第44話 お別れです!

 



 結界の中で暴れるヴェイン。


 その様子を、腕を組んで眺めるゴーレムとブレイドオーガ。


 するとゴーレム腕からケーブルが射出され、ブレイドーガの紅い二の腕にくっついた。




『フィーネちゃん、聞こえる?』


「おう、ペリアか。それが例の通信システムか?」


『有線だけどね。ヴェインに聞かれたくない話はこっちでやろう』




 人形の数が増えれば、通信システムも必要になってくる。


 だが非接触での音声のやり取りは難しく、現状はケーブルを繋げる必要があった。




『ドッペルゲンガー・インターフェースの調子はどう? 体は痛くない?』


「問題なしだ。まるであたしの体がデカくなったような錯覚を覚えるぐらいだぜ」


『それはよかった。テラコッタが言ってた通り、フィードバック係数は75に設定されてるから』


「100でも構わねえのに」


『そんなに痛みが大事なら、戦いが終わったあとに相手しようか?』


『ぶふっ』


「んなぁっ!?」




 フィーネは猫のような声をあげ、同時にエリスも噴き出した。




「何をエリスみたいなこと言ってんだ!」


『……エリスちゃんとも模擬戦するの?』




 あまりに純朴なペリアの返しに、フィーネの顔はブレイドオーガのように赤くなる。


 ペリアとてそういうことを知らないわけではないが、今回ばかりは完全に無自覚であった。


 フィーネは心から、通信が映像ではないことに感謝した。




「は、はは……そっか、模擬戦か。そうだよなぁ……模擬戦……あはは、余裕があったら頼もうかなー……」


『んー?』


『私はどちらかというとS』


「だー! これ以上掘り下げるなエリス!」


『S……ああ、そういうことか! つまりMと』


「説明しなくていいっつうの! 不健全だぞこんなときに!」


『最初に言い出したのはフィーネ』


「人間誰しも勘違いぐらいあるもんだろ!? とにかく、今はヴェインに集中するべきだ!」




 ペリアが珍しく察しが悪いうちに、フィーネは強引に話題を変えた。




「今はエリスの多重結界での封じ込めに成功してるが、あれはいつまでもつんだ?」


『何とも言えない。例の血が持つ結界への浸食作用には対処したけれど、単純なパワーをどこまで抑え込めるか』




 ヴェインの血が結界を溶かせていたのは、熱のおかげではない。


 そこに結界の侵食効果を持つ魔術が込められていたからだ。


 打撃耐性と同様に、対ペリアを想定しての対策なのだろうが、もしそれが単純な魔力の高さで結界を破壊するものであったら、エリスも対処できなかっただろう。


 だが“魔術”であるがゆえに、その血を解析し、術式にその対策を施すことで侵食を無効化することに成功した。


 もっとも、ゴーレムに搭載した結界に付与するには複雑すぎるため、ヴェインを閉じ込めているものにしか搭載されていないが。


 そもそも、ケイトと共に交渉を終えて村に戻り、そこから寝ずに血の解析と結界の改良を行ったのだ。


 仮に可能だったとしても、ゴーレムの結界術式を変える余裕などなかっただろう。




「ブヒュゥ、うがァァァァァああああ! 卑怯な! 卑しき血の民はなぜこうも汚いのか! このような結界で僕を閉じ込めようなどとォォォォッ!」




