第42話 嘘は苦手なほうです
ブリックとの話を終えたあと、鍛冶屋を出たペリアはラティナたち元へ向かおうとしていた。
「ペリア、ここにいたのか!」
そんな彼女を、屋敷から飛び出してきたフィーネが呼び止める。
彼女は戦闘時にしか見せない、人間離れした俊敏さでここまで走ってきたようだった。
そんなフィーネを見て、ペリアの表情も険しくなる。
「もう王国が攻めてきたの?」
「わかんねえが、街道方面からモンスターが接近してやがる!」
「結界の内側にモンスターが……とりあえずゴーレムのとこに行こう」
「おう!」
二人は屋敷の近くに置いてあるゴーレムに向かって走る。
急ぐ彼女たちの姿を、通り過ぎる村人たちは訝しんだ。
「モンスターの位置は?」
「屋敷にアラートが鳴った時点で、反応は村のすぐそこだった。まるで急に湧いて出てきたみたいだ」
「内側でモンスター化した……」
ダジリールで交戦したドッペルゲンガーと同様の現象だ。
だが今回は、明確にマニングへの敵意が感じられる。
メトラ王が前王を殺したばかりのタイミングだ、関係がないとは思えない。
そんな話をしているうちに、ゴーレムの前まで到着する。
「なあペリア、さすがにブレイドオーガは間に合わねえよな」
「ごめんね、ペルレス様のほうが終わらないと」
「いや、私こそわかりきったことを聞いてすまん。少しでも力になりてえんだけどな……あたしは避難誘導に向かうよう」
「ありがとう、いつも助かってるよ!」
「そりゃあたしのセリフだっての」
フィーネは少し悔しそうだったが、人形が完成していない以上は仕方のないことだ。
彼女は他の冒険者たちに応援を求めるべく、ギルドへと向かった。
ペリアはゴーレムの操縦席に飛び乗り、起動させる――その時だった。
「ブモオォォオオオオオッ!」
低音の雄叫びがマニングに響き渡る。
思わず顔をしかめてしまうほどの、不快な音だった。
ペリアが音のする方に目を向けると、そこにはモンスターが立っていた。
「50メートル級……」
目測では、それぐらいの大きさに見えた。
形は人型、肌は濃い茶色。
ところどころにボコボコとイボのようなものがあり、今も膨らんだりしぼんだりを繰り返している。
全身はぶよぶよの肉で包まれており、歩くたびにそれが上下に揺れていた。
顔にも肉が詰まっており、潰れた豚のような風貌である。
あえて似た魔獣の名を挙げるとするなら――
「オーク、なのかな」
二足歩行の豚の怪物。
そういうものが、王国には生息している。
メトラ王の手下が、そこらでオークを見つけてコアを埋め込んだのだろうか。
それにしたって、やけに体が大きい気はするが。
「考えてたって仕方ない、村が襲われる前に倒そう!」
ゴーレムは立ち上がり、走りだす。
大きな歩幅でまたたく間に距離を詰めると、アダマンタイトの拳を握った。
手の甲に埋められた橙色のチャージストーンが光を灯す。
「ぶひゃひゃひゃァ! 見つけたぞォ、ペリアあァああぁっ!」
「私の名前を呼んだ!?」
知能のあるモンスター。
直に交戦するのは、拳将フルーグ以来である。
もっとも、彼ほど知性を感じられる外見ではなかったが。
「動きは緩慢。先手必勝で決めちゃおう、ゴーレムちゃんっ!」
だからといって躊躇う必要はない。
相手は腕を振り回すが、腰を落とせばそれは頭上を掠めていく。
低い姿勢のまま、ゴーレムはモンスターの腹部に拳を叩き込んだ。
「傀儡術式ッ、ゴーレム・ブレイカーッ!」
重量級の拳が、さながら砲弾のごとく肉を叩く。
さらにチャージストーンの魔力が解放され、爆ぜた結界が敵を焼いた。
バチバチィッ、と光が弾けて辺りを白く照らす。
手応えは十分だ。
コアを変えて、ゴーレムの出力は倍近くに上がっているのだ。
