第41話 武器にロマンは必須です!

 



 エリスとケイトを見送ったあと、ペリアはようやく屋敷に戻った。


 といっても、別に休むわけではない。


 彼女はテラコッタとマローネの部屋に向かう。


 そこには、魔糸で人間サイズの人形と繋がれたフィーネの姿があった。


 彼女が体を動かすと、それに合わせて人形も動く。


 ドッペルゲンガー・インターフェース――そのゴーレムへの搭載は、もう間近まで迫っていた。




「ペリア、おかえり」




 テラコッタはペリアに気づく。


 マローネもその横でぺこりと頭を下げた。




「おうペリア、そっちはうまくいったのか?」




 フィーネは人形と繋がれたままペリアのほうを向いた。


 連動して人形も同じように動くので、ペリアは思わずくすりと笑ってしまった。




「どうにか説得できたよ」


「ケイトのやつよく承諾したな。あたしの方も順調にいってるぜ。今すぐにでも操縦できるぐらいだ」


「頼もしいなぁ、フィーネちゃんは。えいっ」




 彼女はふいにフィーネと繋がっている人形に手をのばすと、その脇腹をむにっとつまんだ。


 フィーネは「うひゃぁうっ!」とくすぐったさに声をあげながら体をよじる。




「なっ、何すんだよペリアぁ!」




 顔を赤くしながら抗議するフィーネだったが、ペリアは顎に手を当てて考え込んでいる。




「今の反応、フィードバック係数は90ぐらい?」


「さすがペリア、よくわかったね」


「そんな方法を使って試すなよお!」


「ごめんね、フィーネちゃんの反応が見たくなっちゃって」




 鉱山のために作った人形にも、ドッペルゲンガー・インターフェースは搭載された。


 あのときのフィードバック係数は100。


 それから短期間で90まで下がったのだ、さすがテラコッタと言うべきだろう。




「正直、まだ戦闘用の人形に搭載するのは早いと思う」


「痛みが強すぎるから?」


「操縦のノイズになるよ。せめて50まで下がるまで待ってほしい」


「そりゃ無理な相談だ、テラコッタ。あたしらが待てても敵さんが待ってくれねえんだ」


「でも……」




 テラコッタも彼女なりに、操縦者を守りたいと思っているのだろう。


 しかし、フィーネはテラコッタが思うような“まっとうな人間”ではない。




「それによ、痛みがあったほうがあたしには都合がいいんだよ。“戦ってる”っつう実感が、感覚を研ぎ澄ますんだ」




 ペリアと絡んでいる姿は、人畜無害な年相応の女の子に見えるだろう。


 だがその正体は、目的を果たすためなら虐殺すら厭わぬ“剣鬼”である。


 歯を見せてニィッと笑うフィーネの表情には、痛みへの恐れなど一切無い。


 テラコッタは不安げにペリアの方をみると、にこりと微笑まれてしまう。




「それでいいんだね、ペリア」


「フィーネちゃんはそういう子だから、大丈夫だよ」


「……わかった。けど、まだブレイドーガだっけ? それの完成までには少し時間あるよね。搭載する前に、あと5……いや、10は下げてみせるから」


「だから下げないでいいっつってんのに」


「これは僕のプライドの問題だから」


「そっか……なら仕方ねえな」




 フィーネにも、その気持ちはよくわかる。


 剣技と人形技師――戦場は違えど、“上を目指したい”という願いは同じなのだから。




「忙しくなるよ、マローネ」


「テラコッタと一緒ならそれも楽しいから平気です」




 微笑み合う二人。


 一緒に暮らすうち、マローネも少しずつテラコッタに染まってきたようである。


 何だか羨ましくなったペリアは、いきなりフィーネに抱きついた。




「んお? 何だ、甘えたい盛りか?」


「そんな気分。ところでフィーネちゃん、自分が載る人形の名前は決めた?」




 そう、ここで行われている一連の作業は、フィーネ用の人形を作るためのものだ。


 もっと言えば、ペルレスに新たな素材を作るように頼んだこともである。


 ペリアの問いに、フィーネは白い歯を見せ笑って答えた。




「ああ、あたしの人形の名前は――ブレイドオーガだ。どうだ、かっこいいだろう?」




 胸を張って自慢げなフィーネを見て、ペリアは『かわいいなあ』と思うのであった。




 ◇◇◇




 ペリアが次に向かったのは、ブリックの元だ。


 彼は工房でハンマーを振り続けていた。


 だが、槌を握る腕は生身・・ではない。