 血を撒き散らし、腕を振り回し、さらに結界に突進を繰り返すヴェイン。




「おうおう、元気なこって。その調子で自滅してくれりゃ万々歳なんだがねえ」


『あれは嘘だから。完全に当てずっぽうってわけでもないけど』


『現在進行系で肉体は変化している。あまりに変化が早すぎる、まるで生き急いでいるよう』


「それは間違いねえ。案外、結界に閉じ込めてるうちに死んじまうかもな」




 エリスによる結界トラップは、そういった期待を込めてのものでもある。


 だが当然、真の目的は剣の完成までの時間を稼ぐことだ。


 ヴェインが最初に襲った冒険者たちは、重傷を負い今も意識が戻っていない。


 この村に来てから、何かとフィーネが面倒を見てきた連中だ。


 ペリアを虐げたことも含めて、今の彼女には十分すぎるほどヴェインを憎む理由があった。


 それから、三人はしばし沈黙し、暴れるヴェインを観察した。


 ペリアが口を開く。




『二人とも、私の気のせいじゃなければだけど――』


「たぶん気のせいじゃねえぞそれ」


『うん、間違いなく大きくなってる』


『やっぱりそう見える?』




 三人がそう見えたのなら、もはや間違いようもないだろう。


 ヴェインは膨らんでいる。


 最初は50メートルほどの大きさだったが、今は60メートルはあるだろうか。


 そして膨張するに従って、パワーも向上しているようだ。


 振り回した腕が結界に当たり、バヂッと引き裂く。


 一枚破れば、残りの数枚を貫くまではあっという間だった。




「ぶひゃひゃひゃァ! 壊れェェェェェ……たッ! ぶひゃっ、見たかペリアァァァ! 貴族の血はッ、何度でも平民の願いを踏みにじる! 正しきコトワリを教育するためにィィィィ!」




 血走った目をひん剥きながら、見上げるほど大きな巨体が迫ってくる。




「さあて、こっからがあたしらの仕事だな」


『フィーネちゃんは無理しないでね。剣を受け取ったあとが本番なんだから』


「いざとなりゃペリアに頼むさ。あたしの剣を見てきたんだ、多少は扱えるだろ?」


『真似事じゃ貫けないよ』


「まあ、戦ってみてから考えようぜ。それじゃ行くぞッ!」


『了解。エリスちゃん、衝撃に備えて!』




 ゴーレムとブレイドオーガも大地を蹴り、ヴェインに迫った。


 両者は衝突し、低い衝撃音が空気をビリビリと震わす。


 人形たちの体は、ちょうどヴェインの腹あたりにぶつかっていた。




「ぬううゥゥゥゥゥ!」


「おおぉぉぉおおッ! 二人合わせりゃぁ、てめえなんざ簡単に押し返せるんだよぉ!」




 逆に言えば、それは二人がかりでようやく押さえつけられるパワーだということ。


 昨日の時点でゴーレムの力を上回ってはいたが、ゴーレムと同等の40メートル級コアを搭載するブレイドオーガの突進すらも相殺するということは、明らかに彼の肉体は強化されている。


 さらに、ヴェインの殺意は分散・・していた。


 昨日までの彼であれば、ペリアを殺すことだけに執着していたというのに。




(ヴェインの性格上、一人で抱え込むと負のループに陥りそうだけど、この立ち直りの早さ――誰かが助言したのかな)