これだけのクリーンヒットなら、そこらのモンスターは一瞬で灰になるだろう。
しかし――敵は、無傷で健在であった。
「効かない。僕には効かないんだよォ、ペリアあァァああッ!」
モンスターはそう叫ぶと、口から赤いドロリとした液体を吐き出した。
一方のペリアは、それより先に横に飛び、転がりながら距離を取る。
液体は地面に落ちると、ジュウッと煙をあげながら草木を焼いた。
反応が早かったのは、最初から様子見の意味を込めた攻撃だったからだ。
この状況で真正面から敵がマニングに襲撃してくる――考えられる可能性は罠か、単純に戦力に自信があるかのどちらかだろう。
離脱の準備をしておくのは当然であった。
(せっかく出力を上げたばっかりなのに、完全にゴーレムちゃんの攻撃が防がれちゃうなんて! あの体――ただ無意味に醜く膨らんだってわけじゃないみたい)
考えられる可能性としては、相手が対ゴーレムを想定したモンスターだということ。
打撃が主な攻撃手段であることは、すでに伝わっているだろう。
それを防ぐべく、肉の鎧を纏った化物を生み出したのである。
斬撃を防ぐロックジャイアントのようなモンスターもいたのだ、予想はできたことだ。
そしてもう一つ、気になることは――
(口から吐き出された液体は、まるで溶岩みたい。火属性の使い手、そして私を知っているかのような口ぶり……心当たりがあるなぁ)
ペリアは露骨に嫌そうな顔をした。
彼女は、他の人形との連絡手段の一つとして最近搭載した、外部スピーカーを使用し語りかける。
「もしかして、もしかすると、ヴェインなの?」
「呼び捨てにするな、平民風情があァァあああッ!」
吠えながら、再び溶岩を吐き出すヴェイン。
ゴーレムの頭上から大量の液体が降り注ぐ。
「本当にヴェインだったなんて。人間がモンスターになるの!?」
機体はさらに後ろに飛ぶと、牽制のためにミスリルスライサーを投擲する。
「このような玩具など、今の僕には効かなァい!」
ヴェインはそれを手で掴むと、指から発する熱で溶かす。
受け止めた手のひらにすら、傷一つ入っていなかった。
「ミスリルの刃じゃ、あの分厚い皮と脂肪は貫けない……!」
シンプルな防御の高さ、加えて打撃への対策が施された体――とことんゴーレムと相性の悪い相手である。
「ペリアあァ……なぜ僕に、その人形の攻撃が当たらないか教えてやろうかァ?」
「そのために人間を捨てたんだもん。私に勝てなかったら命の無駄遣いだよ、ヴェイン!」
「違ァう! それはッ、僕の血が優れているからだあァァあああ!」
50メートルの巨体が、ゴーレムに飛びかかる。
緩慢とは言ったが、それは同等の力を持った存在と比較して、の話である。
油断をすればゴーレムでも危ない。
それに、攻撃手段は液体を吐き出すだけではないらしい。
ボディプレスに失敗すると、ヴェインはすかさずゴーレムに向かって腕を振り回す。
その指は、掠めるだけでアダマンタイトの装甲を溶かすほどの高熱を帯びていた。
「そら! そらそらそらァ! そんな貧弱な玩具じゃあ、触れただけでおしまいだぞォ!」
ペリアに対して優位に立てる快感に任せ、ぶんぶんと両腕を振り回し続けるヴェイン。
技も策略もない、ただの力任せだが、20メートルのゴーレムに対して、ヴェインは50メートル。腕のリーチも段違い。
決して馬鹿にできる攻撃ではなかった。
コアの換装で機動力も向上したゴーレムならば、飛び跳ねそれらを回避できたし、ペリアの集中力が途切れない限りは続けられる。
しかし、そんな大道芸を続けたところで意味はない。
「逃げるかァ!? 逃げ惑うしかないあァァ!? いい光景だなペリアァ! そのまま僕に土下座しろォ! 土下座して血の偉大さを噛み締めながら地面と同化して死ねええェェェ!」
