第34話 足は飾りではないです

 



 その後、ペリアはラティナにゴーレムの機構についての説明を行った。


 人形魔術は専門外と言いながらも、さすがに上級魔術師だけあって、飲み込みが早い。


 ペリアも説明が楽しくなってきて、いつの間にか二人は熱の入った議論を交わしていた。


 さすがにその間、ずっと待つわけにもいかず、フィーネとエリスは別の作業をしていたようだ。


 昼食を挟んで、装甲や人工筋肉の加工、コアの排熱と話題は尽きず、やがて日は傾きはじめる。


 そろそろ夕食の準備をしなければ――そう思い、後ろ髪を引かれながらも話を途中で止めた二人は、屋敷へ戻っていく。


 すると、巨大な鎧が、建物に入ろうとする彼女たちの前に立ちはだかった。


 別の場所で、鉱石の解析を行っていたペルレスだ。




「何よペルレス。私たちに用事?」


「我が調べた鉱石だが……気になることがわかった」


(普通に喋れるんだ……)




 驚くペリア。


 魔術で加工しているのか、不思議な声ではあるが――喋れるのなら、目の部分に文字が浮かぶあの機能は何なのだろう。


 その素顔といい、つくづく謎が多い人物である。




「チャージストーンとミラーストーンと言ったな」


「はい、私が適当に名付けちゃいました」


「あれは合金だ」


「合金……? え、つまり人工物ってことですか!?」




 兜が頷く。


 ペリアは再び驚き、目をまん丸くした。




「でもそれ、山の中に埋まってたんですよ?」


「事実だ。チャージストーンと言ったか、こちらはアンバーがベースになっている」


「アンバーって宝石ですね」


「そしてミラーストーンは、ミスリルがベースだ。そのどちらも、生物の血液――おそらくはモンスターの血との混合物と推測される」


「モンスターの血……自然に混ざることは――」


「無い、とも言い切れないが、それが均一に混ざることはありえない。我々を遥かに凌駕する、高い技術が無ければ不可能だろう」


「ふむふむふむ、なるほどねぇー」




 ラティナは大げさに頷きながら言った。




「私らにとって、モンスターはずっと未知の生命体だった。100年前の出現も、相変わらず詳細は不明。でも喋るモンスターの件も含めて、それが他文明からの侵略である可能性が出てきた、と」