 メトラがそんな気が効く性格をしているとは思えない。


 別の協力者によるものだろう。




「やはり……やはり貴様らを先に排除するしかないかァ! うぶっ……ぶげェェェェッ!」


「音が汚えんだよ! 下がれ、ペリア!」




 ヴェインの口から血が吐き出される。


 ゴーレムは後ろに飛んでそれを避けた。


 すると彼はゴーレムを追うようにさらに血を飛ばす。


 すると遅れて離脱したブレイドオーガが、味方をかばうように立ちはだかった。




「ぶひゃひゃひゃひゃ、馬鹿がァ! 剣も持たぬ剣王など所詮は雑魚だなァ!」




 まともに血を浴びた敵機を見て、笑い声をあげるヴェイン。


 彼が元から持っていた情報と、ブレイドオーガから聞こえる声から、その操縦者がフィーネであると気づいたらしい。


 ジュウゥ、という音が鳴り、立ち込める煙が剣鬼の姿を隠す。




「とォどめだあァァァ!」




 ヴェインは腕を振り上げ、煙に向かって突き出した。


 しかしそこにブレイドオーガの姿は無い。




「てめえこそ、ペリアが作ったブレイドオーガを舐めんなよ」




 フィーネは、ヴェインの背後・・でそう言った。


 振り返ったところでもう遅い。




「リミッター解除――剣鬼術式、バーサーク・ファントム!」




 空中にいるブレイドオーガの鋭い手刀がヴェインの首に命中した。


 もちろんその程度では皮すら裂けない。


 振り向いた彼は意にも介さず手を伸ばしたが――途中で動きが止まり、口から血が溢れ出す。


 意図的なものではない。


 フィーネの攻撃によって、出血したのだ。


 ずしん、とブレイドオーガは着地すると、後ろに飛んで距離を取った。


 一方で、ヴェインは自らの首に手を当て困惑している。




「ぶひゅゥゥ……傷は無い……しかし今、確かに痛みが……!」


「戦った相手をぶった斬るのは剣士のたしなみだ。たとえ剣が無かったとしてもな」




 バーサーク・ファントムは、剣士が武器を奪われた際、素手で戦えるようフィーネが開発した“徒手空剣”の一種である。


 手刀を当てた相手の鎧を無視して、体内へ斬撃を送り込む。


 ダイレクトに手刀を叩き込むほうが威力は高いが、しかし確実にダメージを与えられる手段の一つであった。


 ヴェインの防御力は、その分厚い革皮と肉の弾性のあわせ技によって成立している。


 皮だけ、あるいは肉だけでは、ゴーレムやブレイドオーガの攻撃を防ぐことはできないのだ。




「わけのわからないことをォ! それになぜ無傷なのだ、僕のノーブルな血を浴びてッ!」


「そりゃお前、頑丈だからに決まってんだろ」




 自慢するように、カンカンっと軽く胸元を叩くブレイドオーガ。


 ペルレスが作り出したアダマスストーンは、重量はアダマンタイトと同等ながら、それを凌駕する耐久性を持つ赤い金属だ。


 フレームと装甲にアダマスストーンを使ったブレイドオーガは、ゴーレムを溶かしたヴェインの血を浴びてもびくともしない。




「剣王……いくら天上の玉座であっても、これ以上貴族を侮辱することは許されないぞォォォ!」


「敗北を侮辱と呼ぶからてめえは成長できねえんだ」


「貴様ァァァァ!」




 吠えるヴェイン。


 その後方ではゴーレムが飛び上がり、拳を振るっていた。




「リミッター解除。ゴーレムちゃん、今日もやっちゃえ!」




 赤いアダマス・・・・ナイフを生成。


 杭を打ち込むように、その柄の端を叩いて、手刀を受けた部位を押さえるヴェインの手と彼の首を同時に貫く。




「ぶひょぉぉおお!? ペリアかッ、背後からとは卑怯な!」


「戦闘中によそ見したら殺されるよ」


「そのような蛮族の理屈ゥ!」


「だからよそ見すんなって言ってんだろうが!」




 ペリアに攻撃を仕掛けようとするヴェイン。


 するとフィーネがその背後を取り、バーサーク・ファントムで攻撃。


 次はペリアがナイフを打ち込み、意識がそちらに移るとフィーネが動く。


 交互にヒットアンドアウェイを繰り返しながらの、コンビネーション・アタック。


 戦いの素人であるヴェインは、一方的に翻弄されていた。


 しかもペリアのナイフはアダマスストーン製のため、体内に埋没しても刃が溶けない。


 全身を引き裂かれる痛みに、さらに彼は追い詰められていく。