彼女は考える。
いかにして、この場を切り抜けるかを。
そして攻撃の合間を縫って、ゴーレムは急加速する。
「リミッター解除――」
懐まで入り込むと、両拳を握りしめる。
「傀儡術式ゴーレム・ブロウだぁっ!」
素早さを重視した殴撃を、素早く続けざまに繰り出すペリア。
一撃で山を砕くほどの威力だ。
それを瞬時に十発ほど叩き込む。
通常ならオーバーキルとも言えるほどの威力、しかし相手は普通の敵ではない。
連撃を食らったヴェインの腹は、だるんだるんと波打った。
「連撃なら破れるとでも思ったか! そんなことをしてもなァ――」
「醜いお肉が揺れるだけ」
「だァれが醜いかあァァァッ!」
ペリアは挑発を忘れずに離脱、すかさずリミッターを戻した。
彼女は、挑発も対ヴェインにおいて重要な攻撃だと考えていた。
コアのせいか、はたまた元々なのかは不明だが、ヴェインは完全にハイになっている。
彼は腐っても上級魔術師だ。
少しぐらい頭を使えば、もっと卑怯な手を使うことだってできるはず。
例えば――マニングの村を狙うとか。
だが彼の視界には完全にペリアしか入っておらず、頭に血が上るほどにその傾向は強まっている。
「倒す方法が見つからなくても、ひとまず避難の時間ぐらいは作れるかな……」
ヴェインは嫌いだ。
モンスターだって憎い。
だから目の前の敵を倒したいとは思っているが、無理なら無理で割り切る冷静さがペリアにはあった。
一方でヴェインは、さらにヒートアップしていく。
彼の感情の高ぶりは、肉体にまで影響を及ぼしていた。
「ああああああ、イライラするゥ。イライラしてェ、膨らむゥ。膨らむっ、膨らむっ、ああァァァ、破裂する、るるるるゥゥゥッ!」
腕がボコッと膨らみ、大きな水ぶくれのようなものができる。
中には液体が満ちており、さらに膨らみパチンと割れて、溜まったものをぶちまけた。
「づぅっ、ゴーレムちゃんが溶けてる!?」
多少は距離があったが、さすがに細かな飛沫までは避けきれない。
無数の粒がゴーレムの装甲に降り注ぐと、その部分をジュワァと溶かす。
「今の液体も口から吐き出したのと同じ……もしかして血だったの?」
「これぞ高貴なる血よォ! 平民を浄化するるるるゥゥゥ!」
もう一方の腕も膨らみ、破裂する。
今度は腕の振りに合わせて爆ぜたため、勢いよく血はゴーレムを襲った。
「弾いて、ゴーレムプロテクションッ!」
胸部チャージストーンの魔力を解放、展開された結界がゴーレムを守る。
結界はヴェインの血を弾く――かと思われたが、べったりと表面にまとわりつき溶解していく。
「結界まで侵食してくる……対策が徹底してるなぁ」
このままでは結界が破られるのは時間の問題だ。
ペリアはそれを解除すると、後ろに飛んだ。
「やはァり逃げるしかないんだろう? なあペリア、謝れよ。高貴なる僕に逆らったことを謝れよォおおお! 今なら殺すだけで許してやる。僕の広い心が許してやるからさああ!」
ヴェインは、獄中でもペリアがいかに活躍しているのかを聞かされていた。
そんな彼の嫉妬心は歪みに歪み、そこに小型コアの力が合わさることで、対ゴーレムに特化した決戦兵器が完成してしまったのだろう。
ペリアには諦めるつもりなど毛頭なかったが、客観的に見てヴェインが優勢なのは明らかであった。
◇◇◇
避難誘導を続けるフィーネと冒険者たち。
すると冒険者の一人がフィーネに駆け寄り言った。
「フィーネさん、本当にあれ大丈夫なんですか!?」
「何がだよ」
「ゴーレムですよ! も、もしかして負けちゃうんじゃ……」
「馬鹿野郎、ペリアが負けるわけねえだろ! お前たちだってその強さをは知ってるはずだ!」
「でもっ、相手はもっと化物じゃないですか!」
ゴーレムの劣勢は、村の人々に不安をもたらす。
