第36話 小型人形量産計画です!

 



 ペリアは人形の回りをちょこまかと走り回りながら、準備を進めた。


 彼女が背中にあるレバーを引くと、ガコンッとその前面が開く。


 中身はほぼ空洞だ。




「ほとんど鎧みたいなもんだな。重そうだが、これ着て作業なんてできんのか?」


「広い穴にしか入れないっすね」


「だよなぁ」


「試作機なので、課題はまだ残ってると思います。ですがこれを導入するために、採掘方法を変えるだけの価値はあります」


「大きく出たな」




 ペリアが強気になれるのは、今の時期だからこそだ。


 結界が広がったことで、マニングの鉱山は、今までなら採掘できなかった方向へと拡張できるようになった。


 全ての坑道を広げるにはコストがかかりすぎるが、新たに掘り進める道を、最初から広げていけば問題は無い。




「これ、モンスターを倒すための試作品なんすよね」


「モンスターもそうなんですけど、私、元から人形を日常生活やお仕事に役立てられないかと思ってまして。今後はこういった村の産業を助ける人形も作りたいんです」


「そりゃあ、ありがてえ話だがよお。こんな重たいもん、俺達に扱えんのか?」


「そこは見ててください。とりあえず、使い方を説明しますねっ」




 ペリアの説明を受け、ウレアは早速人形の中に入る。


 彼女自身が内部から操作を行うと、前面が閉じた。


 一瞬だけ真っ暗になるが、すぐに視界が開ける。




「どうだウレア、暗いか?」


「いえ……普通に外は見えてるっすね。むしろ少し明るく感じるぐらいで」


「ほーん、よくできてんだな」


「ウレアさん、体の感じはどうかな?」


「お……全身いたるところに糸が巻き付いたっすね。違和感はあるんすけど、逆に言えばそれぐらいっすかね。ただちょっと怖いのが――」


「何だ?」


「地面に立ってる感じがあるのが、怖いっていうか。自分の体じゃないのに、自分の体みたいっていうか」


「感覚のフィードバック係数は100……つまり、その体で感じた痛みなんかは、そのまま自分に返ってくるの」


「そりゃ気持ち悪そうだな」


「今後はもっと下げられるようにするつもりだけど、慣れない体だから、頭を打ったりしないよう気をつけてね。傷は残らないといってもすっごく痛いから」




 ペリアは自分の記憶を思い出しながら言った。


 試運転の際、すでに何度か頭を打っているのである。




「……うっす」




 それからウレアは四肢の動きを確かめる。


 彼女も驚くほど鎧は自由自在に動く。


 歩く、走るはもちろん、飛んでも、回っても、何なら軽々と宙返りだってできるほどだ。




「これはすごい……っすね。オレ、身体能力にはそこそこ自身あるんすけど、マジ、全然違うんで」


「なあ嬢ちゃん、あれをわざわざ鉱山に使わなくたって、兵器として使えちまうんじゃねえのか?」


「へ? あ……それは考えてなかったですね。あくまで戦うのはモンスター相手だけです。それを考えると、全然、力は足りないかと」


「人間相手に使えば、それこそ一騎当千だろ。そういう目的で使えないようにはしといたほうがいいと思うぞ。世の中、善人だけじゃねえからな」


「ありがとうございます、気をつけておきますっ」




 ペリアには無い発想だった。


 だが確かに、人間を超越したパワーが出せるのだ。


 兵士に換算すると数十――下手すると数百人分。


 ペリアさえいれば止めるのは容易だが、危険な代物には違いない。




「次に動力源について説明します」


「ゴーレムと同じ、モンスターコアじゃないんすか」


「あれは出力が大きすぎるし、熱もすごいの。だから、この鎧にはチャージストーンって魔石を使ってるんだ」




 そう言って、ペリアは人形の背後に回った。


 エイピックも一緒に回り込む。




「背中にある黄色のこれです」


「見たことねえ石だな。アンバーに似てるっちゃ似てるが」


「さすがプロですね。その通り、アンバーを使ったものだそうです。この人形は、この石に魔力を溜めて動かしてるんです。ウレアさん、中から魔力残量が見えるようになってないかな?」