「ちょこまかとおおおォォォォ!」


「そりゃてめえがデカすぎるだけだろ」


「大きければ強いってわけじゃないんだよ!」


「そう、私は小さいのも好き」




 エリスが冗談を挟む余裕すらあるのか――ヴェインはその事実を受け入れきれず、さらに激昂する。


 体温が上昇し、体中が腫れ上がり、破裂したできものから大量の血を撒き散らす。




「認めるものか……僕の勝利以外で終わる戦いなどォォォ……平民に負けて終わるなどとォォォッ!」




 叫びとともに、ヴェインが全身に力を込めると、突き刺さっていたナイフが筋肉に押され抜ける。


 そして体の内外に生じた傷は、加速度的に自己再生していく。




「ぶひょぉぉぉおお! うごぉぉおおおおおッ!」




 吹き出る血を避けるために距離を取っていたゴーレム。


 ブレイドオーガも、ヴェインの様子のおかしさに気づき隣に並ぶ。


 今度はブレイドオーガ側からケーブルが伸び、通信を繋げた。




『あれ、なんかヤバい感じしねえか』


「昨日もそうだったけど、怒ると体温が上昇して、体の代謝が向上するみたい」


「傷が癒えると同時に肉体の変質も加速している」


『怒らせるとパワーアップするってことかよ』


「ただのパワーアップなのかな……確かに体は大きくなってるけど……」


『何か引っかかることでもあるのか?』


「うん……」


「まるで風船みたい。そう思った」


『風船? つうことは、中身が空気ってことか?』


「中身は肉なんだろうけど、それも魔力で膨張させられたものだから。人間の体が器である以上は、どこかで限界を迎えて破裂するんじゃないかな」


『……爆発すんのか。昨日の嘘よりタチ悪いじゃねえか』


「悪い方向で考えたらね。願わくば、ただ自壊するだけで終わってくれればいいんだけど」


「でも、おそらくそれを期待するより前に山場が来る」


『それもそうだな……体がデカいほどパワーも上がるんだ、つまり破裂寸前が一番強いってことだもんな』




 ヴェインは、いつの間にか80メートルサイズにまで膨らんでいた。


 ロックジャイアントの相手を経験していなければ、気圧されてしまいそうな大きさだ。


 しかしその重量は、あの岩の巨人に負けず劣らずのようで――うめき声と共に身を捩るだけで、地面はぐらぐらと揺れた。




「ぶひょぉ……潰すゥ……正しき貴族の未来のためにィ、過ちはァ、僕が潰すゥゥゥ!」




 何度か足裏で地面をこすって、闘牛のように“素振り”を見せると、彼は砲弾のような勢いで走りだした。


 再びの力比べだ。


 ゴーレムとブレイドオーガも真正面から受けて立つ。


 もはや2機の高さは腹にすら届かず、太ももにしがみつくような格好だった。




「ぬぉぉおおおおおおっ!」


「ふんぐぅぅぅ……!」


「頑張れペリア、フィーネ!」




 人形たちは必死でヴェインを止めようとした。


 だが、パワーアップした彼の勢いを弱めるので精一杯だ。


 豚の巨人は、人形をずるずると引きずりながら、ついにマニングの村へと足を踏み入れる。




「ぶひゃひゃひゃひゃ! そこで見ていろペリアァ! お前たちの罪の象徴、誤った発展を遂げたこの村が、僕に踏み潰されるところをォ!」


「ちくしょうっ、止まんねェ! 足にも攻撃してんのにっ!」


「ぐうぅぅぅぅ……ゴーレムちゃんの力でも、命を捧げた力には届かないの……!?」




 ゴーレムから出力される悔しげな声に、ヴェインの口が歪む。




「ぶひゅひゃ……住民の姿が無いなァ。奥に避難させているのか、せっかく貴族に踏み潰されるチャンスだというのに」




 彼は上機嫌に村を突き進む。


 だが、響き渡る謎の音に気づき、足を止めた。




「これは、金属を叩く音かァ……?」


「やべえ、気づかれちまったぞ、ペリア」


「止めるしかないよっ、私たちで!」


「ぶひゃははは! なるほど、まァだ何か悪巧みをしていたわけか。では貴族の流儀に従って潰してやろう! どこだァ……どこから聞こえてくるゥ……!?」




 ずしん、ずしんと村全体を揺らす足音が、次第にブリックたちが作業している場所へと近づいていく。


 ヴェインの目にもその姿が見えたらしく、彼は今日一番の笑顔を見せた。




「あれかァ! あれを潰せば僕の完全勝利なんだなァ!?」