無論、フィーネにも心配が無いわけではなかった。
彼女の目から見ても、ゴーレムには打つ手が無いように思える。
ペリアはまだ冷静に動けているが、それもいつまで続くかわからない。
それでも――フィーネは信じる。
「いいか、ペリアはお前が思ってるより何百倍もすげーやつなんだ」
「十分に思ってます!」
「それよりさらに何百倍もだ。だから心配することは何もない。あいつは、必ず敵を退けて返ってくる。必ずな」
「……わかりました。フィーネさんがそう言うなら」
冒険者は納得したわけではないようだが、尊敬する剣王フィーネの言葉なら、と不安を飲み込んだようだ。
それでいい、とうなずくフィーネ。
冒険者が立ち去ったあと、彼女は戦うゴーレムのほうを見て、つぶやいた。
「あたしだって歯がゆいさ。だけど……だからこそ、できることをやるしかねえんだ」
拳をぎゅっと握る。
力を得られる日は近い――そう、見えるほど近いからこそ、悔しさを感じずにはいられなかった。
◇◇◇
ペリアとヴェインの戦いは膠着状態になりつつあった。
血を撒き散らすヴェインと、ひたすらにそれを避け、たまに攻撃を仕掛けるゴーレム。
結論として――やはり打撃では、いかなる方法を使っても一切ダメージを与えられないとペリアは判断。
「ぶひひゃっ! そろそろ貴族と平民の差がわかってきたんじゃないのかァ? なあペリア、なぜ僕がッ! こうまでしてペリアに執着しているか、わかるか!? なぜ血の正しさを説くのかわかるかァ!?」
「わからないよ。人間なのにモンスターになる理由なんて全然わかんないっ!」
「ノブレスオブリージュに決まっているだろゥ!?」
ヴェインが繰り出す大振りの一撃。
同時に“腫れ”が爆ぜ、血が降り注ぐ。
ゴーレムはその中を、あえて前進した。
速度に支障が出ない程度の損傷ならば問題ない。
「ゴーレムちゃん、もう一回リミッター解除!」
そのまま加速し懐に入り込み、拳を握る。
攻撃を当てることはできるのだ。
なぜならヴェインは、速度を犠牲にしてその堅牢さを手にしたから。
ヒットアンドアウェイと繰り返すのは簡単なのである――効果があるかどうかは別として。
「何度繰り返したところで無駄だと!」
ヴェイン自身、己の頑丈さに自信があるようだ。
だから必死になって防御したり、避けたりはしないのだろう。
やれるものならやってみろ――そんな傲慢さを魅せるヴェインに対し、ゴーレムは拳を繰り出す。
「ファクトリー起動、生成する武装をメモリから参照――出力!」
その命中の直前に、拳とヴェインの皮膚の間で魔力が渦巻いた。
ペリアがそこに生成するものは、彼女がモンスターの解体に使用していた、アダマンタイトナイフ。
「ゴーレム・ストライクでっ、刃を叩き込むッ!」
ナイフの柄を拳が叩く。
その鋭い先端はヴェインの皮膚に触れると、その弾力に跳ね返されそうになった。
だがゴーレムの拳がそれを許さず。
さながら釘打ちのように、刃は皮膚を突き破り、ヴェインの肉を穿った。
「ぶひゅうぅぅっ!?」
予想外の痛みに目を見開くヴェイン。
思わず体が縮こまり、動きが止まる。
「通った!」
「馬鹿なっ、平民の攻撃が通用するはずがァァ!」
「続けていくよぉっ!」
その隙に、ペリアは二発目を、
「ゴーレム・ストライクぅっ!」
「ぶひゃあぁっ!」
続けて三発目を、
「ストライクッ!」
「ぶっひょおぉ!」
さらに四発目のナイフを体内に沈めていく。
「ストラァァァァァイクッ!」
「ぶぎゃあぁああっ!」
まさに豚のような声をあげながら、のけぞり苦しむヴェイン。
「行けるよ、この調子だゴーレムちゃん!」
「く、ぶひゃっ……うひゃはははっ!」
「何がおかしいのっ!」
痛みで狂ったのか、ヴェインは口から涎を垂らしながら笑う。