「右に棒みたいなのが映し出されてるっすね。これっすか?」


「そう、それが残りの魔力。無くなったら動けなくなるから気をつけてね」


「うっす」


「その魔力は、無くなったらそれきりなのか?」


「いいえ、チャージストーンは取り外し可能ですから。こうして、背中からガコンと外して……」




 ペリアはいくつかの手順を踏んで、チャージストーンを取り外す。




「……うわ、暗いっす。あと急に動けなくなるっすね」


「人型の棺だな」


「手動で開閉はできるから安心してください。そしてこの石を、また別のチャージストーンに取り替えるか、もしくはそのまま魔力を充填して使うことができます」


「そりゃ便利だな……なあその石、もっと別のことにも使えねえのか? たとえばプロペラ回すとか、水を組み上げるとかよ」


「できますよ。色々使えますっ」


「そうか、できるのか……でもなあ、嬢ちゃんは忙しいよなあ……」


「私としても、どういう使い方をすればいいのか模索してる状況です。提案してもらえると助かります」


「そうか?」


「はい! 困ってることをリスト化してもらえれば、近いうちにまたご相談に来ますのでっ」


「そりゃあ助かる! おい聞いたかウレア、頼んでみるもんだなァ」


「うっす。マジ、助かるっす」


「ですがその前に、その人形の試験運用をしてもらえると……」


「おっとそうだったな。よっし、んじゃ行くかウレア」


「うっす」




 ウレアが頭を下げると、人形も同じように動く。


 そしていよいよ、彼女は鉱山へと足を踏み入れた。




 ◇◇◇




 一時間後――一通りの試験を終えて、三人は鉱山から出てきた。


 ウレアは人形から出ると、「ふうぅぅ……」と大きく息を吐き出した。


 額には汗が浮かんでいる。


 暑さというよりは、慣れない道具を使う緊張から来る汗のようだ。


 そして自分が感じたことを、ペリアに伝える。




「やっぱり穴の大きさに合わないのと、これでつるはしを使うと消耗が激しすぎるっす。特に気になったのは、このあたりっすね。うっす」


「だがそこに目を瞑れば……どんだけ掘れちまうんだってぐらいすげえパワーだったな」


「うっす、かなり採掘量上がると思うっす。それと……喉が全然痛くないっすね」


「鉱夫さんたちは喉や肺を患って亡くなる方が多いって聞いたから、試作型だけど風魔術で綺麗な空気を取り込むようにしてみたの」


「俺が47歳だが、すっかりじいさん扱いだ。これを使えばどいつもこいつもジジイになれるってんなら、そりゃあめでてえ」




 皮肉っぽくエイピックは言った。


 地域にもよるが、王国では70歳まで生きる人も珍しくない。


 47歳なら、まだまだ先は長い、とさらに上の世代に笑われるところだが――ここにはその上の世代が存在しないのだ。


 エイピック自身、自分もそう長生きはできないだろう、と思いながらこの歳まで生き延びてきた。


 それは同時に、自分より年下の鉱夫たちに先立たれるという意味でもある。


 病気に怪我に――それが劇的に減るというのなら、つい前のめりになってしまうのも、仕方のないことだった。




「嬢ちゃん、これ何台作れる?」




 エイピックはずいっとペリアに近づいた。


 強面が急に接近してきて、思わず彼女はのけぞる。




「な、何台必要ですか?」


「とりあえず3台……いけるか?」


「ぜんぜん平気ですよ。まだまだ余裕です」


「な、なら10台はどうだ?」


「もっといけますね」


「な、なら30台だ!」


「親方、なんで競りみたいなことしてるんすか……?」


「馬鹿げた頼みだってわかってるからだよ馬鹿野郎!」


「30ですね、わかりました。私の魔術、量産するのが一番得意なので問題ありません!」


「マジかよ……もちろん金は用意――あー……いや、高ぇよなこれ……」


「採掘した魔石払いでいいですよ」


「いいのか!?」


「はい、私にとっても勉強ですから。ただ、少し待ってください、つるはしや大きさの問題がありますから、まだ改良は必要です」


「大きさは問題ねえ、穴を広げりゃいいだけの話だ。こっちでどうにかする。つるはしも消耗が早くなるだけ。ブリック爺さんの工房に頑張ってもらうさ」


「頑張って……わかりました。私の方でもブリックさんとは相談してみますね。ちなみに、量産するだけなら今すぐでもできますよ」


「すぐに? 本気で言ってんのか?」


「ただ、メンテナンス性や拡張性を確保したいので、今回の試作型とは少し違った形状になると思います。チャージストーン充填用のステーション設置も含めて、一週間ほど待っていただいてもいいですか?」