「やめろぉおおお!」


「あれはっ、あれだけには手を出させないから!」


「邪魔なんだよ平民ども! 退けっ!」




 ついに振り落とされるゴーレムとブレイドオーガ。


 2機は地面に突っ伏して、ブリックやラティナ、ペルレスに迫るヴェインを見ていることしかできなかった。




「ぶひゃっ、ぶひゃあぁぁぁ! これでっ、チェック――」




 狂喜し駆けるヴェイン。


 地面を踏みしめたその右足が、ズボッと沈んだ。




「メイ……ト?」




 次の瞬間、さらにその周囲の地面も崩れ、大きな穴が開く。




「おっ、落とし穴だとォ!? ぶひゃあぁぁぁああああっ!」




 ヴェインはひっしで穴の縁にしがみつくが、腕一本でその巨体を支えきれるはずもない。


 彼は叫びを響かせながら、底の見えないその穴に吸い込まれていった。




「おー、見事に落ちたな」


「上級魔術師で戦闘の経験も無いのに、どうして身体能力だけに頼った戦い方するんだろう……」


「マニングが鉱山町であることぐらい頭に入れておくべき」


「ま、おかげで時間は稼げたんだしいいんじゃねえの」




 フィーネの言葉に、ブリックはハンマーを置き剣を磨きながら、ぐっと親指を立てて返事をした。


 地中には無数の穴がある。


 穴掘りの名人もいる。


 そして、それに特化した道具だって存在する。


 一晩もあれば、はるか地下まで続く落とし穴を掘ることだってできるのだ。


 遠くから戦いの様子を見ていた鉱夫たちは、綺麗に落下したヴェインを見て大騒ぎしていたという。




 ◇◇◇




「ぶひゅうぅぅ……ふうぅ……」




 地下数百メートルの奈落の底で、ヴェインはぐったりと横たわり、浅い呼吸を繰り返す。


 落下の衝撃を受けても体は無傷。


 唯一の負傷は、勢いを殺すべく壁に引っ掛けた指が削れて無くなっていたことぐらいか。


 それもじきに再生していったが、体が癒えていくほどに、肉体は作り変えられていく。


 癒えなくとも、時間経過で徐々に変化していく。


 止まることはない。


 体内の魔力は膨らみ、今にも吐き出しそうなほど気持ちが悪かった。




「このような……原始的な罠に、この僕をはめるなど……! あの結界の罠といい、どこまでも馬鹿にしてェ……!」




 体を起こし、天を見上げる。


 出口は見えないほど遠い。




「ぶひゅ……思えば、ペリアが僕に逆らって研究所を出ていったときから、何もかもが狂いだしたんだ。あいつの身勝手のせいで、僕はここまで落ちぶれたッ! ならば罪を償うのが平民の役割だろうがァァァ!」




 この期に及んでも、彼が反省することはなかった。


 いや、そもそもこの件において、ヴェインは一度も自分が悪いことをしていないので、その必要もないのだ。


 ペリアと彼の過ごしてきた世界はあまりに違う。


 二人を隔てる価値観の違いは、もはや話し合いで解決できるものではない。




「役目から逃げられると思うな。甘いんだよ、どこまでも考えがァ! ぶひゅぅゥゥゥ!」




 フガフガと鼻を鳴らしながら荒ぶるヴェイン。


 すると、そんな彼の頭に、急に誰かの声が響いた。




『ヴェイン、どうやらまだ生きているらしいな』




 ヴェインは目を見開く。




「ふがっ、メトラ陛下!?」




 慌ててあたりを見回すも、メトラの姿は見えない。


 どうやら、体内に埋まったコアを通じて声を届けているようだ。




『なかなかマニングが吹き飛ばないようなのでな、よもや怖気づいて逃げたのではないかと思いこうして声をかけてやった』


「はっ、ありがたき幸せでございます! このヴェイン・ハーディマルム、必ずやペリアを仕留めてご覧いれます!」


『いや……もういい。今のお前に細かな命令などしても無意味だろう』


「た、確かに罠にはめられはしました。しかしっ!」




 メトラは大きくため息をついた。


 そしてうんざりとした様子で言い放つ。




『時間切れだ。今やお前の命には爆弾としての価値しかない』


「……何を、おっしゃって」


『思いのほか、あのコアは人体に合わなかったらしくてな。放出される魔力に耐えきれず、最終的には周囲を巻き込んで体が爆発してしまうそうだ。現に体が膨張しているのではないか?』