 彼はペリアの作った2メートルほどの小型人形に身を包み、専用の大型ハンマーを使ってミスリルを叩いているのだ。


 工房に足を踏みれたペリアは、しばしその様子をじっと眺めていた。


 ブリックが彼女に気づいたのは、それから三十分ほど経ってからのことであった。




「ん? ペリアじゃねえか、何でそこに突っ立ってるんだ」


「勉強させてもらってました」


「だったら恥ずかしいもんを見せちまったな」


「いえ、立派なハンマー捌きでしたよ。人形を渡したのは今日なのに、完全に使いこなしていました」


「そりゃあペリアの作った人形の出来がいいからだ。あとはこのどでかいハンマーに慣れられるかの問題だ」




 彼は人形を纏ったまま、大きなハンマーをまじまじと見つめた。




「しっかし、ペリアも無茶なことを考えるもんだ」


「フィーネちゃんが満足するものを作るには、ブリックさんを頼るしかないと思ったんです」


「そこじゃなくて、どでかい剣を作るっていう発想自体がだ。しかも、誰も知らねえ未知の金属を使うだなんて、無茶に無茶を重ねてやがらぁ」


「ごめんなさい……」


「がははははっ、怒ってんじゃねえよ。年甲斐もなくわくわくしてんだ」




 確かにブリックの声から怒りは感じられない。


 どちらかと言うと、感情が高ぶりすぎて、つい口調が荒くなっているようだ。




「こんな田舎で人生を終わりそうになってたジジイが、世界の英雄が使う剣を打てるってんだろ? 光栄じゃねえか。最後の一花としては十分だろうよ」


「まだ最後になっては困ります。私だって教えてもらいたいことがたくさんあるんですよ?」


「ははっ、優しい顔をして、まだまだ老人をこき使おうってんだから恐ろしい嬢ちゃんだよ。まあ、安心して待っててくれ。材料の準備さえできりゃあ、すぐにだって作業に取り掛かるさ」


「はいっ、ペルレス様とラティナ様にもそう伝えておきます!」




 元よりペリアは心配などしていなかった。


 一流が三人も揃うのだ、きっと彼女が想像するよりも素晴らしい剣が完成するはずである。




 ◇◇◇




 一方その頃、マニングと街道を結ぶ結界の境目では、揉め事が起きていた。


 元々、この地点には王国の兵が番人として立っていたが、今はマニングから派遣された冒険者が交代で見張っている。


 そこに現れたのは、ローブ姿の男だった。


 彼はふらふらとした足取りで冒険者二人に近づく。




「おい止まれ」




 冒険者の一人が、槍を構える。


 なおも男は足を止めない。




「止まれと言っているのが聞こえないのか!」




 さらに強い言葉で威嚇する。


 対する男は――




「まだだまだ早い僕は偉大な貴族だ我慢しろ我慢しろ我慢しろ」




 何かをブツブツつぶやくばかりで返事をしない。


 冒険者たちも、マニングと王国があまり良くない関係であることは知っている。


 怪しいやつが近づいてくれば、場合によっては実力行使で排除しても良いとフィーネから指示を受けていた。


 冒険者は男の腕を掴む。


 するとその腕がぼこぼこと脈打ち、膨らみはじめた。




「ああ……破裂、する……」


「こいつ、人間じゃないのか!? だったら――うおぉおおおおっ!」




 冒険者は距離を取り、槍で薙ぎ払った。


 男はそれを片手で軽く受け止めると、逆に冒険者を投げ飛ばす。




「なんて力だっ!」


「破裂、れつ、るる。僕は、貴族……そう、貴族、だか、ら、ら、らあァァああああっ!」




 さらに男の両腕は膨らみ、ローブの袖を内側から引きちぎった。


 その勢いでフードが巻き上げられ、顔があらわになる。


 そこにいたのは、顔に血管を浮かべ、鬼のような形相になったヴェインであった。




「ペリアを……殺すうゥ。メトラ王のためにィィいっ!」


「いっ、行かせるかよぉっ!」




 もうひとりの冒険者も槍で立ち向かうが、まったく歯が立たない。


 ヴェインは彼に一瞬で接近し、その拳で軽く数十メートル吹き飛ばした。


 空中で回転し、地面でバウンドした人体は、やがて木の幹に激突して止まる。


 そのまま、冒険者はぐったりと動かなくなった。




「ペリアあァァ……殺してやる。王国に逆らう者に……血の正しさを教えてやるうゥゥゥ……!」




 ヴェインは自らの体を震わせ、変形させながら、マニングへと歩を進めた。



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