第35話 マニングは楽園ですか?

 



 ペリアは戻り次第、すぐにゴーレムを修復した。


 装甲を撫でながら「無理させてごめんねぇ」と謝りながら。


 その姿を眺める鎧が一人。




「ミスリルとアダマンタイト、そしてチャージストーン……」


「ペルレス様?」




 二人の目があう。


 いや――たぶん合っている、としか言えないが。


 ペルレスの頭部がペリアのほうを向くと、その不思議な声でさらに言葉を続けた。




「結界を攻撃を防ぐためでなく、関節部の強度補強に使ってみてはどうだ」


「おお、なるほどぉ! 確かにそれなら、ミスリルのままでも強度が上げられますね! 早速エリスちゃんに相談しないとっ」


「それと――一つ頼みがある」


「なんですか?」


「オーガの血を分けてもらいたいのだ。新たな合金が生み出せないか試したい」


「もちろんいいですよっ! すごいですね、ペルレス様。もう自分で作る段階まで進歩してるなんてっ」


「試そうとしているだけだ、あまり期待するな」




 心なしか、ペルレスは恥ずかしがっているようにペリアには見えた。


 確かに――鎧で隠されてはいるものの、無表情というわけではないのかもしれない。




 ◇◇◇




 それからさらに一週間後。


 学校の建設は順調に進んでいる。


 が、その完成よりも先に、建設現場近くの広場には、子供たちが集まるようになっていた。




「よーし、まずは素振り100回から行くぞ。ちゃんと声出せよ? いちっ! にっ!」


『いちっ! にっ!』




 ある場所ではフィーネによる剣術教室が開かれる。


 そこには子供のみならず、冒険者たちも一緒に参加していた。


 一方で――




「じゃ、じゃあ、昨日も教えた基礎魔術だけど……」


「レス先生ー!」


「ど、どうしたの、かな?」


「私、火の魔術が使えるようになりました!」


「そ、そうなんだぁ! すごいねぇ。みんな、すっごく優秀だよ。い、一緒に、もっと頑張ろうねっ」




 また別のある場所では、レスが魔術教室を開いている。


 最初こそ幽霊のようだと恐れられていた彼女だが、中身はただただ優しいだけのお姉さんだとわかり、すっかり子どもたちになつかれている。


 当のレス本人も、子供の世話が好きらしく、やりがいを感じているようだ。


 人は見た目によらないとはまさにこのことである。


 そんな青空教室を、ペリアとエリスは二人で放置された丸太に座って眺める。


 エリスは当たり前のように、ペリアに背中から抱きついていた。




「フィーネちゃんって、昔から面倒見いいよね」


「本人は強面で厳しい先生のつもりらしい」


「あははっ、ぜんぜんそんな風には見えないけどねぇ。フィーネちゃんは可愛い系だもん」


「わかる。かっこつけてもまだかわいい」




 冒険者には割と容赦のない指導をしているが、子供たちに対してはかなり優しい。


 だが、なぜこんなことになったかのか。


 それは、フィーネと冒険者の訓練を見て、勝手に子どもたちが集まってきたせいだ。


 しかし誰もがみな、剣に興味のある子供ばかりではない。


 するとどこからともなく、幽霊のようにレスが現れ、残る子供たちに魔術を教え始めたのである。




「それにしても豪華よね」




 珍しく一人でふらっとやってきたラグネルが、そう口を開いた。


 ペリアの隣に立つと、ふわりといい匂いが漂ってくる。




「あれ、ラティナ様と一緒じゃないんですか?」


「ラティナってば身勝手だから、研究に夢中なときは相手にしてもらえないのよ」




 呆れたように、しかし幸せさを感じる笑みで彼女はそう言った。


 するとエリスが深めにうなずく。




「研究者はそういうところがある」


「わかってくれる?」


「すごくわかる」




 ガシッと手を握るエリスとラグネル。




「なぜか私が責められてる気がする……!」




 ペリアは圧を感じずにはいられなかった。




「まあ、ラティナはペルレスさんと一緒みたいだから、どのみち入り込む隙なんてないのよ。嫉妬しちゃうわ」


「モンスターの血の件ですね。でも、あんな部屋でいいんでしょうか。王都の研究所のほうが設備はずっと整ってると思うんですが」


「不便なのも楽しいみたいよ。戻ったら戻ったで、研究どころじゃないみたいだし」


「どういうことです?」




 首を傾げるペリアに、ラグネルは表情を曇らせ語る。




「ラティナがね、ギルド経由で王都の現状を聞いてるみたいなんだけど――ヴェインの件、結構揉めてるみたいよ」


「とっとと死刑でいい」


「そうもいかないのよ。ラティナから教わったんだけどね。ほら、これ」




 ラグネルは薄い紙切れをペリアたちに手渡す。




「チラシ、ですか。世界の新たな楽園、モンスターに脅かされない暮らしをあなたに……なんですか、これ。怪しげな宗教の勧誘ですか?」


「……ケイト」




 恨みのこもった声でそう呼ぶエリス。




「へ? あ、ほんとだ、下にケイトさんの名前が! そういえば、ケイトさんが人を集めるって言ってましたね」


「主にFランクの農村を中心に配られてるそうよ。実際、すでに何人か移住してきてるじゃない?」




 そう言って、ラグネルは学校建設予定地のさらに向こうにある、川のほうを眺めた。


 そこには簡易的な小屋が建ち、数人の屈強な男たちが地面を耕している。


 男たちはマニングの住人だが――彼らに指示を出しているのは、新たに移住してきた中年の夫婦だった。


 農業をするにも経験者が必要ということで、あの夫婦に関して言えば、ケイトが土地を渡す条件で直に引き抜いてきたのだが――