「なぜですか……」


『ん?』


「なぜ、陛下までペリアと同じことをおっしゃるのですかァァァッ!」


『ほう……あの女、そこまで見抜いていたのか。平民の分際で、なかなか頭は回るらしい』


「では、では、ではではァッ! 陛下はそれが事実だとォ!?」


『そうだ』


「僕は捨て駒で、ここで命果てるためだけにこんな化物の体に変えられたとォォ!?」


『不満か?』


「私は高貴なる血を引いています! あなたとともに――これからの王国のために、働けると思って……!」


『ふっ、高貴なる血か……ははははっ……』




 響く嘲笑。


 揺れる感情。




「メトラ王……?」


『あははははははっ!』




 ヴェインが声を震わすと、メトラはさらに笑い声を強めた。




『いや、すまない。そうだな、確かにハーディマルムは名家で、お前の血は高貴だ』


「そ、そうですよね……」


『だから――頼む。その高貴な血で、マニングを滅ぼしてくれないか? 王国のために』


「王国の……ため……」




 それが本心でないことを見抜けないほど、ヴェインも馬鹿ではなかった。


 自分に言い聞かせるように繰り返してみても、その印象は変わらない。




『大義を果たした末には、王国の歴史のその名を刻むことを誓おう。スリーヴァが言うには、コアの状態から爆発まであと数分とのことだ。成功を心から祈っているよ、我が永遠の盟友よ』