「見るがいい、ペリア。確かに僕の体に傷を付けたのは驚いた。けどさァ、ナイフで刺された程度の傷じゃあ、すぐに治ってしまうんだよなァァ!」
誇示するように、彼は傷口が
確かに、ほんの数秒しか経っていないのに、すでに傷は癒えていた。
「あんなに頑張ってやっと付けられた傷なのに、残念だなァ。だがなペリア、これが平民と貴族の差だ。埋められないんだよォ、そんな玩具に乗ったところで!」
勝ち誇るヴェイン。
ペリアは顎に手を当て、目を細める。
「再生能力まであるなんて、伊達に知性のあるモンスターになったわけじゃないんだ。しかもさっき打ち込んだナイフ、あんまり深くまで刺さってない。そっか、アダマンタイトですら溶かすような血だもん、体内に入ると生半可な刃じゃすぐに溶けちゃうのか。急造品のヴェインですらこんなに強いんなら、他の将はもっと強い……」
「おいペリア、追い詰められているんだろう? だったらもっと怯えろよ! わざわざ音声を出力しながら落ち着いて考え事なんてするんじゃないッ!」
「怯える必要なんてないからだよ。私が何も考えずに戦ってたと思ってるの?」
「負け惜しみを……う、ぐうぅっ!?」
突如、ヴェインは腹を抑えて苦しみだした。
全身がブルブルと震え、立つことすらままならなくなる。
「な、なんだァ!? 僕のっ、僕の体はどうなって……何をした、ペリアァッ!」
「私は何もしてないよ。最初からどうかしてたのはヴェインのほう」
「どういうことだッ!」
「人間がそんな体になって平気なはずがないの」
「モンスターが存在するだろう! あれは魔獣が巨大化した存在だ、ならば魔術師とて!」
「人間がモンスターになった前例は存在しないよね。少なくとも、ヴェインの体はずっと不安定だった。勝手に体が膨らんで、出血するぐらいにね」
ヴェインはどうやら、あの血による攻撃を制御できているつもりだったらしい。
実際、感情の高ぶりに合わせて発生していたので、認識としては間違っていないのだが――
「私が思うに、おそらくあれは体温が過剰に上がったことによる体細胞の暴走だよ。あんなものを多用したら、体はボロボロになるに決まってる」
「そのような、ことは……」
「そこに、私のナイフが追い打ちをかけたの。気づかなかった? ゴーレムちゃんが殴った場所が、人間にとって大事な臓器がある場所だってことに」
「心臓、腎臓、肝臓……ま、まさか……そこまで狙って……!」
傷があった場所をぺたぺたと触るヴェイン。
先ほどまで痛みなどなかったのに、今になって何となくそこが痛いような気がしてきた。
「もっと言うとね、こんな不安定で醜い体にされた挙げ句、単独で襲撃させられた時点で」
ペリアは声のトーンを少し下げて言葉を発する。
「メトラ王から見たヴェインは――」
「おい、やめろ」
ヴェインは猛烈に嫌な予感がして慌てて止めたが、もう遅い。
「やめろ、言うなあァァァッ!」
「“捨て駒”なんだなって思ったから。不完全な体を与えられたのも納得だよ」
「……ッ! ッゥゥゥ!」
ヴェインは、言葉すら出せなかった。
彼がショックを受けたのは、他でもない彼自身が、その可能性を頭の隅で考えていたからだろう。
それを、格下であるはずのペリアに指摘されるという屈辱――彼のプライドを引き裂くには十分すぎる出来事だった。
「あ……あああァァ……ぶひゅっ……」
「たぶんメトラは、ヴェインがマニングに突っ込んで大暴れして、全部破壊することを期待してたんじゃないかな」
「違う……違うゥ……」
「今の様子だと、その体は維持できて数時間ってところだもん。やがて全ての細胞は破壊されて、肉体は自壊する。後始末もしなくていいから、メトラにとっては都合のいい鉄砲玉だよね」