「これが貴族の耳にまで届いて、マニングの指導者が危険だっていう論調が広まってるそうなのよ。秩序の破壊者だって」


「はえー……すごい人もいたもんですねぇ」


「いやペリアのことだから」


「えっ、私なの!?」


「まあ、別にそれはいいと思うのよ。ラティナにとっても想定の範疇だと思うから」


「よくないですよお!」




 涙目のペリアを、エリスは「よしよし」と撫でた。




「でも、こういうのがあるから戻りたくても戻れないのよね」




 ラグネルは髪をかきあげ、ぼんやりと空を眺めた。




「ラグネルさんは、戻りたいんですか?」


「食事やベッドは恋しいわねえ」


「やっぱり」


「けどラティナがいればどこでもいいわ」




 彼女は迷いのない笑顔でそう言い切る。


 するとエリスは「うんうん」とうなずいた。




「私もペリアがいればどこでもいい」


「そんなものよねー」


「うん、そんなもの」




 再びガシッと握手する二人。




「それは私も同意するけど、なぜかあそこに入り込めない……!」




 謎の連帯感に、ペリアは一人疎外感を覚えていた。




 ◇◇◇




 村の発展の傍ら、ドッペルゲンガー理論の研究も進む。


 新型コアを埋め込まれた“ドッペルゲンガー“。


 その欠片を解析し、理論はより実用性を増した。


 テラコッタたちの自室――その中央に配置されたテーブルの上には、人形の腕部分だけが置かれている。


 そこから複数本の糸が伸び、マローネの腕に繋がっていた。


 彼女が腕を曲げると、人形の腕も連動して動く。


 続けて、五本の指をバラバラに動かす。


 人形の腕は、それすらもほぼ完璧にトレースしていた。




「おぉー」




 見ていたペリアは、ぺちぺちと拍手をして感激している。


 テラコッタも満足げに微笑んだ。




「うん、かなり精度は上がってきたね」


「糸を人間の神経まで接続かぁ。やっぱりそこまでしないと、完全な連動は難しいんだ」


「現状、感覚のフィードバック係数は150だからね」




 そう言いながら、人形の手のひらを人差し指で撫でるテラコッタ。


 するとマローネは「ひゃんっ!」と声をあげながら軽く飛び上がった。




「触るなら言ってくださいよぉ……!」


「あはは、ごめんごめん」




 マローネの顔は真っ赤だ。


 相当くすぐったかったらしい。




「ここから、トレースの精度を落とせば数値を下げることは可能だけど……戦闘用の精密動作が重要になるものだと、そうはいかない」


「精度を維持したまま、フィードバックだけ落とす必要があるんですね」




 マローネの言葉に、テラコッタは頷く。


 感覚のフィードバック――つまり、人形の腕とマローネの腕は、感覚が繋がっている。


 人形のほうに触れれば、その痛みなどは1.5倍になって本人に戻ってくるのだ。




「課題は見えてる。ちょっとした術式の変更でフィードバックは落とせると思うんだけど……それでも100に近づけるのがやっとだ」


「戦闘用なのに、痛みがそのまま戻ってきたのでは意味がありません」


「勢い余って腕が千切れたりしたら――すごいことになるよね」


「気絶するよ」




 ペリアは、ゴーレムの足が千切れたことを思い出してブルッと体を震わせた。




「場合によってはショックで命を落とすでしょう」


「だよねぇ……」




 フィーネあたりなら、それでも構わないと言いそうではあるが――だからこそ、今のまま実装するわけにはいかなかった。




 ◇◇◇




 それから数日後、テラコッタは言葉通り、あっさりとフィードバック係数100を達成した。


 まだまだ戦闘用に使うには高すぎる数値だが、次の段階へと移るボーダーはクリアしたというわけだ。


 そしてペリアはついに、初のドッペルゲンガー・インターフェース採用の人形を試作した。


 サイズは2.5メートル程度。


 ゴーレム以上に、かなり鎧に近い形状である。


 ペリアはそれを背中に抱えて、鉱山の近くまでやってきた。


 アポイントメントは取ってある。


 鉱山の入り口前には、鉱夫長のおじさん――エイピックと、ペリアとも面識のあるウレアが待っていた。


 エイピックは年頃の女と話すのが苦手とかで、事あるごとにウレアを挟さまないと話せなかったのだが、最近はようやく慣れてきたのか、こうやって顔をあわせることも多くなった。




「こんにちはー……ん?」




 ペリアが二人に近づくと、ウレアの前から金髪ポニーテールの小さな女の子が走り去っていく。


 離れていく少女を軽く目で追いながら、挨拶をするペリア。




「ども、ペリアさん」


「さっきの女の子は?」


「うっす、最近マニングに来た子らしくて、オレ、何でか懐かれてるっす」


「へぇー……名前は何ていうのかな」


「実は、オレも知らないんすよ」




 ペリアも見覚えのない女の子だった。


 まだそんなに移住者はいないはずなのだが、農家の夫婦の子供なのだろうか。




「そんで嬢ちゃん、俺らに使ってほしいってのは、その背負ってるでけえもんか?」




 エイピックが尋ねてくる。


 ペリアは「あ、はいっ」と言いながら、ずしんとそれを地面に立たせた。




「よく抱えられるな、そんな重いもん……」


「こちらが試作型採掘補助人形、マニングちゃん一号です!」




 無表情なりに「おおー」と驚き、控えめに拍手をするウレア。


 一方でエイピックは「ちゃんは必要なのか?」と首を傾げながらも、鎧を見上げ、




「ふむ……」




 と顎に手を当てながら、期待からわずかに口角を吊り上げた。



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