 そう一方的に告げると、メトラの声は途切れた。


 ヴェインはうつむく。




「ぶひゅ……ひゅぅ……」




 うめき声をあげても、出てくるのは豚の鳴き声のような音だった。


 信じたくはない。


 しかし、元よりペリアに言われるだけで信じてしまう程度には、メトラのことを疑っていたのだ。


 その上で、本人からあんな言葉を聞かされてしまえば――もはや、彼を信じることなどできるはずもなかった。




「死ぬのか……僕は、選ばれし人間だったはずなのに……優秀で、この国にとって不可欠な存在だったはずなのにィィィィィ!」




 落ち込んでふさぎ込んでも無意味。


 だが何もせずにいられるほど、人間の感情は行儀良くはない。


 悲しみも、諦めも意味を成さないのなら――もはや憤怒以外に、取れる行動など残っていなかった。




「ならばせめてェ……せめてペリアだけでも殺してやるゥ! ゥガアァァァァアアアアアッ!」




 モンスターらしい雄叫びをあげながら、両腕で穴を逆走するヴェイン。


 破裂寸前まで膨らんだ彼の肉体は、すでに100メートルに達するほど巨大化している。


 なおかつ体躯に対して貧弱に見えるその両腕にも、他のモンスターと比べ物にならないほどのパワーが秘められていた。


 どれだけ醜い肉の体であっても、それを持ち上げて余りあるほどに。


 両足で走るのと変わらぬ速度で穴を駆け上るその姿は、さながらまるまると太った蟲のようであった。


 またたく間に地上の光が近づく。


 そしてその勢いのまま穴から飛び出した彼は――




「ペリアァァァァァアアアッ!」


「よう、あいつじゃなくて残念だったな」




 紅の大剣をかついだ、紅の剣鬼と対峙した。


 その背後では、小型人形に乗ったままのブリックが腕を組んで自慢気に仁王立ちしている。


 ラティナも一仕事を終えた顔をしていた。


 ペルレスも鎧の内側で同じような顔になっているはずだ。


 剣が完成したのはつい先ほど。


 落とし穴から出てくるのが数十秒遅ければ、間に合っていなかっただろう。




「詫び代わりだ、あたしの剣技を受け取りな!」


「邪魔をするなら貴様が先だァ!」




 ヴェインは標的を変え、ブレイドオーガに飛びかかる。


 それを真正面から見据えたフィーネは、剣を握る手に力を込め、その刃に魔力を込めた。




「剣鬼術式ィ――バーサーク・エクスキューションッ!」




 飛び出すと同時に振るわれる剣。


 バーサーク・エクスキューション、それはひたすらにシンプルな横一文字斬りである。


 だが、シンプルゆえに、その威力を“技”と呼ぶにふさわしいものに昇華させるためには、高い技量が求められるのだ。


 刃の軌道。


 触れる角度。


 柄に込める力。


 皮を裂くためわずかに滑らせ、握る感触の変化から筋肉まで到達したことを確かめると、その繊維を最大効率で断ち切ってゆく。


 最初に握ってから、最後に振り抜くまで――全てを完全にやり遂げてはじめて、処刑エクスキューションは完成する――




「一刀両断!」




 胸部を境に、上と下で真っ二つに分かれるヴェインの肉体。


 再生しようと細胞が糸のように繋がるが、重さを耐えきれず下半身が落ちていく。




「なぜだ……なぜっ、僕の体がこうも簡単にィィィ!? 僕はッ、貴族は強いんだぞォォォ!」




 残るは上半身のみ。


 地面に落ちたヴェインは、腕の力でゴーレムに迫った。




「おいおい、それでも動くのかよ」


「ブヒュゥゥゥ、死んでなるものかァ! ベェリアァァァァァァ! お前だけはあァァァァあッ!」




 怨嗟のこもった声でそう叫ぶと、体が急激に膨らみだす。


 肉体のバランスが崩れたことで、魔力が不安定になってしまったのだ。


 見るからに破裂寸前と言った様相。


 対するペリアは冷静に魔糸を操り、ゴーレムは拳を握る。


 手の甲にはめこまれたチャージストーンが光った。




「ペリア、よかったね」




 迫るヴェインを見ながらエリスが言った。


 ペリアは首をかしげる。




「なんで?」


「殴りたかった顔面が、ちょうどいい高さになったから」


「ああ――確かに」




 先ほどまでは大きすぎて届かなかった。


 しかし今なら――タイミングよく全力で殴ろうと思っていたところなので、まさにエリスの言う通り“ちょうどいい”。




「ちょうどいいついでに、今度こそこれで終わりにしないと」


「うん。ペリアの人生に、あんな汚点は必要ない」




 ヴェインには下半身が無い。


 つまり、もう踏ん張ることはできない。


 あれだけ体が小さくなれば、打撃の威力を肉と皮で受流すことだってできないだろう。


 要するに、彼はもはや脅威にあらず。


 ゴーレムのサンドバッグのようなものなのだ。




「傀儡術式……ゴーレム・ブレイカーッ!」


「だからそんなものは効かぬと……フゴォッ!?」




 繰り出された拳撃が、鼻っ面を捉えた。


 鼻骨を折り、頬骨を砕き、眼球を押しつぶした衝撃は、軽くなった体では受け止めきれずに浮き上がる。




「おぉぉおおおおッ! 吹っ飛べえぇぇぇええっ!」




 ペリアが叫ぶとゴーレムの瞳も強く光る。


 破綻結界がバチバチと弾けて、ヴェインのテイクオフを後押しした。




「なぜ効いたァ……なぜ、なぜェッ! なぜっ……ああ、僕の人生は、こんなはずではァァァァァっ!」




 爽やかな晴天の空へと打ち上げられるヴェイン。


 そこで彼の体はさらに膨らみ――爆発した。


 青空に紅炎の花が咲くと、数秒遅れて音が、さらには爆風が地上を襲う。


 生身のラティナがよろめく中、フィーネはその頬を撫でるような気持ちの良い風を受けながら、空を見上げて言った。




「ようやく終わったな」




 ペリアにとっては、ヴェインとの戦いそのものは大きな区切りでもなかったのだが――フィーネとエリスはそうではなかったようで。




「うん、終わった」




 エリスは感慨深そうにそう言うと、ペリアを後ろからぎゅっと抱きしめた。



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