「違うっ! 僕の家は王の次に高貴な血筋でェ! 僕と彼は、同じ栄光の道を歩くはずでェェ……!」
「どんなに現実逃避しても、ヴェインが死ぬっていう事実は変わらないよ。私が手を下すまでもなく」
ペリアは冷たく――元より同情の余地など無いのだから当然だが――心から突き放すように言った。
あまりに残酷な現実に打ちのめされたヴェインは、うずくまったまま動かなくなる。
「ここに居るかぎり、私はいくらでもあなたに都合の悪い現実を突きつけることができる。体だけじゃなくて、心まで壊れたくないんなら、早くどこかに消えてほしいな」
そんな追い打ちを受けて、彼はよろよろと立ち上がった。
「違うんだ……僕はァァ……ぶひゅっ、こんな、醜い姿になったのはァァァ……!」
地面に落ちた自らの血は、今も大地を焼き続けている。
ヴェインはその表面にわずかに写る己の姿を見た。
もはや貴族としての威厳など感じられない、あまりに醜い姿。
「ううゥゥゥ……ゥああァァァ……!」
体と心の痛みに、苦しげなうめき声を漏らす。
それでもどうにか歩くことはできるらしく、無言で、ずしんと大地を踏みながら、ヴェインはペリアの前から去っていく。
もはやマニングを巻き込んで自爆する気力すら残っていないらしい。
ゴーレムはそれを見送らずに背中を向け、村の入り口付近で止まった。
ペリアが降りると、フィーネが駆け寄ってくる。
「すげえなペリア、全部見抜いた上で戦ってたなんて! 勝手に自滅してくれるってんなら、これでひとまず一件落着だな!」
フィーネはぎゅっと手を握ってぶんぶんと上下に振る。
だが、されるがままなペリアの表情は暗い。
「違うよ」
「はえ?」
「さっきの話ね、半分ぐらい嘘なの。ああいうの苦手だから、バレないかハラハラしたよぉ……」
へにゃりと彼女の体から力が抜ける。
だが逆に、今度はフィーネが不穏な表情を見せる番だった。
「嘘って……どっ、どこからどこまでがだよ!」
「臓器のある部分に攻撃したってのと、あと体が崩壊して自滅するって部分」
ペリアの口から明かされる事実に、フィーネは思わずのけぞる。
「んなあぁぁぁぁ!? ってことはあの化物……ヴェインでいいんだよな? あいつ、死なねえのか!?」
「不安定なのは確かだと思う、体が動かなくなったのもそのせいみたいだから。けど、死ぬかどうかは全然わかんない。体の不調も、もしかしたらパワーアップの兆候かも」
ペリアにとっても、あのヴェインは初めて戦う相手だったのだ。
既存のモンスターとも違う生物である以上、知識だってない。
だから先ほど彼に対して語った全ては、観察して受けた印象からでっちあげた、付け焼き刃の理屈であった。
だがそれは、ヴェインにとっても同じことである。
彼は自分の体のことをよくわかっていない。
そのおかげで、あんなはったりを信じ込んだのである。
「あんなバカでもじきに気づくだろ、やべえじゃねえか」
「時間稼ぎはできたと思う」
「ゴーレムじゃ倒せねえのか?」
「悔しいけど、今のゴーレムちゃんの装備じゃ無理みたい」
ペリアは、装甲がところこどろ溶けたゴーレムを見て、悔しそうに唇を噛んだ。
互角の勝負ができていた、と見栄を張るのは簡単だ。
しかし彼女は誇らない。
その瞳はすでに次の戦いを見据えていた。
「次に襲撃されるまでに、ブレイドオーガを完成させるしかないってことかよ……」
「うん、あの機体が完成したら今度こそ勝てるはずだよ。頑張ろうっ!」
「了解だ。あたしのことも好きなだけこき使ってくれ!」
モンスターが去り、村人たちは安堵する一方、ペリアとフィーネは次の襲撃に備え、慌ただしく動き出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます