。
その入口に仁王立ちするのは、鈍色に光る装甲を持つ人形――ゴーレム。
だがそれと肩を並べるよう立つ、もう一体の人形の姿があった。
「誰だあれは……馬鹿な、たった一日で増えたというのか、あの憎き兵器がァァッ!」
紅の装甲は、さながら鮮血のように光を反射する。
その人形は、大まかな外観こそゴーレムと似ているものの、機体重量の軽量化のためにフォルムは細く、また肩や腰回り、さらには目つきといった細部の形状が鋭いためか、より好戦的な印象を受ける造形をしている。
まさにフィーネが乗るにふさわしい機体と言えるだろう。
しかし、これは搭乗者の要望によるものではない。
作り上げたペリアが、無意識下でフィーネに似合うデザインに寄せてしまったのだ。
何しろ急造品なので、フィーネも外見に期待はしていなかったが、実際に出来上がったものは期待以上ものだった。
おかげで操縦席に乗る彼女の闘志は、いつになく大きく燃え上がっている。
「ブレイドオーガ……最高じゃねえか」
「なんとか間に合ったね」
「おう、相手が誰だろうと負ける気がしねえなあ!」
彼女の体には、四方から伸びた魔糸が繋がっていた。
ドッペルゲンガー・インターフェース――その糸を通して、フィーネの動きがブレイドーガに反映されるのだ。
外部への音声出力もオンにしてあるので、彼女はさながら、自分の体が巨大化したような感覚を覚えていた。
「さあかかってこいよヴェイン。うちのペリアを痛めつけた罪、あたしらが償わせてやる!」
「玩具がいくつ増えたところでこの僕を止めることはできないッ! ぶひゅうぅぅぅ――このまま突っ込んで、村を滅茶苦茶にしてやるよォォォォ!」
さらに加速するヴェイン。
戦いの始まりが迫る。
ブレイドオーガとゴーレムは拳を握り、戦闘態勢を取る。
ヴェインも腰を落とし、衝突に備え――
「かかった」
そのとき、ゴーレムに同乗していたエリスが嗤った。
ヴェインの足元に魔法陣が浮かび上がり、彼を閉じ込めるように結界が展開される。
“壁”に顔から衝突した彼は、「ぶひゅゥゥゥっ!」と情けない声をあげながら地面に倒れ込んだ。
「僕の突進を止める結界だとォ!?」
「謹製の多重結界。そう簡単には破らせない」
「ちィッ、こしゃくなことを。しかし僕の血を使えばこんなものォ!」
ヴェインの腕が膨らむ。
もはや彼は己の崩壊を恐れることなく、血を撒き散らした。
◇◇◇
カン、カン、カン、と金属を叩く音が村に響く。
それは昨晩から止まることなく鳴り続けていた。
ハンマーを握るのは、小型人形を身にまとうブリック。
炉の代わりに火を灯し続けるのはラティナ。
そして熱した刃を冷やすのはペルレス。
三人は寝ずに、ブレイドオーガの武器となる巨大な剣と向き合っていた。
「ブリック、腕の振りが鈍ってきたようだが大丈夫か」
「はっ、そんなもん気の所為だな! ワシを老人だとッ! 舐めるでないッ!」
「もう戦いが始まっちゃったみたいよ。急いで完成させないと、私たちごと踏み潰されておしまいだわ。まあ、私の魔力もまずいんだけどね」
「わかっておる!」
ペルレスが新たな金属――アダマンタイトとロックジャイアントの一部を混ぜた“アダマスストーン”を完成させたのは昨日の夕方のことだった。
そこからペリアはファクトリーを駆使し、驚くべき速度で機体を組み上げた。
もっとも、ファクトリーで生み出せるのは、彼女が一度は加工したことのあるパーツだけなので、そう簡単なことでもなかったが。
しかし、メインウェポンとなる剣に関してはそうはいかない。
これだけ巨大な剣だ、ブリック本人ですら作ったことないものを、満足いく質で完成させるのは容易なことではない。
「鍛冶師のプライドに懸けて――必ず、間に合わせるッ!」
モンスターやゴーレムたちが動くたびに、地面が大きく揺れる。
そんな紙一重の場所で、ブリックはひたすらにハンマーをふるい続けた。
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