「何でそんなものが埋まってたんでしょう」


「知らなーい。そのうちわかるんじゃない?」


「適当だな……」


「私、そういう人間だしぃ? でも未知の災害より、戦争のほうが希望があると思わない? 災害なんて、人間にはどうしようもないことだもの」




 技術の進歩は、いつか・・・自然すらも凌駕できる域までたどり着くかもしれない。


 だがそれは、途方もなく遠い未来の話だ。


 だから今の人類は諦めるしかない。


 しかし戦争なら、それが変わる――と言っても、言葉遊びのようなものだが。




「我にわかったのはそこまでだ。より詳しい解析には時間が必要だ。しばらく居座るが構わないか」


「それはもちろんですっ、部屋も空いてますし、自由に使ってください」


「かたじけない」


「いえいえ……代わりと言っては何なんですが、時間があるときに氷の魔術について聞きたいことがあるんですが」


「なぜだ?」


「ゴーレムにより出力の高いコアを使うには、排熱問題をクリアする必要があって。術式を見てもらえないかと思いまして」


「そうか……わかった。それぐらいなら請け負おう」


「本当ですか! ありがとうございますっ」




 ペリアはペルレスの手を掴むと、飛び跳ねんばかりの勢いで喜んだ。


 その後、ペルレスは何も言わずにのっしのっしと屋敷に戻っていった。


 ラティナはその背中を見つめながら言う。




「嬉しそうねえ、ペルレスのやつ」


「へ? そうだったんですか?」


「人工物とはいえ、未知の鉱物に出会えたんだもの。鉱物マニアからしてみれば、たまらなくテンション上がってるんじゃないかしら」


「……見てもわかりませんね」


「そのうち慣れるわ。ああ見えても、意外と感情豊かなほうだから」




 表情と言われても――鎧で包まれたペルレスは、関節部から覗き込んでも体の一部を見ることすらできない。


 それを感じ取れるのは、やはり上級魔術師としての勘の鋭さがあるのではないか。


 というか野生の勘に頼るラティナだけではないか、と思わずにはいられないペリアだった。




 ◇◇◇




 上級魔術師たちの来訪からしばらくの間、村には平和な日々が続いた。


 ゴーレムが定期的にモンスターを排除しているおかげか、襲撃もなく、心配していた王族からの干渉も、今のところは起きていない。


 ペリアはテラコッタ、マローネと共にドッペルゲンガー理論の完成を急ぐ。


 フィーネは、村に現れる魔獣の排除、及び村に数人いた冒険者の指導を行っていた。


 一方でエリスは結界の改良や、医者として病人やけが人の治療に当たっていたらしい。




 ラティナたちが来て一週間が経過。


 ペリアは、ペルレスから学んだ魔術を使い、ゴーレムの改良に着手した。


 排熱用の術式を書き換え、効率は数倍に向上。


 元々、ペリアは氷魔術について、基礎的な知識しかなかった。


 そこから、天才的な頭脳を持つ彼女が、世界一の氷魔術師から学べば――短期間で技術が伸びるのも当然のことである。


 結果、ゴーレムは40メートル級のコアを搭載しても問題なく動くようになった。


 リミッター解除も3分まで可能となり、飛躍的に性能は向上。


 早速、結界の外へと繰り出したペリアたち三人。




「てぇいっ! てりゃあぁっ!」


「グギャアァァァアアッ!」




 ゴーレムは腕を振ればモンスターを粉砕し、ミスリルの円盤を投げれば山もろとも両断する――そんな火力を手に入れていた。




「うっひょぉっ、すげえな。操縦席の揺れも段違いだ!」


「単純計算して倍の出力、20……いや、30メートル級までなら、ただ腕を振り回すだけで勝てる」


「この反応――40メートル級、魔法生物だ。来るっ!」




 ゴーレムの計器類も、以前より改良されている。


 これはレスの手によるものだった。


 魂の認識、魔力の探知などを得意とする彼女の手にかかれば、この程度は容易いものらしい。


 操縦席前面、右上に表示されたレーダーには、コアの大きさの他、モンスターの大まかな形状が表示されていた。


 そしてペリアたちの前に現れたのは、巨大なスライムだ。




「こりゃもはや山だな」


「リミッター解除を試すね。さらに揺れると思うから気をつけて!」


「わかった」




 フィーネとエリスは座席にしがみつく。




「リミッター解除。出力上昇――200%! いっくよぉおおっ!」




 ゴーレムが大地を蹴る。


 ゴオォッ! と急加速する体。


 三人の体を押しつぶすようなG。


 ペリアは歯を食いしばりながら、しかし笑みを浮かべる。




(すごい、機体が軽いっ! これならフルーグにだって――!)




 たった一歩で、離れたスライムまでの距離を詰める。


 そして左足を地面に突き立て、地面を削りながら、ゴーレムは拳を構えた。




「傀儡術式、ゴーレム――ッ」




 このまま右足で踏み込み、スピードを乗せてパンチを放つ。


 そう考えていたペリアだったが―――




「あれっ、あれっ!? 足が無いッ!?」




 踏み込むための右足が無い。


 飛び出したときの急加速に耐えきれず、千切れて後方に置き去りにされている。




「うおおおいっ、どうすんだよ!」


「危ない、突っ込む」


「ひやああぁぁああああああっ!」




 ゴーレムは拳を繰り出すこと無く、そのままスライムに突進。


 その絶大な威力をもって、敵を粉砕した。


 半個体、半透明の肉体が、飛び散り、弾け、あたりをスライムまみれにしていく。


 ゴーレムはそんなモンスターの体を貫通すると、勢い余ってつまずき、ゴロゴロと転がってようやく止まる。


 当然、その体もどろどろになっていた。




「いってててて……」


「ペリア……大丈夫……?」


「う、うん、なんとか」




 ペリアは周囲に糸を伸ばし、自分自身の体を宙に縛り付けて、操縦席内での衝突を回避した。


 フィーネとエリスは、腕力でどうにか座席にしがみついていたようだ。




「ううぅ、せっかく40メートル級のコアが使えると思ったのにぃ……」


「強度問題、再びだな」


「ミスリル……いや、アダマンタイトでもそろそろ無理がある」


「もっと強い鉱石かぁ……その辺に埋まってないかなぁ……」




 祈るように前方にある山を見てみたが、どんなに観察してもただの山であった。



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