「いや……一週間でいいのか?」


「長過ぎます、かね?」




 不安そうな表情を見せるペリア。


 するとエイピックは、そんな彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。




「あわわわわわっ!?」


「早すぎて心配してんだよ。なあ、ウレア!」


「うっす……無理はしないでほしいっす」


「あうあうあー、ゆーれーるぅー!」




 撫でるどころか、頭を鷲掴みにしてシェイクされるペリアであった。




 ◇◇◇




 翌日、ペリアとフィーネ、エリスの三人は、久々に朝から家にこもっていた。


 フィーネは休み。


 ペリアとエリスは、結界に絡んだ話し合いである。




「この前頼まれてたやつ。フレームに直に術式を刻むことで、局地的な結界の発動を行える」


「ありがとう、エリスちゃーん!」




 ペリアはエリスにぎゅーっと抱きついた。


 エリスは「ふへ」とだらしない表情を見せる。




「ゴーレムのフレームに刻んだら、そっちの耐久性はどうなるんだ?」


「刻むと言っても、少し焼くぐらいの感覚だから強度は大丈夫。むしろ結界のおかげで強くなるかなっ」


「無論、コアからの魔力はある程度そっちに持っていかれる。ただし、40メートル級のコアを使うなら誤差程度」


「フレーム段階から作り直すことにならなくてよかったよぉ」


「しかし大変だなぁ。コアを入れ替えるたびに、前より頑丈な体にしなきゃなんないんだからよ」


「私自身、ここまでトントン拍子に強いコアが手に入るとは思ってなかったからねぇ。設計段階からそういうのも加味できてればよかったんだけど」


「外の世界を見る限り、40メートル級以上のモンスターはそうそういない」


「うん、フルーグが50メートル級のサイズだったけど、そこから上は特別なのかも」


「今ならぶっ飛ばせると思うんだがなぁ。遭遇できねえんじゃ力試しもできねえ」




 今のゴーレムにとってみれば、40メートル級のモンスターはそれほど強敵ではない。


 とはいえ、フルーグ並の敵が相手となれば、どこまで戦えるのか――まだまだ未知数だ。




「じゃあこっちの術式はあとでゴーレムちゃんに取り入れるとして……今度はこっちね」


「昨日言ってた結界の件」


「マニング鉱山のコア設置案か、結界も絡んでんだな。何のためにコアを置くんだ? 村の結界を強化すんのか?」




 フィーネは、まだエイピックから頼まれたことの詳細を知らない。


 もっとも、聞いたところで複雑すぎるから、と彼女自身が避けていた部分もあるのだが。




「ううん、この結界は、勝手にコアに触れないようにするためのものなんだ。鉱山にコアを置く目的は、魔道具で鉱夫さんたちの仕事をもっと楽にしたいと思って」


「もしかして、この前作ってたあの2メートルぐらいの人形もそうだったりするのか」


「そう、あれに乗って鉱山に入るの。他にも中に溜まった水を抜いたり、空気を入れ替えたり、明かりを灯したり――っていうのを、全部魔道具に置き換えたら、もっと便利になると思うんだ」


「そのためにコアを動力源に使おうとしている」


「ま、たしかにコアは危険な代物だが、使わねえのももったいねえもんなあ」




 無限の魔力を実現する、夢のエネルギー源。


 それがコアだ。


 適切に使えば、人々の生活は革命的に豊かになるのは間違いない。




「ゆくゆくは、マニング全体に魔力を供給して、素敵な街にできたらいいなって思ってるの」


「具体的にはどうなるんだ?」


「ろうそくやランプが無くても夜が明るいとか。井戸から水を手で汲まなくていい、とか」


「なんつうか……生活感にあふれる夢だな」


「モンスターを倒すのとは別ベクトル」


「えっ、わくわくしない? マニングが王都より立派な街になったら、なんかえっへんって感じしない!?」




 胸を張ってみせるペリア。


 それをまじまじと見つめる二人。




「……ペリアがかわいい」


「ああ、これはかわいいな」


「何でそうなるのー!?」




 ペリアがあまりにかわいいと、それまでの話題が吹っ飛んでしまうのである。


 その後、小難しい話は横に置かれ、エリスとフィーネはペリアを撫でまくって愛でまくったのであった。



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